10:結婚式
十六年間暮らしていたチルトン領から、王都にあるチルトン家のタウンハウスへ移動。嫁入り道具もしっかり持ってきた。
バーベナだった頃は生まれも育ちも王都だったので、オーレリアになってからはあんまり王都に興味がなかった。私が死んでから十六年の間に建物や道が変わったりしたのだろうけど、流行を必死に追いかける性格でもないもので。
けれど、これは私の予想を遥かに越えてきたなぁ……。
「バーベナ魔術師団長の銅像だ。今では人々の待ち合い場所として人気なのだ」
「それ、人気って言うんですかね? 便利って言うんじゃないですか?」
馬車の窓から見えるバーベナ像にびっくり。
しかもバーベナ本人の顔より美人だぞ……? まぁ、制作者が上手いこと修正してくれたんだろう。
「二週間後、大教会でお前とギル君の結婚式を挙げる」
「はい」
「そのままロストロイ魔術伯爵家へお前は引っ越す。嫁入り道具は式の翌日にでも届くように手配しよう」
「はい」
「以上だ」
「いや、お父様、ロストロイ魔術伯爵と対面する日はいつなんですか? そこ、重要ですよ?」
「…………」
お父様が黙り込む。これ、アカンやつだ。
「まさか式の当日なんですか!?」
「本人が仕事で忙しく、時間が取れないと言っておってな……」
「仕事が忙しくて自分の結婚式がなおざりとか、それ、仕事も出来ない人間ですよ!?」
魔術師団の仕事は私がきちんと教えたから、領地経営の方が駄目なのか、ギルよ!?
「いや。領地の方は問題ないはずだ。なにせ彼に領地経営を教えたのは私だからな」
お父様もギルの教育係だったのか! お父様に運命を感じる!
「魔術師団の仕事が忙しいと言っておってな。こちらも無理にお前を押し付けた側だから、あまり強く言えんのだ……」
私の頃と職務内容に大きな変化がなければ、魔術師団なんてただの魔術研究オタクの館ですけど。定時に上がって飲み会ばっかりしてたんですけど。
これ、私がギルに避けられているだけだな。
「分かりました。勝手にします」
「穏便にな……」
▽
タウンハウスに到着してすぐ、ロストロイ魔術伯爵家に手紙を出す。
→返信が来ない。
ロストロイ魔術伯爵家に「来週こちらのお宅へ嫁に来る予定のオーレリア・バーベナ・チルトンですけどぉ!」と突撃する。
→執事さんに気の毒そうな顔をされ、「旦那様は不在です」と丁重に追い返される。
王城にある魔術師団の施設に「ギル・ロストロイ魔術伯爵の婚約者です!」と乗り込む。
→受け付けのお姉さんに「そう言って現れる女性、今月でもう四人目なんですよね~」と面倒くさそうに言われ、魔術師団記念バッジを貰う。へぇー、今こんなの配ってるんだな。
昔ギルとよく食べに行ったご飯屋さんで張り込みをしてみる。
→相変わらずマグロのカマトロ定食が美味しい! これが銅貨七枚で食べられるなんて! もっと値段上げしても食べに来るよ、お母さん!
そうこうしている内に結婚式当日になった。
▽
式当日は朝から忙しい。
早朝からお風呂に入って、「お嫁に行かないで」と泣く弟をなだめ、侍女達にマッサージやら爪磨きやら全身ピカピカにされ、「わたしもオーレリアおねえさまと一緒にお嫁に行く」と駄々をこねる妹をあやし、化粧と髪のセットをして貰う。
コルセットにドレス、アクセサリーに靴、小物、全てにお母様と侍女の合格の声が出るまで微調整を加えられる。気分はバーベナ像だ。あいつの顔もきっとこんなふうに調整されたのだろう。
私の花嫁姿が無事に完成すると、幼い弟妹達五人や侍女、執事まで泣き出した。お父様もアッシュグレーの瞳が潤んでいるし、お母様は相変わらず鉄面皮である。
ウェディングドレス姿はチルトン領ですでに見せているから、私の美人さに改めて感嘆したとかではなく、私が嫁に行くことに寂しくなってしまったのだろう。皆なんだかんだ言って私のことが大好きだからな。
「本当にきれいです、オーレリアお姉様……」
「幸せになってください。そうじゃなきゃ、僕がオーレリアお姉様を拐いに行くからね」
「オーレリアお嬢様、どうかお体に気を付けて。あんまり屋敷を爆破しないようになさってくださいね」
皆の言葉に「ありがとう」「検討しておくよ」「善処する」と答えていると、すでに大教会へ向かっていないといけない時間になっていた。
チルトン家全員で馬車に乗り込み、どうにか予定時刻の三分前に到着した。
控え室に滑り込むと、チルトン家の親戚達がすでに私を待っていて、「おめでとう、オーレリアちゃん」「すっかり美人になって」と挨拶に来てくれる。
一通り挨拶を済ませ、先に本堂へ移動する皆を見送った。
「お父様、ロストロイとかいう私の結婚相手、控え室に挨拶にも来なかったですよ?」
「う、うむ……」
一緒にバージンロードを歩く予定のお父様と二人きりになり、私は低い声で言う。
「女嫌いというのは、『だから女性を蔑ろにしていい』という言い訳ではまったくないですよ」
「……二年だ」
お父様がぽつりと言った。
「ギル君ほどお前に都合の良い男は居ないと思って、私は半ば無理矢理この縁談を決めた。だがもし、オーレリアとギル君の間に二年経っても子供が生まれなかった場合は、私が責任を持ってお前達の結婚を解消させてやろう」
別にギルと家族になるのが嫌なわけじゃない。だって、かつての可愛い部下だ。
それに本気で嫌になったら、お父様がどうこう言おうと私は勝手に離縁してしまうと思うし。お母様もそれでいいよって言ってくれてるし。
ただギルよ、人としての礼儀はどうなってるんだ。もう三十二歳なんだから、しっかりしなさい。
結局ギルに会えたのは結婚式の最中だった。
魔術師団長の正装をしたギルはすっかり大人の男の人になっていた。
背丈が伸び、肩幅も広くなり、顔には幼さの名残など何一つなかった。
銀縁眼鏡の奥の黒い瞳が冷えきっていて、びっくりした。
ギルは生真面目な少年でいつも私のことを怒っていたけれど、こういう冷酷さはあの頃にはなかったのに。
……戦争が彼を変えてしまったのだろう。
私のほかにも多くの仲間がギルを残して死んでいった。それでもギルは国のために戦い続け、たくさんの屍の上に勝利を勝ち取った。
生半可なことではなかっただろう。地獄をたくさん見たのだろう。
きみを残していって、ごめんよギル。一人で戦わせてしまって、私はひどい上司だった。
だけどきみが生き残ってくれて、本当に嬉しい。本当に嬉しいんだ。
ギルがこれから少しでも気楽な気持ちで生きられるよう、私も支えていくつもりだ。
まぁ、それと結婚式前に一度も挨拶に来ない不義理っぷりは全然別問題ですけどね?
顔を寄せて誓いのキスをする振りをして、私とギルは夫婦になった。




