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Theお金 ーお金の消費期限ー

作者: 春名功武

「このブルゾンとこのスカートとこのワンピースと…あ、それから、あそこのマネキンに着せてある物を全部頂けるかしら」

「はい。かしこまりました」

「それで、いくらになります」

「こちら6点で、18万円になります」

「え!たったそれだけ。安いわね。もっと高くならないかしら」

「そう言われましても…」

「じゃあ、このバッグも頂くわ」


 月末になると国民は競うようにお金を使い、次から次へと商品を購入していく。街中には、両手いっぱいの買い物の袋をさげ、ショッピングに駆け回る人でごった返していた。


 洋服屋は何処も人で溢れ、高級ブティックにも長蛇の列。店員は同時に4、5人の接客をせざるを得なくなって、パニック寸前であった。女性客にメンズの服を勧めたり、男性客にスカートを勧めたりと、こんがらがる事もざらであった。


 飲食店も何処も大繁盛であった。お客はお金に糸目を付けず、どんどんと注文していく。料理人は目が回るほど忙しかった。フライパンの振り過ぎ、寿司の握り過ぎで腱鞘炎になるのも珍しくはなかった。


 高級住宅、高級車、高額ゴルフ会員権も飛ぶように売れた。


 人々は必要、不必要を考えることなく、とにかく買い求める。同じ物を大量買いするなんて当たり前。中国人観光客じゃなくても爆買いし、子供でも大人買いをするぐらいだ。


 今やオモチャを欲しがり駄々をこねて泣きじゃくる子供の姿は、すっかり見かけなくなった。もしそんな子供がいれば、貴重な存在だとニュースで報じられるやもしれない。代わりに、親や祖父母が無理矢理オモチャを買い与えようとして「もうオモチャなんていらない!」と駄々をこねて泣きじゃくる子供の姿をよく見かけるのだから。


 経済全体が目まぐるしく動きだし、景気は驚く程に回復した。企業の業績は上がり、失業率はゼロ。株価は上がった。不良在庫を抱える会社は無くなり、工場は24時間フル回転で動かされた。労働者の給料・ボーナスも増えていった。ボーナスも年に4回支払われるのが一般的となり、接待費や交際費も大盤振る舞い。近場でもタクシーを利用するのが当たり前であった。就職活動は超売り手市場で、学生は就職先に困らず引く手あまた、内定者に100万円を出す企業まで現れていた。これが、第二次バブル経済期、である。


 このバブルは、政府が打ち出した新法案《金銭消費期限法》の成果であった。


 《金銭消費期限法》とは、お金に2カ月の消費期限を設けるという革新的な法律。2カ月を過ぎれば価値は無くなり、ただの紙切れと化す。もちろん銀行の預金額も2カ月を過ぎれば0円となる。電子マネーも同様、2カ月経てば0円となる。お金は2カ月に1度のペースで発行され、消費期限切れ日が刻印されるようになった。


 国民は稼いだお金を何としてでも期限までに使い切る。強引な対策ではあるが、お金の循環は目に見えて良くなった。誰もが、お金を使い切れずに損する、なんて真っ平ゴメンだった。


 この新法案を打ち出した当初は、反発運動が起こった。過激化するかと思われたが、デモに参加していたのは、人口の1割にも満たない高額所得者だったので、世論が動く事はなく、すぐに収束した。反対に多くの低所得者は目を輝かせて喜んだ。


 新法案が成立してから、全ては良い方向に動きだした。お金が回り、誰もが儲かる今の時代、無理に使ってもお金は余る。どうせ紙切れになるのだから、と脱税をする人間は減り、年金や社会保険料を滞納する人はいなくなった。


 そのお陰で、福祉はより充実したものになった。人々はお金でもめる事がなくなり、お金がらみの犯罪も減った。大きなリスクを背負って大金を盗み出してもすぐに期限が切れてしまうので、動力に利益が伴わないのであった。普通に働けば誰しも儲かる。犯罪の無い平和な社会になった。


 もちろん儲けの個人差はあり、消費量も異なるが、以前ほどの格差はなくなった。誰もが稼いだお金を2カ月で使いきる。国民の生活が平等になったと言っても過言ではない。常に2カ月という今を国民は裕福に生きているのであった。


 それから数十年後。政府が異変に気が付いた時には、もう手遅れであった。


 ことの始まりは、お金を集めているマニアが古いお金に値段を付け、現在のお金と交換をし始めたことだった。


 それが広まり、マニア以外の人も余って捨てずに所持していた昔のお金を交換するようになった。国民の多くが使い切れなかった昔のお金を所持している事が分かり、徐々に昔のお金が使える店が増えていった。古ければ古いほどプレミアが付き、その価値は高くなった。昔のお金を使えるようになった事で、あんなに広まっていた電子マネーはすたれていった。


 これにより無理にお金を消費する必要は無くなり、余れば貯金をするという昔の構造に戻ってしまったのだ。


 人というのは、未来に縛られずに今を楽しむという贅沢には向かない動物なのかもしれない。いずれにしても、人間はお金が大好きなのだ。


「すみません。このジャケットいくらですか」

「現在のお金で4万5千円です」

「じゃあ、え~と、6年前の1万円札を2枚と15年前の5千円札を1枚と8年前の千円札を3枚で…」

「ありがとうございます。ではお釣の方ですが、え~と、ちょっと待って下さいね。そうしますと、大きいのが、4年前の千円札を1枚と…7年前の100円が4枚…いや、3枚ですね。おあと、2年前の50円が2枚と3年前の10円が5枚ですね」


 それにしても、なんともややこしい時代がやってきたものだ。


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