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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【少年編】
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第6話 スラムの顔役

 盗掘である程度の元手ができると、俺はハンに指示して、早々に闇くじへと収入源をシフトさせた。

 ちょっとした騒ぎになって、役人の検分が入ったから――、というのもある。

 だが、結局のところ、役人たちはろくに調べもせずに捜査を打ち切り、犯人は見つからないまま、お蔵入りしたのだが。

 庶民の墓など、その程度の扱いなのだ。

 そんなわけで、最初の元本は予定より少ない金額になってしまったが、闇くじは想定よりかなりの収益をあげた。

 最初は小さい金額が動いていただけだが、徐々に口コミで広がり、今ではかなりの規模になっている。

 そうなると黙っていないのが、スラム街の顔役の方だった。

「このままでは、いずれ商売を乗っ取られかねません」

「さすがに、金の匂いには敏感だな」

 スラム街の顔役、ルバール。

 名前はハンからよく聞いてはいたが、まだ会ったことはない。

「いずれ話はつけなきゃならないと思っていたけど……。思ったより早かったな。まあいい。――ハン。俺が直接ルバールと会って話をつけよう。手配できるか?」

「はい。――大丈夫ですか? 何かする気ですか?」

 大丈夫かと問うわりに、ハンの目は期待に輝いている。

「そんなに嬉しそうな顔しないでくれる? 何もしない、単なる交渉だよ」

「本当ですか? オレたちの時は、散々やったじゃないですか」

「それは必要があったからだろう? 俺は別に好きでやったわけじゃないよ」

 そう言うと、ハンは珍しくにやりと笑った。

「信用してませんよ。ボスは口で言う以上に、野蛮なことを考えるのが得意なようですからね」

 俺は思わず声をあげて笑った。

「まあね。お前も言うようになったな」

「――慣れましたから」

 そして、我慢できずに、お互いに笑い合う。

 かつての俺なら考えられないことだが、ハンと俺は意外と気が合うようだ。


 ルバールには渡りをつけるため、金を渡すことにした。

 ハンについてきた少年の一人が、すぐにそれを持ってルバールの元へ行く。

 俺はルバールから返事が来たらすぐに出られるよう、一度家に帰り、準備をすることにした。

 隠しておいた革のケースをひとつ、クローゼットの奥からひっぱりだす。

 中には、両親や使用人たちに見つかったら目をむかれそうなものばかりが収められていた。

 その中から、俺はきれいに折りたたまれたベルトの束を手に取った。

 これも裏での"稼ぎ"を使って、特別に注文した物のひとつだ。

 体のいろんな部位に装着できるタイプのベルトで、かなりの数の小さなナイフが、整然とおさまっている。

 それを靴の裏、腕、背中――、付けられる部位全てに装着するのだ。

 上着を着てしまえば、外見からは全く分からない。

 子どもの俺が、まさかハリネズミのように全身にナイフを仕込んでいるとは、誰も思わないだろう。


 ――俺の本性を知っているハンたちは別として。


 姿鏡で全身をチェックして、不自然さがないのを確認すると、俺は使用人に部屋まで紅茶を運ばせた。

 まだハンたちからの合図はない。

 今の俺の腕が、大人のルバールやその手下たちにどこまで通用するか。

 相手の油断は誘うかもしれないが、軍人だった頃のような強靭な肉体はない。

 通用しなければ――、スラムの闇に"なかった"ことにして沈められて、終わりだ。

 使用人が持ってきた紅茶をゆっくりと口に含み、オレはその香りと味を堪能した。

 すっと気持ちが落ち着いていく。

 それから三時間ほど経ち、ようやくハンからの合図があった。

 窓の外にはハンの姿。

 俺は「友達の家に行く」と言い、家を出た。

 使用人は「ようやく一緒に学べるようなご学友ができたのですね」と心底嬉しそうに言って、見送ってくれた。



 俺が想像していたよりもはるかに立派な建物の中に、ルバールはいた。

 煙草の煙が部屋を満たしている。

 ルバールの瞳は鈍く光っていた。

 一見すれば、髭面のいい年をした"おじさん"だ。

「お前が、こいつらの頭か」

 俺を舐めるように見ながら、ルバールが潰れたような声で言った。

「そうだ。あんたがルバールか?」

 俺の言葉には答えず、ルバールはまだジロジロと俺を品定めしている。

「スラムのガキが、こんな生っ白いガキに使われているとはお笑い草だな。――だが、どっかで見た顔だな? ええ? おい」

 そう言うと、ルバールのそばにいた頬のこけた男が、ルバールに耳打ちをした。

 一応その男が、参謀みたいな役割というところか。

 耳打ちされた内容を聞いたとたん、突然、ルバールは大きな口を開けて笑い始めた。

「なんだっておい。そうだ。お前、教会が神童だとか何とか言って、持ち上げてるガキじゃねえか」

 周りにいた男たちも、追従するように、下卑た笑い声をあげる。

 俺はそれを冷やかな目で眺めて、言った。

「教会が言うには、お布施の多い者ほど、神様に救われるんだよ。知ってたかい? 神童だって、お金が必要なのさ」

 途端に彼らは笑いを引っ込める。

 教会の司祭たちは何かにつけて信者に寄付を強要し、集まったお金を上納する。

 それで少しでも上のクラスにあがろうとするのだ。

「お布施するってか?」

「俺は教会よりもずっと有意義に、使うだけさ」

 ルバールはその言葉を聞いて、またゲラゲラと笑った。

「なるほど。良い度胸をしているな」

 俺は頃合いと見て、本題を切り出した。

「――二割でどう? 利益のうちの二割がそちらの取り分だ」

 するとルバールは表情を一変させて、ジロリと俺をにらみつけた。

「あんまり大人をからかうもんじゃねえ」

 凄んでみせるルバールに、俺は肩をすくめた。

「かなりいい条件だと思うけど? 相場は一割程度のものだ」

 怖がろうとしない俺を見て、ルバールは目を細めた。

「そうだ」

 ルバールはそこで煙草の煙を勢い良く吐きだした。

「だが、お前たちは――」

「ただし、条件がある」

 俺はルバールの言葉を最後まで聞かずに、そう言葉をかぶせた。

 奴らは俺たちをいいカモだと思っている。

 全てを聞いていたら、根こそぎ持っていかれるのに決まっている。

 案の定、ルバールの横にいた男が、ドンッ!と大きな音を立てて机を叩いて立ちあがった。


(やはり脅しに来たか。だが、望むところだ)


 隣にいるハンの体が微かに震えているが、表情は毅然としたままだ。

 半端な奴なら逃げ出しているところだろう。

 俺はハンを少し見直した。

「条件を出すのはこちらだ。いい気になるなよ、小僧」

 ルバールも凄みを利かせて、俺を睨んだ。

「脅して言うことを聞くと思ったら、お門違いだよ」

「減らず口を叩くガキだな! オイッ!」

 掛け声を合図に、部屋にいたルバールの手下たちが体を起こした。

 ハンの体に緊張が走る。

 俺はタイミングを逃すことなく、腰のベルトに交差した両手を伸ばした。

 そしてベルトに手がついた瞬間、両手に八本のナイフを指と指の間にはさみ、一斉に彼らに抜き放つ。

 足、腕、体。

 体を動かした者、全員にナイフが突き立った。

 手下たちは痛みにのたうちまわる。

 驚いた顔のルバールの口から、タバコがポロリと落ちた。

 ルバールの横にいた補佐役の男が痛みに顔をしかめながら、うめく。

「き、貴様――!」

「急所は外してる。死にはしないよ。――多分」

「貴様、こんなことをして、ただで済むと思っているのか――!」

 刺さったナイフを抜きながらも、男は立ちあがった。

 俺はその様子を冷めた目で見ながら、ため息をついた。

「まだ分からないのか。一度死んでみれば、状況を正しく理解してもらえるのかな?」

 そして、再び懐に手をやる。

 こんな下っ端を殺すことに、ためらいなど微塵もない。

 この取り巻きたちを殺して、ルバールが動くのなら、俺はためらいなくそうするつもりだった。

 だが、強がっていた男の顔は、みるみる青ざめる。

「そこまでだ。もういい」

 ルバールがそう言って、男を制した。

「いい度胸をしてるな。腕もいい。なるほど、ガキどもがお前に従う理由が分かった。――お前の言う、条件とやらを聞こう。まずはそれからだ」

 俺は目を細めて、ルバールを見た。

「放浪の民。彼らと渡りをつけたい。交渉できるか?」

「――"とどまることなく世界を放浪する民"、か。良かろう。容易いことだ」

「もう一つの条件は、俺の代理として、このハンをお前の組織の幹部として抜擢すること」

 これにはハンの方が驚いていた。

「俺は構わんが、そんなことをしたら、部下どもが黙っちゃいねえ。うちにはうちの序列ってもんがある。仮にゴリ押しで入れたとしても、そいつの命の保証はできん」

 確かに一理ある。

 今ここでハンを放り込んでも、奴らは反発するだけだろう。

「今回の上納金とは別に、ハン自身の身分を保証する物が必要ってわけか? それなら問題ないはずだ。今回の闇くじは、実質的にはハンが仕切ってる。俺は指示を出しているだけだ。組織として大々的に都で売り出し始めれば、上納金も月に数千万には達するだろう。それだけでも十分価値はある。それに、闇くじを実際に仕切っているハンがお前たちの組織の幹部になることは、お前たちにもかなりのメリットがあるはずだ」

「ふむ……。実力は保証済み。闇くじを知り尽くしているガキってわけだな。――よかろう。こいつの身元は、俺が責任を持って預かろう」


 交渉は成立した。


 ルバールはこのスラムだけじゃない、暗黒街を取り仕切っている。

 彼に渡りをつけるということは、裏社会に渡りをつけるということだ。

 そのルバールがハンを預かると言うのだから、ここでのハンの身元はこれで保障された。

 そして、奴に認められた闇くじは、これから爆発的に広がるだろう。


 ハンと俺の目が合った。


 だが、ハンの表情にもはや動揺の色はない。

 俺の意図が薄々伝わっているのだろう。

 これまでにも何度か話してきたことではある。

 目指すところはスラムの少年グループの統括で終わりじゃない。

 俺とハンの目指すところは、まだその先にある。


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