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Peace 00:Peace Puzzle


 ぼすん、と古びたソファーに座って、チップは手に持っていたソフトクリームをほおばる。甘いバニラが口の中でとろける。これほど幸せな時はない。

 時刻は夕暮れ、学校も終わってそろそろ、みんな家に帰ったり友達と遊んだりする時間。チップも例外じゃなくて、今日は街にある古い喫茶店で親友のアルフとデザートに舌鼓を打っている最中だった。

「やっぱ、ここのが一番うまいよなー」

「チップ……あんまがっつくと腹壊すよ」

 おおよそ自分の倍のスピードで消費されるソフトクリームを見て、アルフは苦笑いする。

 金髪碧眼、ちょっと美形で歳の割には背が高いアルフは、どこからどう見てもチップの兄か従兄弟かにでも間違われそうな容姿をしている。着ているものも大人びた黒いベストにウイングシャツ、赤色の蝶ネクタイなんていうフォーマルまっしぐら。対するチップはというと、どこにでもいる普通の子供にしか見えない。やはりそこそこ身長は高いが、あまり手入れをしていない髪と童顔のせいもあってかアルフよりふたつみっつも下に見える。二人はこれでも、同い年で十五歳だというのだから驚きものだ。

「そういや明日から夏休みだけどさ、宿題どうする?」

 まだ半分も減らないソフトクリームに口をつけながら、アルフが尋ねる。途端に、チップは嫌そうに眉をしかめた。勉強嫌いのチップには本当に耳に痛い話題なのだ。それを知らないアルフでもないが、最初からきちんとくぎを刺しておかないとあとで苦労するのはチップなのである。そして、尚且つ宿題が終わらなくてアルフに泣きつく事も見こしているのだろう。そのくらいはチップも理解していたが、正直にやる気が起きない。出来ないってことはないんだけれど。

「宿題……あはは、宿題かー」

 乾いた笑いを浮かべながら、チップは項垂れる。幸せ気分から一転、まだ夏休みは始まってもいないのに憂鬱な気分だ。

「ま、手伝ってやるからそんなに気を落とさないよーに。さぼったら、今年から絶対手伝わないからな」

 ぐさり。厳しい一言が胸に刺さる。頼みの綱のアルフにそんな事を言われては、従う他ない。

 願わくば、ほんのちょっぴりでも優しく教えてくれる事を祈りながら喫茶店を出た。



「――明日どうする?暇ならうちに来る?」

 近所の公園を横切って帰路につく。公園から出たら、二人は別方向だ。その出口の手前で、アルフが足を止めて問いかける。

 夏休みにやることなんて言ったら遊ぶことと宿題くらい。アルフの家なら遊びにも宿題にも事欠きはしないだろうから、チップはすぐさま頷いた。ほんのちょっぴり、アルフのお母さんが作ってくれるお菓子にも期待しつつ。

「じゃあ、明日うちに来いよ。実はさ、珍しいもんが手に入ったんだ」

「珍しいって、また親父さんが何か買って来たのか?」

 得意げに話しだすアルフに、チップはだいたいどういう事か検討をつける。アルフの父親は趣味で頻繁に旅行に行く。そのたびに、現地から珍しいものを手に入れてくるらしい。アルフの部屋はそういうお土産類でいっぱいで、まるでおもちゃ箱みたいになっている。本人は邪魔がっているけど、実は結構羨ましい。

「うん。ま、どんなものかは明日来るまでのお楽しみだ。楽しみにしとけ!」

「え?ちょっと――って、行っちまったよ」

 言いたいだけ言ってすぐさま走って帰ってしまうアルフを見送って、チップはそのまま帰路につく。明日一体どんなものを見せて貰えるんだろう。アルフがああ言うようなものは決まって面白いものだった。ほんの少し、胸がわくわくする。早く明日にならないかなと思いながら、すぐに辿り着いた自宅のドアを開けた。

「ただいまー」

 靴を脱いでリビングに上がれば、キッチンからいいにおい。次いで、母親が出迎えた。

「おかえり、またアルフくんと遊んでたの?」

「うん。明日、アルフのところで宿題やってくる」

 質問に頷いて、明日は何をするか先に言う。宿題という単語に「迷惑かけないのよ」なんて反応する母親は、当たり前だがよく自分を理解している。適当に笑ってごまかして、テレビのスイッチを入れた。



 翌日、朝食を食べていると家のチャイムが鳴った。

「あら、お客さん?チップ、ちょっと出て来て頂戴」

「わかった」

 キッチンでせわしなく仕事をしている母親に言いつけられ、チップは玄関に向かう。この家の玄関は一部が曇ったガラス張りで、外に誰が居るかほんのちょっとだけわかる。黒の多い影を見て、ひょっとしてセールスの人かななんて思う。けれど、こんな朝早くに普通セールスは来ない。

「どちら様ですか?」

 ドア越しに尋ねれば、外の来客は丁寧にも「早朝から失礼します」なんて。失礼を承知の上で来ているという事らしい。

「チップ様にお荷物を届けに上がりました」

「え?俺?」

 まさかの指名に、チップは心当たりがないか考える。が、誰かから何かが届くなんて、聞いてない。

「こちら、差出人名はアルフ様となっております」

 誰からだと尋ねれば、昨日遊んだばかりの親友の名前。何か送ったなんて全く聞いてないけど、もしかするとまた新手のいたずらでも思いついたのかもしれない。そっとドアを開ければ、ニコニコと微笑む黒スーツの男が姿を現した。

 金髪碧眼、アルフをもっともっと大人にしたらこんな感じかもしれないなんて思う、けっこうかっこいいお兄さん。真っ黒なスーツはすごく暑そうなのに、そのお兄さんは涼しい顔をして抱えていた箱を差し出した。その上には、何かの紙きれ。

「受取人様のサインを、お願いします」

「あ、はい」

 ボールペンをさっと差し出され、示された場所にあわてて名前を書く。その紙は彼が回収するものらしい、名前を書いた瞬間、さっと引き抜かれた。

「では、お受け取りください」

「あ、どうも……お疲れさんです」

 あくまでも優雅に会釈してその場を去っていく配達のお兄さんを見送ると、チップは箱を持ったままリビングに戻る。

「どうだった?」

「あ、うん。アルフから何か届いたんだ」

 やはり背を向けられたまま母親に客の事を訊ねられる。短く返事をすれば、そう、とさらに短く返事が返ってくる。忙しい時の母親はいつもこうだから、さして気になる事でもない。

 手早く朝食を済ませると、アルフは二階の自分の部屋に戻って箱をベッドの上に置く。

 届けられた箱は、宅配便にしては送り状すら貼っていない。アルフの名前なんてどこにも書いてないし、自分の名前も書いていない。今になって、受け取ってほんとに良いものだったんだろうかとか、もしかするとアルフじゃない誰かの悪戯なんじゃないかとか、疑問ばかりが頭によぎる。チップのあまりかしこくない頭でも、真剣に考えればアルフがいきなり何も言わずにものを送ってくることなんてあり得ない。

「うーん……まあ、開けてみようかな?」

 まさか爆弾なんか入っているわけでもあるまい。第一そんな事をするメリットが他人には全くないわけだし、もしかするとほんとにアルフが悪戯に送りつけてきたものかもしれない。結局、箱を括っていた紐をといてみる事にする。

 きつく縛ってあった紐は案外簡単に外れた。良く見れば包装紙にくるんであって、上から叩いてみると、木の箱みたいな軽い音がした。

「なんだろう」

 不思議に思いながら、茶色い包装紙を破ってはがす。程なくして中からきれいに装飾が彫りこまれた木の箱が出てきた。

 抱えるほどある箱は、いくつかの段が作られていてそれぞれに紋章の掘りこまれた鍵穴がついていた。鍵を差し込んで開けていくものらしいが、鍵らしきものは一切――

 あった。箱の底に、小さな銀の鍵が一本、張り付けてあった。なんと紛らわしい。

「でも、これで全部開くのか?」

 首をかしげて、チップは鍵と箱を見つめる。箱を振ってみれば、中から何かがざらざら、ことこと動く音がする。細かいものがたくさん入っているようだ。

 悩んでいても仕方ないと、一番上の鍵穴に鍵を差し込んでみる。難なく収まった鍵をひねると、かちりと音がして上蓋が開いた。

 その瞬間、チップの周囲を中心に亀裂の走る音がした。


「えっ……!?」


 ぴしぴしと、自分が座っている場所に亀裂が入る。ベッドの柔らかいシーツの上だというのに、まるで石みたいに入る亀裂――その形は、見た事のあるものだった。

「――パズル……?」

 見覚えのあるその形に、該当するものの名前を呟く。驚いているうちに、不規則なパズルの亀裂は部屋中を飲み込んだ。

 そして。

「――うわっ!?」

 ぱりん、と部屋のパズルが砕けた。ざらざらとピースが砂のように積り、自分の周りに山積する。――が、大量にパズルのピースが存在する以外、部屋はいつもの自分の部屋だ。

 暫し唖然と部屋を見る。慌てて外を見れば、外は何ともなっていない。この部屋だけの出来事なのだろうか。


『お開けになられましたね』


 びくり。いきなり背後からかけられた声に、チップは心臓が飛び出そうなほど驚いた。

 慌てて振り向けば、そこには――

 金髪碧眼、黒スーツを着た謎の宅配員がいた。



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