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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【青年編】
26/52

第24話 カキュラム鎮圧戦②

文末にセルベクの挿絵があります。

 部隊はカキュラム地方南部で蜂起した暴徒を叩きながら北上を続けた。

 移動中の暴徒を蹴散らすにはそれほど手間取らなかったが、蜂起した集落に立ち寄ったこともあり、カキュラム地方の中心部ルベリに到着したのは、セブラム地方を出発してから九日目のことだった。

 しかし、そのまま町に入るのは危険と判断し、部隊はひとまず郊外に陣を張っている。

 兵士たちは弱い農民兵相手に連戦を重ねたことで初陣の頃の硬さがとれ、戦い慣れてきた感じではあったが、それでもやはり、少し疲労感が見られた。


(間に合ったのか……?)


 俺はそこから見える町並みに目を凝らした。

 ルベリは西に広がる海に向かってなだらかな傾斜が続く地形で、地方にしてはかなり大きな町だ。

 裕福な貴族たちのちょっとした別荘地でもあり、きれいな街並みが広がっている。

 温暖な気候で、土地も肥沃。

 本来ならば農民の暮らしも比較的豊かなはずなのだが、豊かであれば豊かである分だけ、カキュラムの地方役人たちは勝手に税を上乗せし、ラトス教の聖職者たちも遠慮気なくお布施を徴収していく。

 結局、農民たちが支払わなければならない税は徐々に吊りあげられ、実質的には王都の二倍近くにまでなっていると聞いた。


「教会や大きな店などは既に略奪された後でした」

 少数の部下を引き連れて町の様子を探りに行っていたハンは、戻ってくるなりそう言った。

「奴らはまだ役所の前でにらみ合いを続けています」

「まだ完全に落ちてはいなかったか……」

 部下に何か大声で指示を出していたフェラニカが、戻ってきたハンの姿を目に留め、こちらにやって来た。

「どうだった? 敵兵数は?」

 そんな彼女に、ハンはぶっきらぼうに答える。

「およそ三百」

 現在自部隊の兵数は、百三十弱。

 相手が農民兵だということを考えればそれほど厳しくはない数だが、油断はできない。

「役所で抗戦をしている兵は?」

「国の正規兵ではないですね。ボスが言われていたように、私兵か傭兵の類でしょう。正確な数までは分かりませんでしたが、建物を利用して立てこもっています。打って出るほどの数はいないのでしょう」

 日数を考えれば、彼らも奮戦している方だろう。

 だが、いつまでもこのこう着状態が続くとは思えない。

 暴徒に結社の人間が付いている以上、今後何らかの手は打ってくるはずだ。

「国王軍はまだ動かないのか……」

 フェラニカが不意にそう呟く。

「動いてほしいのか? せっかくの機会が奪われるぞ」

 俺が笑うと、フェラニカは鼻を鳴らした。

「そういう意味で言ったわけじゃない。これだけの騒ぎになっているのに、腰が重いと思っただけだ」

「俺たちは教会の命令を受けて動いているが、教会も国の意向を受けている。それで手を打ったつもりだろう」

 国王軍を率いるのはフェラニカの父、ゾルニク元帥だ。

 現状を知らないわけではあるまい。

「それで――、奴らの拠点は分かったか?」

 俺はハンに話を続けるよう、促す。

 いくら役所とにらみ合っているとはいえ、彼ら全員が常時そこにいるわけではあるまい。

「町にある貴族の別荘を根城にしていました。町の南側に別荘ばかりが並ぶ通りがあるのですが、そのうちの一部を占有しているようです。結社の人間も頻繁に出入りしています」

「警備は?」

「武装した農民兵が多少目につきましたが、かなり手薄です」

 そう言ってハンは目を細めた。

 本来到着するはずの南からの暴徒集団は、かなり潰してきた。

 結社の人間にとってそれは想定外のことだったはずだ。

「いい練習になるな。訓練された者とそうでない者の違いをはっきりさせてやろう」

 これまで農民相手に小規模な戦闘を繰り返してきたことで、部隊にとっては良い実戦経験となっている。

 俺自身もまだ、過去の戦の経験と勘を完全には取り戻せていない。

 士官学校での知識と過去の記憶とをうまく織り交ぜて戦うには、もう少し場数が必要だと自分でも感じていた。

 今回の暴徒集団はこれまでと違って、それなりにまとまった数の一団。

 部隊にとっても、俺にとっても良い練習材料になるだろう。

 相手が強い敵ではないからこそ、そこに思考錯誤を加えられる余裕が生まれるのだ。

 俺がにやりと笑うと、フェラニカがあきれたようにため息をつく。

「お前が言うと、やけに簡単そうに聞こえるな」

「それほどでもないさ」

 そう言って肩をすくめると、俺は今回の作戦をハンとフェラニカに伝えた。

 今回の作戦は少数部隊を率いるハンの動きが重要になってくる。

 作戦を聞いたフェラニカは、冗談めかしてハンに言う。

「しくじるなよ」

 しかし、フェラニカの冗談はハンには通用しなかったのか、彼はぴくりと眉を動かして彼女を見下した。

「――誰に向かって物を言っている?」

 大抵の人間であればそれで怯むのだろうが、フェラニカは頓着する様子もない。

「心配してやっているのに、随分な言い様だな」

「そんな風には聞こえなかったが」

 奇妙なにらみ合いに、俺は思わず苦笑した。

「ハン、それぐらいにしておけ。フェラニカはこの通り、口は悪いが悪気はない」

「一番質が悪いように思いますが」

 そう言ってハンは矛を収めたが、一方で口が悪いと指摘されたフェラニカは、さすがに俺をにらんだ。

「それではまるで、私が愚か者のように聞こえる」

「そういうつもりで言ったんじゃない。――フェラニカ、分かっているだろう?」

「どうだかな」

 フェラニカはそうは言ったものの、それほど怒ってはいないようでもあった。

「兵も少し休ませたいところだが、あまり待ってばかりもいられない。これ以上暴徒が増えても厄介だ。作戦開始まであまり時間はないが、なるべく休息を取るようにさせてくれ」

「分かった」

 俺の言葉にうなずいたフェラニカがその場を去った後、ハンが珍しく小さなため息を吐いた。

「なんだ? 珍しいな」

「――ボスはよく、あの女を部下に使っていますね」

 それを聞いた俺は思わず声を上げて笑ってしまった。

 ハンがそんな風に思っていたとは。

「お前でも苦手なものがあるのか。意外だな」

「苦手というわけではありません。気に食わないだけです」

 ハンはそう吐き捨てた。

 あまり笑いすぎるとハンが本気で怒りだしそうなので、俺はこみ上げる笑いをぐっとこらえる。

「フェラニカの将としての能力は高い。あまり口先や態度にとらわれるな」

 だが、ハンはそれでもまだ納得いかないような顔だった。

「ボスの部下ですから、オレがどうこういう筋合いはありません」

 いかにも彼らしい返事だ。

「まあ、適当に聞き流してやってくれ」

 俺の言葉にハンは、黙って頭を下げた。




 夜の闇が落ちたルベリの町。

 遠目には美しかった町並みも、近づいて見れば暴徒によって荒らされ、見る影もない。

 役所の前にはバリケードが築かれ、かがり火の明かりだけが煌々と燃えていた。

 二百人近い兵が座り込んでいたが、夜半も過ぎると寝転がる者の姿もちらほら見受けられた。

 そこに町の南側が明るく光りはじめる。

 まだ夜明けも来ていないのに光りはじめた空の異変に、数人の暴徒たちが気づいた。

 次第にそのざわめきが広がる。

「ありゃあ、俺たちの――!」

 暴徒の一人がそう声を上げた時。

 馬蹄の音が――それも複数の音が、近づいてくるのに気づいた。

 暗闇に赤い旗が翻る。

「なん、だ……!?」

 白銀の鎧の一団は、暴徒が築いたバリケードを破壊し、彼らに迫った。

「聖教騎士団だあ――!!」

 瞬間、ざわめきが悲鳴に変わった。

 フェラニカ率いる騎馬隊は混乱に乗じて、一気に暴徒を蹴散らす。

 それでもここまで集まった暴徒たちは、混乱に陥りながらも必死に抵抗した。

 役所の前で、激しい戦闘が始まった。


「よく燃えるな」

 俺は赤く染まる空を見ながら、誰にともなく言った。

 あの赤い空の下では、暴徒が拠点に使っていた貴族の別荘が火に包まれている。

 ハンが少数部隊を引き連れて、拠点に保管してある物資に火を放ったのだ。

 目の前で混戦する暴徒たちもそれに気づき、混乱が深まっている。

 俺はにやりと笑みを浮かべた。

 暴徒も奮戦しているが、所詮相手ではない。

 まもなく決着もつくだろうと思っていた矢先、俺は別方向から近づく気配に気づいた。


(何だ――!?)


 馬。

 十数人ほどの集団がこちらに向かって駆けてくる。

「隊長! 結社の奴らです……!!」

 俺の横にいた部下の一人が声をあげる。

 本体部隊が暴徒に気を取られている間に、周りこんできたか。

 俺の元に残っている兵士も十数人。

 俺は迫りくる集団に向かい、スラリと剣を抜き放った。

「結社にも多少は頭のまわる奴がいたか」

 それを合図に、他の騎馬兵たちも次々に剣を抜く。

 こちらの動きに気がついた相手は、手前で馬を止めた。

 先頭にいた男が馬首を操り、そして他の者とは違う鎧を身に付けた俺に目を留める。

「指揮官は奴だ! 奴を仕留めろ!」

 そう怒鳴ると、正面から一気にこちらに突っ込んできた。


(面白い……!)


 俺は勢いに任せて突っ込んできた相手の剣をかわす。

 続いてきた別の男の剣を弾きあげ、迷わず首をはねた。

 他の部下たちも結社の男たちを相手に、剣を振るっている。

 俺は馬首を転じ、再びこちらに切りかかってきた男の剣を受けた。

 剣が激しくぶつかる金属音が響く。

 さらに切りかかってきた剣を弾き返すと、男は一瞬怯んだ。

 正義に怒りを燃やす男を冷やかに見つめ、そして俺は自ら男に切り込んだ。

 ずぶりと剣が男の喉に突き刺さる。

「か……は……っ!!」

 男は声にならない声を上げ、目を見開く。

 剣を引き抜くと血飛沫が飛び、男はどさりと馬から滑り落ちた。

 視線を転じると、周囲もあらかた片付き、地面には死体が散乱している。

 南の空はまだ赤く燃えていた。

 役所前では既に、フェラニカの部隊が暴徒の集団を制圧しつつあった。




 夜が明ける頃には、勝敗は完全に決していた。

 役所前にいた暴徒は、ほぼ壊滅。

 拠点にいた者たちも数人はハンの部隊が仕留めたらしいが、その大半は逃走した。

 主力をフェラニカの方に集中させるため、ハンには兵をあまり割けなかった。

 もう少し部隊が大きければ同時に叩くこともできたが、今回はあくまで役所前にいた暴徒の動揺を誘い、ついでに拠点である場所に戻れなくするぐらいしかできなかったのだ。

 火をつけた貴族の別荘は、物資と建物の一部を燃やした後、鎮火した。

「別荘も燃えてしまったが、いいのか?」

 フェラニカが眉をひそめて問う。

「"暴徒が燃やしたもの"まで、俺たちが責任を取る必要はない」

「やはり、そうなるか……」

 半ばあきれたようにフェラニカがため息をつく。

「事実、奴らは店や教会に略奪に入っている。そこに放火が加わったところで、大差ないだろう」

「そういうものか?」

 ここでの戦いはひと段落ついたが、俺の懐には既に次の命令書が収められていた。

 暴徒の反乱はここだけではない。

 俺が望んだとおり、とうとう国内にその戦火は広まりつつあった。





挿絵(By みてみん)


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