対面
オリバーを城の役人に引き渡し、報酬をバーグと分け合って解散したところで、ガルシアに呼ばれた。どこかで見ていたようなタイミングだったが、実際、彼の協力者によって監視されているようなので、不思議とは思わなかった。
ガルシアの言伝を賜って来た小姓は、城の裏手の小さな小屋にシャーニを案内した。扉の前まで連れてくると、さっさといなくなってしまう。
シャーニは扉を見つめ、一度大きく深呼吸した。あの傲慢な王弟に会うのは気が重い。
覚悟を決めて扉を引き開けると、小屋が倉庫であることが分かった。空になった木箱や縄などが隅に置かれている。床下収納でもあるのか、部屋の中央の床には取っ手の付いた蓋があった。
埃っぽい内部を見回して、シャーニは小さく舌打ちした。人を呼び出しておいて、本人はまだ来ていないらしい。
その時、床下収納の蓋がガタンと動いた。驚いて見下ろすシャーニの目の前で、蓋がずらされ、男の頭がひょいと飛び出した。
言葉も出ないシャーニと男の目が合う。明るい茶髪に鳶色の目の愛嬌ある顔つきの男だ。
「あぁ、やっぱり。音がしたから、来たのかなって思ったよ。早く降りておいで」
それだけ言うと床下に戻って行ってしまう。シャーニは呆然とそれと見送り、恐る恐る床下に通じる穴を覗き込んだ。石の階段が伸びている。訳が分からなくなりながら、とりあえずシャーニは階段を下った。
階段を下りた先には広い空間が広がっていた。四隅に松明が灯され、地下とは思えない明るさだ。重厚な木のテーブルの四辺に椅子が置かれ、その内の一つに黒髪青目の王弟が偉そうな態度で座っていた。先程見た茶髪の男が彼の傍に立ち、何やら話しかけている。テーブルの向かいの辺にもう一人、知らない男が座っていた。僧服をきている。松明の炎で赤っぽく見えるが、おそらくあれは銀髪だろう。本を読むために伏せられた瞳の色はよくわからない。
シャーニに気づき、茶髪の男が振り向いた。銀髪の男も本から顔を上げる。
「遅い」
真っ先に口を開いたのはガルシアだ。シャーニは片眉を上げた。
「遅い? 重要人物を捕まえて来た俺に、感謝の言葉はねぇのかよ」
「当然のことだ」
「部下の成果をきちんと評価出来ない上司につかえなきゃなんねぇなんて、なんて可哀想な俺」
大袈裟に天井を仰いで嘆く。ガルシアの眉間に皺が寄り、茶髪の男が笑い出した。銀髪の男は片眉を上げている。
「こりゃいいや! このガルシアにそんな口利けるのが俺以外にいるなんて!」
けらけら笑いながら、茶髪の男がシャーニに近づいてきた。
「よろしく、シャーニ。俺はランドルフだ」
握手に応じると、手を掴んだままぐいと顔を近づけられた。鳶色の瞳が面白がるように輝いている。
「ほんとに黒猫みたいだな」
「悪魔みたいだともよく言われる」
「確かに」
ランドルフは手を離し、変わりにシャーニの肩を抱いて彼を部屋の中程まで導いた。椅子から立ち上がった銀髪の男が、本を片手に持ったまま、もう片方の手を差し出してくる。
「エリシダです。どうぞよろしく」
「あぁ」
近くで見ると彼の瞳は緑色だった。線の細い印象の美青年だ。握手をしながら、シャーニはエリシダの服を見やる。
「あんたは神官?」
「えぇ、城内の神殿に仕えています」
シャーニはガルシアを見やった。神官はどこかの国に肩入れする事を禁じられている。ここに集められたのは王の影だと思っていたのだが、違うのだろうか。
「規律には違反していますが、心は偽れないので。……内緒ですよ?」
細い人差し指を口元に当て、エリシダは悪戯っぽく微笑んだ。
「あら、皆様お揃いね」
階段の方から女の声がした。シャーニが振り向くと、深紅のドレスを来た女が階段を降りてきていた。ドレスと同じ深い赤の髪を美しく結い上げた、目を見張るような美女だ。
「あぁ、ロア」
ランドルフがすかさず駆け寄り、彼女の白く美しい手を恭しく取って仲間達の元へエスコートした。
「あなたがシャーニね。陛下のお命を救った予言者の」
シャーニの前まで来ると、女は青灰色の目元を綻ばせ彼を見つめた。シャーニは彼女の手を取り、芝居がかった仕草で手の甲にキスをした。
「いかにも。御伽噺の中から抜け出て来たフィリにございます。でも、こんな穴蔵に女神が降臨されるとは予言できませんでしたがね」
「お上手ね。──ロアよ」
ロアは軽やかな笑い声をたてた。シャーニはもう一度、彼女の手の甲にキスをしてからその手を離した。
「全員揃ったな」