96:ラジヴィウ公爵家の冬のお茶会
本日より、ピッコマ様で『前世魔術師』のコミカライズが連載開始しました! 作画は、つのもり鬼先生です!
漫画の最後のページに♡があるので、MAX10回連打して応援していただけると嬉しいです!
何卒よろしくお願いいたします!
さて。魔術師団の建物のどこかに『継承者の資料室』があり、鍵を継承するために小型ゴーレムを捕獲しなければならないことは分かった。
資料室探しとゴーレム捕獲については、ギルとペイジさんを始めとした団員たちがどうにか解決してくれることを願う。ギルが新婚休暇中であることはいつものように忘却の彼方だ。
というかギル本人も、
「資料室さえ手に入れることが出来れば仕事の効率が上り、ようやくこの激務ともおさらば出来ます……!!!!」
と、闘志を燃やしているので問題ない。頑張って魔術師団に通勤してくれ。
問題はゴーレムを捕獲したあとに、どうやって鍵を継承するかだ。
鍵を奪ったところで『継承』にはならないだろう。むしろ『強奪』だ。
たぶんゴーレムに、ギルを新たな継承者として認識してもらう必要がある。つまり、ゴーレムの中にある記憶装置をいじって、情報を書き換えれば良いのではないか?
魔道具に詳しいペイジさんはいるが、ゴーレムの専門ではないので手間取るだろう。しかも相手はおじいちゃん先輩が制作したゴーレムだ。一筋縄ではいかないはず。
というわけで、私はロストロイ夫人としてお茶会に出席することにした。
▽
「……よく、このわたくしの前にのこのこと姿を現せましたわね、オーレリア様?」
「お久しぶりです、ナタリージェ様!」
いつも嫌がらせでノンアルコール飲料を送りつけてくるナタリージェ様が、扇の奥で引きつった笑みを浮かべている。
確かに私とナタリージェ様は、ギルを取り合った仲だ。
だが、この狭い貴族社会を長く渡り歩いていくには、過去に恋敵だった相手に頓着していられない。というわけで、ここは図々しくいかせてもらう。
ナタリージェ様は毛を逆立てた子猫のような様子で私を睨みつけてくるが、その隣にいらっしゃるラジヴィウ公爵夫人はにこやかな微笑みを浮かべ、「ようこそ、オーレリア様。ラジヴィウ公爵家のお茶会へ御出で頂き、光栄ですわ」と歓迎してくださった。
ラジヴィウ公爵夫人にとって私は、ナタリージェ様の自殺を止めた恩人なのだ。
というわけで、私はラジヴィウ公爵家の冬のお茶会に無事潜入することが出来た。
社交界の中心であるラジヴィウ家のお茶会は、招待客の数がとにかく多い。大きな暖炉が赤々と燃える広間には、複数の丸テーブルが用意され、あちらこちらでお茶を飲むご夫人たちの姿が見える。時折席順が変わり、多くの人と会話が楽しめるようになっているらしい。
王都はあまり雪が降らないとはいえ、ここ最近の冷え込みは厳しく、熱々の紅茶やラジヴィウ家ご自慢の焼き立てカスタードパイがテーブルに出てくると、誰もが表情を綻ばせた。
「あとでお茶をご一緒しましょうね、オーレリア様」
「はい。楽しみにしてます、ラジヴィウ夫人」
「お母様! オーレリア様の飲み物は絶対にノンアルコールにしてくださいませ!」
「ナタリージェ、お茶会にはもともとアルコールは出しませんよ」
「大丈夫ですよ、ラジヴィウ夫人! 私のお茶にブランデーをたっぷり垂らしてくださっても全然平気ですからね!」
私は会場まで案内してくれたラジヴィウ親子を見送ってから、広間にいる客人たちの顔を確認する。以前ラジヴィウ公爵家の夜会でお会いした貴婦人や、王宮の夜会で挨拶を交わしたご令嬢など、顔見知りの姿もあった。
色んなご夫人やご令嬢たちと挨拶を交わし、「ご一緒にお茶でもいかがですか、ロストロイ夫人?」とテーブルに誘われながらも、私は丁重に断って会場の奥へと進む。
そしてようやく、一番奥のテーブル席で一人ぽつんとお茶を飲んでいるご夫人を見つけた。
このご夫人がラジヴィウ公爵家のお茶会によく参加していることを、我が家の敏腕執事ジョージに調べてもらい、こうして会いに来たのだ。
赤茶色の髪をきっちりと結いあげた五十代ほどのご夫人は、昔は掛けていなかった眼鏡を掛けていた。
以前はもっと柔らかで穏やかな雰囲気の人だったのに、今の彼女の紅い瞳は物憂げで、全体的に乾いた印象があった。
「こんにちは、ミランダ夫人」
私が挨拶をすると、彼女は視線をチラリと上げ、すぐに視線を逸らす。そして『他のテーブルに行ってほしい』オーラを放ち始めた。だから彼女はこのテーブルで一人で座っていたのだろう。
では何故このお茶会に参加しているのだ、という感じだが。
確か彼女の婚家がラジヴィウ公爵家と親戚だから、仕方がなく参加している、という感じなんだろう。
私は持参した秘密兵器を使うことにした。
「お近づきの印にこちらをどうぞ、ミランダ夫人。……いや、ミランダ先輩?」
「……貴女、それを一体どこで……?」
私が一枚の紙を見せると、ミランダ先輩は紅い瞳を大きく見開いた。
元魔術師団員、ミランダ先輩。
彼女はバーベナよりずっと以前から魔術師団に在籍していた方で、おじいちゃん先輩の弟子の一人である。手先が器用な方で、土魔術が得意だった。
ミランダ先輩も戦争に参加して無事に生き残ったが、戦後は魔術師団を去ったそうだ。
ギルが退団を引き止めようとしたが、どんな説得にも応じてくれなかったらしい。
ミランダ先輩の実家は貴族なので、退団後はとある侯爵家の後妻に入り、今は静かに暮らしているという話だ。
そしてこのミランダ先輩は、ボブ先輩の手料理の熱烈なファンなのである。
私はガイルズ陛下に頼んで、王宮の料理人たちからボブ先輩の『悪魔の芋煮』のレシピの複写を手に入れてきた。
それを手土産に持参してみたが、案の定、ミランダ先輩は前のめりでレシピに食いついた。
普段はお淑やかでのほほんとしたミランダ先輩が、ボブ先輩の手料理を前にした途端、大食いハンターと化す姿はいつ見ても驚愕だったからなぁ。
毎年秋の芋煮会では、ミランダ先輩を見張っていないと大鍋の中身を根こそぎ食べ尽くしてしまうので、監視役が必要だったんだよね。
まぁ、監視役もお酒が入ってるので、やっぱり誰もミランダ先輩を止めることは出来なかったのだが。
そんなことを思い返していると、レシピの確認が終わったミランダ先輩が、眼鏡の奥からこちらを警戒するように睨んできた。
「……これは本物のボブ・カラドリアのレシピだわ!? このレシピを手に入れるなんて、そして私がこのレシピを渇望していたのかを知っているだなんて、貴女は一体何者なの……? 貴女、まだ私に名乗ってもいないわね?」
「この姿では初めまして、ミランダ先輩! そしてお久しぶりです! 前世ではバーベナ魔術師団長と名乗っていた、オーレリア・バーベナ・ロストロイです!」
私がしっかりと自己紹介をすれば、ミランダ先輩は「……え、えぇぇ~っ!!!?」と紅い瞳を点にした。




