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第2話 シンデレラ、舞踏会にかちこむ

 ぽっかりと空いた胸元から大切な臓器をぼとぼと落としながら、老婆が四速歩行で、南瓜のチャリオットを猛追します。

 口元に杖を咥えては、ふがふが鼻息あらく。二頭立てのチャリオットに引けをとらないどころか、ぐんぐんと距離を詰めてきます。


「厄介なものだな、魔法使いというのは」

「シ・ン・デレラアアアアアア! この恩知らずのクソガキャあ! ウジ虫わく土のなかに千年埋伏する程度じゃあ、あたしゃのこの怒りは収まらないよ――ッ!」


 老婆の杖が禍々しい色に瞬くと、天がぱっくり割れます。

 雲が流れ、不自然に開いた雲間は夜の薄闇より遥かに黒い色を有していました。ゴロゴロと天の腹の虫が不機嫌な音を立てたと思った次のこと。

 それは天から落ちる黒い柱――雷でした。シンデレラを打った邪悪な雷で町民はパニックを起こし、逃げ惑い、喉が許すかぎり悲鳴を上げました。


「ひゃははは。まずは一度死ねえ、シンデレラあ。貴様の罪は万死に値するわ! 肉体を蘇生して殺す、輪廻して殺す、転生して殺す、とにかく殺す。見かけたら殺す。ゴキブリのように――ッ! 永遠に続く地獄にわずかに生への渇望を抱きながら、死に続けるがよい」


 黒い雷の直撃とともに哄笑する老婆ではありましたが、そのハイなテンションな顔つきはみるみるうちに冷めていきました。

 青ざめブルーで超クールです。


「少ーしばかり」


 表皮から煙を上げるシンデレラは無傷でした。さすがは筋肉山脈の三女です。その名に恥じないタフネスぶりと、ここは褒めておくのが吉でしょう。

 街の地形を破壊する黒い雷も、一人のか弱い少女を壊すにはいたりません。

 まるで煙草でも蒸すようにシンデレラは口から煙を吐きました。


「痛かったな」


 老婆が苦痛に喘ぎ、キリキリと頭蓋骨が絞られる音が続きます。

 南瓜のチャリオットを乗り捨て、一足で老婆に肉薄したシンデレラによるアイアンクローです。

 大きなお手手で老婆の視界はブラックアウト、お先も真っ黒でした。


 ぐしゃりと、トマトのように老婆の頭が弾けます。赤い果汁が100%です。


 残った首なし老婆を踏み倒すと、シンデレラは脚力だけで地下深くまでめり込ませます。人の出会いに別れはつきもの、最期ばかりは笑顔で見送りたいものです。


「じゃあな、魔法使いのクソババア」


 老婆の黄泉路への旅立ちを満面の笑みで祝福すると、シンデレラは黒焦げだらけの南瓜のチャリオットに目を向けます。あれだけの災害に飲まれても原型を残しているあたりは、さすがは南方の古代戦車というべきでしょうが、落雷の直撃で足にするのは難しいありさまです。

 でもそこはもったいない精神で、シンデレラは黒馬だけは活用することにしました。


「調度良い。腹が減っていたところだ」


 シンデレラは、魔法への耐性があり、ほどよく焼け死んだ黒馬に食らいつきます。生きていく以上は生物を食べる行動は不可欠です。くうくうと鳴る腹を満足させるように、豪快に肩ロースからいきます。はじめのうちこそ毛皮と硬い部分が続きましたが、柔らかい霜降りにあたるとシンデレラはご満悦でした。その顔は生き物を食らう喜びで満ち満ちています。


 腹ごしらえを済ませると、シンデレラは白亜の城を目指します。

 でも南瓜のチャリオットという足を失ってどうやってという疑問には、シンデレラの筋肉ボルケーノが答えてくれます。己を見つめれば、シンデレラには両親からもらった立派な二本の足があったのです。大切なものはいつだって足元にあって、見落としがちな昨今であります。


「行くか」


 ガラスの靴で走りだす16の夜。

 民家の壁をぶち破り街なかを飛ばす、シンデレラの破壊的なランが続きます。音速の壁を突破したときに、ソニックブームが発生するのもご愛嬌です。バッタバッタと町民が吹き飛んでいきますが、行儀よくなんて、しゃらくせえ真似して走ってはいられません。壁があったらぶち壊す、男塾スタイルでシンデレラは我が道を行きます。


 やがて、シンデレラは華やぐ街の中央通りに出ます。

 王子様が新たなる姫様をめとるとあって、街はお祭り騒ぎです。景気良く点灯された街灯が、迫る夜の帳を寄せ付けず、街はお酒の香りとともに陽気に踊っていました。

 しかし残念なことに、そこをシンデレラが通ったときには、もうお祭りは終わっていたようです。中央通りに面する建物の窓という窓はぶち破られ、町民という町民が折り重なっては山を築きます。おそらくはお酒を飲み過ぎて、暴れてしまったのでしょう。もうお通夜のありさまです。


 リンゴーンと荘厳な白亜の城の鐘の音が鳴り響きます。

 舞踏会の開催を知らせる鐘の音に、シンデレラは一瞬だけ焦りますがすぐに平静を取り戻します。鐘の音が鳴り止まぬうちはセーフだと、学び舎での実体験がここで活きます。


 もう白亜の城は目と鼻の先です。

 五秒あれば事足りると、シンデレラは溜めた脚を爆発させます。空気抵抗という名の壁をぶち破り、ついでに門番を空に巻き上げ、城壁もえぐりながら、それでいてお淑やかに入城します。


 一階の大広間、舞踏会の会場では今まさに開催を告げるところでした。

 お目目をまん丸どんぐりにする受付には目もくれず、シンデレラは力強く足を踏み入れます。豪奢な大広間を狭いといわんばかりの筋肉巨女が入り乱れる空間でも、シンデレラは一際強い光を放っていたようで、否が応でも視線が集中します。


 ですが、シンデレラはお心の広い方です。集まる視線はどれも不快でしたが、牙を見せる微笑を湛えて友好的に挨拶をします。


「さあ踊ろうぜ、最高にハイなワルツってやつをよお」


 かくして、舞踏会は始まりを告げました。

 突如彗星のごとく現れた筋肉ボルケーノに、場内は騒然です。


 爺やは不安げな視線を隣の王子に投げかけます。


「良いのですか、王子様。あのような者の参加を認めてしまって」

「愚かだな爺や。お前の目は木の(うろ)か何かか? あの者をよく見ろ」


 シンデレラの健康的な背中に目を走らせると、王子はうっとりとした表情で言います。


「なんと見事な……僧帽筋(そうぼうきん)か」

「左様でございますか」


 王子は"武闘"と"舞踏"の違いもつかない、少し頭が残念な成人男子でしたが、人を見る目だけは確かでした。容易にシンデレラの盛り上がった大胸筋や腹胸筋に目を奪われず、背中にある本来は男性の象徴とされる僧帽筋に目をつけるとは、さすが王子と言わざるを得ません。


「その者の舞踏会への参加を許可しよう。我が妃を争う権利をくれてやる」


「な――ッ! いくら王子様といえでも聞き過ごせませんわ。正気ですか」

「なら私たちが血と汗のにじむ思いで勝ち取った参加権とはなんだったのですか」


 飛び入り参加を認める王子の発言に、異議を唱える筋肉が二人いました。

 一つ舌打ちを入れると、王子は二人にゴミ虫でも見るような目をプレゼントです。


「そこなる者たち」

「な、なんでしょうか」


 異議を唱えた筋肉たちがかしこまるなか、王子は一切の容赦遠慮なく言います。王子とは次代の王の座を継ぐ者です。ときに上に立つ人間には非情な判断が求められます。


「その程度でおののく筋肉に用はない。即刻立ち去れ」

「え? お、王子様。何卒、何卒もう一度お考え直し下さい」

「お願いします。家には重病で伏せる母親がいるのです」


 この期に及んで言い訳を持ちだされては、王子はとってもうんざりです。真に見苦しく、筋肉と形容するのもはばかれる二人組でした。

 王子のその態度については、シンデレラもシンパシーを覚えていました。外に放り出される者など、それなりの原因があることは明白です。自分の汚点を見もしない者のなんと愚かしいことかと、心中で嘆きます。


 言葉は要りません。無言で恥を拭うのが華です。

 ただ二発。慈悲深きシンデレラは拳を突き出しました。


 城壁に穴を開けて、異議を唱えた筋肉たちは帰りました。でんでんでんぐり返しでバイバイバイの要領です。きっとどこか遠くに家があるのでしょう。


 静まり返る大広間で、ただ王子だけが呵呵と笑っていました。


「皆の者よどうした? 楽しい舞踏会であろう。まさか着飾りに来ただけではあるまい」


 ――さあ踊れ。


 たとえ言葉に出さずとも、王子の言葉は巨躯を誇る女たちの筋肉に響きます。

 それを合図にしたように、妃候補たちが踊り出します。部屋の至るところに吐血の華が咲き、骨の軋むメロディが部屋を彩ります。

 ここに赤い敷物は要りません。純白の布を敷けば、赤絨毯が完成するのですから。


「美しい。なんと見事な華たちよ」


 筋肉の屍山血河を割るように、王子は赤絨毯を悠然と歩いて行き、赤色が照る黄金をちりばめた椅子に腰を下ろします。約束された王座がそこにはあります。


「王子様、ここは危険です」


 無数の筋肉の踊りに耐えかねて、白亜の城はぐらぐらと震えます。

 城内の高い天井から塵や埃が舞い落ちてくることもあり、爺やは王子の身を案じますが、王子は椅子にかけたまま微動だにしません。

 心ここにあらず。ただ華の宴に瞳を奪われていました。


「黙っていろ爺や……今がいいところだ」


 王子の視線の先には、筋肉山脈の三姉妹が集っていました。

 国一番とも謳われる筋肉の持ち主であるアナスィとドリスタの眼前にいるのは、シンデレラです。お出かけ前に見た三女とはまるで肉質が違いますが、二人の姉にはやはりわかるものです。

 たとえ身長が二倍強に伸び、髪色が薄汚れた金から毒々しい赤色に変わり、浅黒い岩のような筋肉が隆起しようとわかります。たった三人だけの家族なのですから。


「こーの恩知らずが。どの面下げて来やがった――ッ!」


 激高するドリスタをアナスィは腕を伸ばして制止します。

 長女アナスィは表情筋に陰りを見せながら、悲しげに問います。


「どうして来た……シンデレラ」

「舞台があれば踊る。それこの世の理なり」


 筋肉自慢の女どもも、おいそれと割り込めぬ聖域の舞い。これを見る権利を奪おうなど、純粋培養された筋肉に薬物ステロイドを打ち込むがごとき無粋な真似であります。

 ただ対面するだけで、やんごとなき王子の身すら血沸き肉踊るといったものです。


「こいつは……一物にくるな、爺や」

「左様でございますか」


 互いに惹かれ合うように、アナスィとシンデレラは歩きます。

 直線上の有象無象の筋肉をミンチにしながら、ゆっくりと散歩ペースです。


「手を出すなよ、ドリスタ。……調子に乗った妹をしばくのは、長女たる私の務めだ」

「あいよ、アナスィ姉」


 次女ドリスタは、二人の勝負に水を差そうとする恐れ知れずの筋肉をぶちのめします。恐怖を知り、なおそれでも打ち震える筋肉を持つドリスタにとって、そのような純度の低い筋肉など相手になりません。

 長女と三女が向かい合う舞台を整える。それが二人の間を繋ぐ次女たるドリスタの務めであります。


「こっから先は、筋繊維一本すら通れると思うなよ。怖いもの知らずの愚か者ども……その身に打ち込んでやるよ、筋肉山脈の次女たるドリスタの"筋肉(きょうふ)"ってもんをな」


 ドリスタの仁王立ちは、長坂橋の張飛を彷彿とさせる雄々しさであります。一人の強大な筋肉が相手とあっては、漁夫の利を狙う妃候補たちも簡単には乱入できません。


 もはや二人を邪魔立てをする者はいません。

 ここから始まるのは、姉妹の猛る筋肉のどつき合いです。

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