過去
夜明け前にロアとランドルフはバークレインを発ったが、ガルシアはまだ留まっていた。オリバーは頑なに口を閉ざしている。だが、それも時間の問題だろうとガルシアは考える。先程、彼が囚われている牢を覗いたが、オリバーはだいぶ憔悴していた。
オリバーの口から協力者の名前と居場所を聞き出したら、即座に彼らもバークレインを発たねばならない。その前に、彼にはしておかなければならないことがあった。五人目の王の影、怪しい新入りの正体を出来るだけ明らかにしておくことだ。
日は既に高く昇っていた。その時間まで待って、ガルシアは上等な服を脱ぎ、庶民のような出で立ちをして、白い猪の店に入った。草たちの報告でシャーニの留守は既に確認している。
店内はごった返していた。熱気と喧騒の中を、ガルシアは伏し目がちに、なるべく目立たないように進んでいく。席を取り、酒を注文してから、彼は店内の客を見回した。厳つい髭面の大男の姿を見つける。届いた酒の杯を手に、彼はバーグに近づいた。
「なぁ、あんた、昨日シャーニと一緒にいただろ」
ガルシアは、シャーニが見たら目を丸くするような態度と口調でバーグに話しかけた。王の影たるもの、これくらいの演技出来て当然だ。
「あんたは?」
バーグは怪訝そうにガルシアを見上げる。ガルシアはバーグの向かいの席に腰掛けた。
「今度あいつと組むことになったのさ。なぁ、あいつがどんな奴か教えてくれないか?」
言いながら、酒の杯をバーグの方へ押しやる。大男は杯を見やって眉を上げた。
「あいつのことを知ってどうしようってんだ?」
「俺は用心深い男でね。よく知らない相手と仕事なんて出来ないんだよ」
「なら組まなきゃいい」
バーグはとりつく島もない。ガルシアは肩を竦めた。
「成り行きでね。お互い不本意だが、仕方ない。そういうわけだから、協力してくれないか」
バーグはガルシアをじっと見つめ、小さくため息をついて杯を取った。
「……何が聞きたい?」
ガルシアは笑いかけた口を手で隠し、そうだなと呟く。
「例えば、あんた達はいつから知り合いなんだ?」
バーグは当時を思い出そうと視線を上に向けた。酒をゆっくりと口に運ぶ。
「……五、六年前だ。俺が追ってた賞金首をあいつも追ってた。それで、はち合わせたんだ」
曖昧な口調がはっきりしてきた。出会いを思い出してきたらしい。
「あいつはその時十五だった。いい身なりをしてたけど、痩せぽっちで、飢えた獣みたいなギラギラした目をしてた」
「いい身なりをしてた?」
「あぁ、そのうちそんな恰好はしなくなったがな──それで、そう、その時から剣の腕は滅法強かったけど、その時はまだ人を殺したことのない甘っちょろいガキだった」
バーグは唇を歪めた。酒を一口呑んでから続ける。
「賞金首は、隣の街で三人を殺した凶悪犯だった。あいつが森で追い詰めてたところに、たまたま俺が通りかかったんだ。あいつは賞金首を確かに追い詰めてたが、とどめを刺そうとしなかった。で、俺と揉めて、その隙に賞金首に襲いかかられて、返り討ちにした。咄嗟に刺しちまったみたいな感じだった。俺は賞金を取り逃がしてガッカリしてたんだが、あいつは死体を見つめてガタガタ震えだして、そのうちゲーゲー胃の中身をぶちまけ始めた。俺はぎょっとして、仕方ないから奴の介抱をしてやったんだよ」
「そんな奴が、どうして賞金首なんて追ってたんだろうな?」
「家を出て来たばかりだと言ってた。一人で生きていく為にはこれしかないんだってな。実際、奴は何も持ってなかった。剣の腕以外はな」
「家を出て来たって?」
「そう、逃げて来たんだって言ってたな。家とはもうなんの関わりもないって。名前も教えようとしなかった。シャーニってのは、俺が付けたのさ」
ガルシアは黙り込んだ。バーグがゆっくりと杯を傾ける。
「まだ何か聞きたいか?」
「……いや、充分だ。ありがとう、助かったよ」
ガルシアは立ち上がり、バーグの広い肩を叩いて店を出た。店の中が熱気で暑かったためか、外はやけに寒く感じた。ガルシアは上着の襟を整え、城に戻るべく通りを歩き始めた。
シャーニのことを知るつもりが、余計に謎が深まった気がする。王の影のリーダーは悩ましくため息を吐いた。