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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【青年編】
19/52

第17話 異動

 俺は教会で助祭になるにあたり、賄賂とは別に、アルザス家の名義でかなりの大金を寄付しておいた。

 表向きは匿名という形になっているので、家族はそんなことを露ほども知らない。

 そのおかげで俺は、同じ助祭の間でもかなり優遇され、下積みのような作業を与えられることはなかった。

 主な日課といえば、教会で信者たちを前に、聖典を諳んずること。

 諳んじた後に、さらに教会の解釈を加え、分かりやすく説明する。

 この聖典の章は、こういった意味を皆さんに伝えたくて書かれているのですよと。

 だが、その解釈も現在の教会に都合の良い内容ばかりだ。

 作られた当初も「聖職者に都合の良い内容だ」と笑ったものだが、時代が下るにつれ、それはさらに追加され、より教会に、さらに教会のトップである教皇に都合の良い内容へと進化していた。

 この内容を見れば、きっと開祖も「これぞ」と笑みを浮かべて頷いたのに違いない。

 聖典の内容はそれほど都合よく、理論的に組みあがっていた。

 俺には過去のラトス教の知識があったので、信者に説くにも困らない。

 より深く、分かりやすく説明されるものだと、かなりの信者から好評価を得るようになるまで、それほど時間はかからなかった。



「洗礼の時から、扱いが違いましたからね」

 俺が司祭になることが決まった日、顔見知りの助祭の一人が、含みを持たせるような表情で俺に話しかけてきた。

 教会にも清廉な人物がいないでもないが、それも極めてまれで、ほとんどがこういった俗物ばかりだ。

 上に行けばいくほどそれを上手に隠しているが、まだ助祭程度であれば、そういう雰囲気をむき出しにしてくる者も少なくない。

「貴族院にいる兄がどうしてもと教会に願い出たのですよ。弟の為に、立派な洗礼式を願いたいと。私はそんなことは気にしていなかったのですが」

 俺は穏やかに笑ってみせる。

 すると、その助祭は鼻で笑った。

「では寄付はお兄さんが? ――そういえば、貴方のお兄さんは貴族院にいるのでしたね。さすがは子爵の家柄。助祭から入った貴方が、大した功績もなくすぐに司祭になれるのですから、寄付の効果というものは偉大ですね」

 表向きは伏せられていても、アルザス家の名義で多額の寄付が入っていることは、教会内ではそれなりに知られた話になっている。

「寄付は私が司祭になるためのものではありませんよ。あくまでそれは家の――、兄の功績です。寄付は賄賂ではありません。私が司祭になったのは、神がその努力を認めてくださったからだと、私は信じています」

「司祭に任じたのは、神ではなく、教会の人間だと思いますが」

 そう言って助祭はあきれたように俺を見る。

 俺がわざと言っているのか、本心で言っているのか、測りかねているようだった。

「それも神のお導きです。そう思われませんか?」

 その言葉を信じたのか信じなかったのか――。

 助祭は何を言っても無駄だと思ったらしく、ため息をついた。

「まあ、頑張ってください。もうじき私などがお声をかけることもできないような方になるんでしょうからね」

「そのようなことをおっしゃらずに。位階などは関係ありませんから、いつでもお声をおかけ下さい」

 そう言って俺が微笑むと、相手は一瞬たじろいだが、そのまま儀礼通りの挨拶をして立ち去った。

 俺としても、そんなことは欠片ほども思っていないのだから、当然と言えば当然の反応だろう。

 助祭としてこの教会に入った俺だったが、表向きは"信者に対する熱意ある伝道の功績"という曖昧な理由によって、わずか半年で司祭の位階を与えられることになった。

 それはこの教会において、破格の扱いだ。

 真相はただ、その助祭が言うように、多額の寄付金と賄賂の効果が出たのにすぎないのだが。

 しかしそれは同時に、それほど教会内部も、賄賂が当然のように浸透していることの表れでもあった。



 司祭ともなれば、教会内ではそれなりの地位にあたる。

 助祭は下積みのような扱いだが、司祭になれば別の教会へと移ることも可能になり、ある意味"身動きのとりやすい地位になった"と言えるのだった。

 俺は昇進してすぐに、上司にあたるグランザス司教のもとを訪れた。

 教会は信者から寄付という名目で金を巻き上げるため、金回りが良い。

 だから、ミサや洗礼式だけでなく、畏敬させるためには、冷静に考えれば馬鹿らしいと思うようなところにまでお金をかける。

 教会でそれなりの地位にある司教の部屋ともなると、ドアからして妙に豪華で勿体ぶったような造りでできていた。

 俺がその妙に重厚感のある扉をノックすると、「入りなさい」というグランザス司教の優しげな声が中から聞こえた。

 部屋に入ると、白髪に柔和な顔をしたグランザス司教がうなずき、ソファを勧めた。

 彼は一見すると、慈悲心にあふれた聖職者といった表現がふさわしい風貌だ。

「話があるそうですね」

 細められた目は、鋭く光っている。

「はい、グランザス司教。このたびのお心遣い感謝いたしております。私はこれを機に、もっとこの教会の為に尽くしたいと思っております」

「それは良い心がけです。神はいつも貴方を見ておられる」

 司教のありきたりな言葉に神妙にうなずくと、俺は話を切り出すことにした。

「――実は、配置換えをお願いしたいのです」

「配置換え、ですか。確かに司祭となれば、その自由は叶いますが――。本山ですか?」

 教会内で真っ当な出世を望むのならば、本山に行くのが最も近道なのは誰もが知っていることだ。

「それは難しいですよ。本山へ移りたいと言う者は多いですからね」

 だがもっと金を積めばできないこともない――と、グランザス司教は暗に言っているのだった。

 俺は微笑みをたたえたまま、首を横に振った。

「いえ、本山ではありません」

「ほう……? それではどこに」

 興味深そうに、グランザス司教が俺を見つめる。

 せっかくの金づるがどこに逃げる気だと思っているのかもしれない。


「聖教騎士団です」


 しばらく沈黙が流れた。

 そして、唐突にグランザス司教が声をあげて笑う。

「おもしろいことを言いますね? 聖教騎士団とはまた……。騎士団がどんなところか、知っているのですか?」

「かつては異教徒と戦い、今は教会を守護する者として存在するものです」

 名目上は俺の言っている通りなのだが、それは既に過去の話だった。

 異教徒が侵攻して来なくなって、およそ百年。

 聖教騎士団自体は一応存在するが、既に形骸化しており、今は教会にとって都合の悪い者が流される、謂わば左遷先のような場所になっていた。

「まあ名目上はそうですが、仮にもこの王都の教会に身を置いているのです。わざわざそのような場所に行かずとも」

 グランザス司教は、せっかく出世コースにのせてやろうとしているのに、何を血迷ったかというように俺を見た。

 本山ではないとはいえ、この王都の教会は規模が大きく、ここで目をかけられれば、それなりの地位に昇ることができるからだ。

「私は教会の教えを守るために役立てようと、士官学校で勉強してきました。それを聖教騎士団に入って生かしたいのです。異教徒からこの偉大なる教えを守りたいのです。どうかお願いします」

 そう言って頭を下げると司教は渋い顔をした。

「士官学校ですか……。そんな風には全く見えないが、そう言えば貴方は少し変わった経歴を持っていたのでしたね。しかし、異教徒と言っても、ここ百年ほどは侵攻もないのですよ? これから先、そんなことが起こるとも思えませんが……」

「私が幼き頃、何と呼ばれていたか、グランザス司教もご存じですよね? 私はその頃に神の啓示を受けたのです。教えを守る盾になりなさいと」

 そう言うと、グランザス司教は明らかに鼻白んだ。

「それは何かの勘違いかもしれませんよ」

 だが、それに気づかないふりをしながら、俺は熱心に語り続ける。

「そのために神学学校に行くのをやめて、士官学校にまで行ったのです。どうかグランザス司教……! お力をお貸しください」

 グランザス司教は大きなため息をついた。

 もう一押しだ。

 俺は持っていた目録の紙を、おもむろにグランザス司教の前に差し出した。

「これは……?」

「短い間とはいえ、この教会で受けたご恩は忘れてはおりません。これを是非、グランザス司教に受け取っていただきたく思います。貴族院にいる兄のカムルも、どうぞよろしくと」

 兄は順調に出世し、貴族院の中ではもはや中堅どころとして認識され、うまく立ち回っている。

 つまりその兄が「よろしく」と言えば、暗に「良いようにしてくれれば、貴族院からグランザス司教の出世の手助けをしてやってもいい」ということを匂わせている。

 それを素早く頭の中で算段したのであろうグランザス司教はさらに、俺の目録に目を通し、驚きの表情を浮かべた。

 目録にはそれなりの金額に加え、聖典の外伝の写しを進呈するという記載がなされている。

 聖典の外伝は、大司教ですらお目にかかれない門外不出の指定を受けたものだ。

 そこには、信者をいかに操作するか、金を巻き上げるかといったことが、きれいな言葉で書かれている。

 そもそもそれは開祖の側近であった過去の俺が、開祖が亡くなった後、彼の言葉をまとめて作ったものだから、原本を見なくてもすらすら書ける。

「――この目録に間違いはないのかね?」

 グランザス司教はその視線に鋭い光をこめて、俺を見た。

 その外伝の写しをどこで手に入れたのか、とは聞かない。

 この腐った世の中には、様々なルートや手管がある。

 出元はむしろ知らないほうがいいこともある。

 さすがに司教にまでなっているだけあって、そのあたりは彼もわきまえていた。

「もちろん、間違いありません。写しについては、グランザス司教のお役にたてていただければ、幸いです」

 俺はそう言って、にっこりと微笑んだ。

「わかりました。貴方の決意は固いようですね。仕方ありません。ただし、一度騎士団に入ってしまったら、もうこちらには戻れないかもしれませんよ?」

 暗にどうなっても責任は取らないと、グランザス司教は念を押す。

 だが、それはもとより承知の上だ。

「はい、それで構いません。私は私の志の元に神に身を捧げるのですから。グランザス司教、お心遣い感謝いたします」

 こうして交渉は成立した。

 そのわずか数日後、俺の聖教騎士団への異動が正式に決定したのだった。

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