賞金首
白い猪の店は二階が宿になっていたが、その日はもう一杯だった。そこに宿をとっているバーグが、同じ部屋に泊まっていけと言ったが、シャーニは謹んで辞退した。バーグはいい友人だが、同じ部屋で寝起きはしたくない。
結局その日、彼は厩を借りて干し草の中で眠った。寝心地は良くなかった。だからあんな夢を見たのかもしれない。
そこは薄暗くてジメジメした牢獄だった。一人の男が捕らえられ、尋問を受けている。男は枯れ草色の髪に濃い色の目をしていた。左頬に殴られた跡があったが、間違いなく手配書の男だ。そして彼の口から驚くべき事実が語られた。
シャーニは飛び起きた。心臓がバクバクいっている。
「なんてこった」
彼は呆然と呟いた。
まだ外は暗かったが、そのまま寝直す気にもなれず、シャーニは厩を出た。睡眠を邪魔された馬が迷惑そうに鼻を鳴らす。
いかな王都といえど、早朝の人通りはほとんどない。シャーニは静かな道をふらふらと歩いた。
「シャーニ!」
声を掛けられたのは、パン屋の角を曲がった時だった。シャーニは立ち止まり、曲がったばかりの道に、パン屋の影からひょいと顔を出した。
背の高い男が手を振りながら、大股に向かって来ている。茶色いフードを目深に被り、顔はほとんど見えない。
誰だったかと思いかけ、すぐに昨日森で助けた男だと思い出した。そう言えば名前も聞いていなかった。
「良かった、見つけた。昨日、泊まる宿の名前も聞かずに別れてしまったから、随分探したんだ。どこに泊まってたんだ?」
男は嬉しそうに告げた。まさか一晩中探していたわけではないだろうが、それでもこんな早朝から探しているなど、シャーニには信じられなかった。礼をする云々の話は、踏み倒されるものかと思っていた。
「白い猪の店だよ」
男は首を傾げる。
「そこも行ったが、主人はそんな宿泊客はいないと言っていたぞ?」
「あの親爺、厩を借りた客のことなんてすっかり忘れてたんだろうよ」
「厩……」
二人はゆっくりと歩き出した。目的地があるわけではなかったが、男は何も言わずにシャーニに合わせて隣を歩いてきた。
「それで、何をくれるって?」
「何でもいい。欲しいものを言ってくれれば用意しよう」
「欲しいものって言ってもなぁ」
二人は大広場に着いた。早起きの老婆が石畳を掃いていたが、彼女以外に人影はない。ガランとした大広場は未知の場所のようで、なんとなく落ち着かなかった。
何とはなしに辺りを見回したシャーニは、大広場の端に佇む掲示板に目を留めた。賞金首の情報や護衛の求人などが掲示されることもあるそれは、彼にとっては大事な情報源だった。
一枚の紙が風に靡いている。シャーニはゆっくりと掲示板に近づいた。既に何度も見た五百ギールの男の手配書である。やはりどう見ても夢の中の男だ。
「これを狙ってるのか?」
男が静かに聞いてきた。フードの奥の瞳は、親の仇でも見るように、手配書の似顔絵を睨んでいる。
「あぁ。もしかしてあんたもか?」
「いや、私は……」
男は言いにくそうに言葉を濁した。もしかしたら、この男は手配書の男を知っているのではないかと、シャーニは思った。だとしたら、何をして首に賞金を掛けられたのかも、知っているだろうか。
「五百ギールなんて、一体何したんだろうな? この男」
「あぁ、何だろうな」
シャーニは男の様子を観察する。顔はほとんど見えないが、声が若干硬いような気がする。
「神の花嫁を寝取ったとか? それとも──」
シャーニは金色の瞳でじっと男を見上げた。
「シェーン砦の情報を盗み出した、とか?」
男がぎょっとしたようにシャーニを見下ろした。フードから覗く琥珀色の瞳が、一気に警戒の色を帯びる。
「どうしてそれを知っている」
ぐっと低くなった声が、鋭くシャーニに向けられた。答え次第では剣を向けられるかもしれない。だが、これにはシャーニも肩を竦めるしかない。
「夢を見たんだ」
「……何だって?」
「夢の中で、この手配書の男がそう言っていた」
男の手が腰の剣に掛かる。
「本当のことを言った方が身のためだぞ」
「本当だ」
シャーニは真剣な眼差しで、相手の目を見返した。
「信じられないだろうが、俺には見えるんだ。人の過去や未来が」