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神文字使いの魔女とゴーレム  作者: killy
出会いは爆風とともに
7/21

07

 書架、書架、書架。……


 行けども行けども、景色に変化は現れない。首をめぐらせて仰ぎ見れば、高い位置の壁に沿ってぐるりと中空回廊がめぐらされてあり、そこにも書架がずらりと並んで見えるのだが、そこへたどり着くための階段も見当たらない。更にその上にあるはずの天井は、はるか暗闇の向こうに沈んでおり、ウゴの目には定かではない。

「……ったく、どういうとこだよここは!」

 思わず文句を云ったけれど、その声も暗闇に沈んだ彼方に吸い込まれてしまい、反響も残響もまったく起こらない。それだけ広いと云うことなのだろう。

 しん、と云う音が聞こえてきそうなほど、辺りは完璧な静寂に包まれていた。


 広い。異様に広すぎる。


 振り返ってみれば、もうずいぶん離れてしまったアデリーナが、いつの間に引き出したのか、膝元に十何冊もの書籍や巻物を積み上げて、延々と本のページを繰ったり巻物を広げたりしている様子が小さく見えた。

 そのほうが文字を追うのに都合が良いのだろう、書架や自分の周囲に光源の神文字を描いたおかげで、その姿は蒼い光に包まれていて、闇の中、そこだけぼぅっと浮き上がって見える。これなら帰るときも見失うことはないなと、ウゴは少し安心した。

 安心すると同時に、何とも云えない、残念な気分になった。


(あいつもなぁ、……)


 それなりに、一応見られる外見をしているのだから、もう少し言動に注意すれば、エンリーケ伯爵――は無理でも、それなりに良い家に嫁にいけるのに、とそう思う。

 一年を通じて陽光がさんさんと降り注ぐこの地方では珍しい、なめらかな白木連のような肌も、あかがね色の豊かな巻き毛も、光の具合によっては緑に見える複雑な色彩の大きな目も、人目を引くには十分魅力的だし、顔立ちだって、実は悪くない。十数年前に早世したアデリーナの母親リカルダは、この地方で評判の美人であり、アデリーナはそんな彼女に良く似ている……らしい。これは、リカルダの友人だったウゴの母親の感想だ。だから、客観的に見ればアデリーナも美人なのだろう。たぶん。おそらく。きっとそうなのだ。


 顔立ち云々を意識する以前の子どもの時分に、色々と凄まじいことをやらかされたり巻き込まれたりしたウゴには、まったく判らない次元の話だけれど。


 加えて父であるホアンが利殖に有能なため、結婚に際してはある程度の額の持参金を持たせられることは確実だ。実際四人いる彼女の姉たちは、皆、貴族とまではいかないまでもそこそこ良い家柄に望まれて嫁いで、大事にされているのだ。

 だのに、末の娘だけはそんな、ウゴの思う「真っ当な女の真っ当な幸せ」にまったく興味や関心を持たず、その小さな頭に大量の知識を詰め込むことに、異様な執念を燃やしている。

 まったくもって、残念な奴だと、ウゴは本気で残念に思った。



 黙々と、ただ歩くだけと云うのも退屈だったので、ウゴは思いついたところから、書架の列を数えて歩き始めた。その数が五〇を超えたころ、行く先に大きな両開きの扉が見えてきた。


「……」

 見るからにずっしりと重たげな一枚板の扉を見上げて、ウゴは少しの間、ためらった。

 開けた先がまた、今通ってきたと同じ規模の書庫なのも怕いが、それ以外に何の設備がこの地下の図書室にあるのか、全く想像がつかなかったのだ。想像がつかない分、得体の知れない何かが扉一枚隔てた向こうに控えていそうで、そんな恐怖に一度取り憑かれたら、もう怕くて怕くて仕方がなくなった。

「う~っ!」

 扉を睨みつけて、ウゴは唸った。


 正直云えば、帰りたい。


 が、来た道を戻ったところで、そこは袋小路の行き止まりなのだ。明るい陽の光にあふれた地上に帰りたいのなら、進むほかにない。

「ええい!」

 ままよとばかりに、覚悟を決めて一気に開く。扉は思ったよりも抵抗なく、すっと軽く左右に振れた。

 開いた先は――どうやら読書室か何かだったらしい。厚く埃にまみれた長机と椅子が整然と並んでおり、どういう仕組みになっているのか、ウゴが一歩足を踏み入れると、壁全体が薄暗く青い光を帯びて輝き始め、物の輪郭を淡く浮き上がらせ始めた。

「リーナがやってるのと同じ仕掛け……?」

 油断のない警戒の目を辺りに配りながら、ウゴは推測した。ウゴには神文字やそれが発動するための仕掛けは全く解らないのだが、その室内からは、今まで目にした神文字の仕掛けと同じ雰囲気が感じられた。

 とはいえ、感じられるのは明りに関してだけだ。人一人が物を抱えて通れるくらいの幅をそれぞれ空けて並ぶ長机や、等間隔に並ぶ丸椅子には、そうした、ウゴから見れば「いかがわしい」臭いは感じられない。


 単なる机と、単なる椅子だ。


 その列の間を、とりあえず前へ向かって歩いて行く。今度の部屋は、隣の書庫よりは格段に狭く、二十歩も歩くと向こう端についた。

「……ん?」

 入り口の扉とは反対側の壁にたどり着いたウゴは、最前列の長机にもたれるように座り込んでいる影を見つけてぎょっと足を止めた。入り口からこれまでの進行方向に対して死角になっていたおかげでこれまで気づかなかったのだが、人影が一個、足を向こうに投げ出した格好で、身動きひとつしないまま、床に座り込んでいた。

「なんでこんなところに人が……?」

 訝しく感じると同時に、これで出られる、地上へ帰れると、ウゴはほっと胸をなでおろした。この男がここまでどうやって来たのかは依然謎のままだが、それでも、訊ねれば帰り道くらいは教えてくれるだろう。

 思ったウゴは、その男に近寄った。

 薄蒼い明りの下でもわかる浅黒い膚に漆黒の髪をした、長身の青年だった。見た目から推測するに、ウゴより五つ六つ年嵩らしい。

 物乞いを生業とする貧民でもここまでひどいものは身に着けていないだろうと思われるようなぼろぼろの衣装を身にまとい、胸元に白い何かを抱きしめている。刺青だろうか、彫りの深い顔の、頬骨のあたりや額に不思議な文様をつけているのが不可解だったが、そうした異様な風体を差し引いてもなお、彼は、印象に残る整った容貌の持ち主だった。


 意志の強さをうかがわせてしっかりとした線を描く顎。薄く大振りの、形の整った唇。すらりとなめらかに伸びた頬。高い鼻梁。彫りの深い目元は濃く長いまつげにかざられている。


 彫刻か絵画のなかでしかお目にかかれないような、完璧に整った容姿の持ち主だった。彼は。


 わずかな間ではあったけれど、静かに目を閉じて動かない彼に見とれていたウゴは、はっと我に返った。

「何オレ、男を見つめてんだ!」

 自分の頬を叩いて渇を入れると、改めて男に語りかける。

「すみません、ちょっとお伺いしたいことがあるんですが……」

 遠慮しいしい、そこはかとなく警戒感も抱いて発したウゴのその言葉に、しかし、男は反応を見せない。依然として静かに目を閉じ続ける。

「すみません、あの……」

 声だけでは埒が明かないかと、眠る――ように、ウゴの目には映った――男の肩に手を伸ばしかけ――

 彼が胸に抱きしめている物体に気がついて、ぎくりと動きを止めた。


 最初は、白い毬か何かと思ったのだ。


 が、違った。

「……人の、頭の、骨……」

 人骨なんて、ウゴだって、小さいころに死んだ父を埋葬するために、母や兄弟や親戚と一緒に一族の納骨堂に入ったときに目にしたきり、それも怕くてまじまじと見たことはなかったのだが、それでも本能的に、それが本物であることはわかった。

 何で、どうしてこんなものを抱きしめているんだと、特大の疑問符が頭の中をかき混ぜる。ぐちゃぐちゃに混乱した頭で、なおも青年を見つめていたウゴはそうして気がついた。


(このひと、呼吸してねーじゃねーか!)


 いくら注意して、かなり長い時間見ても、肩も胸も、ぴくりとも動かないのだ。それに、普通生きているものが持っているはずの気配が全く感じられない。

「……」

 恐る恐る、自分のすぐ足元に投げ出してある青年のつま先を蹴ってみる。

 が、やはり反応はない。

「……」

 今度はもう少し、きつめに蹴りあげる。靴を履いたつま先がじんと痺れた。が、やはり青年は目を開かない。ぴくりとも動かない。

「……ぎ、」

 わきの下や背中を、冷たい汗がいく筋も伝わり落ちてゆく。

「ぎゃ~あっ。人が死んでるーぅ!」

 叫んだウゴは、一散にその場から逃げ出した。

やっとゴーレムの登場です。(^^;どれだけ引くんでしょう


しかも今回はただ出てきただけときた。


……。


ごめんなさい

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