第25話 邂逅①
カキュラム地方を鎮圧後、俺の部隊はさらに転戦を続けた。
それでも国内人口の大半を農民が占めるこの国で、蜂起する農民の暴徒の数は増え続け、その規模は大きくなるばかりだった。
勢いに乗った結社は、農民への待遇改善に関する要求を政府に突きつけたというが、それはとても貴族たちに受け入れられるようなものではなかったらしく、交渉は決裂した。
そして、ついに国王軍も鎮圧に乗り出すこととなる。
聖教騎士団本部でも、兵站部を除いてすっかり人が出払うようになった。
ルダン団長自身もこうなると欲が出てきたのか、各地に送られた部隊の視察に行っては、その部隊の功績を自分のものにするようになった。
あれほど嫌っていた俺の部隊にも何食わぬ顔でやってくることもある。
視察中に敵を撃破すれば、それは『ルダン団長の指揮で鎮圧が成功した』という内容に塗り替えられるという手法だ。
金やコネは嫌いでも、そういうやり方で手柄を得ることは彼の主義に反しないらしい。
とはいえ、ルダン団長が各地を視察するようになると、留守を預かっていたジャイルは誰はばかることなく動き出した。
師弟制度を利用し、次々に兵士を登用して物資とともに前線に送ってくる。
最初のセブラム地方鎮圧から半年以上が経ち、この頃には戦いの中で命を落とす者も出ていたが、それでもオレの部隊は千を超える規模にまで達するようになっていた。
「おめでとう、フェラニカ。今日から司祭だ」
俺は届いた任命書を、フェラニカにひらひらと振って見せる。
兵士を率いて戻ってきたばかりだったフェラニカは、それをギロリとにらんだ。
「なんだ、この紙切れは」
兜を左脇に抱え、俺から乱暴に紙を奪い取る。
「戦場での勲功がようやく認められたようだな。ハンとジャイルも司祭に昇進だ。予定よりずいぶん早い」
フェラニカはそれを、汚いものでも見るかのように、にらんだままだ。
「お前は?」
「俺は司教になったよ」
「血みどろの司教様だな」
フェラニカの皮肉に、俺は肩をすくめる。
「それほどでも」
本来ならばこのような昇任は教会で受けるはずだが、反乱が治まるまで、当分は教会に戻れそうもない。
最初こそルダン団長に握りつぶされていた教会中央への戦果の報告も、俺の兄カムルを通して貴族院、フェラニカを通してゾルニク元帥から王の耳に入っているとわかると、渋々だが、中央に報告するようになったという。
団長の渋面が思い浮かぶが、それでも俺の華々しい戦果は、上司であるルダン団長ともあながち無関係というわけではない。
その辺りに、彼も妥協点を見出したのだろう。
「司祭だ、司教だと言われてもな」
そう言いながら、フェラニカは顔にかかった髪を払った。
「内乱が終われば実感も出るだろう」
「私はとてもじゃないが、現状でそんな先まで想像ができない。本当にこの反乱は収まるのかとさえ思える」
当初は暴徒と呼ばれた農民たちも、今では"反乱軍"と呼ばれるようになり、その動きは既に結社の手を離れつつあると俺は感じていた。
もちろん、武器供給面では結社が相変わらず動いていたが、もはや炊きつける必要もなく、反乱はその勢いを増している。
「国は国王軍だけでは手がまわらず、とうとう義勇兵を募り始めた」
「そうか……。ここ百年以上対外戦争がなかったとはいえ、国王軍を全て吐き出すわけにはいかないのだろう。考えてみれば、国内は見事にお前の言う通りになったな」
そこでふと、フェラニカは俺のそばにハンがいないことに気づく。
「ハンはどうした?」
「先遣隊として、少数部隊を連れて先に出発させた。次の任地はサンディガ地方だ」
「もう次の命令書が来たのか……」
フェラニカは少し疲労の色をにじませる。
このところ連戦続きで疲れがたまっているのだろう。
俺自身が直接指揮をとることも増えたが、それでも彼女には休みがない。
「団長はなかなか休ませてはくれないようだな。だが、おかげで武勲をあげるのに事欠かない」
「――楽しそうだな、お前は」
俺が軽く笑うと、フェラニカはあきれたようにため息をついた。
「少し休ませてもらうぞ」
「ああ。出発までにはまだ少し時間がある。ゆっくり休んでくれ」
白銀の鎧は使いこまれ、かつてのような輝きはない。
かつての安穏としたライツア国は既に過去のものとなり、国内は大きく揺れ動いているのだった。
サンディガ地方には既に他部隊が入っていると聞いてはいたが、反乱軍の勢いが強く、先遣隊の話ではザルツという大きな町が陥落寸前だと聞いた。
反乱軍の強みはその圧倒的な数だ。
装備は相変わらず粗末なままだが、当初と違って彼らも戦い慣れてきている。
農民兵の中でも秀でた者が指揮をとるようになり、組織ができ、漠然とした軍の体系をとるようになっていた。
俺はひとまずザルツ手前の町を目指すべく、サンディガ地方を西に進軍した。
しかし、その途中で先遣隊から思わぬ報告を受ける。
「義勇軍と見られる一団が、この先で反乱軍と交戦中です!」
義勇軍とはこのところ盛んに国が募っている志願兵の集団で、その頭に貴族たちを頭に据えて、国が国王軍の手の回らない地方へ派遣しているものだ。
(だが、反乱軍がここまで出てきているということは、ザルツは既に落ちたかもしれないな……)
「どうしますか?」
ハンが馬を寄せてきた。
「様子見だな。下手に手出しして逆恨みされても面倒だ」
義勇軍の将は貴族だ。
功績目当てで戦っているような人間なら、こちらの援護を疎ましく思う可能性もある。
だが、左手には大きな湖が広がっているため、他に目的地にたどり着けるような迂回路はない。
俺はひとまず予定していた進軍ルートから外れ、一時的に部隊を駐留させることのできる高地へと兵を移動させる。
そのまま兵たちは一時待機させ、俺はハンとフェラニカ、さらに数人の部下を連れて義勇軍と反乱軍が交戦している道が見える場所まで馬を進めた。
周囲には木々が生い茂っているため、俺たちの存在が気づかれることはまずないだろう。
だが、思いがけず風が強く、ざざざっと大きな音を立てながら木々が揺れ、薄暗い空からはぽつりぽつりと小さな雨粒が落ち始めていた。
額にかかる雫を振り払い、俺は戦場に展開する両軍に目を凝らした。
義勇軍とみられる一団はおよそ二千。
騎馬兵と歩兵で構成されているが、その装備は義勇軍にしてはかなりいい。
義勇軍の装備は将の財力によって差がつくので、おそらくはかなりいい家柄か財力のある貴族が率いている一団なのだろう。
だが、反乱軍はさらにその二倍はあろうかという、かなりまとまった数である。
(これは……、ザルツを陥落させた反乱軍か)
町を陥落させ、次の町へ移動しているとすれば得心がいく。
これだけの兵をまとめているとなれば、反乱軍の将もそれなりの人物だろう。
両軍は正面からぶつかり、激しい戦闘が始まっていた。
「騎馬兵がいるとはいえ、この兵力差で正面からぶつかるとは。数で押されるかもしれんな」
フェラニカはそう言いながらも、興味深げに見ている。
そこはザルツの南に位置する大きな道だ。
もしかしたら、義勇軍はザルツ陥落を防ぐために派遣され、南下してきた反乱軍と偶発的にここで戦闘になった可能性もある。
先ほどから降り出した雨は次第に強まり、強い風が木の葉を飛ばし、雨粒が頬を叩いていく。
降りしきる雨で、視界がひどく悪い。
それでも反乱軍の動きを目で追っていた俺は、後方にいた反乱軍の一部が街道脇の林へと兵を動かしているのを見止めた。
だが、正面から戦っている義勇軍にはその様子は見えないだろう。
(側面から回りこんで、囲いこむ気か――!)
義勇軍にしてはよくまとまっているようだったが、囲いこまれたら戦況は厳しくなるだろう。
「フェラニカ! 義勇軍を援護するぞ。反乱軍後方の部隊が移動している。その側面をつく!」
「了解!」
フェラニカは濡れる鎧をきらめかせ、嬉々として馬首を転じた。
風はびゅうびゅうと音を立て、大粒の雨が横殴りに地面に叩きつけられていく。
部隊は元の道へと再び戻り、雨風の吹きすさぶ中を林道に入り込んだ反乱軍目がけて突撃した。
通常であればすぐに気付かれただろうが、雨で視界が遮られたせいで直前まで反乱軍は俺の部隊の存在に気づかなかった。
「伏兵だ――!!」
思いがけない攻撃に、反乱軍の隊列が乱れる。
義勇軍の将はその好機を逃すことなく、崩れ立った反乱軍本隊の手薄になったところを一気に責め立てた。
こうなると反乱軍はその混乱を立て直すことができず、とうとう後退を始める。
これで流れは一気に義勇軍に傾いた。
反乱軍がザルツ方面へと撤退を始め、そこで勝敗は喫した。
「このままいくと、ザルツを攻略せざるを得なくなりそうですね」
反乱軍が撤退した方角を見ながら、ハンが言った。
先程まで降っていた雨は止んだが、風はまだ音を立てて強く吹いている。
「そうなるな……。あの規模で町にこもられると厄介だな」
だが、いずれは戦わなければならない。
そんなことを話しているところで、部下が義勇軍の伝令兵の来訪を告げた。
「いかがいたしますか?」
「会おう。さすがに罵られることはあるまい」
俺はそう言って、ハンに目配せをした。
ハンも黙ってうなずく。
伝令兵は膝をつき、畏まって俺を待っていた。
「私がこの部隊の将だ。伝令を聞こう」
俺がそう言うと、伝令兵はようやく顔をあげる。
「このたびはご助力、誠に感謝致します。よろしければ将のお名前をお伺いしたいと」
「聖教騎士団司教、セルベクだ」
伝令兵は俺の言葉にうなずき、頭を下げた。
「そちらの将のお名前も伺っておきたい。どちらの貴族か?」
彼らの装備を見る限り、俺はそれなりの家柄か財力のある貴族だろうと考えていた。
それに、わざわざ加勢の礼に伝令兵を寄こすぐらいの男だ。
聞いたことのある名前かもしれない。
だが、伝令兵が口にしたのは、俺の予想を超える人物の名前だった。
「ヴェルディン家のマラエヴァ様です」
その瞬間、俺はどんな顔をしていたのだろうか。
「ヴェルディン家の、マラエヴァ……」
俺の脳裏に、かつて中等部で生徒会長を務めた堂々たるマラエヴァの姿が浮かぶ。
だが、彼はまだ大学院の最終学年のはず。
そのマラエヴァが何故、義勇軍の指揮官などをしているのか――。
「――伝令感謝する。戻ってそちらの将にもよろしくお伝え願いたい」
平静を装った俺がそう言うと、伝令兵は頭を下げ、足早にその場を立ち去って行った。
「まさか、こんなところで……」
俺は思わず呟く。
こんなところで奴に会おうとは。
俺はマラエヴァとの奇妙な因縁を感じずにはいられなかった。
【青年編】人物紹介にマラエヴァを追加しました。




