第13話 恩と打算①
副会長のフェラニカに恩を売ったものの、生徒会長マラエヴァには、全く隙がなかった。
落ちぶれた名家であるのにも関わらず、矜持が高く、賭けごとめいたやり方での名声とりもしない。
しばらくマラエヴァの周辺を探っていた俺も、これといった隙を見せない奴を、取り込むことをあきらめざるを得なかった。
仕方なく、当面は下に仕えるふりをしながら、敵対するまで利用する道を選ぶことにする。
その間、フェラニカとジャイルが結託して俺の足元をすくわないよう、自称親友のケラーニを使ってうわさを流し、二人の派閥を煽って、元からあまり仲の良くなかった関係を、さらに険悪にするように仕向けたりした。
彼らを懐柔したとはいえ、ジャイルは利害関係があって俺に従っているだけだ。
フェラニカに至っては恩を売っただけ。
俺に従うハンもまた、従っていればメリットがあるから、そうしているにすぎないのだ。
油断して足をとられないよう、気を配っておかなければならない。
マラエヴァはといえば、そんな裏を知ってか知らずか。これまでと変わらず、泰然とした様子で自らの派閥をまとめ、生徒会を支配していた。
生徒会に入っておよそ一年。
ケラーニの様子が最近やけに落ち着かず、コソコソしているなと思い始めていた矢先の出来事だった。
学院内に突如、響く怒声。
あちこちで大勢の生徒が徒党を組み、走り回る足音。
この学校で、一部の生徒による暴動が発生した。
「国を憂いて」という名目のこの暴動は、瞬く間に伝播し、熱を帯びた生徒たちが、次々と感染するように暴動に参加していった。
彼らは学校を占拠し、「国に要求を突きつける」と声高に叫んだ。
貴族の子弟が多く通うこの学校は、王国が運営するところであり、この暴動が一般的に知られれば、国の権威は失墜する。
暴動の首謀者たちも、それを狙っての要求なのだろう。
武器を手にした生徒たちにより、職員室は瞬く間に占拠され、学校長以下教員たちは人質となった。
そして、派閥の最下層から発生したこの暴動の矛先は、教師たちだけでなく、当然、派閥の頂点である生徒会にも向けられた。
生徒会室に押し掛けてきた暴徒をなんとか撃退し、俺たちは部屋に鍵をかけ、机や椅子で出入り口をふさぎ、そこに立てこもった。
あのマラエヴァのことだ。
俺がケラーニの行動を不審に思っていたのと同じように、彼もまた、この暴動の予兆を感じ取っていたはずだ。
だが、まさかここまでになるとは思ってもいなかったのだろう。
彼は腕を組んで椅子に座り、目を閉じて思案していた。
この部屋にいたそれぞれの書記たちは、呆然と立ち尽くしたり、部屋の隅にうずくまったりしている。
フェラニカは、先ほどの暴徒撃退の際に破れてしまった制服の端キレをひらひらさせながら、時折、俺とマラエヴァの方をちらちらと見ていた。
会計のジャイルは膝を抱えたまま、彼もまた、俺とマラエヴァの方を交互に見て、小さくため息を吐いたりしていた。
(この事件がまさか、今日だったとはね)
俺は内心、にやりと笑っていた。
未来の歴史学者であった記憶の中に、この暴動――この事件の顛末もしっかり残っている。
首謀者の意図、国の動き。
浅はかに扇動された生徒たちの行く末すらも。
当初この事件は隠蔽されたが、後々、大きな流れを生むひとつの事件として、名を残しているのだ。
(――ここがおそらく、岐路だ)
俺のではなく、マラエヴァの未来にとっての。
そして、ここで奴に恩を売ることは、後々大きな影響を与えるはずだ。
俺は微動だにしないマラエヴァに目をやり、そして立ちあがった。
「会長、よろしいでしょうか」
突然の発言に、その場にいた全員の視線が俺に集まった。
うっすらと目を開け、俺を見つめる会長マラエヴァ。
「発言を許可する」
何を言うのかと期待するジャイルとフェラニカの視線を痛いほど感じながら、俺は落ち着いた様子で口を開いた。
「この暴動、下手をすると"王家が軍を動かし、生徒が多数殺されて鎮圧"といったシナリオになる恐れがあります」
「――うむ。これが周囲に漏れれば、王家の権威失墜は甚だしい。それで?」
「実際のところ、今回の暴動は首謀者とその側近たちの熱にあてられて大きくなったものと僕は見ています。ですから、首謀者とその側近を取り押さえてしまえば、被害を最小限に防ぐことができるかと」
「そうだろうな。だが、問題はやり方だ。この状況下でどうやって首謀者を探し出し、取り押さえる?」
マラエヴァの挑むような目が、俺を捕えていた。
「僕たちに命令してください。城に行き、軍を秘密裏に誘導して来いと」
「この包囲網の中、どうやって軍を誘導してくるつもりだ?」
「王都に張り巡らされた下水道を使います。そこを使えば、軍も潜入可能です」
「ルートは分かっているのか? そもそも、たどり着いたところで、お前一人では相手にされないと思うが」
そう。
たかが、子爵の子どもが城に突然出向いたところで、中に入れてもらえるわけもなく、当然話を聞いてもらうこともできない。
「はい。ですから、副会長のフェラニカさんにも一緒に来てもらいます。さすがにゾルニク元帥の娘である副会長を知らない人はいないでしょう。それにここは王都。派遣されるとすれば、おそらくゾルニク元帥直下の精鋭部隊になるでしょうから」
すらすらとよどみなくしゃべる俺に、書記たちが目をむく。
マラエヴァもしばらく考え込んだ。
「――となると、むしろ私が行ったほうが早いのではないか? 王宮には血族縁者もいる」
「会長はここにおける"将"です。動くのは駒である我々が適任でしょう」
そして、その手柄はマラエヴァが得るのだ。
「それを私が聞くとでも?」
意外にも、マラエヴァは冷やかな顔で俺を見た。
どうやら俺の真意を測りかねているようだ。
「事は国の威信に関わります。ここで子爵の二男ごときの私や、軍につながる副会長が下手に目立ってしまえば、角が立ちます。しかし、会長は王家の血を引くお方。会長のご指示で事がうまく終息したとなれば、『さすがは王族』と周囲も納得するでしょう」
マラエヴァはその言葉をかみしめるように、しばらく目を閉じていた。
「……分かった。君の案を飲もう。ただし、気をつけて行ってくれ。熱に浮かされた連中は、何をしでかすか分からないからな」
「分かりました。無事に戻ってみせます」
マラエヴァは、同行することになったフェラニカにも声をかける。
「副会長、彼を頼んだぞ」
「――お任せください」
その様子を見ていたジャイルは、貧乏くじを引いたなと言わんばかりの表情でフェラニカを見たが、当のフェラニカは涼しげな顔で、それを無視していた。
マラエヴァはその様子に眉ひとつ動かさない。
二人の関係が大幅に悪化していることは、誰の目にも明らかだった。
だが、それでもマラエヴァが何も言わないのは、自分の幕下にある限りは、どうなろうと気にしない――、というところなのかもしれない。
もしそうなのであれば、俺とマラエヴァは案外似ているのかもしれなかった。
根底にあるものが、陰と陽だという違いはあるが。
そして、俺に似ているのであれば、やり方は違っても、互いに利用しあう道を選ぶはず。
――時が来るまでは。
俺は事が成功すれば、恩と打算から、マラエヴァが俺寄りの立場になることを確信していた。
こうして俺はフェラニカとともに、軍を動かすため、王城に向かうことになったのだった。




