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神文字使いの魔女とゴーレム  作者: killy
出会いは爆風とともに
9/21

09

 ぴくりと、ゴーレムの目蓋が慄えた。


 一度、何かを振り払うようにきつくつむったのち、のろのろと、何かにあがらうようにゆっくりと、その目が開かれてゆく。

 黄褐色の、宝石に似た綺麗に澄んだ双眸が現れた。

 深い悲しみをたたえて静かに沈んだ目が、自分の顔を覗き込むアデリーナを捉えて見開かれた。

『ズフラ様っ!まさか生きておられたのですかっ!?ああ、アッラーよ、あなたに感謝いたします!』

「うわっ!?何、こいつっ?」

 突然ゴーレムに抱きつかれたアデリーナは、驚いた様子で目をしばたたいた。

「とりあえず、お前を攻撃しようとか、どうこうしようって意図は持ってねーみたいだな」

 自分が巻き込まれなかったおかげで、初期の驚きと混乱から立ち直ったウゴが冷静に状況を検分する。

「そうみたいね」

 早くも驚きから立ち直ったアデリーナは、それを聞いてこっくりうなずく。ウゴはその態度に渋面を作った。

「ちっとは慌てろよ。お前だって一応、辛うじて、一般社会的には、未婚かつ年頃の女子の部類に分類さる生物なんだろう。それが今、見知らぬ男に抱きつかれてるんだぞ?」

 が、そう云われたアデリーナはひょうひょうと首を横に振った。

「だから度も云ってるでしょう。これは、男じゃなくてゴーレムだから。しがみつく力も、苦しいって程じゃないし。ただ、離れてくれないのよねぇ。……何でだろ?」

 本気でいぶかるアデリーナに、ウゴは胡乱な眼をくれた。

「お前がこいつを動かす動力を注入した段階で何か、変な失敗でもしたんじゃねーのか?」

「まさか!」

 アデリーナは、本気で驚いて首を振った。

「まさか!このあたしに限って、そんな失敗するわけないじゃないの!」

「失敗するわけがないとは、大きく出やがったなこのオンナ。失敗するわけがないなら、今朝のあの大爆発は何なんだよ?」

 ウゴの意地の悪い指摘にもアデリーナは動揺せず、かえって肩をそびやかして云い張った。

「神文字に関する実験や実践において、もし何か、あたしの意図とかけ離れた結果が出たとしても、それは、次の大きな成功につながる小さなつまづきよ!」

「人はそれを失敗と云うんだよ!」

「認識の違いね!」

 堂々と云い張るアデリーナに、ウゴは肩を落としてため息をついた。

「まあ、その『認識の違い』とやらをお前に認識させる根性は、オレにはねーがな」

 アデリーナは、きょとんと眼をしばたたいた。

「うん?……ごめん、このゴーレムがうるさくて、ちょっと今聞こえなかった。で、何?もう一度云って」

 宇都は、力なくかぶりを振ってこたえた。

「いや、なんでもない。……で?その認識の違いのせいで、お前にしがみついて離れないそのゴーレムは、どうするんだ?」

「うーん……」

 アデリーナは、唇を小さく尖らせて、自分の腰のあたりに腕を回してすがりつくゴーレムを改めて見下ろした。

「なんか、興奮してるみたいなのよねぇ……。何でだろ?」

「お前の顔がショックだったんじゃねーの?」

「はぁ?何それ?」

「まあ、冗談は措くとしても、アッラーが何とかこうとか云ってるから……もしかしてこいつ、異教徒の造ったゴーレムじゃねーのか?」

 ウゴが考え考え云うと、アデリーナは得心がいったと、両手をぽんと打ち鳴らした。

「ああ、なるほど。だから訳の判らない言葉を話してるのか!」

「だったら話は早い。おい、アデリーナ。お前こいつが何て云ってるのか解るだろ?通訳しろよ」

 ウゴの言に、アデリーナはあっさり、顔の前で手を振った。

「そりゃ無理。あたし、異教徒の言葉は読み書きできるけど、話せないから」

 ウゴは本気で頭を抱えた。

「だあっ!何だそりゃっ。役に立たねぇなあっ!!」

 云われたアデリーナはぷぅっとほほを膨らませて、そんなウゴを睨みつけた。

「しようがないでしょっ!誰か教師について習ったわけでもないし、そもそも神文字の教科書使うには、読めればいいだけだったんだからっ!」

「それにしたってなあ、――」

「確認。半島土着語西南地方方言、その一変種」

 聞きなれない声が、二人の会話に割り込んだ。

「へ?」

「何?」

 きょんと顔を見合わせたふたりは、ついで揃って声の聞こえた方角へと顔をやり……

 いつの間にか、アデリーナの足元で静かに畏まっていたゴーレムを見つけて、両目をしばたたいた。

「今の、お前が云ったのか?」

「今のは、あなたの声?」

 異口同音に尋ねた二人に、ゴーレムが頷いた。

「はい。お二方がお使いになられる言語を確認もせずに申し立てまして、失礼いたしました」

 多少発音やイントネーションに怪しいところはあるものの、きちんと聞き取れて理解できる言葉遣いだった。

「す、……」

 両手を組んだアデリーナは、目を興奮にきらきら輝かせ、真っ赤に上気した顔で絶句した。

 のち、

「……ごいっ!」

 握りこぶしに変えた両手を勢い良く振り回して、絶叫する。

「すごいすごいすごいすごいっっっっっ!!何これ、何この事前入力情報の膨大さと状況認識の素早さ、その対応能力の鋭さはっ。間違いなく云えるっ。ゴーレム、あんたを造った人間は天才のなかの天才、大天才よっ!! ねえねえ、あんたを造ったのは一体誰!? もしかして、今も生きてたりする? もし生きてるなら、お願い、その人のところへ連れてってっ! あたし、その人の弟子になる!」

「おいリーナ、勝手に決めるなよンなこと」

 ウゴがたしなめる声も、興奮しきった彼女の耳には届かない。

「さあ、行こう!その人、どこに住んでるの!?」

 依然床に膝をついてかしこまった姿勢を保つゴーレムの手をとって、今にも強引に歩き始めそうな勢いだ。

「ご質問にお答えする前に、いくつかお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか」

 あくまでも静かに冷静に、ゴーレムは訊ねる。アデリーナはぶんぶん、頭を振り回すように大きく頷いた。

「うん、あたし――や、ここにいるウゴに判る範囲内だったら、何でも答えるから!訊いて訊いて!……あ、あたしはアデリーナ。リーナって呼んでいいよ」

「アデリーナ様。……やはりズフラ様ではいらっしゃらなかったか……」

 さびしそうに、残念そうに目を伏せたゴーレムに、アデリーナはきょとんと首をかしげた。

「あたし、そんなにズフラって人に似てるの?」

 ゴーレムは静かに、しっかりと頷いた。

「はい。お顔立ちは、瓜二つと云っていいくらいです。ズフラ様は大変お美しいお方でいらっしゃいました。……ああ、ですがズフラ様は、黒髪でいらっしゃいました。夜の闇を吸ったように黒くつややかな、漆黒の美しい御髪をお持ちでいらっしゃいました。お身体があまり丈夫でいらっしゃらなかったため、屋外においでになられることが少なく、そのためにミルクのように美しい白い肌をお持ちで……」

 そう呟くゴーレムの顔の暗さに、声に含まれた切ない嘆きの音色に、興奮を冷まされたアデリーナは、両目を伏せる彼に尋ねた。

「ズフラって、誰?」

「私の主人……でした」

 その言葉遣いを見逃さず、アデリーナが鋭く突っ込む。

「『でした』?過去形?今はどうしたの?」

「今は……」

 口を濁すゴーレムの目に、紛うことなき深い苦悩を見つけたウゴは、口を挟んだ。

「それよか、ゴーレム、お前がオレたちに聞きたいことって、何だ?」

 明らかに救われた表情で、ゴーレムは頷いた。

「まず、お教えください。イアマール――この寺院があるこの都市がキリスト教徒の手に落ちたのは、今から何年前のことですか?」

「それってつまり、この街が異教徒からキリスト教徒のものになったってことだよな。だとしたら、この街が異教徒から開放されたのは、だいたい今から二〇〇年前だって教わったけど」

「二〇〇年前……では私は、二〇〇年間眠っていたわけですね」

「二〇〇年!?」

「本当に!?」

 驚きの声を漏らすウゴやアデリーナに辛そうな目を向け、ゴーレムは健気に、けれど寂しそうに微笑んだ。

「はい。私はおおよそ二三〇年前に、この街に住んでおられたアブド・アル=アリーム博士の手によって作られ、二〇〇年前、この街が陥落したその日に、ここでひそかに眠りについたのです」

「どうして?あんたを造った博士がそうしろって命じたの?」

「いいえ」

「じゃあ、あんたが仕えていた主人か誰か?」

 俯いたゴーレムは、唇をかみ締めてかぶりを振った。

「いいえ。私が、私の意志によって、そうすることを選びました」

「なんで?」

「何故ならば、ズフラ様を失ってしまったから」

 ぱたり、俯くゴーレムの足元に水滴が落ちた。ぱたぱたぱた、涙は次々と流れ落ちて、彼の足元の床に小さな模様を描いた。


「私が、私のせいで、ズフラ様が亡くなってしまったから……」


 ほたほたほたと、涙が零れ落ちる。黄褐色の瞳から悲しみと悔悟を溶かしてあふれる透明なその雫は、見ていたウゴの胸を突いた。

(こいつには、人間みたいに感じる心があるんだ)

 驚きと以外の念とともに、ウゴは悟った。

 目の前のこのゴーレムは、神ではない、人間が作った「作り物」。命も魂も持たない「まがいもの」だけれど、けれど、今目の前で流れている涙はきっと本物だ。このゴーレムは、胸がつぶれるくらい哀しい思いをしていて、それは人間が感じるものと変わりはないのだ。

「その、……ズフラって人は、お前にとって大事な人だったんだな」

 気がつけば、慰めるような口調でそう話しかけていた。

 ゴーレムは涙を流しながら、静かに頷いた。

「はい。ズフラ様は私の主人であり、恩人であり、……この世で最も大切なお方でした」

「恩人?」

「私たちゴーレムは、主人を持たねば起動できないように、基礎入力の段階で設定されているのです。主人の命令は絶対で、こちらの意思に関係なく、従わなければなりません。ですがズフラ様は、基礎設定の盲点を突いて、私が、私自身の主人となるように設定をしなおしてくださったのです」

 それはどういうことなんだ、とウゴが訊ねるより先に、アデリーナが会話に割り込んだ。

「つまりあんたは、誰の命令を聞く立場になく、人間と同じように自分の意思で行動できるんだ!」

 興味津々の表情で訊ねるアデリーナに、ゴーレムは穏やかに頷いた。

「はい。全てはズフラ様のおかげです。ですから私は、お仕えしたいという私自身の自由意志によって、ズフラ様にお仕えしておりました」

「そのズフラって人は、その骨の人?」

「骨……」

 アデリーナに云われて改めて目をやったゴーレムは、床にばらばらに散らばっている人骨を見つけて、辛そうに顔をしかめた。

「ズフラ様……」

「あ、やっぱりそれがズフラって人の成れの果てなんだ。ねえ、その人、どうして死んだの?中央やや左よりの第3と4の肋骨のあたりが酷く破損してたけれど、やっぱりそれが死因?だとしたら、誰が彼女を刺したの?どうして彼女は刺殺されたの?」

「おいっ、リーナ!」

 聞いていいことと悪いことがあるだろうと慌てるウゴに、ゴーレムは穏やかな笑みをひとつ、寂しげに目を伏せた。

「私が、お守りしきれなかったのです」

「つまり、ズフラは二〇〇年前の戦争で、巻き込まれて死んじゃったんだ」

「はい……」

「おいっ、リーナ。大概にしろよ!」

 ウゴは、アデリーナの後頭部を軽く叩いて叱りつけた。

 が、叱られたアデリーナは、何故自分がそんな風に云われなければいけないのは、本当に解らないらしい、叩かれた後頭部を手で押さえて唇を尖らせ、ウゴを軽く睨みつけた。

「何で?」

「前から思ってたけれど、お前は他人の気持ちってもんが解らねーんじゃねーか!?」

「あら、云ってくれるじゃない。あたしだって、人の気持ちぐらいちゃんとわかるわよ!」

 アデリーナは胸を張って主張する。

「本当か?」

「本当よ。あてて見せようか?」

 自信満々に、アデリーナはウゴを人差し指でびしっと指して云った。

「あんたは今、怒ってる」

「んなもん誰だってわかるわあ!」

 うがあ――といきり立つウゴに、そのときゴーレムが訊ねた。

「あの、……お取り込み中のところ申し訳ありませんが、私は、外に出てもよろしいでしょうか?こんな暗い地下ではなく、風が薫って日の光の射す地上にズフラ様をお連れしたいのですが」

「それはこっちとしても願ったりだ!」

 喜んで思わずそう返したウゴに、ゴーレムはいぶかしげな眼をくれた。

「は?」

「いや、ちょっとね。……オレたち、実は偶然ここに迷い込んで、外に出る道が見つからなくて、困ってたんだよ」

 なるほど、とゴーレムが小さくうなずく。

「さようでしたか」

「うん。だからあんたが案内してくれると、助かるんだ。ええと、……」

 ウゴの表情から、その問いを読み取ったゴーレムは、改めて礼をした。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。私は、ファハドと申します。汎用ゴーレム〇九九号アリフ一一ヤーウ型です」

「『汎用ゴーレム〇九九号アリフ一一ヤーウ型』って、何?」

 訊きなれない言葉に反応したアデリーナが、好奇心にらんらんときらめく眼でファハドを見上げて訊ねる。

「汎用とは、各種労働に任意に対応できますよう、人間と同じ容姿で製造されたゴーレムのことです。〇九九号は、王政府に届けられていただきました、登録番号です。私が造られた王国では、持ち主がゴーレムを起動させるのと前後して、王政府に届け出を行うことになっておりました。同じ番号を持つゴーレムは、私の国にはおりませんでした。この番号によって、王政府は国内にあるゴーレムの情報を把握、管理しておりました。アリフ一一ヤーウ型は、私の製造形態の特徴を説明する語です。汎用とは申せど、それぞれに得意とする労働傾向を持たせた方が、持ち主も使いやすいとの考えにより、私の国におけるゴーレムは、製造段階で筋力強化型や思考重視型など、細分化されることになっておりました」

「ふーん。……じゃあ、アリフ一一ヤーウ型は、どんなことを得意としているの?」

 ファハドがこの問いに答えるまでに、わずかなためらいが見えた。それが見られたのはごくごく短い、瞬間と云って良いくらい短い間でしかなく、アデリーナは気づいた様子が無かったけれど、二人から微妙に距離をとっていたウゴは気がついた。

(答えたくないのか?)

 ウゴが様子を伺う中、ファハドはにっこり、穏やかなほほ笑みを浮かべてアデリーナに答えた。

「私は……ズフラ様に仕えるよう、造られました」

 ズフラ様は高貴な家の出の方でした、とファハドは少し誇らしげに、そして悲しそうに付け加える。

「つまり、貴族のお付きってこと?具体的に何してたの?歌を歌うとか、踊りを踊るとかして閑を潰すとか云う芸事の方をしていたの?それとも、衣服を管理したり、部屋を整えたりとかいった、身の回りの世話の方をしていたの?」

「どちらもそれなりに……いたしておりました」

「ふーん、……」

 明らかに、具体的に答えたくないらしい、言葉を濁すファハドを見かねたウゴは、なおも質問を重ねようとするアデリーナを遮って、会話に割り込んだ。

「なあ、いい加減地下にいるのも飽きたし、そろそろ地上に案内してくれないか?」

 云われたファハドは、にっこり、頷いた。

「かしこまりました」

「じゃあ、ファハド、よろしくお願いするよ」

「はい」

 ゴーレム――ファハドは、穏やかに請け負った。


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