地面に這いつくばる可憐な少女。空を見上げると救いの手が差し伸べられる。
「申し訳ございませんがお断りさせて頂きます」
「で、でも僕の父様は王政幹部の……」
「すみません。興味がないんです」
そういって私は、彼がいる反対の方向に向かって歩きはじめた。
いくらここが魔術学院の中という公共の場所であっても良からぬことを考えている輩はいくらでもいる。なるべくここからすぐにでも離れたかった。
それに、この場からすぐに離れたかった理由はもうひとつある。
それは、彼が私を呼び出した理由が関係していた。
彼が私をこんな人気のない場所まで呼び寄せた理由。
それは――
『私に告白するため』
なので少しばかり気を張ってしまうのも仕方がなかった。
私は歩くスピードを速めた。
すると、後ろから微かに聞こえる彼の言葉。
「……やはり《氷の仮面》を溶かすのは無理だったか………」
♢
私の名はヴェイル・ヴェニーシャ。
父様が貴族と呼ばれる階級に属しているため、こうして貴族のみに入学することを許された学園、シャロン魔術学院に入ることができたが、父様の貴族としての階級は下の下。いわばこの学園で私は最下層の人間だった。
しかし、生まれつきのこの透き通った銀髪を持つ見た目のせいか容姿には恵まれたため、学園中の異性全員を虜にする……までとはいかないが、本来ならば上流階級の人間は上流階級の人間と婚約するのが普通であるはずなのに、いままでに何度も上流階級の方々から婚約の願いを申しだされてきた。
だが、私は全てその申し出を断ってきた。理由を聞かれれば彼らは私のことを見ていないから、というだろう。そう。言葉通り、彼らは私を見ているのではなく私を構成する一部分に過ぎない容姿を見て婚約を申し出てきたのだ。だから断ってきた。
そして、私には気付けば『氷の仮面』という呼称ができていた。
なんでも、告白を断るその姿がとても素っ気ないかららしい。私に言わせれば、誠心誠意申し訳ないと思いながら断っているのだが、生まれつき表情筋の動きが硬いのか、感情の無いまるで壊れかけたロボットのようだと思われているらしかった。
私は学園の裏庭にぽつんとひとつ置かれているベンチに座りながら空を見上げた。
(はぁ……どうせまた…………)
そう思っていると、予想通り彼女達は姿を現した。
「ちょっと! どういうつもり! 今度はルーデウス様まで落としたの!? ホント信じられないんですけど。この男好きの淫女め!」
「そうよそうよ!」「一体何人の男に告白させれば満足するのよ!」
彼女達三人はねちねちと私のことをつけ回し、告白現場を目撃するたびに、こうしていちゃもんをつけてくる面倒な人達だった。
確かリーダー的なポジションをとっているこの金髪の名はアイリスといったか。二人の仲間を背中に控えさせながら、私の事を高圧的な目で睨んできた。
私はため息をつく。
「だから、知らないっていっているでしょう。彼らが勝手に私に告白をしてくるだけなのですから、どうしようもないんです」
「はあ? ちょっと何言っているか分からないんですけど。ア・ン・タが思わせ振りな態度を見せながら告白させて振る。そんな行為をずっとしているのが悪いんじゃない!」
「別に思わせ振りな態度など――」「うっさい!」
アイリスは手を私の頬に向かってのばしてきた。
思わず私はその手を振り払う。
すると、
「痛っつ!」
どうやら私の手が彼女の手の甲を叩く形になってしまったらしい。
彼女は涙目を浮かべながら、私を鋭利な視線で睨みつけて来た。
「どういうつもり!? いきなり手を出すなんて!」
「べ、別に手を出すつもりなど……」
「嘘よ! 父様に言いつけてやるわ!」
「アイリスさんのお父様って……」
「そうよ! この学園の学園長よ! アンタなんかすぐに辞めさせちゃうんだから! もう許さない。今までは見逃してやっていたけれど、もう許さないわ!」
「そ、それは………………やめてください」
最後の方は今にも消え入りそうなほどのボリュームだった。
私が下手に出たので気を良くしたのか、「そうねえ」と言いながら顎に手を当てた。
「まあ、アンタが私の前で土下座をしてくれるというのなら、許してやってもいいわ」
「ど、土下座ですか!?」
「そうよ」
そう言いながら彼女達はにやにやと笑った。
私に拒否権はない。もし仮にここで断ったら私はこの学園を退学させられてしまう。そうなれば、父様に顔向けができない。
私は地面に膝をつけた。
そして、頭を下げる。
「……す、すいませんでした」
掠れそうな声で私は謝罪の言葉を口にした。
土埃の匂いが鼻の中に入ってくる。
――情けない。
何も罪など犯していないのに私はこうして謝罪させられていた。
すると、
「それだけ?」
「……え?」
「それだけって聞いてるのよ」
彼女は言ってきた。
「どういう意味……」
「私の足を舐めなさい」
「あ、足をですか!?」
「そうよ」
そう言って彼女、アイリスは口角をもちあげた。
今日で徹底的に私を懲らしめるつもりらしい。
私はいくらなんでもそれは、と思い抗議する。
「さ、流石に足を舐めるなどといった行為は……」
「は? なに? 学校やめたいの?」
「……いえ、そういうわけじゃ…………」
「じゃ、さっさと舐めなさい、蛞蝓ちゃん」
私の目の前に彼女の足がつき出された。
こうなればもう私に残された選択肢はひとつしかない。
私は恐る恐るといったように彼女の足首を手に持ち、その足の裏に顔を近づけた。
――私は何にもしていないのに。
思わず涙が一粒地面に零れ落ちそうになったその時。
「何をしている!?」
ひとりの男の声が私の耳に入った。
声の主を確かめるように、声が聞こえたほうへと首を向けるとそこには――
「れ、レオ様……」
そう、この学園の生徒会長を務めるレオ・リグネロス様がいた。
成績優秀で将来最も期待されている生徒のひとりだ。
そして、彼はその誠実さを買われ、多くの女生徒から人気を集めていた。
「どうしたんだ、こんな所で。一体、何をしているヴェイルさん」
「ヴェイルって……私の名前…………」
彼と話すのはここで初めてだ。
何故、私の名前を……。
そう疑問を抱いていると彼は私の疑問に気づいたのか答えを教えてくれた。
「ああ、前にひとり教室に残って教室を掃除していたから記憶に残っていたんだ。掃除はチームでやるようにするのがうちの校則だからね。少し気になって調べてみたんだよ、一応これでも生徒会長なんでね」
なるほど、確かにそんなこともあったか。
本来ならば6人でやるところをひとり押しつけられて掃除した記憶が確かに頭の片隅に残っている。
「それでだ」
彼は重々しく告げた。
「君達は何をしていたんだい?」
「君達って……」
アイリスは狼狽した。
「君達は君達だよ。すまないね、名前を知らないもんで君達と呼ばさせてもらっているよ。それで、君たちは何故ヴェイルさんに土下座をさせていたんだ?」
「……そ、それは…………」
「なんだ?」
「彼女が私に手を出してきたので……」
「本当なのか?」
レオ様が私に問いかけてきた。
私は首を慌てて横にふる。私はあくまでも彼女の攻撃から身を守ろうとしただけで、攻撃などしたつもりはない。
「と、いうことだが?」
「で、でも! 本当に!」
「じゃあヴェイルさんに聞こう。なぜヴェイルさんは土下座をさせられていたんだ?」
「土下座をしないと……学校を辞めさせられると言われて…………」
「学校を辞めさせられる!?」
彼は信じられないといったように私が言った言葉を復唱した。
「立派な脅迫じゃないか」
「わ、私たちはそんなこと言って――」
「本当か?」
「……」
アイリスたちはたじろいだ。
それくらいレオ様の目はとがっていたのだ。
「……本当です」
どうやら彼女達は噓をつきとおすことに決めたらしい。
すると、レオ様は大きな溜息をひとつついた。
「はあ、本当は自ら自分の罪を白状してほしかったんだけどね」
「ど、どういうことです?」
「言葉通りの意味だよ。君達に自ら自分の罪を白状してほしかったんだ。さっきまでの出来事はずっと見ていたからね。流石にあれ以上は、と思い草木の陰から出てきた、という寸法さ」
「それじゃあ、さっきの出来事は全部……!」
「ああ、僕の目にちゃんと焼き付いているさ」
「……」
アイリスたちは絶句した。
「君達にはどうやらかなりのお仕置きが必要なようだね」
「……わ、私たちは」
「どうしたんだい? 何か反論でも?」
「い、いえ……」
「それならいいんだ」
そうして顔面蒼白と言った様子の彼女達を差し置いて、彼は私のもとに近づいてきた。
「大丈夫だったかい?」
「は、はい。助けて頂きありがとうございました」
「礼を言われることじゃないさ。それに結構、待たせちゃったようだしね」
「待たせるって何を……」
「涙。出てるよ」
瞼に手を伸ばした。すると、それより先に彼の手が私の涙をすくってくれた。
「悪かったね、完全証拠というものが欲しかったからすぐに飛び出せなかったんだ。その間に辛い思いをさせてしまったようだ。悪かった」
なるほど。彼は、草木の陰で彼女達が私に手を出すギリギリのタイミングまで飛び出してこなかったことを謝っているのだ。
「べ、別に大丈夫です」
「そうか。それなら良いのだが」
そういい、彼は立ち上がった。
「それじゃあ、一件落着ということでいいかな」
こうして私たちの事件は幕を閉じた。
この後のことを話すと、アイリスたちは停学処分を受けた。仕方がない。同級生を脅していたのだ。然るべき処遇といえるだろう。
そして私はというと、彼氏が出来た。
とても誠実な、私の本当の姿を見てくれる私の大切な大切な彼だ。
『氷の仮面』の氷を溶かしたのは――
紛れもない彼の私を想う優しさだった。
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