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Peace 01:First Puzzle

「な、な、な……」

『何でお前がここに、ですか?それはまあ、追って説明しますとしまして』

 いきなり目の前に現れた男の姿に、チップは状況を理解できないまま後ずさる。

 驚きすぎて言葉が出せずにいると、男は器用に自分の言いたい事を理解したらしい。が、質問したい事には全く答えていない。

「こ、これ、何なの、あんたは何者なんだよ、それと――」

『まあ、落ち着きましょう。契約書にサインをいただいた以上はしっかり説明せねばなりませんし――』

 契約書?いきなり何の話だろうと男を見る。と、男はにこやかに何かの紙を見せた。

 明らかに見覚えのある自分のへたくそな文字。先程自分がサインしたものらしい、その紙の上の方にはしっかりと「契約書」の文字があった。真ん中はもう読む気がしないほど細かく文字が描かれていて早々に読むのをあきらめる。

「ちょ、ちょっと待って――じゃあこれ、やっぱりアルフからのじゃなかったってことか?」

 今更ながら、開けるんじゃなかったと後悔する。契約ってものが一体何の事かもわからないままだが、何かものすごくいけない事をしてしまった気がする。

 が、男は笑顔を絶やさずに首を横に振る。「アルフ様から承りましたよ」と微笑みながら話す彼に、あまりに呆れて返せる言葉は見つからない。

『ま、いきなり説明しても理解はしないでしょうから――まずは実践で覚えて貰いましょうかね』

「実践?」

 何かものすごく不穏な空気を感じて、チップはずるずると後退する。それをとくに追いかけるでもなく、男はパチンと指を鳴らす。

 その瞬間、チップの部屋だったはずの場所は全く違う空間になっていた。床も、壁も、白黒の市松模様。立方体の中を思わせる四角い空間には、中央に大きな砂時計が据え置かれている。

 が、その砂時計の中身は砂なんかではなかった。ちいさな、無数のパズルピース――それが、砂時計の上の方に詰まっている。

『チップ様にはこれから、このパズルを解いていただきます』

「……どっから出すわけさ、ソレ」

 乾いた声で、チップはおずおずと質問する。未だに何がどうなっているかわからないのに、いきなりパズルを、しかもこんな巨大なのをとけだなんて。いったい何日かかるんだろうか。いっそ夏休み中に終われば奇跡かと思うくらい、砂時計の中のパズルは膨大だ。さらに言えば、質問した通りどこからピースを出すのかすらわからない。

『なかなかいい質問をします。流石は親ゆ……おっと、まあそれはいいとしまして。パズルのピースを外に出すには、チップ様にクエストをこなしていただく必要がありまして』

 いよいよ訳のわからない話になって来た。男が何かを言いかけたが、それ以上にクエストってもんが何なのか気にかかる。

「……そのクエストって?」

『一日に一度、発行されます』

 いや、質問に答えられていない。じっとりと睨めば、男は意に介したふうもなく指を鳴らす。その気障っぽい仕草はちょっとイライラする。

『まあ、ようはノルマってことです。制限時間内に指定されたノルマをクリアすれば、それに応じた報酬としてそこの砂時計の中身が落ちてきます。ま、とりあえずやってみてください』

 お前はなんで笑ってるんだと問い詰めたいほど憎たらしい笑顔で、男はいつの間にやら手にしていた指揮棒みたいなものをくるりと回す。また、部屋の状態が一変した。

 今度はもう、その空間は部屋なんかではない。爽やかな風が吹く、緑豊かなそこは――

「…………森?」

『はい、森です。よくできました〜』

 ぱちぱちぱちぱち。

 わざとやっているのか、馬鹿にしているのには間違いない気がする。確認のための呟きに拍手なんぞしている男を本気で殴りたくなった。

「いい加減にしないと殴るぞてめー」

『ああっいけません、暴力反対です。あ、でも武器は装備してくださいね』

 やはり意に介さず、男は自分のペースで喋りはじめる。付き合ってられないとも思うが、この状態でどうしろというのか。そんな事を考えていると、目の前にちいさなナイフがいきなり現れた。

「うわっ!?」

『ほらほら、いちいち驚かないでくださいね。とりあえずそれ取って』

 言われるがままに、ナイフの柄を握る。小さなナイフだったそれは、握った瞬間に普通の――がどんなサイズか知らないが――剣になった。

「な、な、な」

『それ好きですねぇ。何だこれは、という事ですが、まあそういう魔法とでも思ってくださいな。今からそれがチップ様の相棒なんですから、大事に扱ってくださいねぇ』

 やっぱりにこにこしながら、言いたい事を読んでしまう。ひとまずこの男に何を言っても自分のペースで済ませてしまう事は学習した。が、今から何をするかは、さっぱりだ。

『はいはい、今日のクエストは……ま、初めてですしちょっくら弱いモンスターでも倒していただきましょうかね』

 最後に男が呟いた物騒な台詞に、チップは改めて思うのだった。


 あんな箱、開けなきゃよかった――と。




 ぜえぜえと息切れしながら、チップは改めてなぜこんな状況なのかを思い出す。

 そう、すべてはあのすかしたスーツ男。あいつの持ってきたヘンな箱を開けてしまったがために、こんなことになっている。

 草が密集して走りづらい獣道を、目的のものを追い回して走り続ける。数メートル先を疾走するのは、何故かウサギの耳が生えた四角いなにか。

 サイコロのように見える四角い物体、それにとってつけたようなウサギの耳。シュールなそれを、十体も倒せというのだからこまる。というか、見た目以上に相当にすばしっこい。

挿絵(By みてみん)

『チップ様〜、ファイトですよ』

 どこからか、あのスーツ男の声援が響き渡る。クエストとか言うものの目的だけを告げて視界から消え去った彼は、どこかで自分を見守っているらしい。でもその応援はイライラする。

「うう、何で俺がこんな事……」

 いかに体力だけが取り柄のチップでも、限界ってものは存在する。与えられたノルマは十体。そのうち九体は倒したものの、何故か最後のその一匹だけがつかまらない。

 サイコロウサギ(と、勝手に命名した)を倒すのは簡単だった。剣を叩きつければ、すぐに気の抜けた悲鳴を上げてしぼんでなくなる。中が空洞なのかとも思ったけど、スーツ男から言わせると「全モンスター共通」らしい。というか、これ以外にモンスターが居るのかなんて思うが、今は目の前のアレを倒さないとならない。

「うう、疲れた」

 走りつかれて、チップはいったん立ち止まる。最後の一匹はお構いなしに先を行くが、それどころではない。へとへとで喉も渇くし、マラソンをした時のあの脇腹の痛みまである。

『大丈夫ですか〜?』

「んなわけないだろ……」

 怒る気力もなくて、チップは居るはずのない男の姿を探す。やっぱり、姿はどこにもない。

『あ、でも向こう、行き止まりっぽいですよ』

 多分ずっとにこにこしながら言ってるのだろう。それを想像しただけでイラっとするが、殴れるはずもないので我慢する。向こう、というのは一本道のまだ進んでいない先だろう。目を凝らせば、確かに岩肌のようなものが見えた。

「きゅきゅーい!」

 歩いてそこまで行くと、特徴的な動物の声。見れば、数体のサイコロウサギ(仮名、性別不詳)がこちらを見て飛び跳ねている。……あれだけを見ればなかなか可愛いものなんだが。

「逃げるなよ」

 剣を構え直して、チップはじりじりとサイコロウサギに近寄っていく。が、逃げるなと言って逃げないわけもない。さらに奥へ逃げ出す目標を、仕方なく追いかけた。

 程なく、完全に行き止まり。追い詰められた鼠のように震えるサイコロ。サイコロ面に落書きみたいにくっついている平面的な目がうるうるしている。

「……なんかすごく悪い事してる気分なんだけど」

『可愛い見た目に騙されちゃなりませんよ、こいつら意外と凶暴ですから』

 今更ながらにすさまじく罪悪感を覚えるが、こいつを倒さなければクエストとやらが終わらない。さっさと終わらせてしまいたいと思う反面、どうしても目の前の小動物に剣を叩きつけるのがためらわれる。

「きゅっきゅー!」

 迷いながらも、一歩近寄った瞬間。

 さながら特撮のCG効果みたいに、サイコロウサギ(もう正式名称でいいです)が急に光り出した。

「な、なんだ!?」

 唐突なそれに対処する余裕はない。腕で目をかばって、やけるような光を直視しないようにガードする。光はすぐに収まったようで、恐る恐る腕を下す。

 と――。


「……でかっ!?」


 目の前には、何とも巨大なサイコロウサギ。多分、耳抜きでもチップの身長を軽く越してしまう大きさだ。

『なんと、融合してしまったようですねぇ。さしずめネオ・サイコロウサギとでも……』

「黙っててくんないか」

 もういい加減、スーツ男のナレーションはいらない。こっちは必至だっていうのに、良い御身分だ。

『……失礼。流石に、ふざけていては貴方が踏みつぶされて死んでしまいますね』

 唐突に、スーツ男の声音が変化した。低くて重い声が聞こえたと思うと、瞬時に隣に彼が現れる。

『まあ、倒してもらうことには変わりないんですが、いささかレベルが高い相手です。今回は特別に一緒に闘って差し上げましょう』

「最初からそうしろよ……」

 げんなりして、チップは横で指揮棒を構える男を睨む。とはいえ、そんな細い棒で何をするつもりか。

『とりあえず足でも凍らせてあげればいいですかね?そしたら、倒せますよね。小さいのと耐久力はさほど変わりませんから』

 にこにこしながら、男は指揮棒をくるっと回す。丁度円を描いたような軌跡の内側に、何やら規則的な動きで指揮棒を振ると――

「き、きゅぴぃーっ!?」

 みるみるうちに、目の前の巨大サイコロウサギの足元が凍っていく。なるほど、やはり魔法を使うということだったらしい。

『んじゃ、健闘祈りまぁーす』

「ちょ、待てよ!?それだけ!?」

 非情にもまた姿を消してしまうスーツ男の、返答はない。

 仕方なく、チップは目の前でもがくウサギもどきに視線を向ける。腕らしいものがなく、耳と足が箱から生えているだけの相手には、すでに攻撃手段がない。

 なんだかやっぱりかわいそうな気がするが、これも目的のため、仕方がないと割り切って、剣を振り上げる。

 ――が、目的って、なんだろうか。

 持っている剣を振り下ろす前に、そんな疑問がよぎる。

 あの男のいいなりにというか、ペースに巻き込まれてここまでやって来たが――

 抵抗しない生き物を殺してまで達成する目的って、なんなんだろう――?

 その疑念がわき起こると同時、何か見えないものが、剣を振りおろせとばかりに自分の腕を動かした。



 空気が抜けていくように目の前の生き物が崩れ落ちる。その瞬間から、周囲はあの白黒の空間へ戻っていく。

『お疲れさまでした』

 にこりと微笑む黒スーツの男が、まるで家に帰ってくる主人を出迎える執事みたいに会釈する。そのすぐ隣にある砂時計の上から、大量のパズルピースが落ちてきた。

「……なんなんだよ、これ」

『クエストをクリアすると、報酬としてこのパズルのピース……ピースポイントが与えられます。パズルを解くというのは、クエストをクリアする事なんですよ』

 淡々と解説する男に、チップは何と言えばいいかわからない。さっきまでやっていた事が何なのかは、ほんの少しわかった。けれど、それをやる意味なんて、どうしてあるんだろう?

『ピースポイントを貯めると、自動的にパズルが組み上がっていきます。ほら、さっきの森が組み上がりました』

 穏やかな笑顔で、スーツの男は部屋の隅を指差した。見れば、先程まで歩いていた森が、まるでジオラマみたいに出来上がっている。よくよく見れば、その全部がパズルのピースで作られていた。

「……完成すると、どうなるんだ」

 色んな事を一度に聞きたくなりながら、一番気になる事を訊ねた。何のためにこのパズルを完成させなければならないのか、このパズルが完成するとどうなるのか。全然、わからない。

『世界が、創られるんですよ。どんな世界になるかは、チップ様次第です。そして、このゲームから抜け出せるかどうかもね』

 つまりは、このパズルが完成するまで自分はずっとここから出られないという事らしい。

 本当にもう、何が何だか分からなくなってきた。

『申し遅れすぎた事をお詫びします。私はこのパズルのゲームマスター、アルフレッド。クエストの管理からサポートまでを行わせていただきます』

 本当に遅い自己紹介をした男の名は、不本意にも親友の名にそっくりだった。




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