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道具一式って言いましたよね?


「じゃあ俺は帰るから。また数日後に来る」


 シオンは空中の画面を見ながら笑顔で言う。

 その表情は、金曜日夜の美織とそっくりだ。このあとに何をしようかと考えているのだろう。


「いや待ちなさいよ! この何もない空間に1人置いてくわけ!?」


 美織は大声でシオンを呼び止めた。画面しかないだだっ広い白い空間に、1人取り残されるのはたまったもんではない。狂ってしまう。


「……ああ、腹なら減らないから大丈夫だ。安心しろ」


 シオンは思い出したように付け加えた。

 美織は、そんなに食い意地が貼ったように見えたのかとへこみかけたが、食糧の心配をしてくれたのだと無理やり前向きに捉える。


「いや、それもまあ大事だけども……まずね、こんな白いだけの空間にいたら気がおかしくなるわよ……」


 美織は顔に手を当てた。先程からこの格好を何回もしている気がする。


「そういうものか?

ふむ。だが、この部屋に色々運んでくるのは時間がかかるぞ」


 シオンは首を傾げる。

 この空間にいたら気が狂うことが分からないのだろうか。やはり美織の思考回路とはズレがあるようだ。


「え……なんかさっきの魔法みたいなやつでどうにかならないの?」


 美織は、シオンが出した空中画面を思い出しながら問う。


「ならない。あれはお前の世界で言うところのスマホが発展したようなものだ。他の部分はお前たちの世界とさして変わらんぞ」


 異世界転生を司る会社ならば、もう少し発展した世界でもよさげである。

 これでは転生先のほうが発達していそうだ。


「ええ……どうにかしてよ……」


 美織は地面に手をつくと、か細い声で呟いた。


「我儘なやつだ。しょうがない、俺のキャンプ道具一式を貸してやろう」


 シオンはしぶしぶといったふうに眉を寄せるとため息をついた。


「最悪それでもいいから……」


 ないよりはマシだ。白い空間の解決にはならずとも、寝袋があれば横になれるし、テントがあれば白い空間を遮れるかもしれない。


「ちょっと待ってろ」


 シオンはそう言うとスーツの中からカードを取り出した。社員証のようなものだろうか。


【ピピっ】


 壁にそのカードをかざすと電子音が鳴り、何も無かった壁に綺麗な亀裂が入り、すうっと開く。


「出られるんなら出してよ……」


 美織はシオンの背中を見送りながら壁に向かって呟いた。



 それから数分するとシオンが帰ってきた。



「おい、持ってきたぞ。あと櫛と寝癖直しも持ってきてやったから、いい加減寝癖を直せ」


 何も無い空間でどうやって寝癖を直せるのかと美織は思ったが、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。いちいち突っかかっていたら疲れてしまう。


「はいはい……直しますよ……ってええ、持ってきたのこれだけ?」


 座っている美織の目の前には、櫛と寝癖直しのスプレー、そして寝袋が置かれていた。


「これのどこが一式なの!」


 美織は責めるように叫んだが、シオンはおかまいなしである。


「思っていた以上に見つからなくてな。お前なら寝袋があれば十分かと思って」


(普通の人は寝袋だけじゃ事足りません。)


 美織は心の中で冷静に突っ込みながら、キャンプ道具一式より寝癖直しの方が優先度が高かったのだろうかと考えた。

それはそれで余程ひどい寝癖と言われているようで複雑だ。


「もういいわ……寝癖直すから貸して」


 美織は手を伸ばすと寝癖直しのスプレーを手に取って髪に吹きかける。


(シャボンの香り……なんか腹立つ)


 美織は、もはやスプレーの香りが良いだけで腹が立ってきた。


(優しい香りを使うな、似合わん)



 心の中で文句を言っていると、シオンはしゃがみこみ美織の顔を覗き込んだ。


「貸してみろ」


 シオンは美織の手から櫛を引き抜くと髪をとかし始める。


「えっ自分でやるから……」


 誰かに髪をといてもらうのは子供の頃以来である。


「寝癖が直らないから仕方なくだ。鏡も持ってくれば良かったな……」


 シオンの胸元が美織に近づく。最近男性とほとんど関わりがなかった美織はなんだか恥ずかしくなった。頬が熱い。


「これでよし。それじゃあな」


 シオンは美織の髪を手際よくとき終えると、勢いよく立ち上がった。


「待った。

このままここに私を置いていくって言うなら異世界転生してあげないわよ……」


 少し赤くなった頬を誤魔化すように、美織も勢いよく立ち上がりシオンのスーツの後ろを引っ張る。


「はあ!? ……俺を脅すつもりか……?」


 シオンは眉間に皺を寄せ振り返った。早く帰りたいオーラ全開である。


「ちゃんとキャンプ道具持ってきてくれたら脅さなかったわよ……」


 美織はシオンが逃げないようにスーツの後ろを掴んだままだ。


「……あとでちゃんと持ってくるから離してくれ」

「あとでっていつ?」

「に、2時間後くらい?」


 答えたシオンの語尾に疑問符がつく。

 美織は握っていたスーツを離すとシオンの前に回り込んだ。


「絶対! 絶対2時間後までに持ってきてね! そしたら数日間は我慢するから」


 美織は念を押しながらシオンの顔に下から迫った。並んでみて分かったがシオンのほうが20センチほど背が高い。


「分かった分かった

……3時間後までじゃダメか?」


 キャンプ道具をどこにしまい込んであるのだろうか。先程は数分で帰ってきたため、収納場所が遠くにあるとは思えない。


「しょうがない、いいわ。頼んでるのはこっちだしね」


 美織は肩の力を抜くとシオンから一歩距離を置く。約束を守って戻ってきてくれるかは分からないが、ここは一旦信じてみることにする。

 シオンしか頼れる人はいないのだ。


「じゃあ今度こそ行くぞ」


 シオンはそう言うと先程と同じようにカードを取り出して壁にかざし、外へと出ていく。

 美織は外を覗いて見たが、白い空間の外も白い廊下が繋がっていた。


「約束守ってね!」


 シオンの背にそう声をかけると、シオンは片手を挙げて歩いて行く。しばらくすると扉が閉まった。


「しまった……外があるならここから出せって言えば良かった……」



 美織は何もなくなった壁を見ながらぽつりと1人で呟いた。久しぶりの男性との接近で気が動転したのかもしれない。

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