第22話 慈悲なき戦い②
文末にフェラニカの挿絵があります。
白銀に光る鎧を身にまとい、神々しいばかりの光を放ちながら颯爽と進軍する騎馬兵団。
掲げるのは、ラトス教のシンボルである四羽の黄金鳥と冠が描かれた赤い旗。
熱心な年配のラトス教信者であれば、それがラトス教聖教騎士団の兵団だと気づいただろう。
セブラム地方に入ると、先遣隊の報告を受けるため、俺は小隊本隊を少し開けた高地に駐留させた。
それほど時を待たずして、先遣隊から報告を受けたフェラニカが俺の元にやってくる。
「どうも話が違うようだ」
フェラニカの報告はこうだった。
蜂起が伝えられた集落では見張りが立てられており、確かに出入り口も大げさなバリケードが築かれている。
農民は主に剣の類やら簡易的な弓などを所持し、武装しているという。
だが、よくよく様子を見てみれば、集落の中はどこかお祭り騒ぎにも似たような奇妙な盛り上がりを見せていた為、先遣隊の兵士たちも、それには首をかしげたというのだ。
「何か話が大げさになっているんじゃないのか? そもそもここ何年も戦いなどなかったというのに……」
眉をひそめたフェラニカに、俺は報告を続けるよう促した。
「それで? 状況は」
「あ……、ああ。見張りは北と南に各四。これは問題ない。バリケードも騎馬ならば十分突破できる程度の物だということだ。傭兵や退役軍人の類は見当たらない。実質的な兵数は我が部隊の半数ほどと思われる」
「なるほど。見張りやバリケードは結社の入れ知恵だろう。学のない農民たちがそこまで考えているとは思えないからな。だが、彼らは直接暴動には加わっていないのか……。」
農民たちは、結社のいいように踊らされているだけか。
「念のため、周囲を警戒しておいた方が良いでしょう。農民以外に、結社の部隊がいるとしたら厄介です」
ハンの言葉に俺はうなずいた。
「そうだな。集落は簡単に落とせる。部隊を割いても問題ないだろう」
すると、フェラニカがぽつりと言った。
「彼らがそれほど本気でないのなら、少しこちらの騎馬をちらつかせて脅すぐらいでいいのではないか?」
俺とハンは揃って彼女を見た。
フェラニカは同じ軍人相手ならばともかく、逆徒とはいえ、弱者である農民を一方的に切り捨てることはさすがに気が進まないのだろう。
だが、俺は首を横に振る。
「命令は『逆徒の殲滅』だ。彼らには気の毒だが、死んでもらう」
「正気か? セルベク。彼らはただの農民だぞ?」
「命令は命令だ。教会が今回の蜂起をどうとらえたのかは知らないが、そういう命令が下っている以上、俺たちはそれに従うだけだ」
フェラニカは眉をひそめ、ハンの方を見た。
しかし、ハンは俺以上に冷静だ。
「集落の教会にいた人間が、大袈裟に上に報告したのかもしれませんね。逆徒だ、暴徒だ、と」
「ありうる話だな。そうでなければ、お遊びのような農民の蜂起に、教会が軍を派遣する意味がわからない」
「ならば……!」
「フェラニカ。わかっているだろう? 命令は絶対だ。部隊を二つに分ける。一部隊は南出入り口で待機させ、周囲を警戒。何か不審な動きがあれば、すぐに動けるように。農民殲滅部隊は、フェラニカ。君に任せる」
俺が命令を下すと、フェラニカはようやく黙った。
彼女にも分かっているはずだ。
このラトス教の教会において"命令"というものが成す意味を。
「それがお前の命令か」
フェラニカが念を押すように聞く。
だが、何度聞かれても答えは同じだ。
「そうだ」
俺が短く答えると、彼女は表情を消した。
「――分かった」
それだけ言うと、フェラニカは白銀の鎧をきらめかせ、俺の前を辞した。
俺から受けた命令に逆らうほど、彼女も愚かではない。
これまでの付き合いで、多少なりとも彼女の気性は分かっているつもりだった。
そう言う意味でフェラニカを信用してはいたが……、彼女でさえ戸惑うのだ。
他にも疑問を呈する者がでないとも限らない。
そう判断した俺は、改めて部隊に命令の徹底を図ることにした。
一同に会した兵士たちを前に、俺は声を張り上げた。
「これより暴徒鎮圧にあたる。突撃部隊の指揮はフェラニカ。残りはハンに従って周囲の警戒にあたれ。何度も言うようだが、今回の命令は逆徒の殲滅である。手心を加えれば、我々が逆徒の汚名を受けるぞ」
兵士たちは黙って俺の言葉に聞き入っている。
俺にもためらいがないといえば嘘になる。
むしろ、フェラニカの言っていることは正しいとさえ思えた。
農民たちに恨みはない。
だが、俺が率いているのはラトス教の聖教騎士団であり、神の名のもとに下された命令を拒否することは許されない。
拒否した時点で逆徒の汚名を受けるというのは、脅しではないのだ。
(計画することと実行することが、こうも違う感情をわかせるとは……)
記憶の中の軍人であった俺にとって、こういう経験は珍しいことではなかった。
その時の俺は、冷淡に心を殺していたはずだ。
それに比べて今の俺はといえば、そもそも蜂起したのは農民なのだから、彼らが死ぬのは到し方ないと冷静に判断している一方で、頭の片隅にはそれだけでは割り切れないものを感じていた。
(だが、それを表に出しては配下の者も揺らぐ。俺はあくまで冷静な指揮官でなくてはならない)
俺は再びぐるりと一同を見渡した。
「命令に従えない者は今すぐこの部隊を去れ。だが、これは功績をあげる機会であることも付け加えておく」
ためらいが顔に浮かぶ者。
功績をあげる機会と聞き、目を輝かせる者。
「部隊を去りたい者は? いないのか?」
その場がしんと静まり返った。
もともと召集に応じた者のほとんどが、俺の元でなら上に這いあがれると計算した者たちだ。
手を挙げる者がいないのを確認し、俺は視線を集落の方に向けた。
食事の炊き出しでもしているのか、集落からは細い煙が立ち上っている。
俺は再び小隊に目を戻すと、腹に力を込め、声を張り上げた。
「これより殲滅戦を開始する! ためらうな。そして、侮るな。これは我が小隊の初陣である! 全力を持って、かかれ!」
小隊一同から、「おおお!」という雄叫びがあがる。
俺は掲げた手を振り下ろし、出撃の指示を下した。
地面に響く馬蹄。
教会の赤い旗が翻り、白銀の鎧がきらめいた。
そして、ようやく事態を把握した集落の農民たちの怒号と悲鳴が、馬蹄の音に混じる。
フェラニカ率いる突撃隊は易々とバリケードを突破し、集落に攻め込んだ。
戦い慣れない、ただ武器を持っただけの農民たちは成す術もなく、槍の餌食となっていく。
逃げ遅れ、つまずき、地面に伏した者が馬の蹄に踏まれ、息絶える。
それでも必死に反撃しようとした者ですら、訓練を受けた騎馬兵の相手ではなく、易々と切り伏せられ、踏みつけられた。
炊き出し用の大きな鍋が地面にぶちまけられ、家畜がけたたましい鳴き声を上げながら逃げ散っていく。
私は関係ないと叫び続ける女は背中からばっさりと切り殺され、逆らうつもりなどないのだと必死に訴える老人でさえも、一突きにされた。
一切の慈悲も、容赦もなく。
のどかだった集落の地面は、半刻ほどで住民たちの血で赤く染まった。
その中を、俺はゆったりと馬を勧めた。
遠くでまだ、討ち漏らした者を追う兵の声が聞こえる。
(教会は……)
襲撃を受けたという教会は、集落の奥まった所にひっそりと建っていた。
俺は数名の兵士を伴って、教会へと足を踏み入れた。
だが、教会関係者は暴動が始まってすぐに逃げてしまったのだろう。
しばらく放置されたような感がある。
小さな教会だったが、内装はこの農村には不釣り合いなほど美しい装飾が施されていた。
それはこの教会がどれだけ集落から搾取してきたのかを証明するものでもある。
俺はそれを冷めた目で見つめた。
「隊長、フェラニカ様が」
背後からかけられた声に、俺はうなずき、身を翻す。
教会の外では、鎧を赤く染めたフェラニカが待っていた。
彼女は俺の姿を見ると片膝をつき、鋭い目で俺を見つめながら口を開いた。
「殲滅完了。敵攻撃による軽傷者、五名。他、異常なし」
戦闘前と違い、部下としての態度に徹しているところに、彼女の怒り具合が見て取れる。
そんな彼女を見下ろしながら、俺は静かに言った。
「御苦労だった。負傷者は手当てをして休ませていい。突撃に加わった者にも少し休憩をとらせるように。南に待機させている部隊の半数は、ハンの指揮下で引き続き警戒。それ以外の者は残りをこっちに回すように言ってくれ。死者を埋葬する」
するとフェラニカの顔が歪む。
「――一方的に殺しておいて、我々が埋葬するのか」
「放置するよりは、マシだろう? フェラニカ。割り切れないのなら、外れてもいいんだぞ?」
これは俺が選んだ道だ。
逆徒、暴徒。
言葉にしてしまえばまるで駒の様だが、実際にはそれぞれ人格ある人間の集まりなのだ。
それに対して感情がわかないといえば、嘘になる。
だが、感情に流されていては、何もできない。
しばらく黙っていたフェラニカは、静かに口を開いた。
「……遺体を集める。墓の場所はどこでもいいか?」
「この教会の裏に墓地がある。そこがいいだろう」
「分かった」
部下に命令を下すため、フェラニカは無表情のまま、俺の元を立ち去った。
俺はそんな彼女の後姿を苦い思いで見送った。
過去の俺ならこれほど二分した感情は抱かなかったはずだ。
俺は、忘れかけていたセルベクという少年本来の人格が、自分の中に根付いているのを自覚せざるを得なかった。
だが一方で、ハンはといえば、今回の命令にも、この惨状を見ても、動じる様子はまるでない。
彼にとって弱者が虐げられるのは、子供の頃から見てきた身近な世界なのだろう。
いつか俺が感情に任せ、間違った判断を下しそうになったとしても、ハンなら冷静に俺を止めてくれるだろう。
一時の感情に流されず、俺は目指すべき道を行く。
それが例え、幾多の死体の上に築かれる道であったとしても。




