八十一段 主のつたなく覚ゆる
徒然草 八十一段 原文
屏風・障子などの、絵も文字もかたくななる筆様して書きたるが、見にくきよりも、宿の主のつたなく覚ゆるなり。
大方、持てる調度にても、心劣りせらるゝ事はありぬべし。さのみよき物を持つべしとにもあらず。損ぜざらんためとて、品なく、見にくきさまにしなし、珍しからんとて、用なきことどもし添へ、わづらはしく好みなせるをいふなり。古めかしきやうにて、いたくことことしからず、費もなくて、物がらのよきがよきなり。
痛車というものがある。アニメや漫画の美少女キャラのイラストを車体にペイントしたりステッカーを貼ったりした車の事で、傍から見て「痛々しい」から「痛車」という訳だ。
この「痛い」文化は車だけに留まらず、痛パソコンや痛スノーボード、はたまた背中に大きく美少女キャラのイラストを描いた痛サイクルジャージなんて物まである。俺は痛サイクルジャージ、通称「痛ジャー」は持ってないが、ロードバイク仲間に二人ほど痛ジャー愛好家がいるからよく目にする。一緒に走っていると男子学生から笑われたり若い女性から白い目で見られたりするが、当の本人は素知らぬ顔。そんな反応にも笑顔で手を振ったりと、羞恥心など欠片もない。あの強靭なメンタルは見習いたいものだ。
『徒然ww2 八十一段 主のつたなく覚ゆる』
待ちに待った修学旅行、その初日。東京行きの新幹線のホームで生徒達の点呼を取っていた。生徒達は皆ソワソワして楽しそうだ。俺自身も修学旅行の引率は初めてだからワクワクしてる。そんな俺とは逆に今川先生は旅の栞に何回も目を通してずっとスケジュールを確認していた。どんな時でもガサツな担任と繊細な副担任の構図は変わらないようだ。
「よーし全員いるな。じゃあ新幹線が来るまで待機だ。通路を確保して広がらないように。あと各班の時計係は集まってくれ」
連日、班別の自由行動がある。各班にスマホを持たせられたら理想なのだが、中学生ではそうもいかない。なので班で二人、時計係に腕時計を持たせて集合時間を守ってもらう。その腕時計の時刻がズレていてはどうにもならない。解散前に皆の時計が合ってるか確認しようと集合をかけた。
「よし、集まったな。じゃあ腕時計を出してくれ」
俺の合図に皆一斉に腕を出した。全員が出すのを見届けて今川先生と俺も腕を出す。
「先生スゲー! その王冠の時計って高級なヤツじゃん!」
俺の時計を見て男子の関谷順が声をあげた。
「と言っても、すごいのは俺じゃなくて時計だからな。どれ、皆の時計が合ってるか見ていくぞ」
左隣の今川先生から時計回りに時計を見ていく。今川先生のは土星に十字架のモチーフが有名な女性ブランドの物だった。女性らしいフェミニンなデザインがとてもよく似合っている。
男子はデジタルのスポーツウォッチが多いようだ。メカメカしくてゴツゴツとしたスポーツウォッチは確かに男子中学生の心を鷲掴むだろう。
片や女子は革のベルトで細めのデザインのアナログ時計が多かった。女子の細い手首にちょこんと添えられるように巻かれた腕時計が可愛らしい。
順番に見ていく。うん、時間も合っているな。ん? 右隣、最後の関谷で俺の視線は留まった。
「関谷、それじゃ時間見れないぞ」
関谷の腕に巻かれていたのは、特撮ヒーローの顔が着いた、いわゆるパカッと時計だった。顔をずらすと下からデジタルが出てくる子供向けの奴だ。
「あ、ゴメンゴメン。開けるの忘れてた」
そう言ってパカッとヒーローの顔をずらす。出てきた数字を確認し頷くが、途端に周りの男子がからかい始めた。
「なんだよ順、まだニチアサなんて見てるのかよ」
「中学生にもなってパカッと時計って。アハハ、腹痛い」
「それじゃ同じ班の奴が恥ずかしいだろ」
「なんだよ、誰にも迷惑かけてないだろ。ニチアサ見てたら駄目なのかよ」
散々な言われように顔を真っ赤にして反論する関谷。恐らく関谷は今までからかわれた事が無かったのだろう。中学生にもなって特撮ヒーローが好きな事に何の違和感も感じてこなかったのだと思う。確かにどんな腕時計でもいいと旅の栞にも書いてはあるが、その特殊さに気付いていれば流石に修学旅行にパカッと時計は着けてこないはずだ。
「そんなにおかしい?」
男子達の言葉に異を唱えたのは今川先生だった。と言っても決して強い口調ではなく、微笑のまま、からかった男子達の目を諭すように見ていく。
「だって、特撮なんて子供が見るもんだろ。おかしいっていうか恥ずかしいよ」
男子の徳井正規が追撃するが、今川先生は関谷に顔を向ける。
「ねえ順。それって今期の戦隊モノだよね?」
「え? ああ、うん。先々月から始まった新シリーズ」
「戦隊モノはずっと好きなの?」
「うん、小さい頃からずっと。ライダーもいいけど、俺はギャグシーンが多い戦隊モノの方が好きで。巨大メカも出るし、特撮の全部が詰まってるのが戦隊モノなんだ」
関谷は目を輝かせて早口で捲し立てた。本当に戦隊モノが好きなのだとわかる。
「今季は特にコミカルだよね。ずっと何かを好きでいられるって素敵な事よ。ねえ正規、正規は順みたいに10年以上好きでいる物ってある?」
唐突に質問され、少し詰まったあと徳井は答えた。
「う……お母さんの作るハンバーグとか……」
その答えに男子バスケ部の秋丸誠司が大きな笑い声をあげる。
「あっはっは! どっちが子供だよ! ま、俺も母さんのちぎりパン大好きだけどさ……笑って悪かったな順」
秋丸が関谷に謝罪の言葉を口にすると、徳井も続けて謝った。
「俺もごめん。もうバカにしたりしないよ」
たまにネットでも話題になるが、今の時代でも男の子がピンクの物を身に着けていると周囲に否定されるという。しかし、本当に恥ずかしいのは好きという純粋な気持ちを否定する事だ。
「俺は大人だからな、許してやるよ。って言いたい所だけど、そうだ、ホテルで今期の戦隊モノを皆で見ようぜ。俺が解説するから!」
関屋が再び目を輝かせる。対して徳井と秋丸は顔を引き攣らせる。
「「それは勘弁してくれ!」」
二人が声を揃えて嫌がるものだから、皆で声をあげて笑った。
やがて新幹線が到着。ワラワラと乗り込み、全員が席に着いたのを見届けて俺も自分の席に座る。
「さて、おやつタイムおやつタイム」
鞄を開けて早速お菓子の袋を取り出す。修学旅行のおやつ上限額は生徒も教師も同額の500円だ。俺が子供の頃も500円だったが、物価はどんどん上がっているのにおやつの金額が見直されないのは何故だろうか。今や10円のチョコなんてスーパーにも無いから、500円でやりくりしなければならない子供たちは本当に大変だと思う。
俺はスナック系は苦手だから500円分全部チョコのお菓子にした。甘いは正義だ。スナック系は止まらなくなるが、チョコは3粒も食べれば結構満足するからな。貧乏だった少年期で育まれた、みみっちい嗜好と言える。
逆に隣を見れば、今川先生はサラミを次々に開けてパクパクと食べていた。
「食べます?」
俺の視線に気付くと彼女はサラミを一つくれる。甘い物の後の塩味って旨いんだよなあ。
「ありがとうございます。頂きます」
「私、酒飲みだからお菓子って普段食べないんですよね。おつまみばっかり」
「そうなんですか。私は逆に下戸でして……高師先生?」
2組副担任の高師先生が席を立ってやってきた。今川先生に小さい紙を差し出す。アニメか何かのシールの様だ。
「はい今川先生。これ集めてましたよね?」
シールを受け取る今川先生は明らかに狼狽えていた。
「タ、タカシさん? ちょっと、こんな所で」
慌てふためく今川先生が気になって俺は聞いてみる。
「高師先生、何ですかそれ?」
「日曜の朝にやってる、女の子が変身して戦うアニメあるじゃないですか。あれのお菓子のおまけです。今川先生そのシリーズ集めてるんですよ。ご自宅にはフィギュアとかも沢山……いえ、何でもないです。失礼します」
今川先生が鋭い眼光で睨みつけると、高師先生は途中で口を噤んで自分の席に帰っていった。
なるほど。だから関谷を庇ったのか。
「幼女向けアニメ、お好きなんですか?」
別に幼女向けアニメが好きでも、特撮ドラマが好きでも何も悪くない。むしろ趣味があるのは素晴らしい事だ。でも、普段クールな今川先生が顔を真っ赤にしてるのが可愛くて、ついつい、からかってしまう。
「ええ、まあ」
今川先生は顔を背け、照れ隠しなのか、いそいそとゴミを片付け始める。
「タカシさんて呼んでるんですね」
「まあ、同期ですから」
俺も抄子ちゃんとは付き合う前から下の名前で呼び合ってたから何とも言えない。不意にシールを渡されて、素の今川先生が出てしまったのだろう。
「ご自宅にも呼んでらっしゃるんですか?」
「まあ、同期ですから……何ですか?」
そう、同期だったら家にも呼ぶ……呼ばんわ! 俺が知らないだけで二人は結構いい仲なのかもしれない。だが職場恋愛は触れないのがマナーだ。羞恥に耐えられないのか、今川先生はそっぽを向いたまま。
「いえ、何でも。そうだ、姪っ子もそのアニメ好きなんで、被ってるグッズあったら貰ってきますよ」
しばらくの沈黙の後、顔を背けたまま返事をする。
「……お願いします」
恥ずかしさよりも好きが勝ったようで、俺は笑い声が出そうになるのを必死に抑えた。
徒然草 八十一段 現代訳
屏風や障子に下手くそな絵や文字が書いてあると、みっともないというよりも、持ち主の品性が疑われる。
大方、持ち物から持ち主の品性がわかる場合が多い。とんでもないような高級品であればいいというものでもない。壊れないようにと下品に大きくして見栄えが悪かったり、珍しいからとやたら部品をつけて却って使いづらくなっていたり、派手な物を喜ぶのは良くない。よく使い込まれていて、わざとらしくなく、値段もそれなりで、その物自体がよければいい。




