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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【少年編】
5/52

第4話 ボス

 ハンをリーダーに冠したスラム街の少年グループを降伏させてから、一ヶ月が経った。

 最初は面倒なことがなければそれでいいと思っていたが、それから何事もなく一ヶ月が経ったので、俺は、ハンたちのことはもう解決したものと思い始めていた。

 しかし、俺の予想を裏切るような形で、彼らは俺に接触してきた。

 それは、俺が二階の自室で過去の記憶で使えそうなものをノートにまとめていた時のことだった。

 コツンと何かが窓に当たる音が聞こえた。

 最初は気のせいかと思っていたが、二度三度続いたので、さすがに俺は立ちあがって、窓の外をのぞいた。

 見覚えのある鋭い目。


(ハン……!)


 まさか、屋敷の敷地まで入って来るとは。

 周囲に人影はないが……。

 ハンが家までやって来たのは初めてだ。

 彼は俺に下りてくるよう、手で合図していた。

 承諾の意味をこめて俺は一つうなずき、窓を閉めた。

 俺がこっそり家を抜け出して行くと、ハンは意外にも、仏頂面のまま軽く頭をさげた。

「屋敷まで入ってくるなよ。家族に見つかったら面倒だ。」

 小声でそう言いながら、俺はハンを家族や使用人たちの目につかないような場所へと誘った。

 すると、見覚えのあるハンの仲間が三人、周囲を伺いながらこちらにやってきた。

 一人ではなかったのか。

 どんよりと曇る空の下、寒そうに立つ少年達。

 だが、震えているのは寒さのせいだけではないようだった。

 少年たちは俺と目を合わせようとしない。


 ――俺が怖いのか?


 これまでの俺に対する彼らの所業を考えると、笑ってしまいそうになるが。

 他の少年たちが不自然に震えて立っている中で、ハンだけは一人、毅然としていた。

「で、何の用? あまり目立つようなことはやめてよね。お前たちのような人間とつるんでると思われたら、迷惑だ」

 俺は家での臆病な少年のフリをやめ、素のままの気楽な調子でそう言った。

 だが、それだけでまた少年たちは震えあがる。


(俺は化け物か?)


 思わず俺はため息をついたが、そんな少年たちをよそに、ハンは下から睨むように言った。

「――アンタはどうしたい?」

「どうしたいって? 何のこと?」

「アンタは俺らを負かした。なのに、あれから一度も音沙汰がないから、どうしたのかと思ったんだ」

 どうやら彼らは、何も連絡のないことにむしろ恐怖を覚えていたらしい。

 面倒くさい連中だ。

 弱い者、たかれる者には暴力を振りかざし、それが逆転した途端、これだ。

 勝手にしろと彼らを追い返してやろうかと思ったが――、俺はすぐに思いなおした。


 彼らを使って、独自の資金を作り出せないだろうか?


 今の俺には、自由に使える金がない。

 家はそれほど金に困っていないが、それは家の金であって俺のものではない。

 それに、厳格に管理しているから、使おうとなれば親の許可がいる。

 俺はここしばらく、過去の自分と向き合ううち、おぼろげながらもこの先の目標というものが定まりつつあった。

 初めのうちは別の人格が自分の中でフワフワと漂うような感覚があったが、今はもう、俺の中ですっかり定着している。

 腐敗したこの世界で上にのし上がっていくには、金が必要だ。

 それも、少年の俺でも自由に使えるような、独立した資金が。

 こいつらを使えば、俺が直接手を汚すことなく、資金を調達することができる。

 俺は目を細め、笑みを浮かべた。

 すると、ハン以外の少年達は顔をひきつらせて、一歩後ずさる。

 こいつらでもできる、元手のかからない資金作り――。

 俺は過去の記憶をたどり、有効な方法を思案した。

「――お前たちには、今日から盗掘をしてもらおうかな」

「……盗掘、ですか?」

 よほど意外な指示だったらしく、ハンも少年たちも驚きを隠せないでいた。

 確かに、天使とまで言われた教会寄りの俺が発するには、少し意外な言葉かもしれない。

 しかし今の俺は、信心深い人間でもなんでもなかった。

「盗掘は、見つかったら……」

「首が飛ぶね。だから、誰も好き好んでやらない」


 少年たちの顔が、すっと青ざめた。


「盗掘で元手を稼ぐ。これは手始めだよ」

「……て、手始め?」

 少年のひとりがおびえたように呟く。

「そうだ。資金を動かすにはまず、元手がいる。元手がないことには、何もできないからね」

 黙って口をつぐんでしまった彼らを前に、俺は言葉を続けた。

「貴族や王族の墓は法外なお宝も眠っているけど、墓守がいて厳重に警戒されているから、問題外。そういうものには手を出さない。ターゲットはあくまで、裕福そうな一般人の墓だ。一般人の墓はガードがない」


 これにはさすがのハンも、しばらく複雑な表情を浮かべて黙っていた。


「……それを俺たちにやれと?」

「そうだ。嫌か? それとも怖いのか」

 俺はハンと少年たちを見比べた。

 ハンは考え込んでいるようだった。

 少年たちはハンの返事次第で動くつもりだろう。

 奴の顔色を伺っている。

 俺としてはどちらでもよかった。

 ハンが動けばそれはそれで便利だし、そうでなければ、別の駒を探してきてもいい。

「――いや、そんなことはないが。だが、いいのか?」

 やはり、下から睨むようにして、ハンが言う。

「何を今さら」

 俺は冷やかに笑った。

 死んだ者は何も文句を言わない。

 騒ぎ立てるのは生きている者だけだ。

「いや……。わかった。オレたちのボスは、お前だ。オレたちはその指示に従う」

 ――ボス、か。

 なかなか便利な肩書を頂戴したな。

「お前たちはどうなんだ? できるのか?」

 俺は後ろにいた少年たちに声をかけた。

「は……はい。ええと……」

 少年たちはまたハンの顔色を伺っている。

「お前らのボスは誰だ?」

 俺は冷やかな表情で少年たちに声をかけた。

「え? それは、ハ……」

「セルベク様です」

 少年たちが「ハンだ」というより先に、ハン自身がそう言葉をかぶせた。

 少年たちは戸惑ったように、ハンと俺を見比べ、そして、すぐにコクコクとうなずく。

「セ、セルベク様です……」

「分かっているじゃないか。なら最初から素直に言うことを聞きなよ。そもそもお前たちは、命令がほしくて来たんだろう?」

 俺は天使とまで言われた笑みで、にっこりとほほ笑んで見せたが、少年たちはさらに震え上がっただけだった。

「盗掘は元手もかからないし、短期間でまとまった金が手に入る。巧い仕事だ。そう思わないか?」

 だが、誰も同意の声はあげなかった。

 少年たちは媚びへつらうようにひきつった笑みを顔にはりつけ、ハンは黙って俺を見つめていた。

「心配しなくても、そう長くさせるつもりはないよ。あまり長くやっていても、足がつくからね。目標額に達したら、別の指示をだす」

「別の指示とは?」

 ハンが少年たちを代表して聞いた。

 ハンの後ろで、もはや少年たちは何も知りたくないというような怯えた顔をしているが。


 今すぐ言うつもりはなかったが――、まあいいだろう。


「ある程度資金ができたら、"闇くじ"をやる」

「や、闇くじ?」

 少年の一人が素っ頓狂な声で小さく呟いた。

「宝くじのことですか?」

 ハンが首をかしげて、俺を見つめた。

「あれは公営だ。俺たちはそれを裏でやる。国がやる分には、胴元として五割持って行かれるけど、俺たちは三割程度に抑えて、七割を還元する」

「なるほど……、それは面白いですね」

 ハンはすぐにうなずいたが、あとの少年たちは「何のことだ?」と言わんばかりだ。

「お前たち、まさか算術もできないなんて言うんじゃないだろうな?」

「オレはある程度はできますが……。グループの中に得意な奴がいます」

 しっかりとした口調で、ハンはそう取り合った。

 なかなか使える。

「よし。じゃあ、あがりはそいつらにさせるんだ。ただし、持ち逃げされるなよ?」

「任せてください。オレが責任を持って監視します」

 俺はうなずいて、ふと周囲の様子に気を向けた。

 誰も来ない場所を選んだつもりだが、もしもということもある。

 一度周囲を確認して、人の気配がないことを確かめた。

 少年達とハンは黙って待っている。

 それから俺は、おもむろに切り出した。

「お前らの取り分は、儲けの3割でどうだ?」

「オレたちの取り分もあるんですか!?」

 これには、ハンも他の少年たちも同様に、驚く。

 ただ働きさせられると思っていたらしい。

 だが、儲けのあるところに、人は集まる。

「そのかわり、その金で動かせる人間を増やしておくんだ。規模が大きくなれば、それなりに人手も必要になる」

「なるほど……。スラムの少年グループをまとめていけばいいんですね」

「ひとまずはスラム街の支配だ」

 俺は軽くそう言った。

 今まではそんなことなど全く考えていなかったが、ハン達と話しているうちにその考えが浮かんだ。

 だが、ハンは盛大に顔をしかめる。

「それはさすがに――。第一、顔役が黙ってないと思います」

「そんな大層なことじゃない。スラム街の少年グループ全てを統括できればいい。どうせスラム街の少年グループも派閥に分かれて割拠しているんだろう?」

「――まあ、そうですが。だけど、スラムだけでもかなりの人数がいます。それを全て統括するというのは……」

 ハンにはそれぞれのグループ事情が、ある程度頭に浮かんでいるのだろう。

 それに、できるなら既にやっている――といったところか。

「今までのお前たちではできなくても、これからは状況が変わる。まず明確な目標。そして、資金源だ。誰だって貧しい集団より、金まわりのいい集団を選ぶさ」

「オレたちじゃ敵わない相手もいます。今までだって、それで失敗してきた」

「頭を使え。そういうのはお前たちの十八番だろ? 正攻法でいこうとするな。相手の裏をかけ。頭数を集めて、しっかりと計略を練るんだ」

「計略……」

 ハンはそう言って黙り込んだ。

 今まで彼らはなんとなく自分たちの欲求や感情に従って動いてきただけにすぎない。

 周囲の少年たちも同じようなものだろう。

 だが、確たる目標を示し、それを達成するための手段を具体的に考えようとすればどうか?

 そうなれば、もう"ただ群れているだけの集団"ではなくなる。

「どんな手段を使っても構わない。切り崩し、脅迫、戦争――。使える手段はすべて使って、お前がまとめあげろ」

「オレが……、ですか?」

「そうだよ、ハン。お前がやるんだ。俺が知恵を貸してやる」

 俺はにやりと笑みを浮かべる。

「スラム街の少年の世界。そのすべてをお前に任せる。いい部下を揃えろ。グループもちゃんと組織化するんだ」

 いつの間にかハンの目が、輝きを帯び始めていた。

「――分かりました。やらせてもらいます」

 男なら誰しも、上に立ちたいと思うものだ。

 明確な指標を示され、ハンも野望を見出したようだった。

 俺としては、自らスラムの少年たちなど支配できなくてもいい。

 使える手駒が増えれば、それでいいのだ。

 その為には、ハンにスラムを仕切ってもらった方が、何かと都合がいい。

 俺自身はどうしても、家族の手前、自由に動くことはできない。

 しかしハンたちがいれば、俺は手を汚すことなく、やりたいことができる。

 一方で、ハンたちは、俺の知恵と資金を頼りに、その勢力を拡大させることができるというわけだ。

 こうして、俺たちの利害は一致した。


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