田畑実 モンスターペアレンツ
「うーん」
アンケート用紙をピラピラさせながら誠史郎がうなる。
「どうしました、桜井先生?」
「いやこの3-Aの田畑君ですけどね~」
「疲れた」
「って一言書いてあるんですけど、親御さんの封筒にはなーんかビッシリ書いてあるんですよね~。
開成とか~。筑波大学付属とかとにかく偏差値ワンツーなところ入れて大学は多分国立。
将来は弁護士か官僚でもさせる気ですかね~?とにかくレールがビッシリ引かれているんですよ」
「面倒だなぁ3者面談・・・やりますけどね~やりたくないなあ。こういう親」
「何かおっしゃいましたか?桜井先生。お仕事ですよ?」
「いや~。こんな凹み仕事の前はちゃこちゃんのバストが素晴らしいと・・・」
バシン!!
業務日誌で思い切り叩かれる音がする。
「2ヶ月でも学習されないんですか?桜井先生」
北斗が冷ややかな視線を向ける。
「ハイハイ。動きますかね」
ギシッと椅子から立ち上がる。
そして数日後、
北斗が田畑を保健室に呼び出す。
「いらっしゃ~いスクールカウンセラーの桜井誠史郎でーす。」
相談室の中から笑顔の誠史郎が来い来いと手招きをする。
田畑は明らかに警戒していたが重い足取りで相談室に入る。
「田畑君はAクラスだから頭がいいね~。将来は何をやりたいのかな?ちゃこちゃんお茶~」
むっとした表情で北斗はお茶を出す。
「開成に行きます」
誠史郎の質問とは少しかみ合わず、田畑は答えた。
「んー。いまね、僕は将来何をやりたいのか聞いたのであって、行く高校は聞いてないよ?
ふーんじゃあ例えば開成行って何すんの?
中学で何かやり残したことないの?開成で何やりたいの?
大学で、将来やりたいことは?なにかビジョンが見えてるかな?
それとももしかして親の言うレールを歩き続けるのかな?」
少し早く、そして強めの口調でたずねる。
少し息を吸って小さな声で田畑が言う。
「・・・バイオテクノロジーを学んで強い品種の野菜を作りたいんです」
誠史郎はにっこり笑って、
「それは立派な心がけで素晴らしい未来ですね」
「人生に目標があるのはとても素晴らしいことです」
「バイオが学べる生物工学や細胞工学のある大学は国公立が多いので
大変ですが、高校はもうワンランク落としても楽勝ですよ?」
「しかし、君のご両親はそれを理解していませんよね?
それは田畑君もわかっているでしょう?」
小さく田畑がうなずく。
「だから面接をしたいので時間を作ってもらってご両親に学校に来てもらってください」
「・・・はい」
そして5日後
田畑の両親が相談室に現れた。
「すみませんね。わざわざ来ていただいて」
笑顔をふりまきながら誠史郎が両親を出迎える。
「実は先日の田畑君のアンケートなんですが本人のものと
ご両親のものと大きく隔たりがありまして、
ご足労いただきました。あ、おかけください。さて突然ですがお父様、ご職業は?」
「不躾だな。そんなのなんだっていいだろう」
「いえ答えてください」
「建設関係の営業だが」
「お母様は?」
「主婦ですけど・・」
「サラリーマンと主婦の家に生まれてなんで開成とか筑波大付属、必要ですかね?
で、大学は東大ですか京大ですか?んで、官僚にでもさせます?」
「何が言いたいんだ君は」
父親の顔色が見る見るうちに険しくなっていった。
「田畑君は頭がいい。おそらく受験には失敗しないでしょう。
しかし大きなものを失っています」
「時間です」
少し強めの口調で誠史郎が言う。
「確かに今受験の夏を控えてますので、みんな真剣になっています。
でもまだ中3の5月です。休み時間に友人としゃべる時間くらいあってもいいはずです。
クラスメイトに聞くと休憩中も参考書を開いているそうですよ」
「でも開成は偏差値高いんですよ?」
母親が口をはさむ。
「サラリーマンと、主婦の2人が出来なかった夢を田畑君に押し付けていませんか?」
さらに強めた口調で誠史郎がたずねる。
ガタッと父親が立ち上がる。
「全く不愉快だ!大体実のことはお前に任せているはずだ!もっとしっかり見ておけ」
そういって父親は席を立つ。
「お2人のそういう小さなやり取りを田畑君は見ていますよ?
そして田畑君は優しいから親の期待を裏切れない」
少し冷ややかに誠史郎が呟く。
「田畑君、君の将来やりたい事って何だっけ。ゆっくりでいいから言ってごらん?」
気持ちの後押しをするように誠史郎がたずねる。
しばしの沈黙のあと田畑は大きく息を吸い、
「バイオテクノロジーの勉強がしたいんだ。将来は研究者になりたい」
母親は驚き、
「何を言ってるの実ちゃん東大の経済学部へ行くんでしょう?」
キッとこちらを見て、
「あなたね実ちゃんに余計なことを吹き込んだのは」
「なんだ!そんな話聞いていないぞ!」
両親が誠史郎に対して憤る。
「いやぁご両親と田畑君に大きな隔たりがあったもんでねー。
このままでは高校入って引きこもりになられたりするパターンもあるので」
「それはこっちもちょっと困るんですよね」
眼鏡の奥の眼光は鋭い。
「実ちゃんはね・・・」
「実ちゃん実ちゃんうるさいですよ?。まずは夫婦関係を潤沢にして、
田畑君が悩みを家庭に言えるようになることが大事だと思いませんか?
今の彼には入れても開成も筑波大付属はいらない。
そして高校に入ったら部活でも何でもいい。勉強以外の時間を与えること、
他人とのコミュニケーションをはかる事が何よりも大事です」
「「東大」と言う看板はお友達になってくれませんよ。
受験の前に、まず家庭、そして高校は本人の行きたいところを両親と話し合って決める。
偏差値関係なし。中学でも受験勉強で塾に行ってもかまわないですから。
今は時間に管理されていて、田畑君が疲れ始めている。
それに気づかず勉強。勉強。自分達の夢の押し付けは絶対にしないでください
親がサラリーマンならサラリーマンでいいじゃないですか?
でも田畑君は夢を持っている。その夢を後押しするのが親じゃないですか?
言ってることわかります?」
両親は無言になり、田畑はズボンを握り締めていた。
「さ、長くなりますからまずはお茶を飲むところからでも始めてください」
誠史郎は田畑の肩に優しく手をのせる。
2時間後田畑家族は帰って行った。
「大丈夫でしょうか?」
北斗が聞く。
「最近接領域の部分です。大人がしっかりしないと」
「支えてあげないと、彼がつぶれてしまいますしね」
「でもバイオなんて国立じゃん。彼頑張るね~」
コーヒーを飲みながら誠史郎が感心する。
『桜井先生、生徒の成績まで把握しているのかしら?』