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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【青年編】
18/52

第16話 それぞれの道

 中等部を卒業した俺は、下士官学校に入学した。

 同じく下士官学校に進学したフェラニカとともに、なかなか濃い学校生活を送った。

 その間、下士官学校で人脈作りをすることも忘れてはいない。

 貴族ではないため、中等部以上進学できないジャイルはといえば、表向きは家の家業を手伝いながら、裏では俺の資金運用に携わるという生活を続けている。

 下士官学校を卒業した俺とフェラニカは、そのまま士官学校に進み、さらに人脈を広げ、またこの世界での軍について学んだ。

 生徒会長だったマラエヴァは周囲の予想通り、高等部からさらに大学院へと進んだと聞く。

 既にその血統と優秀さで王から目をかけられていることもあり、大学院を卒業した後は、間違いなく貴族院に入って順当な出世コースを進んでいくだろう。

 俺とは歩む道が違う。

 俺はあくまで教会を足掛かりにして、上へのぼりつめてやると決めたのだ。

 そしてこの国を作り変えてやる。

 教会もまた、そのための手段にすぎない。

 俺は神など信じないから。


 記憶の中にある、この国の国教であるラトス教――、その開祖の姿。

 それは、あまり綺麗な記憶ではない。

 俺は側近として彼のそばに仕えていた。

 だが、"仕えていた"と言えば聞こえはいいが、側近といえども、そんな大層な者の集まりではなかった。

 宗教発足時には開祖と、俺を含めた複数の側近がいるだけ。

 その側近たちですら、何かしらすねに傷を持つような、真っ当に生きられない者たちばかりだった。

 発足時は信者もおらず、開祖を含めて皆貧乏で、その日の糧を得ることすら苦労したものだ。

 当時は多数の宗教が乱立しており、ラトス教もまた、その中のひとつにすぎなかった。

 それでも開祖は、いつも前向きに側近である俺たちに熱く語っていたものだ。

 辛抱するのは今のうちだけだ、と。

 見た目は聖人然とした開祖だったが、中身はどす黒かった。

 ある日、俺たちに漏らした一言がそれを如実に物語っている。

 『私が神を作る。私の言葉が神の言葉なのだ』

 開祖はそう言って、これから教団を大きくしてやるぞと野望に燃えた目を光らせていた。

 また、集まった側近もまた似たりよったりの者たちで、開祖のその言葉に誰も異議は唱えなかった。

 そして、その時の俺もまた、正道では生きられない傷を持っていたのだった。




 士官学校を卒業した俺は、士官学校から教会に進むという全く前例のない道を選んだ。

 そして、今日、俺はあらためて王都の大聖堂でラトス教の洗礼を受ける。

 大聖堂はその名にふさわしく、金銀をふんだんにつかった豪華な装飾が施された立派な建物だ。

 神の偉業が描かれたステンドグラスはとても大きく、美しい。

 内部のいたるところに聖人の彫像が飾られ、それだけでも見る者を圧倒するだろう。

 天には神。

 地上には聖人。

 わかりやすく親しみやすい演出をしながら、様々な装飾が、その偉業を民衆に知らしめるのだ。

 昔からこの手のことは得意とする、ラトス教ならではの演出だ。

 聖典にもご立派な言葉が羅列されている。

 うまくきれいな言葉で隠してはあるが、金をたくさん貯めて寄付すれば、天国に行けるというようなことを暗に謳っている。

 開祖もうまく考えたものだ。

 その側近として、過去の俺もその一翼を担ったわけだが。

 生まれたときに受けた洗礼とは違う、新たな洗礼を受けるのは、俗界から身を切り離し、聖職者として新たな人生をスタートさせることを意味している。

 とはいえ、それは名目上のことで、洗礼の式典をさせることでさらに金を搾りとると言うのがその本質ではある。

 洗礼を取り仕切るのは、大司教が二名、それに補助として司祭が多数参加している。

 通常神学学校を卒業し、司祭に任命されるのでも、一人の司教と数名の助祭程度の扱いが通例だ。

 俺が任命される助祭であれば、もっと簡素になるのが当然なのだが、貴族院にいる兄のカムルが裏で手をまわし、さらにハンが要所に金をばらまいたおかげで、俺は特別扱いを受けているのだった。

 過去、神童として名が知られていたことも、多少はあるだろう。

 この芝居にも似た豪華な洗礼には、ふたつの目的がある。

 今日ここには、少なくない信者が参加している。

 その信者たちに俺の華々しい印象を植え付けるためだ。

 なぜそんなことが必要なのかと言えば、今後、何か手柄を立てたとき、知名度があるのとないのでは、全然違うからだ。

 手柄を立てても無名であれば、最悪その手柄をすべて、上司に持っていかれる恐れすらある。

 そしてもうひとつ。

 俺にはそれだけ有力な力が背後についているのだという、周囲への警告でもあった。

 教会とはいえ、互いを蹴落とし合う世界だ。

 牽制しておかなければ、侮られかねない。


 洗礼の式が始まると、パイプオルガンの音色が教会に響き渡った。

 教会の通路を先導する子どもの後を、俺は神妙な顔で付いて行く。

 祭壇の前まで行くと、白髪の威厳ある大司教が厳かな調子で口を開いた。

「汝はこれより、神に仕え、神のために奉仕し、神の子たる信徒に身を焦がほど手を差し伸べることを誓うか」

「不肖の身なれど、天界に住まわれる神のみを信じ、その赤子を救うため、生涯を捧げることを誓います」

「ならば、洗礼を受けるがよい」

 ぴんと張り詰めた空気が周囲を包む。

 大司教はそのまま、聖典の一部を唱え始めた。

 大がかりな儀式。

 それは開祖の側近であった頃の俺の部下で、式典を担当する男が作ったものを、さらに豪華に、仰々しくしたものだった。

 俺はその部下の言葉を思い出しながら、大人しく頭を垂れていた。

『民衆は馬鹿だから、複雑で豪華なほどありがたがるものなんですよ。それを仕切る者が高位であれば高位であるほど、さらにありがたがります。だから位階にも意味はあるんです』

 もし、あの男がそばにいたら「お前の思っていた以上のものになっているよ」と言ってやりたいものだ。

 その証拠に、見学に来ていた信徒、親せき、家族は、この厳かな雰囲気の中、どこか誇らしそうに儀式に参加している。


 ようやく、ここが出発地点だ。

 ここから全てが始まるのだと思うと、胸が打ち震えた。 

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