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満月の夜に剣は燃ゆる  作者: 大豆
9/21

ボスコ

朝日が差してきた頃、ゲンは森の中を東に向かって進んでいた。

歩みを進めながら昨晩の悲劇を何度も何度も脳内で再生していた。

決して忘れることのない、否、忘れてはいけない出来事だと脳裏に焼き付けて。


日光が木漏れ日となってゲンを照らす。

目の周りは赤くなり、ひどく腫れあがっていた。

つい、手のひらで顔を覆う。

ずっと暗い中進んでいたゲンにとって、光は刺激が強すぎた。


「もう……朝か……」


ぽつりと力なく呟く。

同時に腹の虫も鳴き始める。


「そういえば昨日の朝から何も食べてなかったっけ……」


腹をさすりながら昨日のことを思い出す。

まだ平和だった朝の情景がフラッシュバックする。

不意に決壊したダムのように涙が溢れ出してきた。


「う゛っ……、か゛あ゛っ……さ゛ん゛……!」


顔面がくしゃくしゃに崩れていく。

もう涙は出し切ったと思っていたのに、自分でも不思議な程止まらなかった。


森の中にゲンの啜り泣く声が静かに響く。


―――


段々と森の木々がサラサラと音を立て、小鳥や小動物の鳴き声が音楽を奏で始めてきた。


ひとしきり泣いたゲンは、少しずつ落ち着きを取り戻していた。

胃が空っぽになっていたことを思い出す。

幸いなことに森はゲンにとって遊び場であり、食料庫でもあった。

手当たり次第食べることのできる木の実や草などを見つけては口に入れを繰り返していく。


「ふぅ……、食った……」


腹も満たされ、気分が少し明るくなった。


「よし、行こう」


気持ちを切り替えるようにそう口に出すと、先程までよりも明らかに早いペースで歩き始める。


あっという間に森の出口が見えてきた。

そして、久しく見ていない人工物が姿を現し始めた。


「あれが、アクロさんの言っていた町か!」


自然と足取りが軽くなる。


森を抜けると、目の前に慎重の2倍はあるであろう石レンガの重厚な壁が立ちはだかった。

右から左へと目線を動かしてみると、ずっと遠くまで塀は続いていた。


アクロはこれを『小さな町』と言っていたが、村から出たことのなかったゲンにとっては未知の大きさで、まるで大都会なんじゃないかと思えた。


ゲンは考える。

どうやって町に入るのがいいか。

この巨大な壁を回り込んで入るか。

でもどので続いているか検討もつかない。


どこか登れそうなところはないか辺りを見渡す。

するとちょうど壁のすぐ脇に生えている大きな木を見つけた。


(あそこからなら登れそうだ。)


木の根元まで近寄る。

見上げると想像以上に大きく太い幹だ。

登れそうな取っ掛かりを見つけると、慣れた手つきでよじ登っていく。

気づけば壁よりよりも高い位置にいた。


「おお! すごい……!」


町の全貌がよく見える。

自然と感嘆の声が出た。

下からでは分からなかったが、身の前に立ちはだかった大きな壁はどうやら塀だったようで、ぐるっと一周町を囲んでいた。

塀の中に建ち並ぶ建物の数は、ざっとゲンの村の20倍はありそうだった。

どの建物も瓦でできた三角屋根で、赤やオレンジ、茶色など、いずれも暖色で統一されている。

屋根からは白い煙突が伸びており、ところどころ煙の出ているところもあった。

統一感のある街並みはシンプルに美しかった。


その景色に圧倒されたゲンは、しばらく口を閉じることを忘れたまま呆気にとられていた。


キャッキャと聞こえてくる子供たちの声で我に帰る。

塀の上から下を覗き込むと、何人かの子供たちが追いかけ回って遊んでいた。


「おーい!」


上から声をかけてみる。

すると子供たちは声の主を探すように周りをキョロキョロし始めた。

しばらく見ていると、ひとりの子供が上を見上げてこちらに気がついた。


「あ! いた!」


その子は元気よくゲンを指した。

他の子たちもその声に釣られるようにゲンの方を見る。

ゲンは子供たちに向かってひらひらと手を振った。


「そこでなにやってるの〜?」


「おにいちゃんだ〜れ?」


「たか〜い!」


思い思いの言葉を口に出す子供たち。


「そっちに降りたいんだけど、どこか降りられる場所を知らないかい?」


ゲンは尋ねると、子供たちは顔を見合わせ何かしゃべっている。

そしてゲンから見て左の方を指した。


「あっちからおりれるよ〜!」


指さした方を見ると、壁より少し背の低い家が壁からすぐ近くに建っていた。


「ありがとう!」


ゲンはそう言うと肩幅くらいしかない塀の上に立ち、器用にバランスを取りながら家に向かって歩いた。

子供たちがゲンを見上げながら追いかけてくるのがわかった。


その家の場所まで着くと、ゲンは家の屋根にそっと飛び移り、足場を探しながら軽快に降りていった。


先程の子供たちが笑顔で駆け寄ってくる。


「おにいちゃんすご〜い!」


「どこからきたの?」


きらきらした目がゲンを囲む。


「みんな、さっきはありがとうね。ちょっと遠いところから来たんだよ。ここはどこ?」


すると最初にゲンを見つけた子供が、我先にと口を開いた。


「ここはね、ボスコだよ! あそこからはいってくるひと、はじめてみた!」


この町は『ボスコ』というらしい。

しかし塀を登ってくるような変わり者はほとんどいないようだ。

ゲンは苦笑いした。


「なにしにきたの?」


別の子が尋ねる。


「そうだった! 君たち、武器を売ってるところ知らないかい?」


ゲンは思い出したかのように子供たちに訊いた。


「わかんない!」


即答だった。

あまりに早い返答に戸惑う。


「あっ、でも! あっちにいったら、しってるひといるかも!」


一人が指を差しながら言った。

その方向を見ると、町の中心に繋がっていそうな道が家の間を通っていた。


「そっか! みんなありがとう、行ってみるね!」


ゲンは子供たちに手を振りながら、その道を進んでいった。

子供たちも満面の笑みで「ばいば〜い!」と言いながら大きく手を振っていた。


心が温かくなったゲンは、町の温かさを感じながら胸を躍らせていた。

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