表裏一体
世界は腐敗する。
そして、再び蘇る。
そのときまで、僕は箱の中で生きるのだ。
僕はある日、世界と隔離した。
そこはどうやら、楽園だったのだろう。
閉じ込められた先は、白と青の光が交錯して、とても輝いていた。
『はじめまして』
振り返った彼は、嬉しさに空気を染めながら、僕へと微笑みかけた。
まるで僕を待っていたかのようで、何も知らない僕は、少しだけ彼が嫌いだと思った。
ずっと待ちわびた兄弟。
僕は君が来るまでずっと一人きりだった。
僕の膨れ上がった、一人で溜め込んだ知識。
それのすべてを君にあげたって、僕は惜しいと思わない。
全部、君のものにしてくれればいい。
けれども君は、そうして知らない世界の話を聞くたびに、決まって苦しげに、そして悲しげに顔を顰めるのだ。
『僕らは一体何なんだ』
どうして君は、僕が答えられない問いを選ぶのだろう。
僕が口を噤めば、君の手のひらには、いつもその爪が食い込んで、震えるこぶしが白く色を失うのだ。
僕らは双子のはずだった。
けれども彼は、あまりに世界を知っていた。
僕は限られた箱の中のことすら、何も知らなかったと言うのに。
そして、僕と彼が世界の何であるのかと問うと、決まって口を静かに閉ざすのだ。
とてもよく似た彼を感じながら、彼は果てなく遠い。
嗚呼、僕は彼のコピーでしかないのだと思った。
いつかこの体は、存在は必要のないものになるのだろう。
運命というのが如何に残酷なものか、僕は知っているつもりだったのに。
目を背けるだけでは眩しすぎた。
僕は彼の影にすぎない、僕は彼の複製品。
僕もまだ、知りえない世界は君には伝えられない。
心臓が泣いている、それだけに安堵した。
君が僕を受けれいてくれたなら、どうやってさよならを伝えよう。
偽物の僕は、溺れるように世界から消えてしまうのだろうか。
白と青の世界の中で、僕は立ち尽くすように動かなくなるのだろうか。
僕はいない、呑み込まれてしまいそうで、やはり彼のことは嫌いだった。
『本物になりたい』
いつか止まる歯車の恐怖とともに、抱え続けた願い。
花のように色を失って枯れるでも、魚のように暗闇に沈むでもない。
恐れに打ち負けた僕の叫び。
彼は僕の手を取ると、穏やかな心臓に押し付けた。
『本物って、一体何だい』
冷たい手をして、彼の心臓は右で叫んでいた。
君の目指した本物は、ただの虚栄だった。
僕らは双子のはずだった。
どちらが本物かなんて、誰にも知りえないのだ。
いつか本当のことを知っても、君は泣かないでください。
大事な大事な、僕の兄さん。
僕にとって君は、幻のように眩しくて、とても温かかった。
その日、初めて彼からの返事がなかった。
彼が止まったその日、世界は再び動き出した。
あの時触れたと同じ、手は冷たいのに、右の鼓動は逃げ出したように静かだった。
どうやらそこは、楽園だったのだろう。
けれども僕は、彼とともに影を生き、世界に絶望する方がきっとよかったのだ。
『世界はきっと、目が眩むほど輝いている』
僕が世界に帰っても、彼のものは何もない。
本物になりたがった僕に、彼は幻のようだった。
いつか彼を僕自身だと思えるようになったなら、はじめて逢った日のように、彼はまたほほ笑んでくれるだろうか。
僕にすべてを与えて消えた彼は、やっぱり忘れられないくらい嫌いだと思った。
さようなら、世界を繋ぐためだけに生きた、僕の弟(複製品)