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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【青年編】
35/52

第33話 異教徒襲撃

 新たに作られた騎士団本部は、名前こそ大修道院と冠されてはいたが、外見はまるで要塞だった。

 本部はヴァルキシュ地方で多く切り出される大理石を使用した白亜の巨大な城。

 周囲は高くそびえる城壁がぐるりと取り囲み、城を守っている。

 城壁の周りには深く太い堀が張り巡らされ、近くの大河より引き入れられた水をたっぷりと蓄えていた。

 カザール国との国境に近く、岩ばかりであったヴァルキシュ地方に建てられた白亜の城は、まるでラトス教の聖なる盾のようでもあった。


 その日、久しぶりに会った放浪の民のバザンは、騎士団本部を眺めて皮肉気に言った。

「外側ばかり飾り立てるラトス教に相応しい出来だな」

 聖職者となってから、俺はこれまで異教徒であるバザンと直接会うことを控えていた。

 しかし、騎士団本部において俺をとがめる者が居なくなった今、バザンには割符を持たせ、教団本部に自由に出入りできるようにした。

 とはいえ、浅黒い肌に放浪の民らしい衣服を身につけたバザンはただでさえ目立つので、部下には協力者だと説明してある。

 思えば、バザンの皮肉を聞くのも久しぶりだ。

「相変わらずだな。族長は未だご健勝か?」

「あの方は年をとられたが、変わらぬ」

 放浪の民と初めて接触して、もう何年になるだろうか。

 あの時の族長は変わらず民を率いており、契約に大きな変化はない。

「カザールの動きはどうだ?」

「今のところはまだ、お前の考えた流言が効いているようだ」

 今の本部建設にあたり、俺は放浪の民を通じ、カザールに噂を流していた。

『内乱で鍛えられた精鋭が国内には充満しており、手ぐすね引いて待っている。攻め込んできたロモン教徒を地の利を利用して一気に叩き潰すための餌が、今造られている城なのだ』と。

 建設途中で襲撃されては、たまらない。

 かつての聖教騎士団本部襲撃後にも、カザールでは侵攻を始める動きがみられてはいたが、あの時の将ザレストは、カザールでもそれなりに名の知れた将軍だったらしい。

 彼の率いる軍が敗北したことはカザール国に多少なりと波紋を呼んでいた。

 当時、他州の軍もザレストの尻馬に乗って進軍させようという風潮は、彼の敗北によって出鼻を挫かれた形となっていた。

 彼らを足止めさせるため、そこに追い打ちをかけるように、俺はバザンを使って様々な流言をカザール国に流布させていた。

「オレをわざわざ呼び出したということは、そろそろロモン教徒共と殺し合いを始める気になったか」

「そうだな……。まずは、各州が独立して動くように仕向ける。それぞれが功績を争うように」

 カザール国の地方自治権は強い。

 それを利用し、彼らを競わせ、別々にこちらを攻撃させて各個撃破する。

 俺の知る歴史であれば、カザール国からの進攻はもっと遅く、ようやく国王が重い腰を上げたところで始まる。

 しかし、先日の騎士団本部襲撃時期は歴史より大きく外れていた。

 俺が様々な策を弄したことで、歴史が変化しているのだろう。

 カザールをうまく操り、俺の都合の良いように塗り替えていかなければならない。

「王が重い腰をあげぬ限り、カザールがまとまって進軍してくることはなかろう」

 バザンは馬鹿にしたように言った。

「だが、各州には動いてもらわなければ困る」

「……まあ良い。異教徒同士戦い、疲れ果てるがいい」

 そう言って、バザンは俺の提案した新たな流言を承諾した。




「そろそろ動くぞ」

 俺は部屋に集まったハン、フェラニカ、ジャイルの三人を見て言った。

「戦争になるのか?」

「ああ。――フェラニカ、騎士団の状況はどうだ? 補充した兵はもう使えそうか?」

「使えなくはないが、まだ既存の兵との錬度の差はある。現在の兵数は約五千。後方支援に回す者を除けば、前線で戦えるのは四千程度だな」

 内乱時には兵の補充にも苦労したものだが、今は国内が安定し、勧誘しなくても騎士団への志願兵が集まってきている。

 だが、そうやって集まった兵をまとめあげ、ひとつの軍隊として動かすにはまだ少し修練が必要だろう。

「これから実戦になる。なるべく錬度をあげておいてくれ。ここを拠点とした防衛戦が主になる。その訓練も頼む」

「防衛戦か……。わかった」

 フェラニカは思案げにうなずく。

 俺は次にジャイルの方に視線を向けた。

「収支の方はどうなっている?」

「はい。免罪符は売れ行きが落ちて来ていますが、本来の収入の柱となる金山の採掘は軌道に乗り始めています。そろそろ安定して運営できるかと」

 資金は問題ない。

「そろそろ潮時だな。――ハン。アラディス主席枢機卿に免罪符の権利を譲ると伝えてくれ」

「わかりました」

「もともと提示していた期限よりも随分早い。その分、もしもの場合には、教会の権限でこちらを救援するという条件も付けるよう、交渉を頼む」

 俺がハンに向かってそう付け加えると、ジャイルがひょいと眉をあげた。

「なかなか抜け目がないですね」

「それぐらいはいいだろう」

 ハンはそんな俺とジャイルのやりとりを無視して、ただ頷いただけだった。

「ジャイル。武器と食料を一年分は確保しておけ。事が動き出してからでは遅い」

「わかりました。お任せください。――しかし、一年分となると、かなりの量になりますね。オレたち、相当いい客ですよ……」

 肩をすくめるジャイルを、フェラニカがせせら笑う。

「民衆は物語のような、英雄を求めている。――カザールの異教徒を撃退し、俺たちは救国の英雄となるぞ。そしてさらなる高みへと昇る」

 俺の言葉に、ハンは目を細めた。

 フェラニカがうなずき、ジャイルはにやりと笑う。




 カザール国の太守の動きは予想よりも早く、放浪の民の情報伝播力の強さが証明される形となった。

 各州の太守がそれぞれの兵を動かし、襲撃が始まった。

 攻め立ててくる彼らを城に籠って撃退し、引き上げようとすると打って出る――。

 そういう作戦で騎士団は半年ほど戦いを続けた。

 カザール国の太守同士のつながりはよほど薄いらしく、派遣されてきた軍は似たような作戦で城を囲み、同じようなやり方で負けて行く。

 他にもいろいろ作戦を考えてはいたのだが、あまりにも変化がなく、拍子抜けするほどであった。

 だが、聖教騎士団内の士気は異様に上がり、国内でも騎士団を誉めたたえる声が広がっている。

 まるで聖教騎士団がこの国の守護神であるかのように。

 その頃にはもう、俺はメリッサへの思いなど微塵も感じなくなっていた。




 カザール国のドールン王は、国内では賢王として名高く、思慮深い人物であった。

 各州の太守同士は独立性が強すぎて、あまり仲が良いとはいえなかったが、国王に対しては一目置いているところがある。

 そんなドールン王の息子、アメルス王太子はそんな父王を尊敬しながらも、若さゆえの果断さが彼を苛立たせていた。

「愚かな行為だ」

 ライツア五王国国境付近にある、聖教騎士団への太守たちの侵攻を、彼は一言でそう表現した。

 いいようにあしらわれ、敗走してくる兵たちの様子を、彼は部下に逐一報告させている。

 腹心ゼルガは、そんなアメルス王太子の吐き捨てるような言葉に、白髪の混じった頭を垂れた。

「――誠に。しかし、太守たちはそれぞれの功に焦り、それでなくても共同で兵を動かすなど、思いもしないのでしょう」

 しかも、横のつながりが希薄な太守たちは、それぞれの作戦や失敗の原因をひた隠しにし、その情報を共有しようとはしない。

「父上はなぜ動かぬ?」

 苛立たしげに、アメルス王太子はゼルガを睨んだ。

 だが、幼い頃からアメルス王太子を支えてきたゼルガは、それに動じる様子もない。

「戦争は国を疲弊させます。王はそれを憂慮されておられるのかと」

「それは分かる。だが、そもそもあの城は見せかけだけだと……。我々を挑発するための見せかけの城だと、そういう話ではなかったのか?」

「はい、私もそのように聞いておりましたが……。しかし、実際は違ったようですな」

 アメルス王太子は舌打ちした。

 カザール国の太守たちは、まんまと彼らの思惑にのせられたのだ。

「このまま黙っているべきではない。父上が動かぬのなら、オレが動く」

「御言葉ですが……、陛下はお許しにはならないでしょう」

 腹心ゼルガの言葉に、アメルス王太子は歯嚙みしたが、しかし怒ることはしなかった。

 ゼルガは彼にとって育ての親のようなものでもあり、彼はゼルガに全幅の信頼を置いていたからだ。

 アメルス王太子はまだ若く、戦争経験があるわけではない。

 しかも、政務にようやく関われるようになったばかりの彼に、王が一軍を率いる許可をださないだろうというゼルガの発言は、とても的を得ている。

「だが、このまま黙っていろというのか? 国境に近い地域の太守どもが自滅して行く様を見ていろと? それは結局のところ、この国を疲弊させることと変わらぬではないか」

「御意。西側の太守たちは喜びましょうな。――しかし、このままで良いとは私も思いません」

「どうする? やはり、父上にかけあって……!」

「口先だけの説得では、陛下は心を動かされないかもしれませぬ」

「しかし……!」

「私に考えがございます」

 そう言って、ゼルガは皺にうずもれそうになっている目を光らせた。

 そんなゼルガを、アメルス王太子は強い期待を込めた目で見た。




 カザール国の四万にものぼる大軍が、こちらに向かって進軍してくるという話を聞いた時、俺は信じ難い思いでいっぱいだった。

「カザールはまとまる様子を見せていなかったのではないのか?」

 知らせを持ってきたバザンを、俺は思わず睨んだ。

「さすがに国の中枢のことまでは、我々にもわからん。――だが、今回の軍勢はアメルス王太子が手をまわしたと聞く」

「アメルス王太子……? 聞かない名だ」

「評判は悪くないが、王太子はまだ若い。それほど注視していなかったが……。どうやらそれなりの手腕の持ち主のようだ。我々が情報を掴むより早く、太守どもをまとめあげ、ドールン王を動かしたのだからな」

 バザンはまるっきり他人事だったが、俺はそれどころではなかった。


(四万もの大軍となれば、さすがにこの要塞のような修道院であっても、守り切れるかどうか……)


「分かった。もういい」

 俺はバザンを下がらせ、ハンを呼んだ。

「アラディス主席枢機卿に使いを。ソルデ教皇を説き伏せて、援軍を寄こすよう要請してくれ」

「わかりました」

 だが、それも間に合うかどうか。

 アメルス王太子率いるカザール国の大軍勢は、もうすぐそこまで迫っていた。


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