転生って大変だよな
「地球に転生者の持ち物が残されてないか確認しなきゃならないからな。
万一置き忘れがあると、あとで面倒なことになったりする」
置き忘れた物によっては、転生者が地球にはもういないことが分かってしまう。親切な人が転生者に物を送ろうとしてしまうからだ。
もし転生者が地球からいないことがバレたら、最悪転生者に関する記憶を全て消してしまわなければならない。
「ふうん……そっか。
全てのものをチェックするのって結構時間かかるんじゃない?」
小物や書類一枚一枚を手動で確認していくのは骨が折れる作業に思えた。
「ああ、まあな。
大きなものは自動でチェックしてくれるからいいんだが書類とか大変だな」
「そんなことまでやるんだ……」
異世界転生させるのは意外と大変らしい。美織は異世界転生に様々な事務的な手続きが必要なことに驚きながらシオンを眺めた。
「まあ、俺たちの仕事は結構大変なんだよ。
明日も出勤したらお前の荷物チェックからやるつもりだ」
シオンは明日出勤してからの仕事の予定を思い出しながら軽くため息をついた。美織はイラストを書くのが趣味だったためチェックするものも多い。
「荷物を確認する必要性は分かったけど、やっぱり他人に持ち物を見られるのはやだなあぁ……」
机におでこをゴツンとぶつけると美織は息を吐き出した。
両親に見られたくない黒歴史ノートを一人暮らし先に持ってきていた。それらをシオンに見られると思うと顔から火が出そうである。
「まあ、そうだよな。だから普通はそこら辺をあやふやにしてさっさと転生させてしまうわけだ」
たしかに所持品を全て確認されると言われたら転生したくなくなるだろう。
「じゃあ……なんで私には話しちゃったわけ? ますます転生したくなくなるじゃない……」
美織はコタツに顎を乗っけたまま目線だけシオンに向けた。
「あっ…………
たしかにそうだな」
シオンは一瞬目を丸くすると、顔をしかめた。どうやら言われて始めて気がついたらしい。
「……なあ、お前明日一緒に荷物チェックしてみるか」
少し考える素振りを見せたあと、シオンは提案する。
「えっ私が? それって会社的に大丈夫なわけ?」
自分で荷物のチェックができるなら黒歴史をシオンに見られずにすむ。美織にとってはありがたい話だ。
「わからん。ダメとは言われてないからいいんじゃないか?
そういうことにしとこう、うん」
シオンは目を瞑ってわざとらしく頷いた。大方自分の仕事が減るといった理由での提案ではなかろうか。
「いいなら、ぜひ」
これで一定のプライバシーは保たれた。美織は胸に手を置くと肩の力を抜く。
「ああ、そうだ。お前の実家の荷物も一部引き取って来てあるぞ」
「あっそうだ! 実家にはなんて伝えてあるの?
まさかまた蛇狩り……?」
会社の人ならまだしも、親には蛇狩りは通用しない気がした。第一親が反対しないはずがない。
「いや、まあ……ちょっと……
蛇狩りではないが円満に伝えてあるさ」
歯切れの悪い答えに嫌な予感がした。美織は眉を寄せながら身を乗り出す。シオンとは目が合わない。
「なんて言ったのよ……教えなさいよ……」
美織は返答によってはコタツを出てシオンの胸ぐらを掴む勢いである。ドスの効いた低い声が白い部屋に響いた。
「あー……まあ、婚約的なアレだな」
「こ、婚約!
んー……まあでもありえない話でもないわよね」
美織の両親は27になる娘の結婚を切望していた。特に父親は適齢期だなんだと出会う度に口うるさく言ってくるものだから辟易していたところである。
「なんだ、案外普通じゃない……蛇狩りよりかは驚かないわよ」
美織についてリサーチしているのならば、婚約は悪手ではない。
「ならよかった。
最初は蛇狩りって言ったんだが詐欺を疑われてな。 警察に通報されそうになったんだ」
あのときは焦ったな、と顎に手を当てて真面目な顔で言うシオンを美織は半目で見つめた。
「……まあ結果オーライね」
つまり蛇狩りで納得してもらえず、焦った末に婚約で海外に行くと言ったわけで、リサーチ云々は関係なかったのである。
「ああ、なんで俺が海外にいるのかと聞かれたときも焦ったがな。
海外で働いていると言ったら納得してもらえた」
「えっ? はっ? なんでシオンが出てくるわけ?」
婚約の話にシオンが出てくるはずはない。美織は架空の婚約者と海外にいるはずだ。
「お前の婚約者が俺って設定だからな」
「えっなんで? えっ??」
美織はすっかり緩んでいた心がギュッと縛られたようで目眩がした。