88.川の巫女に見つかってしまいました。
川のアーチが作られ、道ができたことで、観衆は一斉に移動を始めた。
この人の中には祭りを見に来た人だけでなく、川の向こう岸に渡る目的で来た人もいるんだろうな。
今、橋が壊れていて川を渡れないしさ。
一応川が穏やかだから船で渡るという方法もありそうだけど、ちょっと手間がかかるもんな。
色々な目的の人達が集まっているからか、橋を渡ろうとする人は物凄い数になる。
「押し合わないで下さい!」と川の巫女の母親が必死に呼びかけている様子も見えた。
「うわぁ……話には聞いていたけど、川の巫女って凄いんだね!」
『なんだ、実際に見るのは初めてなのか? 知ってて当たり前って感じで言ってきたのにさ』
「うん、そうなんだよねー。興味はあったんだけど、なかなか行く機会がなくてさ。でも今日見れて良かったわ!」
ケロマはとても満足そうにしながら移動する人達を眺めていた。
確かにすごいよな、川の巫女って。
こんな大勢の人に影響を与えるんだもんな。
巫女がいなければこの川はまず渡ることができないんだろうしさ。
さすがはレベル70。
半端ない強さだ。
さて、鎮静祭を見守ったのはいいんだが、これから俺達はどうするかな。
グリザーの魔法で川に道を作るのは目立ちすぎるからできない。
まあ俺達の姿は見えないからできなくはないけどさ。
あまり気が進まないよな。
でもだからといって巫女が作ったアーチを通ろうにも、人通りが多すぎて通り抜けることも出来なさそうだ。
『これはしばらく川を渡れそうもないな』
『拙者の魔法で道を作ろうにも目立ちすぎる故、よろしくないだろう』
『だからといって回り道というのも考えにくいか。ワイバーンに遭遇すると危ないし』
「別に急ぎでもないのなら、しばらく待っていた方がいいかもね。川のアーチは一時間はあるんだし。空いているときにササッと通り抜けるのはどうかしら?」
うん、ケロマの案が現実的だろうな。
下手な行動を起こすと巫女達に気付かれそうだし。
別に巫女達は良い人っぽいけど、信用し過ぎるのもどうかと思うんだよな。
例え巫女達が良い人でも、こんなに人がいるこの場所じゃ、巫女達と話しているのを悪意ある誰かが見ているとも限らないし。
魔物である俺達は関わり過ぎない方が良さそうだ。
ということで、俺達は川から少し離れた人気の少ない所でしばらく様子を見ることにしたんだが……
「あなたはもしや……カンガ様ではないですか?」
声がする方を振り向くと、そこには川の巫女が立っていた!?
な、何でこんな所に巫女がいるんだよ!?
確か川の所で人間を誘導して―――たのは巫女以外の二人か。
そういえば巫女の姿はなかったな……
で、でも俺達、インビジブルブレスレットつけているはずだよな?
透明化の効果も切れていないし、どうして……?
あ、そういえば初対面のときも巫女に透明化を見破られていたよな。
つまり、川の巫女には透明化は意味がないと。
参ったな……
声をかけられたからには応えない訳にもいかないか。
『あ、ああ、そうだが』
「やっぱり! すっかりたくましくなられたのですね。それにお仲間もたくさん!」
『あ、ありがとな』
「カンガ様、そんなに声をひそめてどうしたんです……? あ、周囲のことなら気にしなくても大丈夫ですよ! 私の姿は認識阻害魔法でほぼ誰にも見えないですし、私達の声も誰かに聞こえることがありませんから、周りの人間に気付かれることもないでしょう」
『そ、そうなのか』
それってつまり、川の巫女がもし俺達を倒そうとしても誰も気づかないってことだよな?
まあ口調からしてそういうつもりはなさそうだけどさ。
そういう魔法をしれっと使ってしまう川の巫女ってやっぱりハンパないな。
しかも川のアーチを維持しつつ、その魔法を使っている訳だからな。
MPとかどうなっているんだろうか?
不思議すぎる。
「リザードマンのお仲間がいらっしゃるということは、無事にリザードマンの所までたどり着けたんですね!」
『そうだな。それも川の巫女、ターニャがペガサスを貸してくれたおかげだ。ありがとう』
「そ、そんなお礼なんていいですよ! お役に立てたようで光栄です」
ペガサスのおかげであっという間に沼地までたどり着けたもんな。
本当に助かったよな、あの時は。
歩いて行ったら山を抜けるまでに時間がかかって、他のワイバーンの群れと遭遇してもおかしくなかったしさ。
そういえば川の巫女と話す俺を見て、グリザーとケロマは首をかしげている。
あ、そっか。
以前川の巫女と会ったときは二人はまだ一緒にいなかったんだもんな。
そりゃ川の巫女と話している俺を見て不思議に思うのも無理ないか。
『カンガ殿は何やら川の巫女と関係を持っているようだが、どういった関係なんだ?』
『ああ。実は川の巫女が呪いで困っているときにその呪いを治してあげたことがあってな』
「そうなんだ! つまりカンガは巫女様の命の恩人という訳ね!」
『そ、そうなるのかもしれないな』
命にかかわる呪いだなんて一言も言ってないんだが、なんですぐに命の恩人という発想になるんだろうか。
まあ実際、かなり重度な呪いにかかっていたようだから、巫女にとって日常生活にも支障はあるほど重度な呪いにかかっていたんだろうけど。
「そうなんです! カンガ様はまさに私の命の恩人なんですよ! あのままじゃ、命が長くはもたないと覚悟していましたから」
あっ、巫女に盗み聞きされてる。
というか、ケロマはこの世界の人間の言葉で話しているから、言っていることが筒抜けなのか。
【念話】を使えれば、特定の相手にだけ会話を発信できるから便利なんだけどな。
ケロマ、【念話】を覚えてくれればいいのに。
「それにしても、カンガ様はまたどこかにお出かけされるのですか? よろしければまたペガサスをお貸ししますよ?」
『いや、これ以上は迷惑をかけられない。大丈夫だ』
「そうですか……でも何かしらのお手伝いはさせて頂かないと気がすみません。何かしてほしい事とかありますか?」
してほしい事ねぇ……
別に特にないんだけどな。
まさか南西部の森林地帯に行きたいとは言えないしさ。
これから極秘で住処を作るのにわざわざ教えてどうするって話だ。
いくらターニャが良い人でも教えてしまうのは良くない気がする。
そもそも、もう十分ターニャに助けられているんだよな。
以前ペガサスを貸してもらったり、ワイバーンを撃退してくれただけでもう十分すぎるほど助かっているしさ。
まあ何かしら言っておかないとターニャの気が済みそうにないか。
何か言わないとな。
『そうだな。この川を人に気付かれずに今すぐ渡りたいんだが、何か良い方法はないか?』
「川を渡りたいんですね。なら、川を渡るためのペガサスをお貸しします。ペガサスに認識阻害魔法をかけておくので、ペガサスの姿も見られることなく移動できるでしょう」
『そんなことができるのか、助かる』
「いえいえ、お安い御用です。それでは召喚しますよ……」
そう言った巫女は精神を集中させ、そして二頭のペガサスを出現させた。
人数が増えた俺達を気遣って、召喚するペガサスの数を増やしてくれたみたいだ。
何だか悪い気がするな。
というか、ターニャ、どんだけ多重に魔法をかけているんだよ。
レベルが高いとはいえ、不思議だよな、やっぱり。
川を渡るだけだろうからペガサスはそんなに高くは飛ばないだろうけど、一応ブルールとは別のペガサスに乗るとするか。
本当、あんな思いはもうたくさんだからな。




