60.ブルールが余計なことをしてくれました。
『皆の者、よく聞くがよい。我はカンガ様の下僕、ブルールである』
え?
なんでブルールが俺の下僕になってるの?
意味分からないんだけど。
ブルールのその念話を聞いた三人はブルールの方を見て、頭を垂れている。
「ブルール様、そちらにいらっしゃるゴブリン様のお名前はカンガ様とおっしゃるのでしょうか?」
『左様。カンガ様は皆も知っているだろうが、ただのゴブリンではない。奇跡のお方である』
奇跡のお方ねぇ……
確かに【考察】を持って生まれることができたのは奇跡なのかもしれないけどさ。
でもだからといってそれを人に普通押し付けるか?
神様と呼ばれるよりはまだマシだけどさ。
奇跡のお方とか呼ばれ続けるのは何か嫌だな。
『そしてそのカンガ様は皆の無礼な態度に大変ご立腹なされている』
ブルールのその言葉を聞いた三人はひどく恐怖し、後悔の念にとらわれているようだった。
いや、俺、別に怒ってないけど。
何か誤解を与えてない?
何調子乗っちゃってくれてんの、この食いしん坊オオカミ君。
『そこでだ。皆の誠意ある態度を期待しているとカンガ様はおっしゃっている。何かできることはあるか?』
ブルールの言葉を聞き、慌てて相談しだす三人。
しかし、いつになっても結論が出ず、かなり悩んでいる様子だ。
何かすごいことをしてくれようとしている気がして気が引けるんだが。
せめてもっと軽い、ちょっとしたことでいいんだけどな。
というかブルール、何変な事言ってくれちゃってんだよ。
そのせいで三人ともかなり戸惑っちゃってんだけど。
そろそろ口を挟まないとダメかもな。
『ブルール、何でそんなことを言ってるんだ? 悪ふざけも大概にしろよ』
『え? だって何か面白そうだろ? こんな風に言った方がさ』
『面白そうでお礼をふっかけるとか最低だな。お前』
俺の言葉を受けたブルールはしゅんとした表情になっている。
うん、少しはそうやって反省した方が良さそうだ。
ブルールは冗談のつもりだろう。
でもターニャ達にはそんな風に聞こえるはずもない。
もうちょっと気を楽にさせてあげないと可哀想だ。
お礼をしなくてもいいと言ってもいいんだが、そうするとターニャ達の気が済まなそうだ。
一応ターニャを助けたのは事実だしな。
となると、もっと具体的で実現しやすいお願いを考えた方がいいよな。
そうだな……
『えっと……あのー。お願いできるなら、リザードマンの所まで行けたら嬉しいかなーって思うんだけど』
俺の言葉を聞いた三人は驚きの表情をする。
え?
俺、何か変なこと言った?
別にただの要望を言っただけだよね?
ちょっと無茶なことをお願いしちゃったか?
というかお願いをすること自体まずかったか?
すいません、俺、調子に乗りました。
するとターニャの母親が一歩前に出て言った。
「そんなこと……たったそれだけの事でよろしいのですか?」
へ?
それだけの事?
別にこれ以上望まねえよ。
そんな恩着せがましいことをするの、俺、苦手だし。
『ああ、それで十分だ。ちょっと厳しいか?』
「いえ、そんなことありません! お安い御用です! ターニャ、例の幻獣を召喚して差し上げて!」
「ええ、分かったわ!」
そう言ったターニャはちょっと後ろに下がる。
そして呪文を唱えた。
『天駆ける天馬よ、我の前に姿を現せ! 出でよ、ペガサス!』
こうターニャが叫ぶと、ターニャの前に巨大な魔法陣が広がる。
そしてその魔法陣から何か光り輝くものが姿を現す。
輝きが消えると、そこには翼の生えた馬、ペガサスの姿があった。
『スゲーな、召喚ってやつか?』
「そうです。このペガサスならばカンガ様の望む場所まで連れて行ってくれることでしょう」
『ホント、ありがとな。助かるわ』
俺はペガサスの近くに寄ってみた。
するとペガサスは背中に乗るように促してくる。
多分ターニャがペガサスに俺をのせて移動するよう指示を出してあるんだろう。
『ホント、ありがとな。それじゃ俺はもう行くわ』
「え、あの……まだお礼が足らないのでは? お怒りになられているのでは?」
『そんな事ねえよ。第一、俺、怒ってなんかねえし。ここのバカウルフが変な事言っただけだ。気にするな』
「え、でも……それじゃ気が収まらなくて……」
ターニャは何か申し訳なさそうな表情をしている。
別にペガサスという立派な幻獣を召喚してくれただけで十分なのにな。
でもそれじゃターニャの気がおさまりそうになさそうだ。
何かいい方法はないだろうか……
そうだ!
『一つお願いがあるんだが、頼んでもいいか?』
「え、何でしょう?」
『実は今、この近くの川が荒れてしまって困っている人が大勢いる。そこでだ。その川を何とかして鎮めることはできるか?』
荒れた川を鎮めるということ。
それはかなり大きな力を要するだろう。
だが、このターニャならば、レベル72もあるターニャならばできるのではないかと思うのだ。
「……はっ!? そうでした! ごめんなさい、私、本来の仕事を忘れていたみたいで! すぐに川の鎮静化に向かいます!」
そう言ったターニャはもう一体ペガサスを召喚し、そのペガサスの背に乗った。
『本来の仕事? それってどういうことだ?』
「申し遅れました。私はターニャ。別名”川の巫女”とも言われています。私はここ十年間、この山小屋から川の安全を守ってきました」
へ?
ターニャが川の巫女だって?
そういえば川の巫女は山岳地帯に住んでいるとか聞いたことあるもんな。
まさかその川の巫女がターニャだとは予想外だった。
ターニャが乗ったペガサスに、ターニャの母親とタロスも乗った。
「ではカンガ様、私は本来の役目に戻ります。ですが、あなたに危機が訪れたとき、必ず助けに行きますので、何かあったら呼んで下さい!」
『おお、頼もしいな。もしものときは頼むな』
「はい! では私達はこれで失礼します。カンガ様、どうか無事に旅ができることを願っています」
ターニャがそう言うと、ターニャ達が乗ったペガサスはどこかへ行ってしまった。
『さて、俺達も行くとするか』
『ああ、そうだな。このペガサスもいつまでいてくれるか分からないし、早い方がいいだろうな』
俺達はまず、外していたインビジブルブレスレットを装着する。
それから俺はペガサスに乗る。
だがブルールが何か変な方向を向いていて、なかなかペガサスの元まで来ない。
一体何やってるんだ?
『ブルール、どうしたんだ?』
『いや、あいつらを料理したらどんな味がするかなって……』
ブルールが見ている方向の先には、ターニャ達が倒したワイバーンの屍の山があった。
えっ?
ブルール、あのワイバーンをまさか食べようとしているのか?
あんな損傷の激しいヤツをよく食べようと思うよな。
かなりグロテスクなんだが。
正直俺はあまり見たくないし、少なくとも食欲は湧かないわ。
そもそも俺達、ウサギ料理を食ったばかりじゃないか。
だから尚更、食べようとは思えない。
『冗談は程々にして、さっさと行くぞ。ペガサスが飛び去ってブルールだけ置いていくかもしれないぞ』
『……分かった。我慢する。次、ワイバーンを倒したときは料理してくれよ』
ブルール……本気でワイバーンを食べようとしているのか。
なかなか恐れ入るな、その食欲。
まあ次にそんな機会があったら作ってみても良いかもな。
俺は味見する程度でいいけど。
飛龍の肉ってなんか味の想像がつかないしさ。
こうして俺達はペガサスに乗り、上空へと飛び立った。




