50.知識を共有してみました。
二人の人間からだいぶ距離を取った俺達。
岩場でしばらく待っていても人間が追いかけてくるような気配は感じられない。
うん。
どうやら助かったようだな。
『どうやらまいたようだな』
『そうだな……』
『どうした、ブルール。元気ないぞ』
『オレのポトフが……』
いつまで引きずってんだよ、全く。
ああ、分かった!
何か料理作ってやるからそれで機嫌直せ!
俺はその辺にあるフワンタクサ草を引き抜いて【料理】をした。
あ、もちろん【調合】をしてグリーンサラダにしてからな。
そして数分後、ブルールの目の前に出来上がった野菜の肉詰めを置いた。
『え? カンガ、これ食っていいのか?』
『ああ、早く食え。そして機嫌直せ』
『分かった……。ありがとな、カンガ!』
そう言ったブルールは三秒で野菜の肉詰めを食い終わってしまった。
だから早いって。
まあ、さっきみたいな状況にしたくないし、この方がいいんだけどさ。
『気は済んだか?』
『ああ。この料理、さっきのポトフよりも百倍は美味いな! あんな料理なら人間にくれてやってもいい気がしてきたぞ!』
……いや、その言葉、作った俺に失礼だよな?
もうつっこまないけどさ。
せっかく元気になった所に水差したくないし。
またウジウジされる方が厄介だからな。
『もう進めるか?』
『ああ、もうバッチリだ。任せとけ。全速力で駆け抜けてやるからな!』
いや、それ俺が困るんですけど。
もうちょっと乗る側の気持ちを考えてくれないだろうか?
確か前にもこういうことあったよな。
少しは人を労わってほしいもんだ。
まあ今の俺は人間じゃないけどさ。
別に急いでいる訳じゃないんだし、程々のスピードで進んでほしいよな。
『元気があるのはいいが、そんなに急がなくていいんだぞ。ゆっくり行こうぜ』
『え、そうなのか? ならゆっくり行くとするか』
そうそう、それでいいから。
人間に見つかったとか緊急時以外は基本ゆっくりでいこう。
いつも急いでいたら余計に疲れるだけだからな。
こうして元気になったブルールの背に乗って、俺は荒野地帯を移動した。
しばらく進んでいると、次第に周囲に草木が生い茂ってきた。
どうやら荒野地帯を抜け、森林地帯に入ったようだ。
だが、ここは明らかに俺の住処周辺とは違う。
その理由としてはまず、この周辺の地面がぬかるんでいないことがある。
この周辺の地面は、雨季が来る前の俺の住処周辺と似た硬い地面になっている。
水龍の影響を受けていないということは、水龍のいる場所からはだいぶ離れていることになる。
つまり、水龍が近くにいる俺の住処周辺ではないということだ。
それだけでも十分な理由にはなるんだが、もう一つ理由がある。
それは―――
『なあ、ブルール。あれを見てくれ。あれ、人間の家―――だよな?』
俺達が進む方向のはるか遠くにではあるが、わらの屋根のような物体が見えるのだ。
そしてよく見ると、その周辺にはまた別のわらの屋根がいくつか見える。
どう考えても人間の村だよな、これ。
『そうだろうな。あんなものを作るのは人間位しか考えられないからな』
『そうだよな。ってことはさ、この辺りって人間と遭遇する可能性が高いんじゃないか? どうすればいいんだ、一体?』
村にはたくさんの人間がいるだろう。
都市には及ばないかもしれないけどさ。
そして生きていくためには資源が必要となる。
その資源を手に入れるためには村の中でずっと過ごす訳にはいかない。
つまり、必然的に村の外へ出かけることになる。
実際、既に俺達は二人の人間と遭遇した。
なので人間が集落の外へ出かけることは間違いないだろう。
だが、外に出てくるのは一部の人間に限られるだろうな。
この世界って魔物であふれていて危ないし。
戦闘力のない人間が外に出るなんて自殺行為だからな。
だから旅行感覚で村や町を行き来することは出来なさそうか。
そう考えると、前世の世界って恵まれていたんだと思う。
まあ俺はそんなに旅行行くタイプじゃなかったから意味なかったけど。
でも結局、人数の差こそあれ、一部の人間が外を出歩くのは間違いないだろう。
人間に気付かれずに村の周辺を通過するのは骨が折れそうだな。
『カンガ、人間の気配がする。隠れるぞ』
俺とブルールはこうして茂みに隠れることにした。
しばらく茂みに隠れていると、近くを通る足音と話し声が聞こえてくる。
「`s+*g/2.:;[]=~」
「`*+`{}?*`}」
うん。
人間の話し声だな。
相変わらず何話しているんだかよく分からないけどさ。
俺が分かるように日本語で話してくんないかな?
いわゆる日本語でおkってやつだ。
まあ、無理だろうけど。
ここ、日本じゃないどころか世界が違うしな。
日本語というものを覚えている俺の方が特殊だろう。
……あの出会い厨の手紙は何故か日本語で書かれていたけど。
まあ、あれは多分気のせいだ。
俺が疲れてそう見えただけだろう。
きっとな。
そういえばブルールって人間の言葉が分かったりするんだろうか?
人間の書物を読んだことがあるって言ってたしさ。
『そういえばブルールは人間の言葉が分かるのか?』
『まあ、ちょっとだけな。おおよそのことだったら見当はつく』
本当に分かるのか。
スゲーな、ブルール。
自力で一から勉強して理解しているってことだもんな。
俺なんて学校で教えられた英語でさえ、まともに理解できなかったというのに……。
今の俺だったら【考察】さんがいるから理解できるんだろうか?
そういえばブルールには言語に関するスキルは見当たらなかったよな。
強いて言うなら【念話】位だろうか。
でも【念話】だったら俺も持っているから、人間の言語の理解には関係なさそうだ。
……ひょっとして言語ってスキルで習得するものじゃないのか?
そしたら俺、絶対この世界の言語使えねえわ。
もしスキルだとしたら、例えば言語lv1か何かを習得できれば、後は【考察】さんが何とかしてくれるんだけどな。
つまり、何かしらの知識を手に入れるきっかけさえあればいい。
でも言語がスキルにならないのであれば、ある程度の理解ができるまでは自分で努力する必要がある。
そのある程度の理解を自力で行うのが俺にはハードルが高すぎるのだ。
勉強が得意なヤツならいいんだろうけど、残念ながら俺は全然ダメだったからな……
俺は学生時代、英語という言語を学んだことがある。
数年にも渡る長い間もな。
だが結局話すことなんてできなかった。
そしてもちろん聞くことも全然できなかった。
だから異言語は無理。
ゼッタイ。
はあ。
もう諦めるしかないのか。
【考察】さん、何とかならない?
………………
ですよねー。
というか、【考察】さんって何者なんだろうな。
天の声とはまた違うんだろうか。
まあ、そんなことを考えてもどうにもならない訳だが。
それにしても、言語が分からないのって不便だよな。
相手が何考えているのかもさっぱり分からないしさ。
そのせいで人間とすれ違って言語を聞くたびに、底知れぬ恐ろしさを感じる。
一体コイツ何考えているんだ、俺を標的にしているのかってな。
だからちょっとでも言語が分かるといいんだよな。
別にペラペラ話せなくてもいい。
完全に聞き取れなくてもいい。
せめて、ブルール位の理解力が俺にもあればなあ。
{ 特殊スキル【命名者】を使用しますか? }
え?
なんか天の声が言ってんだけど。
なになに?
【命名者】のスキルを使うかどうか聞いているのか。
そういえばこの【命名者】というスキルも謎だよな。
最初はただ名前を付けたときに手に入る称号的なものだと思っていたんだけど。
でも実際はこのスキルのおかげで姿の見えないブルールの情報を把握できたんだよな。
何かしらの目的に使えるスキルであることは間違いなさそうだが。
よく分からないけど、減るもんじゃないし、使ってみるか。
【命名者】っていうスキルをさ。
という訳で天の声さん、よろしくー。
{ 特殊スキル【命名者】が使用されました。 }
その声と同時に、俺の中に多量の情報が入り込んできた!?
なんだこれ?
一体どうなってんだよ!?
俺に入り込んできた記憶。
それはブルールの記憶だった。
道端で拾った本をどこかで読もうとするブルール。
近くを通りかかる人間の声を木陰から聞くブルール。
廃墟に残された書物を読んでみるブルール。
うん。
どうやら人間の言葉に関連するブルールの記憶が俺の中に入ってきたようだ。
そしてその記憶の中には、ブルールが学んだ知識に関しても入っていたようで―――
「だから☆☆☆と○○○だって言ったのにな」
「そうだよな。だから@@@は馬鹿なんだよ」
近くを通る人間の声の意味が何となく分かる。
大雑把な文法とか文の構造、単語の意味の情報が俺の中に入ってきたからだろう。
この状況から考えると、俺はブルールの知識を共有したことになりそうだ。
ってことはさ、ブルールはこれだけ人間の言葉を理解しているのか。
しかも自力で。
凄すぎるだろ……
ここまで分かれば、残りの部分が分かるようになるのも時間の問題な気がする。
実際、【考察】さんが働き始めて、何となく言葉の見当がついてきた。
ある程度理解できれば【考察】さんって働くもんな。
これなら言語取得もできてしまいそうだ。
これはかなり大きいぞ。




