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えっ異世界転生って企業が請け負ってるんですか!?

【ジリリリ!】



 枕元に置いていた目覚まし時計が鳴った。いつもの最大音量である。


「うーるっさい! 土曜日だってーの!」

 香坂美織はものすごい勢いで枕元の目覚まし時計を叩いた。


「あれえ……ないぃ……?」

 手探りで枕元を探していたが目覚まし時計の感触はない。相変わらず時計はすごい音を発している。


 ちなみに、実家を数年前に追い出されたのも、この最大音量の目覚まし時計音が原因だったりする。


「んもーーまた落としたのかー……2度寝し損ねた……」

 寝相が悪い美織は時計をしょっちゅうベットの下に落とすのだ。


「んぅーー……」

 2度寝を諦めた美織はしょうがなく目覚まし時計の在処を探すために起き上がった。


「んん……あーなんか今日すごく明るい…… 」

 寝ぼけ眼で目を擦りながら起き上がると、なんだか部屋がいつもより明るい気がした。カーテンを開けっ放しで寝たのだろうか。


「……え……?」

 いや違う。


 部屋が明るいのではない。部屋が白いのだ。壁も床も真っ白だ。その上見慣れたベットも、書類をそのままに放置した机もない。



「全く、この音量で3分も気づかないとはどういう神経してるんだ……」


 混乱している美織の後方の頭上から男性の声が聞こえた。独身でOLをしている美織の部屋に、たまに押しかけてくる父以外の男性がいるはずがない。


「は……えっ、ど、どなた様でしょうか……」


 明らかに父よりも低い声に戦きながらそろーっと後ろを振り返ると、そこには白いスーツを着た黒髪の男性が立っていた。


「おめでとう、君は異世界転生者に選ばれた。今から転生させるから、なんか希望とかあったら言え。

まあ最も、あの目覚ましの音量で寝られる神経の持ち主ならどこでも大丈夫な気がするがな」


 男性は眉間に皺を寄せ、耳を擦りながら言う。


「い、異世界転生? あなた何を言ってるの? ここどこよ……」


 突然現れた目付きが悪い高身長イケメンを目の前に、美織はとりあえず状況把握をしようと試みる。

 恋愛小説の見すぎで、とうとうこんな夢まで見るようになったのだろうか。


「あー……ここは異世界転生者がまず来る部屋だ。そんでお前は今から異世界転生する。分かったか?」


 男性は面倒くさそうに説明する。

 美織は 腕を組んで美織を見下す姿から、黒いスーツのほうが似合いそうだなと思った。


「説明になってないような……気がするんですけど……というか、え、何。私異世界転生しちゃうの? 普通異世界転生って神秘的な、なんかこう、ロマンチックにするもんじゃないの!?」


 こんなに寝起きがいいのはいつぶりだろうかというくらいはっきりした意識で、美織は頭を抱えた。


「あー、それは俺の会社は専門外。俺んとこは、こんな風にここに呼び出して、異世界に送り込むわけだ」


 男性は相変わらず面倒くさそうに言う。


「普通は起きてるとこを呼び出すんだが、お前があんまりにも気持ちよさそうに寝てるからそのまんま連れてきた。普通13時は起きてるだろ……」


 美織は謎の頭痛を感じながら目を瞑った。


「いや、あのですね。くたくたに疲れて帰ってきて、たまの休日ともなればそりゃ寝るでしょうよ」


「あ? お前昨日めちゃくちゃ夜更かししてたじゃねーか。だからこんな時間まで起きれないんだ。

起きるまで待っててやろうかと思った俺が馬鹿だった」


 なぜ、それを。

 確かに昨日は会社から9時過ぎに帰ったあとずっとイラストを書いていた。明け方まで書いていたからこの時間まで眠っていたのだ。


「分かった、あなたが私を異世界転生とやらをさせたい神的なポジションなのは信じましょう」


 このまま押し問答していても埒があかない。


「それで?私はどうなるわけ……ですか?」


 美織は会社で想定外のミスが起きたときと同じように対応することにした。まずは状況把握である。


「ああ、お前は異世界転生するわけだが、国……というか世界は選べる。救世主を探している世界線一覧があるから、おまえの希望にあったとこに送り込んでやる」


優しいだろ? と言わんばかりにニヤリと笑うと男性は言った。


「いや。帰りたいんですけども。読みかけの小説も描きかけのイラストもあるし……他当たってください」


 美織は即座に否定する。こんなときまで仕事のことを考えたくないが、週明けには大きな会議も入っていた。


「いやそれはダメだな。俺のノルマ知ってるか?あと一件なんだよ。今日までにあと一件」


 男性は空中にタブレットの画面のようなものを映し出すと指先で何か操作している。


「いやいや、あんたの都合は知らないわ……私の都合もあるの! 」


 美織に見慣れないものにまでいちいち突っ込む余裕はない。


「誰が“あんた”だ。俺にはシオンっていう名前があるんだ」


「もっと知らないわよ!!」


 少し不機嫌そうに目だけをこちらに向けた男性、もといシオンに対して美織は悲鳴のような声を出した。


「まあ、落ち着け。とりあえずこれが今救世主を待ちわびてる世界線と国一覧だ。どこに行きたい?おまえにはこの魔物を倒すやつとかいいんじゃないかな……声大きいし」


 美織は反論する気がなくなっていた。シオンには言葉が通じないようである。


「いや……なんで声が大きいからって魔物を倒せるわけ……ってそこじゃなくて、無理だから……私には転生とか無理……」


 美織は項垂れるようにしてこめかみを押さえると、どうやってシオンに意図を伝えようか悩んだ。クライアントよりも手強い。


「なぜだ? イラストと小説が発達している国もあるぞ? あと仕事が大好きな国もある」


 この男のノルマ達成率とやらは低いのではないだろうか。


「あのですね、私の元いた世界には友人も家族もいるわけなの。生活様式だって馴染みがあるし、仕事も楽しいとはいえないけど責任だってあるの」


 美織は正座をして背筋を伸ばすと真面目な顔でシオンに伝える。分かってもらえるだろうか。


「……地位も名誉も楽な暮らしも保証されてるとしてもか?」


 先程まで適当に話していたはずのシオンは急に真面目な顔で美織を見る。


「ええ。それでもです」


 本当はそこまで言われると少し魅力的だったが、残してきた家族のことを考えるとそうそう頷けない。


「……分かった。じゃあ数日間猶予をやる。そこにモニターを出しておくから、それでお前の元いた世界が見られるはずだ」


 猶予も何も直ぐに返してほしい。明後日には仕事が始まるのだ。

 シオンはそんな美織の気持ちに構わず、スっと人差し指を空中に向けた。すると、その先に大型テレビほどの画面が現れる。


「え……それを見てどうしろと? 私の気持ちは変わらないわよ」


 美織は訝しげな目で立ったままのシオンを見上げた。


「これから映る数日間はお前が消えたあと、どんな風になるかの世界だ。通常異世界転生をさせたあとは、最大限、元の世界のフォローをするんだ」


 シオンは腕を組み直すとモニターを見つめる。


「あとその横に、俺たちの仕事についてのDVDも流しておく」


「いや、本当にそれはなんでよ! いらないでしょ!」


 シオンの仕事に対しての評価が上がりそうであった美織は、すぐさま脳内で訂正する。


「いや、俺たちの仕事の大変さが分かればノルマ達成に協力してもいい気に……」


「ならない!! 」


 美織はシオンが言い終わる前にすぐさま否定した。みなまで言わせるものか。


「とりあえずお前は転生先を選んでるってことにして、報告っと……」


 シオンは指先から画面を出すと、何が書き留めて画面を上へスワイプした。


「ふう、終わった終わった」


 美織はシオンに異世界転生させられそうになっている己の不運を呪った。もうちょっとまともな担当者はいなかったのか。


「あ、それとお前寝癖すごいから直したほうがいいぞ。どうやったら90度にはねるんだ?」


「あんたが寝てるとこを呼び出したからでしょうよ……」


 美織は顔に手を当てながら弱々しくつぶやくと天を仰いだ。お願いだから夢であってほしい。



 こうして美織は異世界転生をさせる会社とやらに異空間に連れ出されたのであった。


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