04
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その後。
逃げ出した馬を捕まえ、落馬の際に出たけが人の収容と治療を終えた伯爵の側づきたちが到着するのを待って、エンリーケたちはアデリーナの生家を後にした。
もちろん、アデリーナも一緒である。
「……なあ、ひとつ、聞いてもいいか」
アデリーナの私物がごっそり乗せられた荷馬車の御台でロバの手綱を握りながら、ウゴは胡乱げに、隣に座る幼馴染に尋ねた。二人の乗った荷馬車は、一行の最後尾をノロノロと追っていっているため、会話を他人に聞かれる心配はない。
「うん、何?」
膝に乗せた本から顔を上げて、アデリーナが応じた。頁一杯にびっしり書かれた細かい文字をちらりと見たウゴは、馬車に揺られながらこんなものを眺めていて、よく酔わないものだと感心しながら質問を続けた。
「お前の親父さん、なんで、あんな泣きそうな顔をして閣下に、『娘のことをお願いします』って、頼み込んでたんだ?あの様子はまるで、人身御供に出される娘の親みたいだったぞ」
「気分はそれに近いものだったかもね」
「へ?」
「色々細かいこと説明するのが面倒だったから、お父さまには、伯爵があたしを気に入って、城に連れて行くと云っているって、そう云ったの」
「おま――っ!」
ウゴは絶句した。
「嘘じゃないわよ」
さらりと、全く罪悪感を感じていない表情のアデリーナにぱくぱくと、口を開け閉めすること数度。深呼吸をしたウゴは、がっくり肩を落とした。
「確かに嘘じゃねぇな。けどお前、そりゃ、おじさんだって泣くぜ?その説明だけを聞かされたら、絶対、伯爵がお前を妾か何かにしようとしているって、そう思うに決まってるだろうが!んでもって、伯爵がそう望んでいるって、そう思わされたら、おじさんには拒否すべはないってことも、お前、知ってて云ったな」
愛妻が、命と引き換えにこの世に産み落とした末の娘を、ホアンは溺愛していた。
「悪魔の文字に触れるべからず」という教会の決まりを犯す研究を日々続ける娘にうろたえながらも、強く出られず、放置していたのも、そんな愛情に基づく甘やかしのひとつだろう。ホアン自身は、できうる限り教会の教えに従おうとする善良な一般人なのだから。
その愛娘が、嫁ぐのではなく妾にされると知らされて、そして自分にはどうすることもできないなんてことになったら、どれほど傷つくことか。さほど人生経験の無いウゴにだって、そのことは容易に想像できた。
「それは、お父さまが勝手した誤解でしょ。あたしは嘘を云ったわけじゃないもん」
あっけらからんと無責任に云い放つアデリーナの口調がまた、ウゴの癇に触れた。
「おまえはぁあああ!」
「何よぅ。耳の近くで怒鳴らないでよ。うるさいじゃない」
アデリーナは、ウゴに近い側の耳を押さえて顔をしかめるが、ウゴはその手首をつかんで力任せに引っぺがして、再度怒鳴った。
「前からそうだったが、お前他人の心情ってモンを、もっと慮れよっ!おじさんだってオレだって、他のみんなだって、傷つきゃ悲しいし、騙されれば悔しいんだ。嘘聞かされて嬉しいわけがないだろうが!」
「判ってるよぉ、そんなこと」
「いんや、お前は判ってない!……っつーか、おまえ自身に、他の皆のような心がねぇだろっ?お前、自分が今回のおじさんのように騙されたら、どう思うんだ?」
「え~?……騙されたのはあたしが間抜けだったけど、結果的には、延々と長ったらしい説明を聞かされたりして貴重な時間を無駄にされないで良かったなぁ……かな?」
「……」
(なんだこの、別の世界の人間と話しているような、価値観のズレ具合は)
徒労感を憶えたウゴは、がっくり肩を落として口をつぐんだ。
ウゴの説教が終わったと見て取ったアデリーナは、嬉々として本の世界へ戻ってゆく。
繊い指で頁の一語一語を押さえつつ、眉間に皺を寄せて小声でぶつぶつ呟くアデリーナを、横目でちろりと伺ったウゴは、言葉の通じない猪か熊といった野生の動物と無理に会話を通じさせようとしたようなひどい疲労感を覚えて、苦い気持ちをかみ締めた。
(以前からそうだったけれど、こいつは、人間の心がねぇよな)
いつか、きちんと調教してやらないといけないなと、ウゴは心に刻み込んだ。