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太陽王の五つの影  作者: 藤堂 翔
第一章
14/15

アズール

 国境沿いの街アズールは、王都から馬で三日の距離だ。ガルシアは彼に似合いの、身体の大きな美しい黒毛の馬に乗って南門に現れた。従者に牽かせていた、斑点模様のある葦毛の馬をシャーニに貸し与える。

 葦毛の馬は名馬だった。速さも申し分なく、騎手の指示によく従い、体力もあった。こんなにいい馬を貸し与えられたことにシャーニは驚いたが、ガルシアの馬について行くには、この馬くらい優秀でないと無理だっただろう。

 ガルシアと二人の旅など楽しくも何ともなく、むしろ不愉快なことの方が多かったが、ともかく三日後、彼らはアズールに到着した。街に入る前に馬を近くの林に隠す。どこかに繋いでおかなくても勝手に遠くには行かないし、呼べば寄ってくる。つくづくいい馬だとシャーニは感心した。

 彼らが街に入って最初に立ち寄ったのは酒場だった。街の情報を得るのに、酒場より最適な場所はないとガルシアは言い、シャーニも賛成した。ガルシアは粗末な服に着替えていて、彼らは兄弟ということになっていた。

 だが、彼らの考えは甘かった。それとなく酒場の客に探りを入れてみたが、収穫は何も得られなかったのだ。

 ガルシアは彼に似合わない安物の酒を、ゆっくりと喉に流し込んでいた。向かいに座ったシャーニは、青い瞳が油断なく周囲を伺っていることに気づく。

「それで? 兄ちゃん、この後はどうすんだ?」

 同じように酒を飲みながらシャーニは問いかける。兄弟ということにすると言い始めたのはガルシアの方だったが、彼はその呼び掛けに一瞬嫌な顔をした。

 ナールスというのがオリバーの協力者の名前だ。分かっているのはその名前とこのアズールにいるということだけ。それも既に街から出ている可能性もあった。

「よく考えりゃ、こんだけの情報で一人の男を探し出そうなんざ無茶な話だよなぁ」

「だが、やんなきゃなんねぇだろうよ。文句言うんじゃねぇ」

 シャーニは眉を上げた。普段のガルシアを知っているだけに、今の彼には違和感しか感じない。

「でもよ──」

 シャーニが言い募ろうとした時、急にガルシアが立ち上がった。その目が店を出ようとする一人の男を追っている。

「何? あの男がどうかした?」

「出るぞ」

「あ、おい!」

 ガルシアはさっさと店を出て行き、シャーニは慌てて後を追った。外は既に暗くなり始めている。

「急に何だよ」

「あの男、この街の衛兵だ」

 十分に距離を取って男を追いながら、ガルシアが囁くように告げる。シャーニは男を見やったが、彼は衛兵の制服も着ておらず、見ただけではガルシアの言葉が本当か分からなかった。

「なんで分かる?」

「腰に掛けた剣、あれは軍の支給品だ」

「で? 奴が衛兵だったら何だってんだ?」

「ちょっと協力してもらおう」

 男は家に帰るところらしい。徐々に商店の賑わいから離れた住宅地の方に向かって行く。やがて彼は一軒の家に入っていった。

「どうすんだ?」

「出てくるのを待つ」

 シャーニは大袈裟に顔をしかめた。

「明日になっちまうよ」

「いや、もうすぐ衛兵の交代の時間だ。この時間に家に帰ったということは、あの男はこれから仕事だろう。着替えてすぐ出てくる」

 シャーニは片方の眉を上げてガルシアを見上げた。ガルシアの自信に溢れる目が見下ろしてくる。半信半疑ながら、シャーニは肩を竦めて彼に従った。

 程なくして、ガルシアの読み通り男が制服に着替えて出てきた。狭い路地に身を隠すようにして、その時を待っていたシャーニは、ガルシアの指示を求めて彼に目を向けた。そして王弟の突然の行動にぎょっとする。

 ガルシアはさっと衛兵の背後に回り込むと、驚いた彼が振り向くより速く、その首筋に手刀を食らわせた。男の身体が崩れ落ちる。その身体を支えて、ガルシアはシャーニを見やった。

「何してる。手伝え」

 ガルシアは衛兵の制服を脱がし始めた。それを手伝いながら、シャーニは引きつった笑みを浮かべる。

「こんなことしちゃって大丈夫なのか?」

「顔は見られていないし、用が終わったら返す」

「そういう問題じゃねぇ気がすんだけどなぁ」

 下着姿になった男を路地に転がし、ガルシアは奪った制服を広げて見せた。

「俺じゃあ、この大きさは着れないな。シャーニ、お前が着ろ」

 シャーニは嫌な顔をしたが、ガルシアに制服を押し付けられ、渋々着替え出した。

「……傷だらけだな」

 不意に投げ掛けられた言葉に、シャーニは顔を引きつらせた。

「何、お前、男の裸を見る趣味でもあんの?」

「そうじゃない」

 ガルシアは不愉快そうに顔をしかめて、シャーニを睨んだ。

「そりゃあ、良かった。国家の危機を救うために奮闘しながら、貞操の危機も心配しなきゃいねぇなんて地獄だからな」

「お前、未来が見えるなら危険くらい回避出来ないのか? そうすれば、そんな怪我しなくて済むだろう」

「信じてねぇくせによく言うよ。……この能力は、そんな便利なもんじゃねぇんだ」

 その言葉は自分でも驚くほど重く響いた。ガルシアは何も言わなかった。何となく気まずくなって、シャーニは顔をしかめる。

「……着たけど、これでどうしろってんだ?」

「衛兵の詰め所に行く。通行証の写しが保管されているだろうから、探してこい」

「嘘だろ?」

 大きな街に入るには通行証がいる。特にこのアズールは国境近くということもあり、余所者の出入りには厳しく目を光らせている。通行証は必ず写しを取って保管されるが、人の出入りが多い以上、その数は膨大だ。

「やんなきゃなんねぇだろうよ。文句言うんじゃねぇ」

 酒場で言った言葉と同じ言葉を、ガルシアは真顔で繰り返した。

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