初めまして。
「んん…。今、何時だ…?」
自分が思っている以上に寝不足だったのか疲れていたのか、今が何時なのかわからないくらい爆睡してしまった。
ちょっとしたお昼寝程度の気持ちだったのに。
「あれ…、人影…?誰かいる…?」
カーテンの向こうに、人影らしきものが見えて
私は恐る恐るカーテンの隙間から向こう側を覗いた。
「ん…、あ、起きた?」
「は、はいっ…。えっと、なんで…。」
「あんた朝来てたのに、1回も授業で見なかったから。」
「は、はぁ…。」
なぜか会話がかみ合わないような気がした。
私が1回も授業に出ていないからという理由で、なんでここにいるのかがわからなかった。
「最近さ、律、あー、えっと、氷室、のことよく見てるでしょ。」
「あっ…、えっと、その…。」
「ストーカーの件、噂できいて、なんか居づらくなったのかなって思って来てみたんだけど。違ってた?」
この人、思っている以上に全部わかってる。
私この人と1度も目合わしたことないのに、どうしてなのか見当もつかなかった。
「あ、あの、入学初日に、ぶつかってしまって、でも私、謝るどころかすぐ逃げちゃって、だから謝りたくてっ…。」
「あー、なんだ、それで謝るタイミング見計らってたってこと?」
「は、はいっ…。」
私が頷くと、彼はおかしそうに笑ってふつーにいい人じゃん、と呟いた。
「俺、白井司[sirai-tsukasa]。って、いっつも真未がうっせーから知ってるか。」
「い、いえ。えっと、安藤、唯と言います…。」
「俺も寝てたからいいんだけどさ、もう5限目終わるくらいの時間なんだけど。」
「あ、え、っと、もしかして、ずっと待っててくれたんですか。その、私が起きるまで…。」
「うん。まあ別に、俺もさぼりたかったからい―んだけどね。」
彼は、私に鞄を渡して丸椅子から立ち上がった。
「よかったら律に会わせるけど。」
「え、い、いいんですか…?」
「別に全然いいけど。」
ちょっと待ってねー、とスマホを手にして誰かに電話をかけはじめる彼を私はぼーっと見ていることしかできなかった。
「今ちょーど休憩してるらしいから、合流できるって。」
「きゅ、休憩?」
「そ。屋上なんだけどね。」
さらっと当たり前のようにそういって、ほら行くよ、と私の背ををした。
「あ、あの。」
「どしたー?」
「あ、な、なんてお呼びしたら…。」
「”お呼び”って笑別になんでもいいって。」
「じゃ、じゃあ、し、白井くん、で…。」
あまりの急展開に、動揺を隠すことができなかった。
「安藤ってさ、もっと話しにくいタイプなのかと思ったわ。」
「えっ…?」
「だっていっつも音楽聞いてるし、クラスにいるときは大抵寝てんだろ?」
「あ、はい…。」
「今のままでいればいーのに。そっちのほーが絶対いいって。」
白井くんは、私が後ろを歩こうとすると速度をおとして隣に並んでくれる。
家族以外の人からこんな扱いを受けたのは初めてで、ただただどうしていいかわからなかった。
「ここの階段上がったら、屋上。」
「で、でも、屋上って鍵かかってませんでしたっけ…。」
「あー、内緒で合鍵持ってんの。」
丸いドアノブを回すと、なんの抵抗もなくドアは開いた。
「あー、やっときたぁ。」
「うっせ。」
「安藤さんもー、はやくこっちおいでよぉ。」
ちょいちょい、と可愛く手招きする彼女の顔を初めて私は正面から見たような気がした。
普段は声をきいているばかりだったから。
「ほら律くん、こっちこっち。」
「え、おい真未っ…。」
自分から話しかけられない私のために、多分気をつかってくれたんだろう。
「あ、あの…、あの時は、その、ぶつかったの私なのに、逃げちゃって、何も言えなくて、ごめんなさいっ…。」
言い終わるのと同時に頭を下げてしまったから表情は見えなかったけれど
その人はすごく驚いたような顔をしていたんじゃないかと思った。
「あー、俺も悪かったな、別に、そんな気にしなくていいっつーか、俺ももう忘れてたくらいだし。」
「律くんの顔が怖いからぁ、安藤さんも怖がっちゃったんだってー。」
「真未お前はうっせぇぞ。」
「ほら怖いー。」
こんなキラキラした人達に囲まれていたら、自分の寿命が縮んでしまうような気がして
私はもう1回頭を下げてその場から立ち去ろうと背を向けた。
「あれ、先帰っちゃうの?一緒に帰ろーよぉ。」
「え、あ、私、ですか?」
「安藤さんしかいないよぉ。」
折角なんだから一緒に帰ろ、と彼女は私の手をとった。
「あっ、まだ自己紹介してなかったねぇ。あたし、坂口真未[sakaguti-mami]、よろしくぅ。」
「あ、安藤唯、です。」
「唯ちゃんかぁ。可愛い名前だねぇ。連絡先、交換しよぉ。」
「あ、う、うん。」
距離のつめかたが独特すぎて、私まで流されてしまいそうだった。
「真未あんたつめよりすぎ。びっくりしてんじゃん。」
「あっ、柚ちゃん。そんなにやきもち妬かないでよぉ。」
「誰がやきもち妬いてるって?」
「ごめんごめん嘘だってぇ。」
坂口さんよりも頭1個くらい大きくて、可愛いってよりは綺麗めな彼女。
こんな人、私のクラスにいたっけ…?
「ごめんね?私隣のクラスだから2組なんだけど。こいつうるさいっしょ。」
「あ、えと、そんなこと…。」
「私住村柚[sumimura-yuzu]。よろしくね。」
「安藤唯、です。よろしくお願いします…。」
印象的にちょっときつめなのかと思ったけど、話してみると意外とそうでもないような気がして少しだけ驚いた。
「自己紹介もみんなおわったしはやく帰ろーよぉ。」
「はいはい。ほら、帰っぞ。」
白井くんが坂口さんの隣に並んで、当たり前のように寄り添って私の前を歩いていく。
誰とでも近い距離で話しているのは知っていたけど、近くで見るとやっぱり白井くんは特別なように見えた。
「慌ただしくてごめんね?この後よーじとかあった?」
「あ、えと、大丈夫です。」
「なら安藤さんも帰ろ。暗くなっちゃうし。」
さっきから全然目が合わせられていない私の肩を押して、住村さんがそういった。
ほんの一瞬、うつむいた影の下から氷室くんと目が合ったような気がして私は慌てて頭をさげた。
「ただいまー…。」
「おかえり。今日はちょっと遅かったのね。」
「あ、うん…。」
「なんかあった?」
普通にしていようと思っていたのに、帰った瞬間にそうきかれて思わず動揺してしまった。
「この前悩んでたの、解決した。」
「よかったじゃない。」
「うんっ…。」
あの4人が住んでいるところと私が住んでいるところは意外にも近くて
ついさっきまで一緒にいたせいか、その緊張がまだ体に残っているような感覚だった。
「今日ね、同じ学校の人達と帰ってきたの。」
「唯が?」
「うん。一緒に帰ろうって言ってくれてね、びっくりした。」
「そっか。友達になれそう?」
「友達っていうか…、すごい、キラキラしてて、なんかちょっと一緒にいて緊張する笑」
私が笑うと、お母さんは何も言わずに嬉しそうに笑っていた。
「とにかく解決してよかったわね。」
「それは、うん。…よかった。」
あまりにも予想外な展開すぎて、本当に現実だったのか疑いたくなるような
もしかした今夢から覚めて朝に戻ってしまうんじゃないか
そんな風に思うくらい、あの4人との出会いは衝撃的だった。