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九十一段 吉凶は、人によりて、日によらず

徒然草 九十一段 原文


 赤舌日(しやくぜつにち)といふ事、陰陽道(おんやうだう)には沙汰(さた)なき事なり。昔の人、これを()まず。この(ころ)、何者の言ひ()でて()み始めけるにか、この日ある事、(すゑ)とほらずと言ひて、その日言ひたりしこと、したりしことかなはず、得たりし物は失ひつ、(くはた)てたりし事成らずといふ、愚かなり。吉日を(えら)びてなしたるわざの(すゑ)とほらぬを数へて見んも、また等しかるべし。


 その故は、無常変易(むじょうへんやく)(さか)ひ、ありと見るものも存ぜず。始めある事も終りなし。志は遂げず。望みは絶えず。人の心不定(ふぢやう)なり。物皆幻化(げんけ)なり。何事か暫くも住する。この(ことわり)を知らざるなり。「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は、人によりて、日によらず。

 授業も終わり、帰りの時間。SHR(ショートホームルーム)の為に4組の教室に向かったのだが、扉の前まで来たら何やら言い争う声で騒がしかった。わざと引き戸の音を強く立てて中に入る。どうやら男子と女子が揉めていたようだ。全員が席に着くのを見届けてから問いかける。


「どうした? 何かあったか?」


 聞くと、お菓子の分け方で争っていたらしい。


「ああ、高師先生の仙台土産か」


 この前の日曜、お姉さんの結婚式に参列する為に宮城に行ってきたそうだ。新学期すぐの実力テストで国語の平均点が75点以上だったらお菓子を買ってきてあげる、と約束したらしい。生徒達は見事クリアし、お菓子をゲットした。食い物の力とは恐ろしい物だ。

 仙台銘菓と言えば萩の月が有名だが、今時の生徒達に合わせてシューラスクを買ってきたようだ。ラスクなら日持ちもするし、なにより可愛らしい。高師先生は流行に敏感で感性も若い、生徒達もお洒落なお土産に大興奮したようだ。

 しかし、問題はその数だった。「ひとクラスひと箱なー」とお菓子の箱を置いていったが、内容量は50枚入り。4組は教室にいない梅津を含めて34人。1枚ずつ配っても16枚余る。誰が2枚貰うかで揉めていたそうだ。全く、食い物の力とは恐ろしいな。

 

「じゃんけんで決めればいいじゃないか」


 そう提案するが、窓際に座る男子の戸崎から声があがった。


「俺もそう言ったんです。でも、羽谷(はがい)が女子の16人で分ければ丁度いいって言い出したんです」


「おいおい、それは不条理じゃないか。どういう事だ羽谷?」


 4組の女子は16人。対して男子は18人だ。確かに数は丁度になるが、女子だけに分けるのは不公平だろう。

 俺が注意すると、廊下側の後ろの席に座る羽谷は悪びれた様子もなく言い放った。


「だって、今日はすずらんの日だから」


「すずらんの日?」


 オウム返しした俺に羽谷は説明してくれた。


 ヨーロッパではすずらんは春の象徴として中世以前より愛されていた。幸せを運んでくると言われ、日本より冬が深く厳しい欧州では何より春の訪れが人々の希望であったに違いない。

 また、すずらんは恋人たちの花とも言われ、舞踏会では女性はすずらんをイメージした白いドレス、男性は胸にすずらんをひと(くき)さして踊ったそうだ。イギリスのキャサリン妃がウェディングですずらんのブーケを幸せそうに持っていたのは記憶に新しい。

 そして遡ること1561年、シャルル9世が幸せのお裾分けをしようと毎年5月1日を宮廷の女性たちにすずらんの花を贈る日と定めた。以降、年月を経てすずらんの日は女性に贈り物をする日となったらしい。


「だから、今日は女子にサービスしてくれてもいいんじゃないかって」


 なるほど、羽谷は物知りだな。俺は花に興味なんてないからなあ、花の知識なんて短歌や俳句に出てくる物しか持ち合わせていない。


「だそうだ。これを聞いて男子たちはどうだ? 納得したか戸崎?」


「わかった、それで女子が喜ぶなら俺は1枚でいい。皆は?」


「別にいいよ」

「すずらんの日なんて知らなかったな、じゃあいいよ」

「俺も、それで文句ないよ」


 口々に賛成する男子たち。揃いも揃って紳士だな。こいつらきっと大人になればモテるだろう。


「よし、じゃあそれで決定だ。俺から配ろう」


 箱を抱え席を回り、女子に2枚、男子に1枚ずつシューラスクを配った。梅津の分は俺が預かったから、後で保健室に持っていくとしよう。


「さてと、ゴホン」


 わざとらしい咳払いをして皆の視線を俺に向ける。


「今日が何の日か知ってるか?」


 俺の質問に首を傾げる生徒達。羽谷がたまらず答えを返した。


「は? すずらんの日じゃないの」


「今日は扇の日だ」



 『徒然ww2 九十一段 吉凶は、人によりて、日によらず』



「扇の日?」


「源氏物語の中に夕顔という名の女性が出てくるんだが、夕顔が主人公の光源氏に短歌を書いた扇を贈るんだ。そのエピソードにちなんで、日本扇子(せんす)団扇(うちわ)協会が5月1日を扇の日と定めている。女性から男性にメッセージを添えた贈り物をしようという日だ」


 2人の恋の切っ掛けになったという事で()()日の語呂合わせで今日になった。無理矢理感は否めないが、企業や団体が決めた記念日なんて他にも無茶苦茶な物がたくさんある。特に語呂合わせ系はとんでもない物も多い。


「女性から男性に?」


 バツの悪そうな顔で言う羽谷。俺が何を言いたいか、気付いたのだろう。


「そうだ、どうする? 扇の日だから女子から男子に何かあげなきゃフェアじゃないよな」


「じょ、女子がシューラスク1枚で……」


 苦し紛れにそう答えるが、男子も頑固というか、やはり紳士だった。戸崎が遮って拒否する。


「待てよ羽谷。男が一度言い出した事を(くつがえ)せる訳ないだろ。数だって男子に2枚配る分はないんだし、今日は女子が喜ぶ日、そんでお礼を言われて男子も喜ぶ日。それでいいじゃん。他の男もいいよな?」


 イケメンすぎる。戸崎の問いかけに男子一同も了承し、女子のシューラスクが2枚、そうまとまった。


「あ、ありがと」


 羽谷は光源氏が美しすぎてまともに顔も見れず短歌で告白した夕顔さながら、顔を真っ赤にして、お礼の声を絞り出すのがやっとだった。

 不意に女の子扱いされるのって効くんだよなあ。


「羽谷、今日がすずらんの日ってのは間違いないんだが、だからと言ってクレクレしていい日って訳じゃないぞ。バレンタインの前に男子がチョコ募集中なんて書いたプレートを首からぶら下げてたらどうだ? チョコあげる気になるか?」


「……なりません。むしろ嫌いになるかも」


「だろ? こういう○○の日ってのはさ、言わば気付きの日だ。誰かに何かをしてあげようっていう気持ちになる為の日じゃないかな?」


 男子たちにもいい気付きの日になっただろう。やっぱり女の子は記念日とか占いとかが大好きなのだ。それをチェックして先回り出来るようなマメな男がモテるって事。俺? ははは、無理だよ。だってガサツだもん。


「うん、よくわかりました。あと、うちのクラスの男子がカッコいいってのも。憧子(あこ)、号令!」


「え? あ、うん!」


 突然名前を呼ばれた委員長の櫻井は驚きつつも、やがてピンと来たのか、凛とした声で号令をかけた。


「女子一同起立! 男子に向かって礼! ありがとうございました!」


「「「ありがとうございました!」」」





 夜。車での帰り道。

 部活終わりの金沢先生に職場体験について色々教えて貰っていたら遅くなってしまった。熱心に指導してくれるからついつい甘えて長くなってしまう。部活がない俺はいいが、金沢先生は本当に大変だと思う。


 思うところがあって、今日は寄り道をしていく。

 大通りから2本ほど中に入れば、そこはすっかり閑静な住宅街。結構立派な家が立ち並び、オレンジの琉球瓦に真っ白な壁のお洒落な家が目的地だ。

 他の車に迷惑にならない様に、出来るだけ車を左に寄せて路上駐車。ちょっと前までは俺が来たときでも駐車するスペースがあったのだが、最近妹の(ゆかり)ちゃんが車を買ったのだ。庭先の砂利には3台の車がびっしりと並んでいる。

 夜だから音を立てない様にそっと車のドアを閉めて、サイドミラーで身だしなみをチェック。よし、今日もイケメンだ。ちょっと緊張しながら呼び鈴を押した。


「はい、どちら様……卜部さん、今開けますね」


 お母さんの声だ。家族水入らずの所に押し掛けて少しだけ申し訳ない気持ちになる。


「夜分にすみません。抄子ちゃんに渡したい物があって、すぐ帰ります」


「あら、ゆっくりしていけばいいのに」


「いえ、明日もお互い仕事ですから」


「そうね、学校変わって今が大変な時期よね。待ってて、抄子を呼んでくるから。……抄子〜! 抄子〜!」


 インターホンからドタバタと騒がしい音が聞こえて、しばらくしてドアが開いた。


「兼好くん? 何かあった? 入る?」


 既にお風呂に入ったようで、濡れた長い髪とピンクのパジャマが艶っぽくて、愛おしい。


「いきなりごめんね。これだけ渡したくて」


 後ろ手に隠してあった花束を彼女の眼前にパッと出す。俺が花束なんてガラにもないが、たまにはいいだろう。


「わあ、可愛いすずらん。ありがと、でも、何で?」


 今まで何となく馬鹿にしてたけど、占いとか記念日とか、まあ、悪くないと思えた。すずらんの鈴の様な小さくて可憐な花を見たら、抄子ちゃんに似合うだろうと思って買わずにはいられなかった。


「記念日だから」


「記念日?」


「5月1日は俺と抄子ちゃんが初めて名前で呼び合う様になった、記念日」


 はじめは驚いていたけど、すぐに彼女は満開の笑顔になってくれた。シャンプーとすずらんの香りが混ざって、恋の匂いがした。



 


徒然ww 九十一段 意訳


 六曜の中に赤舌日(しゃくぜつにち)というのがある。陰陽道の世界では取るに足らない事だ。昔の人はこんな事は気にしていなかった。最近になり、誰が言い出したかもわからないが不吉な日だと忌み嫌う様になり、「この日にやり始めた事は半ばで終わり、言ったことや為すことも実を結ぶことはなく、手に入れたものはすぐに失い、何かを計画しても成功することは無い」などとのたまった。全くバカバカしい。わざわざ大安吉日を選んだとしても、物事の成功率なんてのは赤舌日に始めた事でもほとんど変わらないものだ。


 何故ならば、この世の全ては不安定で、そこにあるものがずっとそのままでいられるなんてことはない。始まった物は終わりに向かっていく。目的は達成できない。夢は叶わない。だけど欲望だけは消えず、膨れあがるばかり。人の心というのはいつも矛盾だらけで、物はその内無くなるから幻と一緒だ。全てに永遠などない。それを理解していないから、「吉日に悪い行いをすると罰が当たり、悪い日に善行をすれば徳か積める」などと訳のわからない事を恥ずかしげもなく口にし、実行する。結果の良し悪しはその人によるもので、日柄など関係がないのだ。

 


 



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[良い点] ふふ♪まぁ、よろしく爆発して下さいな♪
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