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間章

 「自分が他の子と違うと感じているのだろう?まだ子供とはいえ、お前ももう何も解らぬほど幼くはないからな、ちゃんと話しておかなくてはいけないな。」

 そう言う父は何かをとても憂いているようだった。

 「いいか。最初に言っておくぞ。確かに俺とお前は血は繋がっていないが、お前は俺の子だからな。誰が何と言ったってお前は俺の息子だからな。お前の生まれがどうだろうと。お前が何だろうと。お前は俺のかわいい息子だ。それだけは忘れるなよ。」

 有無を言わせぬ形相でそう言う父の迫力に飲まれ、自分は解ったと言って頷いていた。

 自分が父に拾われた子だいうのは知っていた。術師として魔物退治を生業にしていた父が鬼退治をした際、鬼に襲われ亡くなった女が自分を抱えていたのを見つけて、連れ帰り育てたのだと聞いていた。そんな父に教わって術師としての技術を身につけていくうちに、自分に流れる気が人間のものと違うことに気が付いていた。鬼とよく似た、しかし鬼のような穢れを持たない気が自分の中には流れていた。

 「お前は俺が退治た鬼の腹から出てきたのだ。鬼の腹から出てきたものが人と同じ形をしていてとても驚いた。そして鬼と同じような気を纏いながらも穢れを持たないお前を見て、俺はお前を育てる決心をした。お前を立派な人間に育てよう、そう思った。お前は鬼の腹から生まれたが、紛れもなく人だ。人と何も変わらない。ただちょっと人と違う気を纏い、人よりちょっと丈夫なだけだ。そして優秀な術師になる才能を持った俺の自慢の息子だ。人としての道を外れてはいけないよ。もし外れてしまったら、その時は俺がお前の父として、責任を持ってお前を殺すからな。」

 そう言われ、このことは誰にも話してはいけないと念を押された。だから誰にも話さなかった。術師であれば自分に流れる気が人間のそれでないことを訝しがる者もいたが、そんな時は父が幼かった自分に秘術を施して鬼の力を宿らせたのだと言い訳をしてごまかした。秘術をもって人ならざる力を人に宿す術は昔から多く研究されてきた。そうしてその身に人ならざる力を宿し力を得た者も確かに存在していた。そのような者は大抵人より丈夫で多くの術を使うことができたから、自分もそう言う存在なのだとそれでごまかせていると、父も自分も思っていた。

 「お前は鬼などではない。お前は俺の子だ。紛れもなく俺の子だ。だから、絶対に人の道を・・・。」

 「いいや、お前は鬼の子だ。紛れもなくお前は鬼だよ。」

 ある日、目の前で父を殺され捕らえられた。

 「お前がどんな存在なのかこれからじっくり思い出させてやる。」

 そう言われ、枷を嵌められ鎖に繋がれた。人ではないから、人と同じものは食べさせてもらえなかった。何のものかも解らない生肉を与えられ、それを食えと言われた。初めはそんなものは食えぬと拒んでいたのに、そのうち空腹に耐えきれず、その肉を食らっている自分がいた。そしてそのうち生肉を食らうことに抵抗がなくなっている自分がいた。生肉を平気で食らうようになった自分を見て、父を殺した男が笑っていた。

 「ほら、今日の餌だぞ。」

 ある日、そう言って投げてよこされたのは人の腕だった。それを見ておののき、食べることを拒む自分に、男は何を今更と言って笑った。

 「ずっと食ってきただろ。今までお前が食ってきた肉は全部人の肉だ。」

 そう言われ、そんなのは嘘だと否定した。そして食べるのを拒み続け、何日か経った時、無理矢理人の腕の切り口を口にねじ込まれた。口の中に広がったその味が今まで食べてきた肉のそれと重なって、自分は本当に人を食べていたのだと思った。そして空腹に負け人の腕を咀嚼している自分がいた。

 父さん、ごめんなさい。俺は人の道を外れてしまった。俺はもう人にはなれない。そうやって、父を想って涙が流れた。

 自分は鬼だった。心がそれを拒んでも、現実がそれを許してくれなかった。お前は鬼だ。鬼だから。鬼でしかない。人ではありえない。人にはなれない。鬼は鬼らしく、鬼のようにあるべきだ。だんだん何も感じなくなっていった。だんだん何も解らなくなっていった。時々、父の面影が頭をよぎって苦しくなった。

 そして気が付けば言われるがままに生きた人を食っている自分がいた。血肉を貪り、そこに宿る霊力を自分の物としている自分がいた。言われるがまま人の霊力をより効率よく自分に取り込むために女を犯し、自分の気と女の気を混じらせよく馴染ませている自分がいた。そして女を切り裂いてその血肉を貪っていた。

俺は鬼だから。鬼らしく在らねばならない。鬼らしく、破壊の限りを。俺は鬼だから。俺は破壊の権化だから。枷を嵌められ人に飼われた鬼の子は、滅せられることもなくただひたすら言われるがまま壊すだけ。父さん。俺が人の道を外れたら父として責任をもって殺してくれるんじゃなかったの?父さんがいない今、誰が俺を殺してくれるの?父さん。父さんが俺を拾わなければ父さんは死ななかったのに。鬼の腹から出てきた俺をその時殺しておけば良かったのに。父さん。結局、俺は人にはなれなかったよ。

 人であることを完全に諦めたとき、心の奥底から全てを壊せと声がした。人間なんて。人間が全てを奪った。許さない。絶対に許さない。人間なんて一人も残さず根絶やしにしてやる。そう女の声がして、赤く染まった世界が見えた。

 目が覚めたとき、酷く腹が減っていた。俺は鬼だから、人を食らわなくてはならない。同じ人でも霊力の強い人間ならなお良い。とりあえず今は酷く腹が減っているし、何故か自分の霊力が枯渇しているから、誰でも良いから腹を満たし霊力を回復させてくれるものを食べなくては。ちゃんと動けるようになったら霊力の高い人間を捕まえて、霊力を奪って、そして破壊の限りを尽くさなくては。俺は鬼だから。鬼らしく。力を蓄えて、そして、人間を全部根絶やしにしなくてはいけないんだ。

 「お前は鬼などではない。お前は俺の子だ。」

 誰かの声が聞こえた気がした。それが誰の声かもう思い出すことはできなかった。

 「紛れもなく俺の子だ。だから、絶対に・・・・。」

 絶対に、何をしなくてはいけないんだろう。解らなかった。ただ、それが何かとても大切なことだったような、そんな気がした。


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