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第十九話「暗殺者の陰が……街を離れようか悩んでいます」

 俺たちを追跡していた狩人(イェーガー)は謎の暗殺者に口を封じられた。暗殺者たちは火遁の術のような怪しい煙幕を使い消えていった。

 突然現れ消えていった“忍者もどき”に呆然とするものの、残された追跡者たちの死体が目に入った。


 俺はこの死体を周囲から見えない場所に運び、その放置することにした。武器や防具など使える物は多くあるが、それらには一切手をつけず、魔獣にやられたかのように装うつもりだ。


 今回の件で俺たちに非はない。向こうが先に手を出してきているし、全滅させたのは暗殺者たちだ。それでもトラブルになる可能性を少しでも排除すべく、俺たちは誰にも会わなかったということにする。


 このまま街に戻るか悩んだが、今まで順調に魔獣を狩っていた俺たちが予定より早く、それも手ぶらで戻ることには違和感が残るだろう。初めて上級を相手にしたからという言い訳もできなくはないが、いつも通りにして帰った方が無難だ。


 もちろんあの暗殺者たちが俺たちを襲ってくる可能性はあるが、あのタイミングで攻撃してこなかったことからその可能性は低いと考えている。


 彼らは口封じのために鉄球を投げつけたが、完全に隙を突かれていた俺たちを狙えば、俺かラウラのいずれかは命を落としていた。そう考えると、奴らは今のところ俺たちを監視するだけで、命まで狙うつもりはないと思われる。

 この考えにベルも賛同し、更に今後は大きな脅威にならないと主張する。


『確かに意表を突かれたニャ。でも、あの速度が最速ならおいらの索敵範囲から攻撃に移るまで三秒程度は必要ニャ。それだけの時間があれば充分に対応できるニャ』


 俺も同じ考えだ。当初は見た目の異様さ――まるで忍者のような装束と動き――に翻弄され、現れた時は相手の能力を完全に把握できなかったが、冷静になってベルと共に相手の能力を分析していくと、当初思っていたほどの能力ではなかった。

 実際、俺やラウラでも充分に再現できることが分かり、俺とベルは油断をしなければ次は防げると考えたのだ。


「訓練を充分に積み、身体強化を限界に近いところまで掛けているが、元々の潜在能力に大きな差があるから油断さえしなければ何とかなるだろうな」


 俺たちの会話にラウラが加わる。


「あの二人はやはり(ナハト)なんでしょうか? こんなところまでナハトがいるなんて……」


 俺はそれほど恐れていないが、この世界で生まれ育った者にとって“(ナハト)”は日本でいう幽霊や鬼と言った恐怖の対象と同義だ。

 幼い頃から言うことを聞かない子供に「言うことを聞かないと(ナハト)(さら)いに来るよ」というセリフは定番の脅し文句なのだ。


 俺は歌枕(かつらぎ)玲於奈(れおな)としての記憶の方が強いためか、創作の中の脅し文句と同じでほとんど恐怖を感じない。但し、あの姿には映画やコミックなどの印象から、実際の能力以上に強さを感じている。


「ナハトじゃない気がする」と俺が言うとラウラが顔を上げる。


「どうしてそう思うんですか?」と俺の答えに希望を見出そうとするかのように聞いてきた。


「ナハトは“神霊の末裔(エオンナーハ)”の下部組織だ。エオンナーハが敵対しているのは、他の魔術師の塔とレヒト法国だろう。だとすれば、ノイシュテッターのような遠方にわざわざ人員を投入することはない」


 エオンナーハは自らを神である管理者(ヘルシャー)の末裔と称し、魔導の知識、つまり管理者の知識は自分たちが管理すべきだと公言している。

 そのため、他の魔導師の塔とは相容れず、管理者を唯一の神とし教会が神の代理人であるというトゥテラリー教の総本山レヒト法国も敵視していると言われている。


 逆に言えば他の組織に対しては自分たちの目的の障害にならない限りは無関心であり、レヒト法国と潜在的な敵対関係にある、ここグランツフート共和国に関心を持つとは考え難い。

 そう説明すると、


「ではレオさんはあの二人は何者だと思っているんですか?」


「一番可能性が高いのはノイシュテッターに支部を持っている魔導師の塔、真理の探求者(ヴァールズーハー)の間者だろうな」


 俺の考えはこうだ。

 このノイシュテッターに俺が現れてからまだ数ヶ月しか経っていない。この状況で異常なまでの身体能力を見せ、魔獣を狩り続けている。それもほとんどケガをすることなく。


 俺の実家であるケンプフェルト家は四元流という武術の達人を何人も輩出している家系だが、それでも僅か十七歳で金級の狩人に匹敵する能力を示すことは異常過ぎる。今更だがもう少し自重すればよかったのだが、そのことに気付いた時には噂が広がり過ぎていた。


 そしてヴァールズーハーは魔導具や魔石を収集するだけでなく、優秀な魔導師になれる才能豊かな若者をスカウトしているという噂がある。


 実際、他の二つの魔導師の塔に比べ、組織は巨大で各国の主要都市には必ず支部があるほどだ。それだけの人員を確保するためには絶えず人材を補充する必要があるはずだ。そう考えるとヴァールズーハーの下部組織である可能性が高い。


 他に可能性があるとすれば、グランツフート共和国の諜報機関やレヒト法国の聖堂騎士団所属の間者だが、この二つはレオンハルトの知識から排除できると思っている。


 グランツフート共和国軍はレオンハルトの実家ケンプフェルト家が深く関わっており、仮に監視するにしても追跡者を口封じするような乱暴な方法をとる必要はない。

 第一、将軍の家系とはいえ落伍(ドロップアウト)した三男坊に監視をつける意味がない。


 レヒト法国についてはトゥテラリー教会の財産を無断で着服――グランツフートの法律では正当な取得だが――していることから、狙われる可能性がないわけではない。しかし、彼の国の性格からすると、監視のようなまどろっこしいことはせず、直接襲ってくるはずだ。


 そう考えると、真理の探求者(ヴァールズーハー)が人材確保のため、俺たちを監視したと考えるのが最もありそうな話ということになる。


「……あの時、俺たちに手を出さなかったのは後々、勧誘(スカウト)するためだったんじゃないかと思っている」


『だとすると、この後旦那はどうするつもりニャ? ヴァールズーハーもあまり性質(たち)はよくなさそうニャ。しつこく付きまとわれるのは嫌じゃないのニャ?』


 ベルの言わんとすることは分かる。その点が俺の懸念だからだ。


「今のところ思い付かないんだ。少なくとも親方に頼んであるミスリルの武器や防具ができるまではここにいようと思っている。もちろん、ヴァールズーハーに監視されていると前提だが、相手が手を出してくるまで様子を見た方がいい」


 正直なところ、真理の探求者(ヴァールズーハー)という組織が本当に手を出してきたのかすら確実な話ではない。また、ヴァールズーハー自体、どの程度の組織でどのような行動原理で動くのか、全く情報がないのだ。


 相手の出方を見るというのは主導権を渡すことになるからこちらが不利になりやすいが、今の状況でも情報が無さ過ぎて判断できないなら、相手の動きに合わせてリアクションを起こす方が確実な気がしている。


『つまりニャ。相手が誰か見極めることを優先したいということニャ?』


 ベルの問いに「そういうことだ」と答えると、ラウラも「分かりました。今まで通りということですね」と笑顔を見せる。


 結局、その日は死体の処理をすることで日が傾いたため、近くの水場で野営することにした。

 その夜はベルが主となって警戒し、俺とラウラが交代で起きている体制にしたが、何事もなく朝を迎えることができた。

 朝食後、ミノタウルスを求めて森の奥に向かった。


■■■


 ノイシュテッターの行政区にある真理の探求者(ヴァールズーハー)の支部では支部長であり導師でもあるジクストゥスは、部下である真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者、アインを叱責していた。


「何をしておるのだ! いくら手練(てだれ)とはいえ、一介の狩人(イェーガー)に姿を見せるとは……その上、あの者の能力を測り兼ねるだと。お前たちはまともに調査もできんのか。だから、(ナハト)闇の監視人(シャッテンヴァッヘ)にいつも後れを取るのだ!……」


 シャッテンヴァッヘは叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)が持つ間者集団の名である。

 アインは頭を下げたまま、その叱責を受け続けた。五分ほど叱責し続けた後、ようやくジクストゥスは落ち着きを取り戻す。


「まあよい。ナハトに偽装した点は評価できる。お前は今まで通り狩人に紛れ込んであの者を監視せよ」


 そう言うとアインは下げていた頭を更に深く下げ、「御意」と了承する。ジクストゥスはそんな彼に全く興味を示さず、独り言のように呟き続けていた。


「あの者は私が召喚したキメラ(シメーレ)から逃れただけでなく、使い魔まで召喚しているのだ。行動を見る限りどこかの組織に属しておるとは思わぬが、あの力は脅威だ。いや、可能なら我が配下に引き込めれば、大導師様の覚えもめでたくなるかもしれん……」


「あの獣人はいかがいたしましょうか?」とアインが低い声で確認する。


「獣人は不要だ。奴らは魔導を使えぬからな……いや、あの者を引き込むための餌にできるか。ならば利用価値はある……」


 相変わらず目の前のアインを無視して独り言を呟いている。


「……利用価値はありそうだ。今は手を出すな。使い魔の黒猫も同様だ。あの使い魔がどの程度の能力を持っているかは確実に探り出せ……」


 アインは命令を復唱すると、支部長室から退出していった。

 残されたジクストゥスはレオンハルトのことを考え始める。


(あの者は何者なのだ? ケンプフェルト家はただの武門の家系だったはずだ。魔導師(マギーア)を輩出したという情報はない。暴走したとはいえキメラ(シメーレ)から逃れるには達人クラスの武芸者でも難しいはずだ。惜しむらくはキメラ(シメーレ)を見失ったことだな。あの時監視を続けていればどのような手段を使って逃れたのか確認できたのだが……)


 ゲッツェの町の近くでキメラが現れたのは、ジクストゥスたちが召喚の秘術を使ったからだった。

 フォルタージュンゲルの中でジクストゥスが自らの使い魔とすべく召喚したのだが、使い魔として契約する前に暴走した。

 その結果、ゲッツェの町近くにまで移動し、レオンハルトたちのクランを見つけて襲い掛かった。


 人を襲ったことで落ち着きを取り戻したキメラは魔素の濃い密林の奥に向かったため、五名の若者が犠牲になっただけで済んでいる。もし、あの場にレオンハルトたちがいなければゲッツェの町にまで達し、大惨事になっていただろう。


 ジクストゥスたちは結局キメラを発見できなかったが、殺された若者たちの死体は発見している。また、その後ゲッツェの町を監視し、一人の若い狩人がキメラから逃れたという事実を確認していた。しかし、その狩人を特定する前にレオンハルトがゲッツェの町を出たことから一旦は行方を見失っていた。


 偶然、ノイシュテッターで活躍し始めた若い狩人の話を知り、調査を始めたところキメラから逃れた狩人であると分かり、監視を始めたところだった。


(使い魔は導師級の力がなければ契約できない。私ですら未だに契約できていないのだ……つまり、あの者は導師級の能力を持っていることになる。そのような者を我が配下にできれば、このような田舎町でガラクタのような魔導器を集める仕事から解放されるはずだ……)


 ジクストゥスは勘違いしているが、彼が使い魔と契約できていない理由は身の丈以上の魔獣と契約しようとしているためだ。彼は導師に昇格したばかりで、未だに世俗の感覚が抜け切っておらず、強い出世欲に支配されていた。そのため、より強い魔獣と契約しようとし失敗した。


(いずれにせよ、あの者の身体能力はヴァールヴェヒターの間者以上。更に魔導の才能は上級魔導師を凌駕する。それ以上に使い魔と契約している点が素晴らしい。使い魔との契約は一種の才能だ。あの者の力があれば私が召喚する使い魔との契約も容易になるだろう……そのためには彼の者が何を求め、何を恐れているか知らねばならん……一度引き込んでしまえばヴァールヴェヒターの間者と同様に洗脳してしまえばよい……)


 ジクストゥスは部下である上級魔導師を呼び出し、


「使い魔の召喚の準備をしておけ。前回と同じく災害級の魔獣だ。必要な魔石(マギエルツ)を集めるのだ」


 その言葉に部下の魔導師は驚愕する。前回のキメラ召喚は偶然大惨事に至らなかったが、それは単に運が良かったからだ。


 仮にゲッツェの町が全滅した場合、大規模な調査が行われる。グランツフート共和国で魔獣の召喚を行うような組織はヴァールズーハー以外ありえず、すぐにノイシュテッター支部の失態は露見しただろう。


 そうなれば、共和国政府から追及されることは確実で、ヴァールズーハーの活動自体に支障が出る。当然、本部である塔からノイシュテッター支部の関係者は糾弾され、その後の出世は見込めなくなる。

 そのように認識している上級魔導師は上司の見識を疑う。


「しかし危険ではありませんか? もしどこかの町が襲われるようなことがあれば……」


 ジクストゥスは部下の発言をさえぎり、不機嫌そうな表情を浮かべる。ヴァールズーハーでは上位者の命令は絶対で反論することは組織に対する忠誠が疑われる行為と見られているからだ。


「前回のような失敗は繰り返さぬよ。君は私の命令に従っていればよいのだ」


 そう言って強引に召喚の準備を始めさせた。

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