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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【青年編】
31/52

第29話 選択②

文末にハンの挿絵があります。

 見慣れた景色の中にあったのは、蒼天に透ける異質な黒い骨格。

 部隊がようやく騎士団本部に戻ってきた時、建物は既に焼け落ちた後だった。


(遅かったか……)


 腹の底がすっと冷えるのを感じたが、俺はその感覚を無視して瓦解した騎士団本部を眺めた。

 打ちこまれた矢の残骸が、死体に混じってあちこちに落ちている。

 ひと足先に少数部隊を連れて本部へと帰還し、状況を確認していたハンが、俺の元に報告に来る。

「生存者は?」

 周囲には死体が転がっているが、思ったより数が少ない。

 俺の問いに、ハンは首を横に振った。

「残念ながら団長はまだ生きているようです。カザールの兵がここを目指して進軍してくるのを知るや、手勢を率いてこの先の古城に立て籠ったと」

 俺は思わず眉をあげた。

 ここに残っている死体は、ルダン団長の捨て駒にされた者たちというわけか。

 件の古城は騎士団本部の北側、大きな岩山の麓にある。

 遠い昔、戦乱の世に使われていた遺物で、交通の要所から外れているそれは、太平の世になってから放棄されてそのままになっているものだ。

 俺もその存在ぐらいは知っていたが、実際に足を運んだことはない。

「敵はおよそ五千を超える軍勢。騎士団を追って、彼らも古城に向かったそうです」

「見ていた者がいるんだな?」

「はい。しかし先程、団長を罵りながら息を引き取りました」

 ルダン団長に捨て駒にされたのだ。

 さぞかし恨みも深いことだろう。

「カザール軍の兵が近くの町で略奪しているとの情報もあります」

「ジャイルは? 小隊の兵站部はどうなっている」

「――それらしき死体は見つかりませんでした。もしかしたら団長と行動を共にしているのかもしれませんね」

 ハンは淡々と語る。

 俺は古城のある方角を見た。

 五千の軍勢を相手にするとなれば現状ではかなり厳しいが、しかし行かなければなるまい。




 既に日は沈みかけており、夕日を浴びて田園地帯が朱に染まっていた。

 田園地帯の先には小さな湖があり、城はその近くにある大きな岩山の一部であるかのように、無骨なその姿を晒していた。

 堀はないが、石造りの高く頑丈な城壁が周囲を囲っており、正面には大きな鉄扉がそびえている。

 外側は頑丈だが、中身はどうだろうか?

 通常、城には籠城用の使用済みの油、投擲用の石、その他の様々な物資が保管されている。

 だが、それらは輸送が大変な上に、平和時には必要のない物ばかり。

 食料などはないとしても、あるいはそういった物ぐらいは城内に残っている可能性はある。

 そこへ本部にいる部隊が囮になっている間に食料などの物資を運び込めば、それなりに籠城はできるだろう。


(本部に捨て駒を残すことで時間を稼ぎ、その間に物資を運んだか――)


 古城が見える場所まで行くと、俺は遠眼鏡で城の様子を確認した。

 周囲を囲む高い城壁を、異国の鎧に身を包んだ兵士たちが蟻のように群れてよじ登っているのが見えた。

 城壁の上部では、騎士団の兵士が矢を放ったり、石を投げつけたり、沸騰した油を釜から落としたりして、必死によじ登ってくる敵を撃退している。

 しかし、それでも隙間を縫って城壁をのぼりきった兵が剣を交えている姿も見られた。


(騎士団本部に残っていたのは、雑用の者も含めて三百にも満たないはず――)


 本部に残っていた死体の数を考えれば、さらに人数は少なくなっていると考えるべきだろう。

 しかも後方支援の、戦争には不向きな者ばかり。

 ガーン、ガーンという激しい音が、離れたこの場所まで響いてきた。

 降り注ぐ矢をものともせず、異国の兵士たちが太く大きな丸太を大勢で持ち上げ、城門に叩きつけているのだ。

 いかに城壁が高くとも、正面が破られれば城はあっという間に落とされる。

 矢に倒れる兵もいるが、異国の兵士には余りあるほど代わりの兵がいた。

 俺は遠眼鏡を部下に渡すと、振り返った。

 ハンとフェラニカが指示を待っている。

 それだけではない。

 そこにいる兵全員が、俺の指示を待っていた。

 幾ら堅固な城とはいえ、敵の兵力は城内に残っている兵の約二十倍。

 未だ陥落していないのは奇跡に近かったが、そう長くは持たないだろう。

「これより作戦を伝える。時間が勝負だ。二度は言わない。よく聞いてくれ」

 俺は将を集め、作戦の伝達を始めた。




 五千を超える兵を率いてきたカザール国のザレストは、副官ムジカと共に、城を攻め立てる自軍を満足気に見ていた。

 既に日は暮れて月が顔をのぞかせていたが、その月も時折雲に陰っている。

 カザール兵は交代で休憩をとり、昼夜問わず城攻めを繰り返している。

 これによって城内にいる敵兵は休むこともできず、今や疲労困憊のはずだ。

「奴ら、随分と弱いですな。聖教騎士団と言えば、異教徒の軍勢の中でも精鋭中の精鋭と聞いておりましたが、これならば内乱を待つ必要もなかったのでは?」

 副官ムジカの言葉に、ザレストもうなずく。

「まったくだ。百年という年月の間に、この国の兵も堕落したものと見える」

 カザール国とライツア五王国は百年ほど前まで宗教戦争を繰り返していた。

 ロモン教を国教とするカザール国とラトス教を国教とするライツア五王国は相入れることなく、泥沼の宗教戦争が続いていたが、長く続く戦闘に国内は疲弊。

 カザール国内でも次第に厭戦の雰囲気が漂うようになり、互いにその矛を収めたのだった。

 ライツア五王国の聖教騎士団はその宗教戦争において、象徴的な存在だった。

「かつて我が国の兵を散々愚弄したというこの国の聖教騎士団も、今や腑抜けの集まり。もはや遠慮はいらぬというわけだ」

 そう言うとザレストは不敵に笑った。

「今ここで騎士団を潰しておけば、異教徒どもはかなり痛手を負うことでしょう。今度こそこの国に聖なる鉄槌を下すためのいい足掛かりになるやもしれませぬな。王もお喜びかと」

「かつて散々手を焼いた騎士団がもはや存在せぬとなれば、国内の世論も動こう。我らがロモン教の偉大さを、この国の異教徒どもは思い知るべきである」

「御意」

 この古城に立て篭もったと分かった時には少々面倒なことになったと思ったが、聖教騎士団の兵は想定していたよりも弱く、このまま押せばまもなく落ちるとザレストは考えていた。

 ふと落ちた暗闇に、ザレストは空を見上げる。

(月が陰ったか……)

 ここ数日、時折雨がぱらついている。

 攻城戦に影響を及ぼすほどではないが、本降りになれば厄介だ。

 ただ今日は昼間よく晴れていたので、地面はよく乾いている。

「雨にならなければ良いのですが」

 副官ムジカが空を仰ぎ、眉をひそめた。

 月が雲に隠れると、暗闇が辺りを支配した。

「長く続くようであれば、攻めを一時中断せねばなるまい」

 敵は既に虫の息だが、闇夜に乗じて奇襲してくるとも限らない。

 ザレストは暗闇に目を凝らした。

 次第に目は慣れてくるが、それでも遠くの状況までは見渡せない。

 そんなザレストの考えを見透かしたかのように、耳に届く戦場の音が変わった。

 ざわめき、悲鳴、動揺。

 明らかに状況が変化している。

「何事だ!!」

 ザレストが怒鳴ると、副官ムジカもハッとして手近な部下を呼び、調べに行かせた。

 戻ってきた部下は腕から血を流しながら、滑り込むように走ってきてザレストと副官ムジカの前にひざまずいた。

「将軍!! 敵の襲撃です!」

 その報告にザレストは舌打ちして、声を荒げた。

「城内の敵が打って出たか!?」

(少数とはいえ、この闇に乗じて奇襲をかけられれば、多少の損害が出るかもしれぬ――)

 そう思うと、ザレストは快勝を楽しんでいただけに、一気に不快な気分になった。

「そ、それが……。どこから現われたのか、敵は城内からではなく背後から攻めてきています! 敵の規模は、おそらく一万を超えるかと……!」

「一万だと!!」

 ザレストは思わず部下を怒鳴りつけた。

(一万もの大軍が迫っていて、今まで気づかなかったのか……!?)

「馬鹿な……。そんな大軍どこから……」

 副官ムジカも呆然としたように呟く。

「異教徒どもめ。忌まわしい魔術でも使ったか。――ムジカ!」

「はっ!」

「前線に出るぞ! 俺がその目で確かめてやる!」

 ザレストはカザール国では武勇で知られた将であり、部下からの信頼も厚い。

 むしろその彼への信頼感が、この部隊の強い求心力でもあった。

 故に、ザレスト自身が前線に出れば、兵の士気も上がるだろう。

 言うが早いか、ザレストは馬に鞭を入れ、周囲の部下を引き連れて前線に向かった。




 月は雲に隠れ、闇が辺りを覆っていた。

 雨季の続くこの時期、晴れていてもすぐに天候が変わる。

「いいか! 狙うは敵将のみ! 他の首には目もくれるな!」

 俺は叫びながら直属の兵を率いて、戦場を駆けた。

 敵兵は今、万の敵が背後から攻めてきたものと思いこみ、混乱をきたしている。

 だが、実際にはそんな大軍などどこにもいない。

 ここに来るまでに、略奪をしていた敵兵から武器や鎧などの装備を奪い、ハンの部隊がカザールの兵に偽装して、敵に偽情報を流しているのだ。

 そしてそれを裏付けるかのように、フェラニカの騎馬隊が城を囲む彼らを断続的に攻撃。

 背後や外側から攻撃しては離脱して、また別の場所へ行って攻撃することで、いかにも大軍が攻めてきているように見せかけていた。

 さらに、ハンの偽装部隊が偽情報で混乱を誘いながら同士討ちを装って攻撃することで、同じカザール兵同士でも疑心暗鬼になり、同士討ちが始まっていた。

 カザール兵が互いに気を取られている間に城内からは大量の矢が降り注ぎ、さらに彼らの混乱が誘発される。

 しかしこれは暗闇だからこそ通じる策だ。

 月の明かりが再び辺りを照らせば、敵はその真実を知る可能性が高い。

 まだ敵軍全てが戦闘準備できてないとはいえ、五千対、千余りという圧倒的な兵力差。

 それを覆すには、敵将の首を落とすしかない。

 もう少し兵の余力があれば、指揮官クラスの首を狙うことも考えたのだが、ハンとフェラニカの部隊に主力の兵を割いているので、そこまでの余裕はなかった。

 俺は直属の兵を引き連れて敵将を探し、ひたすら戦場を駆ける。


(どこかで見落としたか――!?)


 遮る敵兵を跳ね飛ばし、ひたすら戦場を駆け巡ったが、それらしい人物は見当たらない。

 時間だけが過ぎてゆき、さすがに焦りが生まれる。

 そして無情にも、隠れていた月が徐々にその姿を現し始めた。

 同士討ちをしていた敵兵たちはハッと我に返り、戦場が一瞬静寂に包まれる。

 月明かりに照らされた城の周りには、万の大軍などどこにもおらず、いるのは千ほどの俺の部隊のみ。

 ようやく騙されたことに気づいた敵兵は、いきり立った。

「陣形を組み直せ!!」

 俺は大声で指示を出しながら、ひたすら馬の脚を止めずに突き進む。

 部隊は少数で大軍に突き進むのに適した陣形へとその形を変える。

 敵はまだ完全に立て直してはいないが、立ち止まれば敵の餌食になる。

 俺は必死に馬を駆け、部下たちもそれに食らいつくように従いながら徐々に形ある陣形へと立て直してく。

 戦場に敵の鬨の声が響く。

 大勢のカザール兵を前にしても臆することなく、彼らを切り払いながら俺についてくる部下たちの奮戦ぶりにカザールの兵はやや気圧され気味ではあったが、それでも多勢に無勢。

 俺に従う部下は、徐々にその数を減らしていった。

 一度撤退するべきかと心の片隅で迷いながら、それでも俺はまだ敵将の姿を目で探していた。

 その時。

 遠目でも分かるほど立派な鎧を身につけた、体格のいい一人の男に目が止まる。


(奴が大将か――!)


 俺は一直線に馬を走らせ、敵将と思しき男の馬にぶつけた。

 男は馬上でゆらとよろめいたが、ぐっと足を踏ん張ってこちらを睨みつけてくる。

 兜もかぶらないその男は、ひげの濃い、堂々たる面構えをしていた。

 近づいて見ると、その体格も俺の倍以上はあるのではないかというほどの大男だ。

「大将とお見受けする。いざ勝負!!」

 男は俺の姿を改めて見ると、馬鹿にしたように口を歪めた。

「お前のような者が一軍の将とは。――良かろう、剣のさびにしてくれよう」

 見るからに細身の俺などすぐに仕留められると踏んだのか、相手は誘いに乗ってきた。

 馬を器用に操り、男は手にした大きな剣を揺らめかせる。

「我が名はザレスト。哀れな異教徒よ。貴様の名前を聞いてやろう」

 ザレストと名乗った男は、居丈高にそう言った。

「俺の名はセルベク。墓碑銘確かに聞いたぞ。安心して逝くが良い」

「ぬかせ!」

 ザレストは声を張り上げると、大剣を軽々と振り回して頭上から俺めがけて振り下ろした。

 空を斬り裂く音が、大気を唸らす。

 俺は力むことなく、飛んできた大剣の流れに刃を合わせて剣先をそらした。

 一瞬、ザレストの顔に驚きの表情が浮かぶ。

 よほど自信があったのだろう。

 あの力に、あの剣速。

 殆どの者が、何も気づかずに彼の剣の前に切り伏せられたのに違いない。

 俺は兜に手をかけると、それを放り投げた。

 視界が一気に広がり、風が髪を揺らす。

 あれだけの大剣を振り下ろされれば、兜など意味をなさない。

 それよりも奴の攻撃に反応できるだけの視界を確保した。

「うぬ……!」

 俺の顔を見て、ザレストは唸り声をあげる。

 まさか俺のような優男が、自分の攻撃を易々とさばくとは思わなかったのだろう。

「アテが外れたか? ――かかって来ないのならば、こちらから行くぞ!」

 口元に笑みを浮かべ、俺はザレストを挑発した。

 ザレストは舌打ちして、顔を歪める。

「生意気な!」

 ザレストは凄まじい速度で次々と剣を繰り出し始めた。

 そのたびに手綱で巧みに馬を操りながら、俺は剣を合わせて剣の軌道をそらし続ける。

 次第に頭に血が上り、攻撃が荒くなるザレスト。

 大ぶりの攻撃が続く。

 俺はそれをことごとく避け、そろそろ攻守交代だと言わんばかりに、剣で鋭い突きをかます。

 だがそれが幾度も続くうち、ザレストは次第に冷静さを取り戻していき、彼の剣筋は繊細なものへと変化していった。

「なるほど! 見た目どおりではなさそうだな」

 ザレストはそう言ってにやりと笑うと、先ほどとは打って変わって洗練された動きになり、俺の隙をどんどん突いてくるようになった。

 剣の法則に則った、見事な剣捌きと駆け引き。

 俺はかわすだけで手いっぱいになり、反撃すらできなくなっていく。

 押し負けず、なんとか踏ん張ろうとするが、どんどん形成は悪くなり、俺は歯を食いしばった。


(ここで負けるわけにはいかない――!)


 そんな思いとは裏腹に、馬上から落とされそうになったその瞬間。

 風を切るような音が聞こえ、ザレストの大きな体躯がぐらりと揺れた。

「き、さま……、謀ったな……」

 俺は一瞬何が起こったのか分からず、その様子を凝視する。

 驚きと恨みに満ちた表情のザレストの体は、そのままどさりと地面に落ちた。

 崩れ落ちたザレストの背中に、何本もの矢が刺さっている。

「武人でもあるまいし、聖職者の一騎打ちは感心しませんね」

 見ると、鉄の鎧すら貫通させる強力な武器、石弓兵を率いたジャイルの姿があった。

「ジャイル……。無事だったのか」

「大将は堂々と指揮する者。現場で戦うものではないと思いますが」

 そんな皮肉を言いながら、ジャイルの口元はにやりと笑っていた。

 俺が言葉を失っていると、少し照れくさそうな顔をする。

「まさかナディム地方からここまで、戻ってこられるとは思ってませんでしたよ」

 俺はふーっと大きく息を吐きだした。

 そして呼吸を整え、ザレストの首を切り落とし、大きく掲げた。

「カザールの異教徒共よ! 大将ザレストの首は取った。まだやるつもりか!!」

 将ザレストという大きな支柱を失った敵兵は戦意を喪失。

 城壁から離れ、潰走した。




 潰走していく敵兵を城の中から見下ろしながら、ルダン団長は不機嫌そうに眉を寄せる。

 異教徒からなんとか身を守ることはできたものの、ナディム地方で死ぬはずだった肝心のセルベクが生きているのでは意味がない。

「よりによってあの男がここに来るとはな。これでわしに恩を売った気でいるつもりだろうが、そうはいかん。反乱軍鎮圧の命令放棄で訴えてやる」

「しかし、団長。セルベクは団長命令で帰還しました。命令違反にはならないかと……」

 息巻く彼を、副官の男がとりなす。

「馬鹿を言え、いつ俺が命令した? どこに命令書が残っている?」

 漂々と言うルダン団長の言葉に、副官は首をかしげた。

「……確かに。口頭での伝達でしたね」

「証拠は何もない。中央に出向くぞ」

「は、はい!」

 だが、副官がそう返事をした時。

 背中に熱いものが走り、目の前の副官も突如、血を吐いた。

「な……!」

 突然の出来事にルダン団長は現状を理解できず、腹に手をあてた。

 ぬるりと手に伝う暖かい感触。

 手が、床が、自分の血に染まっていく。

 不自然な動作でゆっくりと振り返ると、そこには見覚えのある男と、それに従う目つきの悪い複数の男たちの姿があった。

「おま、え、は……」

 声が震え、膝は力を失い、ルダン団長は床に膝をついた。

 ルダン団長と副官の体には複数の異教徒の剣が突き立てられている。

「あんたが生きてると、うちのボスはいつまでたっても上に行けないんでね。そろそろ消えてもらう」

 セルベクの部下。

(確か、ハンといったか――)

 ルダン団長のぼやけた視界の中にうつるハンは、まるで感情の映らない表情で彼を見下ろしていた。

「奴の、差し金……か?」

「お前がそれを知る必要はない」

 ハンは手にしていた異教徒の短剣を、さらにルダン団長の背中を抉るように突き立てた。

 ルダン団長はびしゃりと血だまりの中に崩れ落ちる。

 事切れた二つの死体を見下ろしながら、ハンは静かにつぶやいた。

「遺物めが。少々調子に乗りすぎたな」

 そう言ってハンはルダン団長の背中に刺さった異教徒の剣を、足でぐっと押す。

 剣はずぶりと突き抜け、床まで貫通した。

 どす黒い血だまりが広がる。

 それを満足気に見届けたハンは、部下を引き連れてその場を後にした。


 後日、ルダン団長は異教徒の襲撃によって殉教した、と発表された。





挿絵(By みてみん)


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