117.みんなの思いを受け取りました。
俺達はそろりそろりと厄災龍の方へと向かっていく。
近づいても、厄災龍は身動き一つしない。
封印がしっかりと機能しているって事だろうし、ありがたい話だ。
俺達が厄災龍のすぐそばに差し迫ったとき、何やら強烈な悪寒を感じる。
何かと思えば、厄災龍の目が俺の方を向いていることに気付く。
俺が動くと、龍の目もそれに合わせたように動くのだ。
あれ?
封印されているんじゃなかったのか?
だが結局起こったのはそれ位で、後は何事もなく厄災龍のいる道を通り過ぎる事が出来た。
『ふうっ、あれは一体何だったんだ? 何か俺の方をにらんできたような気がしたんだが……』
『オレも確かに龍の目線を感じたぞ』
『拙者もだ。となると、あの厄災龍の意識はあるということなのか?』
どうやらブルールとグリザーもそう感じたらしい。
俺の気のせいではなかったということか……
だが、もう厄災龍がいる所は通り過ぎたし、心配する必要はないか。
帰りは……うん。
きっと別の道がみつかるだろうし、最悪その時に考えようか。
とりあえず今はあそこを無事に通り過ぎる事ができた喜びに浸っていてもいいだろう。
もう少し進んでいくと、道が分岐した所までやって来て、分岐先の道からは何人かの人間が歩いてくる様子が見えた。
『人間……そうか。ダンジョンに挑戦しに来る人間もいるって話はだったよな』
「ええ。多分私達が進んできたルートとは違う所からダンジョンに向かっているんでしょうね」
『まあ俺達が特殊なルートで来ただけだからな。今まで他の人間と会わなかったのも無理ないんだけど』
ゴブリンが掘った地下通路。
しかもそこには呪文を唱えないと通れないようになっていたし、俺達と同じルートで来た人間がいるはずもないよな。
あっ、もちろんケロマは例外だが。
『オレ達も人間達と同じルートを進めばダンジョンにたどり着くんだろうか?』
「多分そうでしょうね。この辺りに来る理由なんてダンジョン位しかないもの。まあその人達が道に迷っていたら別だけど……」
見た感じ迷いなく進んでいる感じだし、多分道に迷っているとかではないと思うんだよな。
ならついていけば確実だろう。
『あの人達についていこう。その方が確実な気がするしさ』
『そうだな。オレ達はここに初めて来るわけだし、アテもないからそうした方がいいだろう』
ちなみにブルール以外の二人も賛成してくれたので、見かけた人間にこっそりついていこうとする。
だが移動しようとした瞬間、俺は突如強烈な頭痛に襲われる!
そして声が聞こえてきて、あと何かの光景が頭に浮かび上がった。
=====
「ここで一年以上耐え続けるのね……」
「ああ。この空間は魔力濃度が高いからしばらく飲み食いしなくても耐えることが出来るからな」
「確かにそうかもしれないけど……とても辛いことには変わりないわよね」
「ああ。だがこうしなければ俺達に未来がないのは君も分かっているだろう?」
「ええ、分かっているわ。弱音を吐いてゴメンね」
「いや、気にしなくていい。辛いというのは事実だからな。……ではそろそろ中に入るが、覚悟はいいか?」
「ええ。覚悟は出来てる」
「分かった。では合言葉を一斉に言うぞ。せーの」
「「我らは希望を絶やさせない」」
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そこで俺に聞こえてくる声や光景はブツンと途切れた。
見えた感じだと、ゴツゴツした岩肌といい、この近辺な気がするな。
そしてまたゴブリンの地下通路を見つけた時と同様に、微かに懐かしい匂いを感じた。
『カンガ、大丈夫か!? しっかりしろ!』
『カンガ殿、もしかして森の時と同じような……?』
「カンガ、また何かあったの……?」
頭痛が治まってくると心配する三人の姿が目に入った。
『ああ、ちょっとな。森の時と同じような現象が起きたみたいだ』
『森の時と同じ……カンガ殿がゴブリンの地下通路を見つけた時の現象か』
『でもその現象のせいでゼルデやダージャにやられたんだよな? またロクな目にあわないんじゃないか?』
確かにそうとも言えるよな。
森の時はあの現象が起きなければ、ゼルデやダージャと出会うことも無かったわけだしさ。
だけどだからといってそれを罠だと決めつけるのは何か引っかかる。
聞こえてくる二人の声は明らかにゼルデやダージャとは違う声だし、それに何か温かみがあるんだよな。
落ち着くというか何というか……
『でもやっぱり気になるんだよな、この先に何があるのか』
『えっ? でも明らかに何かの罠としか思えないんだが、本当に大丈夫なのか?』
『拙者も今回はブルール殿と同意見だ。何か分からない所に無策に立ち寄るのは危険すぎる』
危険な事は流石に俺でも分かっている。
だけど、それでも……
『みんな先程は迷惑かけてゴメンな。だから今回は俺一人で行ってみる。それならみんなに迷惑をかけないだろ?』
やはり気になるのは気になるのだ。
危険なのは分かっている。
ゼルデやダージャがまだ倒れていない事からして、またその二人が罠を仕掛けて待ち構えているかもしれない。
でも、それでもこの懐かしい感覚には何かあると思うんだよな。
俺にとって大切な何かが。
「私も行くよ、カンガ。私は元々カンガについていく為に旅しているんだもん。どんな危険な事があっても私、頑張るから!」
『ケロマ……本当に危険なんだぞ。死ぬかもしれないんだぞ。それでもいいのか?』
「ええ。覚悟は出来てる。死よりもカンガのいないこの世界で生きることの方がよほど苦痛だもの!」
すごい事言ってるな、ケロマの奴。
まあ、それだけの覚悟を持ってついて来てくれるというなら止めないけど。
『そこまで言うなら止めないが……本当に後悔しないんだな?』
「当たり前でしょ! もしそうなってもそう選択したのは私自身なんだからカンガは全く悪くないよ!」
自分が勝手に決めた事……
ケロマらしいっちゃケロマらしいか。
自由奔放というかさ。
『カンガ、オレも行かせてくれ。オレもケロマと同様、カンガのいない世界で生きていても意味がないと思ってる』
『いいのか? 死んだら料理自体食べられなくなるだろうけどいいのか?』
『ああ。オレはカンガの料理が食いたいんだ。それ以外の料理を食えても意味がない』
全く。
全然俺の料理以外でも好きな食べ物はたくさんあるだろうに。
無理しやがって、ブルールの奴。
『拙者ももちろん行かせてもらうぞ。我が盟友の命を救ってくれたご恩は決して軽くない故』
『別にそんな重たく思わなくてもいいぞ。それよりもグリザーがいなくなるとその盟友である王か悲しむだろ』
『……確かにそうだな。だが正直それはあくまで建前。カンガ殿を初め、拙者は皆の事を大変気に入っている。その者達を黙って見捨てるなんて出来ないというのが本音だ』
まあ誰だって仲良くなった人を見殺しにするなんて出来ないよな。
グリザーが覚悟出来ているというのならば、無理に止める必要はないか。
『改めて言うが、俺は森の時と同じように、匂いに沿って進んでいこうと思う。それで構わないか?』
俺の言葉にみんなは黙ってうなづいた。
ここまで言ってもついてくるなんてみんな変わってるよな。
俺が言うのも何だけどさ。
もうどうなっても知らないからな!
みんなの思いを聞いた俺は心の中で嬉しさを覚えながらも、気を引き締めて、匂いのする方をたどっていくことにした。




