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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【青年編】
22/52

第20話 落ちぶれた騎士団②

 王都の華やかさとは無縁の僻地。

 周囲には田舎の風景が広がる。

 聖教騎士団の敷地はそんな場所にあった。

 かつては多くの兵士たちがいたのであろう、土地だけは十分に広いが、建物は廃墟同然で、それを手入れしたり修繕しようと努力した様子もない。

 近くには町が隣接しているが、そこに住む者たちが騎士団の敷地に足を運ぶことはなかった。

 廃墟のような礼拝堂に、わざわざ好き好んで来ようと思う者もいないのだろう。

 そもそも敷地内にいるのは聖職者というよりは、スラムのごろつきのような質の悪そうな連中がいるばかりだ。

 むしろ何をされるか分からないという思いがあるのかもしれなかった。

 若き日には英雄だった団長ルダンも、今や世をねた中年男となり果て、落ちぶれた騎士団をどうにかしてやろうという気はさらさらないようだった。


 俺は騎士団に落ち着くとすぐ、行動を始めた。

 俺に与えられた小隊の部下は、どう見ても聖職者には見えない助祭たちが三十人。

 だが、それだけの人数では、これから起こる動乱を立ちまわることなど到底できない。

 そこで俺が活用したのが、ラトス教の師弟制度だった。

 たとえば俺のような聖職者が、自分の子弟として一般の人間を聖職者にすることができる制度だ。

 言ってしまえば、部下をいくらでも増やせる制度なのだが、これにはひとつ落とし穴がある。

 子弟の生活費は全て、こちらが負担しなければならないのだ。

 それだけではなく、その子弟ひとりひとりにも一定の寄付金集めのノルマが課せられる。

 簡単に位階の低い聖職者を自分の子弟として増やせる反面、教会に人数分の莫大な寄付金を納め、なおかつ子弟らの生活費も全て賄わなければならないという仕組みだ。

 教会は何の労力を使うことなく、多くの資金が集められるという、これもまた資金集めに特化した制度のひとつといえる。

 教会内の有力者たちは、囲いこみのためにこの制度を利用する。

 側近を子弟にし、その下にまた子弟をつけさせるのだ。

 それにより大きな派閥を形成することは可能だが、よほど潤沢な資金がなければ、それだけ多くの子弟を維持していくのは難しい。


 俺はその制度を利用して、ハン、ジャイル、フェラニカをまず俺の子弟として迎え入れた。

 さらに俺の召集に応じた、下士官学校、士官学校のかつての同期後輩。

 さすがに全員とはいかなかったが、それでも全体の七割ほど、約百名の人数が俺の求めに応じ、俺の下で聖職者となった。

 それは、小隊というには規模が大きすぎるぐらいの人数だ。

 これまでの小隊の建物はまともに使える状態ではないので、ひとまず仮設されたテントが、敷地内にずらりと並ぶ。

「廃墟で生活するぐらいなら、まだテントの方がマシだな」

 フェラニカが皮肉たっぷりに言った。

 俺は思わず苦笑する。

 三人が俺の元に集ったのと同時期に、俺は建物に手を入れるよう指示した。

 専門の大工を大量に雇い、自分たちが使う小隊の建物と、必要な武器庫と厩舎を突貫工事で建て替えさせる。

 そのため、聖教騎士団の敷地内は異様な活気に満ちあふれ、普段は閑散としている街道には、資材や物資を運ぶ馬車が忙しく往来するという、珍しい光景が広がることとなった。

 近くに住む住人たちの中には、何事かあったのかと興味深げに覗きに来る者までいた。

 そして、そんな賑やかになった敷地の光景がさすがに気になったのか、俺を蛇蝎だかつのごとく嫌っている団長ルダンでさえも、その様子を見にやって来た。

「何を始めるつもりだ?」

 口をゆがめ、ルダンは憎々しげな表情を浮かべて俺を見る。

「騎士団ですから。それなりの形にしようと思いまして」

 俺は穏やかな調子で応えた。

 目の前を、材木を担いだ屈強な大工たちが横切って行く。

「寄せ集めの子弟か。それで偉くなったつもりか? まさに金に飽かせた貴族の道楽だな。――女までいやがる。あれは貴様の女か?」

 そう言ってルダンがあごをしゃくった先には、男たちに混じって話をしているフェラニカの姿があった。

「彼女は士官学校の同期ですよ」

「あの女が、か?」

「ご存じないですか? ゾルニク元帥の御息女です。彼女は特例で下士官学校に入って、士官学校を優秀な成績で卒業したのですよ」

 するとルダンは鼻で笑った。

「女が士官学校か。どこまでも御貴族様のお遊びだな? へどがでる。元帥の名前を出せば、オレがビビるとでも思ったか?」

「まさか。彼女は純粋に優秀な指揮官ですよ。腕もいい。下手に手出しすれば痛い目を見ますよ」

 居並ぶテントの方に目をやっていたルダンが、また俺を睨んだ。

「脅しているつもりか?」

「事実を述べたまでです」

 すましてそう応えると、ルダンはまた視線を外した。

「生憎だが、猛獣の娘に手出しするほどオレは女に不自由してない。貴族の娘なんぞクソくらえだ」

 吐き捨てるように言ったルダンの言葉に、俺は肩をすくめる。

「そうでしょうね」

 フェラニカは実際に腕がたつが、できれば面倒事は避けておきたい。

 彼女がゾルニク元帥の娘だと分かれば、ルダンやその周囲の者たちも下手に手だししないだろう。

「これだけの頭数揃えて、どこで戦争ごっこをやるつもりだ?」

「今は何もなくとも、常日頃から有事の際に動けるようにしておくのが、騎士団の役割だと認識していますから」

詭弁きべんだな。今の国内でそんなことが起こるはずがない。工事もとっとと終わらせろ。目障りだ」

 それだけ言うと、ルダンは背を向けた。

 俺はその後ろ姿に頭を下げる。

「お騒がせして申し訳ありません。なるべく早く終わらせるようにします」

 ルダンは鼻をふんっと鳴らし、鷹揚に立ち去った。

 部下を罵倒する大工の棟梁の声が聞こえてくる。

 人数を多く雇ってはいるが、予定はかなり無理を言っているので、現場はかなりピリピリしているのだ。

 振り返ると、そばにハンが立っていた。

「ボス。武器と鎧の一部搬入が終わりました。残りも数日中に届くことになっています。馬は厩舎ができてから、まとめてこちらに寄こす手筈です」

「分かった。部隊の方はどうだ?」

「ひとまずは落ち着いたようです。ほとんどが顔見知りのようですから。ただ、部隊の区分けは既に伝達してありますが、あらためてボスから指示を出していただいた方がいいかと」

「区切りは必要だな。小隊の建物ができてからと考えてはいたが……。早い方がいいか。――後で場を設けてくれ」

「分かりました」

 報告を終えた後も、ハンはまだ何か言いたそうに立っている。

「何だ? まだ何かあるのか?」

「――いえ。英雄ルダンも、今やただの皮肉屋だなと」

 そう言って、ハンは彼を嘲るように口元を歪めた。

 ルダンと俺の、先程のやりとりを聞いていたらしい。

「ああ。だが、何かと手だしされるよりは、口だけ動かしておいてもらう方がいい。これだけ派手にやっていれば、嫌でも目立つからな。俺もなるべく牽制しておくつもりだが、こちらの体裁が整ってくればやっかむ者も増えるだろう。他の小隊ともめ事を起こさないように、気を配っておいてくれ」

「はい。気をつけておきます」

 戦の兆しはないところにこれだけの体制を整えても、周囲は馬鹿にするだけだろうが、それでもやっかみはするだろう。

 何しろ綺麗になっていくのは俺の小隊が入る建物だけで、あとは廃墟同然のままなのだから。


 ハンの呼びかけで集まった小隊全員の前で、俺は改めて今後について話すことにした。

 前に立つ俺の横にはハンが控え、さらにフェラニカ、ジャイルが並ぶ。

 ぐるりと集まった者たちを見渡すと、どれも懐かしい顔ぶればかりだ。

「皆、こうやって集まるのは久しぶりだな」

 俺がそう口火を切ると、何人かがニヤリと笑って返した。

「まずは、集まってくれたことに礼を言う。――落ちぶれた聖教騎士団へようこそ」

 冗談めかしてそう言うと、今度はあちこちから軽い笑い声があがった。

「小隊内の組分けについては既にハンから指示があったと思うが、俺からも一言言っておこうと思う」

 俺は真剣な顔で、あらためて集まった者たちを見返した。

 場の空気がすっと引き締まる。

 それぞれの表情を確認し、俺は口火を切った。

「まずここにいるハン、フェラニカ、ジャイルの三人。彼らを俺直下の組長とする。――異論のある者もいるかもしれないが、それはまず、彼らの働きを見てから言ってもらうことにしよう。みすみす戦いを挑もうなどと思うなよ? 返り討ちにあうぞ」

 そう言うと、数人が苦い顔をする。

 かつてフェラニカをどうにかしようとした者か、あるいは無謀にもハンに立てつこうとした者が既にいるのかもしれない。

「部隊は十の分隊に分け、その一つを俺直下の分隊とする。残りは組長の下、各三つの分隊を配置。さらに、ここでの生活が長い助祭たちは、各部隊に三人ずつ振り分ける。聖教騎士団はあくまでも、教会に所属する団体だ。下士官学校や士官学校出のお前たちには少々面倒だろうが、教会のしきたりには従ってもらう。わからないことは彼らに聞くと良い」

 今回集まった同期後輩たちも最下層の助祭扱いになるので、立場上は古参の助祭たちと同列だ。

 だが、宗教的な知識やしきたりとなると、やはり彼ら古参の者たちの方が詳しく、そう言われれば、例え同列の位階でも、古参の助祭たちの面目は立つ。

 ただ、これまでの生活を考えると、その知識もどれほどのもなのかは定かでないが。

 さらに同じ分隊の中でも、士官学校出身の同期を分隊長に充て、下士官学校出身者を分隊員としてその下につけた。

「形としては組長以下、均等に分隊を分けたが、前線部隊の指揮は全てフェラニカにとってもらう。基本的には、すべてフェラニカの指揮下に入ると思ってくれ。ハンには俺の補佐、ジャイルには後方支援を頼むことになる」

 それ以外にも、ハンにはハンがスラムから連れてきた部下がおり、ジャイルにも似たような補佐役がついている。

 そこまで言うと、フェラニカが横から口を出した。

「小隊とは名ばかりで、もはや既に中隊規模ではないか」

 もっともな意見ではある。

 だが、俺の立場上、中隊を名乗ることはできないのだった。

 フェラニカが実際指揮をするのは九十名程度と考えると、部隊としてはそれなりの規模だ。

 それだけの規模を統括するには、それなりの知識と技量が必要となる。

「まあ、そうなるな。だが、フェラニカならそれぐらい指揮できるだろう?」

 俺が半ばからかいを込めて言うと、フェラニカは目を細めた。

「――当然だ」

 中等部の頃も、彼女は同じように答えたことがある。

 だが、フェラニカはもう昔の彼女ではない。

 その瞳には初めて人を殺した時のような戸惑いの色はなく、彼女には下士官学校と士官学校で培ってきた、確かな自信がみなぎっていた。

「もうしばらくテント暮らしをしてもらうことになるが、それも長くはない。装備一式も揃い次第支給する。――だが、これで終わりではない。安穏と騎士団生活が送れるとは思わないでくれ。部隊としてまともに戦えるようになるまで、これから締めていくぞ。部隊規模も徐々に大きくする。今は一番下だと思っている者ものんびり構えるな。実力のある者はすぐに分隊長、組長に取り立てる。部下が欲しければ、鍛錬することだ」

 俺の言葉に、聞いている者たちの目が光った。

 国王軍でもそれほど早くは出世できない。

 そもそも、賄賂とコネが蔓延するこの世の中で、実力が重視されることは珍しい。

 これを絶好の機会と見たのか、集まった者たちは、奇妙な熱気に包まれていた。


 莫大にある資金が湯水のように消えていくが、ジャイルは苦い顔をしながらも、文句は言わなかった。

 金はすぐに生まれる。

 しかし、装備や環境にまわす金を惜しんで、優秀な人材が減ることは避けたかった。

 これから俺の組織で、大事な中核を担う者たちだ。

 一ヶ月もたつと全てが整い、見た目は王軍と遜色ないほどまでになった。

 元々軍人となるべく下士官学校、士官学校で学んできた者たちばかり。

 左遷されて来たそこらの団員とは比べものにならない。

 午前は聖典、教会のしきたりを学び、午後は軍の訓練に勤しむ。

 それはこの荒廃した騎士団の中では、かなり異質な光景だった。

 団長のルダンはあれから何か言ってくることもなかったが、内心は苦々しい思いで見ていることだろう。

 尻尾を巻いて逃げると思っていた者が、中隊規模の精鋭を揃えて、我が物顔で敷地内を闊歩かっぽしているのだから。

 機会さえあれば、俺を痛めつけてやろうと手ぐすね引いているのに違いない。

 だが、それ以上に俺が気になるのは、各地の民衆の動きだった。

 俺の計画は全て、その反乱が起きることを前提に組まれている。

 既にあちこちでそういった動きがあるという報告はあがっているが、事は実際に起こらなければ意味がない。

 舞台は既に整っている。

 あとは俺の望む役者が、舞台にあがってくれるのを待つだけだった。


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