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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【青年編】
20/52

第18話 再会

 聖教騎士団への異動が決まったことで、大きな道筋がついた。

 そこで俺は秘かに、ハンとフェラニカ、ジャイルの三人を呼び出した。

「ボスから直接呼び出されるのは、随分と久しぶりな気がしますね」

 そう落ち着き払って言ったハンはといえば、今やスラムの顔役にまでのし上がっていた。

 かつての、あのいかにもスラムの少年といった姿からは想像できないほど高価な服に身を包み、一見するとやり手の商人といった風にも見える。

 だが、不慮の事故で死んだ前顔役のルバールには随分と鍛えられ、また修羅場もくぐったせいなのだろう。

 ハンの目付きは少年の頃よりさらに鋭く油断のないものになっており、商人などにはない、ただならぬ雰囲気を漂わせるようになっていた。

 あのルバールが事故死したという話も甚だ怪しいものだが、ハンはその後を見事に取り仕切っていた。

 ジャイルはそのハンから会計的なものを全て受け継ぎ、今ではかなりの裏資金を運用するまでになっている。

「お前には軍服より、その服装の方が似合っているな」

 俺の聖職者然とした姿を見て、冷やかに言い放ったのはフェラニカだ。

 下士官学校、士官学校ではともに過ごしたが、卒業後、さすがに軍に入れてもらうことまでは叶わず、屋敷で花嫁修業をさせられていると聞いた。

 だが、果たして彼女がそれに大人しく従っていたのかどうか。

「心外だな。俺は軍服の方が好きだよ。まあ、どちらを着たところで、これからやることに大差はない」

 そう言って俺はフェラニカにハンを紹介した。

 ジャイルとハンは既に何度も顔を合わせているが、フェラニカとハンは初対面だった。

 どちらも無愛想なので、二人はごく簡素に言葉を交わしただけだった。

 二人の顔合わせがすんだところで、少々ため息交じりにジャイルが口を開く。

「また何かやらかすつもりですか?」

 彼は既に鉱山からの配分で、かなりの額を手に入れており、自分の店が開けるほど十分な大金を得ている。

 だが、かなり裏のことにも詳しくなってしまっているので、もはやそう簡単には抜け出せない状態になっているのが現状だった。

「辞令を受けて、俺は来月から聖教騎士団に異動になる」

「貧乏くじを引いた……と、普通なら思うところですが、ボスのことだ。何かお考えがあってのことですね?」

 ハンが期待を込めた目で俺を見たので、俺はにやりと笑った。

 するとその隣でフェラニカが腰に手をあて、半ば馬鹿にしたように言う。

「そういえば、教会にはそんなものがあったな」

 彼女がそんな風に揶揄やゆするのも無理のない話で、その活躍の場を長らく失った聖教騎士団は、王都においてその存在すら忘れ去られつつあった。

 教会内部の人間が、そんな左遷先があるという話を知っているぐらいのものだ。

「そこで、三人には聖職者になり、俺の旗下で腕をふるってもらいたい」

「――その聖教騎士団とやらで、助祭程度がなにをするというのだ?」

 相変わらずの口調でフェラニカが俺を見下したように言う。

 下士官学校と士官学校を共に過ごしたことで、彼女の俺を見る目は中等部の頃とは異なるものになってはいるが、その口調と態度は相変わらずだった。

 彼女が本当に屋敷で花嫁修業に勤しんでいたのか、かなり怪しいものだと俺は思った。

 士官学校の頃と何ら違いが感じられないからだ。

「助祭じゃない。今は司祭だよ」

 するとジャイルがおやっと驚いた顔をする。

「随分と速い出世ですね」

 そしてすぐに、賄賂かと思いついたらしい。

「――そうか。ハンが以前に言っていた件ですね」

 そう言うと、渋い顔になった。

 それなりの額を使ったので、ジャイルにも心当たりがあったのだろう。

 資金を運用するのはジャイルであるとはいえ、実際に手を回すのはハンなので、その金の使い道はほとんどを、彼は知らされていなかった。

 だが、これからはジャイルにもかなり深部まで関わってもらうつもりだ。

「ここからが本番だ。俺は一気に大司教まで昇り詰める。そのために力を貸して欲しい」

 三人は神妙にその言葉を聞いていた。

 かつて生徒会長だったマラエヴァも、まもなく大学院を卒業する。

 士官学校の方が大学院よりも在学年数が短いため、俺の方が早くスタートを切ってはいるが、あのマラエヴァのことだ。

 貴族院に入ればすぐにその頭角を現すだろう。

 俺の下に組み敷けないと分かった時点で、マラエヴァは俺のライバルになった。

 他にも有力な人間はいるが、俺の中でマラエヴァは、その中でも最も注意が必要な人物だった。

 カウントダウンは既に始まっているのだ。

 今のうちに持ちうる限りの権力と地位を手に入れておかなければ、並大抵の出世ではそのうち足元をすくわれる。

「しかし、大司教とは大きく出たな。何か策があるのか?」

 フェラニカが不審そうに問う。

 大司教といえば、教会を取り仕切る司教よりも上になる。

 それはつまり、宗教界の中枢に入ることを意味していた。

「どうやって大司教まであがるのか、その手段をうかがいましょう」

 ハンはその瞳に楽しげな色をたたえて、俺を見た。

 三者三様の視線が、俺に集まる。

 まるで予言を告げるかのように、俺は厳かに口を開いた。


「これからこの国で反乱と暴動が起こる」


「まさか……」

「何を根拠にそんなことが言える!?」

 ジャイルとフェラニカは驚きの声をあげたが、ハンだけは黙って険しい表情を浮かべただけだった。

「これまでの腐敗した政治のツケだ。そしてその対応に力を取られ、政府は弱体化。それを突いて異教徒が攻めてくる」

 信じられないといった表情の二人は、それでもオレの言葉に惹きつけられたように、今度は黙って次に続く言葉を待っていた。

「――これから先、軍事力を持つ者が政治でも力を握る。文官による統制の崩壊だ」

 そして、この国は大きく動く。

 それが俺の知る、この国の未来だった。

にわかには信じられないが……」

「――だが、可能性がないわけじゃない」

 ハンだけは驚きながらも、俺の言葉を信じるようだった。

 裏社会に通じているハンは、何かその胎動のようなものを感じ取っていたのかもしれない。

「その波を自分たちの波に変えるか、都で怯えて暮らすか――。それはお前たちに任せるよ。押しつけるつもりはない」

 ハンは間違いなく俺に従うだろう。

 そもそも、そういことが好きな男だ。

 一方で、ジャイルにはほぼ選択肢がないと言ってもいい。

 今さらこの関係から抜け出すことなどできないのだから。

 仮に平穏な暮らしを望んでも、俺とハンがその道に流れれば、資金を管理するジャイルがそれに巻き込まれるのは時間の問題だ。

 フェラニカは――、そもそもこの話を信じるのかどうか。

 それに尽きる。

「それは神のお告げか?」

 フェラニカは静かに俺に尋ねた。

 予想外の言葉に俺は肩をすくめる。

 そして、あることに思い当り、にやりと笑った。


「まさか。これは俺自身の言葉だよ」


 そう言いながら、俺は開祖のあの言葉を思い出していた。

『私の言葉が神の言葉なのだ』

 それに近いことを自分が言っていることに気づき、奇妙な感覚を覚える。

 だが、俺が言っているのはあくまでも神の言葉ではなく、来るべくして訪れる未来の話だ。

「俺はこの動乱を利用して、伸し上る。最終的には国の実権を握り、この腐敗した国を作り直したい。初代五王が目指した王道楽土の再構築――。そう言っても過言ではないと思う」

 過去の記憶にある俺は、不当な扱いを受けてきた。

 そのすべてがとは言わないが、その大きな要因が国の仕組みの腐敗だった。

 自分の能力が、自分の才能が、自分の人格が正当に評価される世界だったらと何度思ったことか。

 俺の中には、国の実権を握る野心、世界を作り直したい欲望――、そんなものが渦巻いていた。

 普通に考えれば、真っ正直に国の軍隊に入ればいいところだが、軍隊ではそう短期間に上には上がれない。

 だが、今や名ばかりとなっている聖教騎士団となれば別だ。

 聖教騎士団には大した人材もいないうえ、既に戦う気力すらなくしていると聞く。

 俺はそれを利用するつもりだった。

「ボスが見る夢なら、どこまでもついていきます」

 ハンは迷うことなくそう言った。

 それを見て、ジャイルが肩をすくめる。

「オレだけ選択肢がない気がするが……。ここまで首をつっこんでしまったら、仕方ない。道連れにされましょう」

 フェラニカは俺をじっとにらんでいる。

「どうする? フェラニカ」

 俺が水を向けると、フェラニカはふっと笑った。

「お前は昔から得体の知れないところがあるからな。――まあ、どうせ今のままでいたところで、そこらのくだらない貴族だか軍人だかと結婚させられるのは目に見えている。だが、お前についていけば、退屈させられることもあるまい。お前には借りもあることだしな」

 それを聞いて、俺も少し笑った。

 彼女らしい答えだ。

「――決まりだな」

 俺はあらためて三人の顔を見た。

「まず、ハン。お前は今の役職を部下に任せ、宗教界に入り、俺の右腕になれ」

「わかりました」

 鋭い目を光らせるハン。

「次にフェラニカ。悪いが出家してもらう。そして、これから配属先で管理下に置く小隊の指揮を任せたい」

「良いだろう。なかなか面白そうだ」

 不敵に微笑むフェラニカ。

「ジャイル。お前も業務を部下に任せて、今度は小隊の会計、資金の運用を頼む。すぐに中隊、大隊と規模を大きくする予定だから、使える部下も一緒に引き連れてきてくれ」

「財務を預かるということは、私は修道士といったところですか?」

「そうだな。修道士になれば、規則や生活は宗教界に準じたものに縛られるが、あとはわりと自由がきく立場だ」

「わかりました」

 返事をするも、ジャイルの意識は半ば別のところにあるようだった。

 既に自分の後任を誰にするのか、ひきつれていく部下を誰にするかと頭の中で算段しているのだろう。


 三人を帰すと、俺は次に、召集の手紙を書き始めた。

 宛先はこれまで下士官学校、士官学校で出会い、時に意気投合し、時に籠絡してきた者たち。

 この中のどれだけの者が話に乗ってくるかは分からないが、俺自身は、かなり高い割合で付き従うだろうと踏んでいる。

 これまでの信頼というものもあるだろうが、軍の腐敗ぶりに愛想を尽かしている者、用意する支度金の多さに目がくらむ者もいるだろう。

 歯車は急速に回り始めている。

 もはや後に引くことはできない。

 そう思えば思うほど、武者震いする俺がそこにはいた。


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