百六十六段 人間の、営み合へる
徒然草 百六十六段 原文
人間の、営み合へるわざを見るに、春の日に雪仏を作りて、そのために金銀・珠玉の飾りを営み、堂を建てんとするに似たり。その構を待ちて、よく安置してんや。人の命ありと見るほども、下より消ゆること雪の如くなるうちに、営み待つこと甚だ多し。
人の一生は薄氷の上を渡る様なものだ。
氷の下には肉食の魚がうじゃうじゃいて、万が一落ちてしまえばたちまちにその身を食われてしまうだろう。
落ちる姿を想像すれば怖くて怖くて、足が震えてくる。
それでも、人は踏み出さなければならない。
氷の道を、自分の足で。
『徒然ww2 百六十六段 人間の営み合へる』
人生とは苦難の繰り返しだ。
テレビから流れてくる朝のニュースを見ても、外国の内戦が終わらないとか、ひき逃げ事件が起きたとか、暗い話題ばかり。
飲み会に行けば同期の愚痴に付き合い、ネットに逃げても誹謗中傷で溢れ、心の平穏など何処にも無い。
「卜部先生、そろそろ時間です。行きましょうか」
四月六日、始業式の日。生徒達は新しいクラスに割り振られ、仲の良い友達と離れてしまった者、かたや想いを寄せる人と同じクラスになった者など悲喜交々だろう。新しい仲間と新しい教室で教師がやってくるのを待っている。
「そうですね、行きましょう今川先生」
教師になってまだ三年目の副担任を伴って、職員室から三年四組の教室へ向かう。
「桜、もって今週までですかね」
今川先生が窓の外を眺めてこぼした。桜の木は満開のピークを過ぎ、はらはらと花弁を落としている。
「そうですね。でも、よくもってくれた方じゃないでしょうか。去年なんて開花が早かったから、入学式にはもう終わってましたし」
太平洋に面し比較的暖かい東海地方では、例年三月末が桜のピークだ。卒業式には間に合わず、入学式には既に散っているのが常なのだが、今年は耐えて華やかに新入生を迎えてくれた。
「そう言われればそうですね。始業式に桜が満開なのも珍しいかも」
不安はある。
右も左も分からない新しい学校で、初めての受験生の担任だ。それに今川先生は頼ってくれるが、俺だってまだまだ経験不足のひよっ子に過ぎない。
それでも。
「いよいよですね卜部先生。私緊張してきちゃいました」
三年四組の教室の前で、二人で足を止め、深呼吸する。中からは楽しそうな男子の声が聞こえてきて、やんちゃそうで頼もしい。
「僕も緊張してますから大丈夫。さあ、参りますか」
勢いよく扉を開ける。
ガラガラと小気味いい音が響いて、蜘蛛の子を散らした様に生徒達は一斉に席についた。シーンとなって、視線が俺達に集まる。
不安はある。重圧に負けそうになる。
それほどに教師が子供の人生に与える影響は大きい。
でも。それでも。
「皆おはよう。担任の卜部だ。」
俺を見つめる、生徒達の若い真っ直ぐな、無垢な目を見る度に、こう言ってしまうのだ。
「最高の一年にしよう!」
来年の今頃も、桜が咲く事を信じて。
徒然草 百六十六段 現代文意訳
この世の、人の一生という物を紐解いてみれば、暖かい春の日に雪だるまを作り、金銀財宝にて派手に飾り、安置する為の堂を建てる様なものだ。今は生きていても、命とは溶けていく足元の雪の様な物で、それでも、人は努力していれば必ず報われると信じて止まないようだ。