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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【少年編】
6/52

第5話 親友

 俺の通う学院は、いわゆる、貴族の子弟のための学校だ。

 国内でも有数の貴族学校で、基本的には貴族しか通えない。

 とはいえ、ある程度お金を積めば、貴族でなくても高等部までは通うことができる仕組みになっている。

 俺は今、中等部に通っているのだが、兄は同じ学院の大学に通っている。

 大学院まで出れば、そのまま国の機関である貴族院に入ることができ、国政の末端に身を置くことができる。

 兄はおそらく、その道を進むだろう。

 ただし、それは貴族の長男――家督を継ぐ者に限られている。

 それゆえに俺の両親は、貴族しか通うことの許されない神学学校に俺を入れたがっているのだった。

 通常であれば見習いから始める宗教界も、神学学校を卒業すれば、司祭という一定の地位からスタートできる。


(それにしても――)


 俺はぐるりと教室を見渡した。

 以前と今とでは、この教室にいる生徒たちでさえ、これまでと全く違うように見えていた。

 今までの俺が、何も見てなさすぎたとも言えるが。

 生徒同士の間にもある、明確な序列。

 財力と、家柄と。


 そして、その生徒自身が持つ、格。


 今まで俺はどの位置だったのか? ――おそらくは最下層だ。

 財力と家柄はそれほど悪くはないはずだが、俺自身の格が低すぎた。

 だから、問題外視されていた。

 親友だと思っていたケラーニはといえば、いろんなグループを器用に渡り歩いている。

 奴は要領がすこぶる良い。

 ケラーニの家は、男爵だ。

 子爵である俺の家柄よりも劣る。

 だから、表立って俺をいじめることはせず、親友のフリを装い、俺をネタにして遊んでいた。

「偶然通りかかって、いじめられているのが見えたから、助けた」という、ケラーニの言葉は嘘だった。

 奴は親切なフリをしながら、裏ではあることないこと俺の噂を流し、さらには、ハン達に俺の居場所や帰宅時間なんかを漏らしていたこともあったらしい。

 奴は助けると言いながら、俺のことをハンに売っていたのだ。

 すべてはネタのために。


(なかなかの演技派だな……)


 俺はケラーニの後ろ姿を目で追っていた。

 奴は他の級友と談笑しているところだった。

 ケラーニの噂話は、一体どのくらいで広まるのだろうか?

 俺はふとそう思った。

 どれくらいの速度で、どこまで広がるのか。

 それを把握してうまく使えば、ある意味、学校内の情報操作ができるのではないだろうか?

 それほど過信はできないが、試してみる価値はあるだろう。


(だとして、どんな噂を広めてやろうか……。とりあえずは、広まりやすいものがいい――)


 俺がケラーニの背中を見ながら思案していると、目端の利く奴は、俺の視線に気づいて、こちらにやってきた。

「どうしたんだ? セルベク。また何かあったのか?」

 親切面をしたケラーニ君。

 さて、その情報発信力はいかほどか?

「ああ、あの……」

 俺は言い淀みながら、うまく怯えたフリができているかな?と思った。

 気弱な少年の演技も、なかなか楽じゃない。

 そばにいた生徒が馬鹿にしたように、クスッと小さく笑うのが聞こえる。

 その笑い声に、俺はむしろ自信を持った。

「き、昨日もあいつらに絡まれちゃったんだ……」

「あいつら?」

 ケラーニはわざと、分からないようなとぼけたフリをする。

 彼の演技もなかなかのものだ。

「あいつだよ、いつもの……」

「ああ、スラムの?」

 俺がうなずくと、ケラーニは手をぐっとにぎった。

「またか。今度会ったら、オレがとっちめてやるよ。懲りない奴らだ」

 吐き捨てるように言ったケラーニの演技は、今度は少々芝居がかって見えた。

「う、ううん。もういいんだ」

「え? どういうことだよ?」

 驚いたケラーニの顔を見ながら、俺は少し笑顔を作ってみせる。

「父上に話して――、ちょっとお金を握らせたんだ。俺に関わらないようにって」

 ケラーニは一瞬呆けた顔をしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

「へえ……。それは、よかったじゃないか」

 そう言って、さも親しげに俺の肩を軽く叩く。

 その口の端に、薄汚い笑みを浮かべながら。


"貴族の子息ともあろう者が、スラムの子どもに金を支払って「もう襲わないでください」と、懇願"。


 素晴らしく情けない話だ。

 その情けない少年が、教会では"神童"扱い。

 さぞかし、他の者たちの目には、腹立たしく映ることだろう。

 ケラーニはすぐに親友面に戻って、俺を祝福した。

「安心したよ。オレだって、いつも守ってやれるわけじゃないからさ。セルベクのこと、心配してたんだぜ?」

 どこまでも親友気どりだ。

「ありがとう。これできっと、僕ももう、大丈夫だと思うんだ」

 俺も調子を合わせ、にっこりと笑った。


 それから一週間。

 俺が情報を提供し、ケラーニがそれを信じて流した「スラムの貧乏人相手に、金で解決したセルベク」の噂は、中等部の生徒ほぼ全員の知るところとなっていた。

 なかなかの情報伝達ぶりだと言っていいだろう。

 廊下で他の生徒と行きかうたびに、俺は、憐みの視線や侮蔑の視線を受けたが、それはむしろ、その噂が中等部にまんべんなく広まっているという証明でもあったので、俺はむしろ「良い調査結果」が得られて、嬉しい気分になった。

 以前の俺なら、死にたいほど恥ずかしい思いをしていただろうが。


 これでケラーニの情報伝達網の裏はとれた。

 あとはどうやって活用してやるかだ。

 俺は既に、次の手を思案し始めていた。


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