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神文字使いの魔女とゴーレム  作者: killy
出会いは爆風とともに
3/21

03

 意外にも、屋内はこぎれいに片づいていた。

 通された居間の上座でくつろぐエンリーケから距離をとった片隅で遠慮がちに控えて、飲み物を用意して来るといって去っていったアデリーナを待ちながら、ウゴは少し驚いた。家事を取り仕切ってくれる母や姉もおらず、手足となって動く使用人もほとんどいないなか、けして広いとは云えぬものの、狭くもない家屋をここまで清潔に保っておくのは、容易なことではないはずだ。

(あいつって、実は結構まめな働き者だったんだ)

 幼馴染に対する認識を少し改めた、そのとき。


 とん、とん、とん。


 廊下に続く扉の、やけに低い位置からノックの音が聞こえてきたと思ったら、返事をする間もなく扉が開いて、妙に背の低い人影が、表面に水滴を浮かばせて、からころと氷が涼しげに鳴る酒杯を二つ乗せたお盆を高くささげ持って入ってきた。

(子ども……?)

 目測でも、自分の胸の下の辺りまでしかない身長を見てそんな判断をしたウゴは、しかしすぐにぎくりと顔をこわばらせた。

「ななな、……」

 のっぺりとして表情のない卵形の頭部、硬い四肢。お盆を手にしずしずと床を横切って歩くそれは、どこをどう見ても、生物などではない、作り物の人形だった。

「何で人形が歩いてるんだぁああ!?」

 怯えるウゴの目の前をすたすたと横切っていった人形は、肘掛椅子にゆったりと座るエンリーケの目の前でぴたりと足を止め、「取れ」と云わんばかりに酒杯を乗せた盆を更に高くささげた。

「ふむ、……」

「かかか閣下、そんな得体の知れない不気味な物が持ってきた物は、お取りになられないほうが……」

 恐る恐るささやくウゴを無視してエンリーケが杯をひとつ取り上げると、人形は盆を下げてぺこりとお辞儀をし、来た道を引き返し始めた。

「うわ~あっ、こっち来るなぁあ!」

 実は怕い話が大の苦手で、半泣き顔で逃げ回るウゴを、人形は黙々とどこまでも追いかけた。

「来るなってぇええ!この、化け物ぉおお!」

 ばたばたと室内を逃げ回るウゴの悲鳴を聞き流しながら、エンリーケは優雅に杯を傾ける。そうして一杯目を飲み干した彼は、ちょうど目の前を人形が通りがかったのを良いことに、空になった杯を盆に返し、残った一杯を取り上げた。

 とたん、人形の動きがぴたりと停止する。

「ほぇ?」

 事態の展開についてゆけず、愕然と固まったウゴに対してか――もしくは自分自身へ云い聞かせるためか――エンリーケがぼそりと呟いた。

「部屋にいる者に、酒を供するよう云われておったようだな、この人形は」

「人形じゃなくて、ゴーレムです」

 汚れた顔と手を洗って着替えたアデリーナが、折りよく現れてそう説明した。「別々の人間に、それぞれ一杯ずつ取らせるようにって命令したのに、同じ人間に二杯取られたから、混乱して停止しちゃったんだわ」

 こう云うときに応用が利かないのよねぇ――と肩をすくめてため息をひとつ、アデリーナは停止した人形の頭をぽんと叩いた。

「命令解除」

 ぴっと、笛の鳴るように高くて短い音が人形の内部から響いた。

「新規命令。退出。台所で待機」

 ぴっ、ぴっ、ぴーっと、最後にひときわ高く長く笛の音を響かせた人形は、そしてとことこ、来たときと同じように歩いて部屋を出て行った。

 人形――彼女いわくゴーレムが扉を閉めて出て行ったのを確認して後、アデリーナはにやりと、意地の悪い笑みをウゴに向けた。

「相変わらず怖がりなのね」

「ううう、うっせー!てめえこそ、会わない間に碌でもねぇワザ身に着けやがって!」

「あら、お言葉ね――」

 幼馴染の気安さで、そのまま遠慮呵責のない舌戦へもつれ込もうとした二人を、エンリーケは、重々しい咳払いひとつで黙らせた。

「ゴーレムとは……あれか。作り物の身体にまがい物の命を吹き込んだ、動く人形だったな」

「あら、伯爵は、ゴーレムをご存知ですか?」

「ユダヤの老師(ラビ)が、自分の雑務を手伝わせるために作り出したのが始まりではなかったか?

 長い年月をかけて徐々に改良が重ねられ、最終的には人間と変わらぬ自立思考経路を持ったものまで造られたが、それも二〇〇年前に、異教徒からこの半島を取り戻した大戦――いわゆる解放戦争で全ての情報および技術が失われ、今ではごく稀に古い遺跡から発見される残骸でしか偲ぶことはできぬと云う。

アデリーナとかいったな、娘。お前は、そのゴーレムの技術を今の世によみがえらせたのか?」

「伯爵って、結構物知りなんですね。でも、残念ながらそれだけでは、まだまだ説明が足りません。合格点はあげられませんね」

「おい、リーナ。口の利き方に気をつけろ!」

「良い」

 遠慮呵責のない物云いを慌てていさめるウゴを手で制したエンリーケは、そしてアデリーナに面白がっている目を向けなおして訊ねた。

「今の私の説明の、どこが足りぬのかな」

「まずゴーレムの生い立ちですが、あの自動人形に対して『ゴーレム』と云う名前をつけて認識を広め、定着させたのは、たしかにユダヤの老師(ラビ)たちですが、神文字でヒトガタを動かすと云う発想は、複数の民族の間で、同時多発的に起きているんです。

 力や現象そのものを象った神文字と云う存在を識っていれば、これを使って物を動かすと云う考えはごく自然に発生するものなのでしょう。

 事実ギリシア神話には、動く彫像を無数製造したダイダロスや、自分が理想とする夫人を造り出したピュグマリオンなど、所謂ゴーレムを扱った話が多数残っていますし、ロドス島の港口の防波堤に左右の足をそれぞれ置いて立ち、五〇年余もの間、外敵から港を守り続けた青銅の巨人も、その性質から鑑みるに、ゴーレムの一種ですよね。

 こうした話、伝説は、ギリシア以外にも世界各地に沢山残っています。北欧バイキングの王は、墓に自分の財宝を守るために、海草と泥で造ったゴーレム――これ、かなり臭ったそうです――に番をさせたりしていますし、はるか東方の島国の神話には、民族の始祖となった夫婦が喧嘩をした際、夫が櫛から造った小人ほどのゴーレムを妻にけしかけたと云う小話があるそうです。

 やはり東方のシナと云う帝国では、昔、西南にある一地方の大臣の奥方が、みずから製作したゴーレムを使って小麦生地を練らせて、パンやパスタを作らせて食べていたそうですし、あと、ウェールズには、戦争で命を落とした戦士たちの身体を使ってゴーレムを造ると云う、ちょっと変則的な物語が残っています」

「しかし、世界各地に話が残っているそれらは、『ゴーレム』と云う名で呼ばれておったわけではないのだろう。何故それがゴーレムだと判るのだ」

「それは良い質問です。それに答えるには、何がゴーレムなのかと云う説明をするのが一番でしょう。

 ゴーレムとは何か。

 簡単に云えば、それは動くヒトガタです。人が、土や粘土や焼き物や金属その他材料を作って人間の形に造り上げた『物』に、力と現象を象り、力や現象そのものを現す『神文字』によって動力を与えられたもの、それがゴーレムと呼ばれるものなんです。ヒトガタと神文字、このふたつが組み合わさった動くものは、どのような言語でどのように呼ばれていても、所謂ゴーレムとして区分、認識できますし、そうすべき物なのです」

「例えそれが現地で『自動人形』と呼ばれていても、神文字を使って動いている、人間の形を模した物であれば、我々にとってはゴーレムであるとして区別できると云うわけか」

「はい。また、ゴーレムは、主人には至極従順で、命令にはけして逆らいませんので、そう云った特徴から判断することもできます」

「なるほど。ゴーレムの成り立ちに関しては、大体判った。あれは神話の時代から、世界各地、複数の民族の傍らにあって、彼らとともに進化を重ねてきたわけだ」

「そうなんです。だのに、この半島を異教徒たちの支配から開放した、いわゆる解放大戦以来、何故かまったく姿を消してしまい、それを製作する技術も失われてしまいました」

「それを動かす神文字と云う知識も含めてな。……ところで、神文字に関しても、その方は詳しく説明できるのか?」

 エンリーケの問いに、アデリーナは自信満々に頷いた。

「もちろん。神文字とは、先ほどもちらりと云いました通りに、力や現象を現し、これらを象った字です。

 もっともこれは、俗字――神文字を研究している者は、普段あたしたちが読み書きに使っている文字のことを、神文字と区別してこう呼ぶんです――と違って、過去からこれまで地上に存在したいずれの言語も表すことはしませんので、正確には『文字』と云うことはできないのですが」

「どう違うのだ?」

「文字と云う表記法はそもそも、あたしたちが今使っている『言葉』を永遠にとどめるために発案されて、使用されているものです。

 言葉は口から放った瞬間のみ存在して、ただちに消え去ります。

 その記録を人の記憶に頼るにしても、一個の人格に支配されている記憶と云うものそのものがあいまいで、一人ひとりの主格に左右されますし、時間の経過とともにいかようにも変化する危険性を持つ、ひどくあいまいかつ頼りないものでした。

 その不便さを補うために考案されたのが、共通の記号を紙や石の上に記すこと。すなわち文字なのです。


 が、神文字は違います。


 神文字は、先ほども云った通り、過去からこれまで地上に存在したいずれの言語も表すことはできません。

 いつ、誰が、どのようにして作ったのか、全く判っていません。

 だのに不思議なことに、全世界に同じものが同じように知られています。

 ですからこれら記述法を「文字」と称することは正しくないのですが、この知識を持っている民族は大抵、彼らの言語で『神の文字』、もしくは『聖なる文字』、さもなければ『秘密の文字』と云う意味合いの言葉を使ってこれを呼んでいますので、あまり厳密なことを云わないほうが良いのでしょう。

 さて、この『神の文字』と云う名前が示すとおりに、神文字は、神々に通じる力を秘めています。神話の神々は、これらを駆使して様々な奇跡を起こし、もしくは自らの力を強めるべく、これを求めようとします。

 聖書にも、キリストが神文字を使っている場面が出てきます。ええと確か……ヨハネの福音書の八章あたりだったっけな?

 あと、北方神話には、オーディンと云う最高神が、自らの力を高めるべくこの神文字を手に入れようとして、世界樹の枝に首を吊り、自分で自分の身体を槍で突き刺して、生と死の狭間で九日九晩瞑想を続けたと云う話があります。

 これほど苦労して手に入れた神文字を、当然のことながらオーディンは独占しようとするのですが、この神話世界で悪戯者役(トリックスタ)を担っているロキと云う神に嵌められて、その知識を奪われたあげく、他の神々にはもちろんのこと、人間にまで広められてしまいます。これが、人間が神文字を手に入れた起源説明神話となっているのですが、ロキの例でも判るように、神文字は、大抵は神々から人間に与えられたものであると云うことになっています。

 エジプトではトト神が、アイルランドではオグマと云う神がその役を担っています――この二柱は悪戯者役(トリックスタ)ではありませんけれどもね――。

 神々から与えられた云々の信憑性はともかくも、神文字にはなるほど、不可思議な力があります。

 神文字は、知恵を象徴する神木に宿った朝露などを材料に作る特殊な溶剤を用いて、秩序を象徴する神木の枝で作ったペンを使って描きます。描く対象は、溶剤が定着するものであるならば、紙、布、石版、板など、材質を問いません。描かれた神文字は、それが完成した瞬間から、それが表す現象を効果として発揮し始めます。たとえば――」

 話しながらどこからか小瓶と木製のペンを取り出したアデリーナは、瓶のふたを開けてペン先を突っ込むと、近くの壁にすらすらと何か複雑な文様を描き出した。

「うわっ!」

「……!」

 ウゴが悲鳴をあげ、エンリーケが小さく息を飲む。アデリーナのペン先が壁から離れると同時に、その箇所が淡く光り始めたのだ。燐光を想起させる蒼白い光は、日光や炎が作り出す灯りとは異なって温かみを観じさせず、揺れも瞬きもせずにあわあわとした一定量の明かりを周囲に投げかける。

「明るさや持続時間などの効果は、溶剤の濃度や精錬度、それと描く際に行う加減や描き手の技術などに左右されます。この場合は、だいたい二時間程度、この明度を保持した後、三〇分ほどをかけて徐々に暗くなってゆき、やがて消えるはずです。

 また、時間経過によって消える前に、また溶剤を使って何かを描き加え、もしくは文字を構成するどこか箇所を損なうことで、意図的に効果を失くすこともできます。このように――」

 アデリーナが再度壁面にペン先を走らせたとたん、明かりは弾けるように一際強く輝き、そして消えた。

「お前は、明かり以外の神文字も描けるのか?先刻の大規模な爆発は、任意に再現可能か?」

 明りに焼けた目頭を指で揉みながらエンリーケが訊ねると、アデリーナは困惑した様子で眉間を軽く寄せた。

「熱と、空気の移動や振動――つまりは風や音ですか、それをまあ、ある程度までは思う通りに描けます。ですからあの爆破も、やれと云われたら再現は可能ですが、したくはありません」

「何故?」

「あれ、遠隔操作ができないんですよ。さっきは運よく助かりましたが、二度目がまた幸運だとは限りませんから。どうしてもやりたいと云うなら、あの文様の描き方を教えますから、誰か他の人にやらせてください」

 話すアデリーナの目がちろりとウゴのほうを向く。アデリーナの目の動きにつられてエンリーケも彼を見た。

「えええ、遠慮します!」

 背筋をピンと伸ばして激しくかぶりを振るウゴの言が聞こえなかったように、アデリーナは言葉を継いだ。

「そうそう、あともちろん、ゴーレムを動かす動力としての神文字も描けますよ」

 それと、伯爵が今飲んでいるぶどう酒を冷やしている氷も、熱量を移動させる神文字で作ったんですと得意げに胸を張るアデリーナに、エンリーケは右の眉をぴくりと持ち上げた。

「たいしたものだな」

「ありがとうございます。ですが、ゴーレムを動かす神文字はかなり複雑で難しいんです。ゴーレムには、純粋に動くための動力としての神文字と、それとは別に、云うなれば人間の知識に相当する情報を篭めた神文字を与えなければいけないんです。二つのうちの一方が欠けても、ゴーレムは動いてくれません」

「なるほど。話を聞くだけでも難しそうだ」

「難しいんです」

「しかし、その難しい学問をここまで修めたことは、驚嘆に値するな。一体どうやってこれらを学んだのだ。誰か教えてくれる者でもあったのか」

「独学です。伯爵は、あの丘の上に建つお城が、元は異教徒の寺院だったことは知ってますでしょう?この付近も、どうやらその寺院の所領地だったらしくて、時折、畑の土のなかや洞窟の奥の方から、遺物が見つかることがあるんです。

 それでもって、うちの曾祖父と云う人が――あたしは会ったことがないんですが――聞いたところによるとどうやらかなりの変わり者だったらしくて、そうした遺物を蒐集することを趣味にしていたらしいんですね。

 あたしは、四、五年前に曾祖父の蒐集物を集めて放り込んであった納屋で、二冊の本を見つけたんです。一冊は、どうやら神文字の勉強をしていたらしい、修道士の記憶帳。もう一冊は、やはり勉強に使われていたらしい、ゴーレムに関する教科書らしい記述がされた本。当然これらは異国の俗字と文章で綴られてましたから、読むのにかなり苦労しましたが、その辺は、努力と根性と念力で、何とかしました」

 念力って何だよ念力ってとウゴが小声で突っ込むなか、エンリーケは感心したように目を細めた。

「大したものだな」

「まだ初歩の初歩しか修めていません。記憶帳も教科書も、初級者向けのもので、簡単な技術情報しか載っていないんです」

「ほう、成る程な」

 長い脚を組みなおし、椅子の背もたれにゆったりと背中を預けたエンリーケは、底の知れない莞いをアデリーナに向けた。

「ところでその、苦労して身につけた技術と知識を、どうしてお前は今、私に披露してくれたのだろうかな。ゴーレムの製造も神文字の修得も、教会が厳重に禁止していることだと云うことくらい、お前も知っておるだろう。私がお前を教会に突き出さないとでも考えなかったのか」

 冷たく底光りのする鋭い眸を、アデリーナは臆さずに受け止めた。

「順を追って答えましょう。まず、何故伯爵にあたしの技術知識をお見せしたのかと云う理由ですが、先ほどから何度も云ってますとおり、丘の上のお城へ行く許可をもらいたかったんです」

「城へ?」

「はい。繰り返しになりますが、伯爵の城は、過去の時代は異教徒の宗教施設――寺院でした。あたしは小耳に挟んだだけですが、異教徒が寺院とする以前には、キリスト教の修道院が永く続いていたそうですね」

「ああ、確かに。そんな話を聞いたことがある」

「やっぱり!」

 アデリーナは手を叩いてはしゃいだ。

「となればあそこには、一〇〇〇年におよぶ知識の堆積が眠っている可能性があるんです!神文字やゴーレムは、芯となる知識を神々から与えられたと云うその起源からなる性質上、宗教施設で行われる研究がもっとも進んでいたんだそうです。もちろん王や貴族や富豪がこれらの研究をしていなかったとは云いませんが、とにかく、伯爵の城は、それら高度な知識の宝庫のはずなんです。

 そうして教会が神文字とゴーレムに関する知識を独占して、一般人に学ぶことを禁じている現在は、過去の記録から学ぶ他ありません。だからお城に行って、新しい知識を入手するチャンスをもらいたいと云うことと、あと、できれば伯爵にはあたしの研究の後援者(パトロン)になってもらいたくて、あたしの知識と技術を見てもらったんです」

「せっかく喜んでいるところに水を差すようだが。私は、毎年この時季になるとあの城へ来て狩りをすることを習慣としているが、あそこで異教徒の本やなにかを見た憶えは無いぞ」

「解放大戦の際、異教徒の国の言語によって記された書物や書類は、目につく限り焼却されたと聞いています。が、大戦は一日で終わったわけではないんですし、だから異教徒だってそのことは伝え聞いて知っていたはず。この付近で遺物が発見されることからも、彼らがどうにかして自分たちの知識を、狂気に憑かれた破壊の暴力から守ろうとしていたことが推測されます。絶対、どこかに隠し場所があると思うんです!」

「そうかな?」

「それに、本がなくっても大丈夫。神文字の知識などは、結構、壁や窓枠の装飾として流用されているんですよ。溶剤を使わない限り効果は発揮されませんから、そうと知った目で見ない限り判りませんが、たぶん伯爵のお城は、そうした神文字の装飾も多数あると思うんです」

「まあ、あそこはたしかに、異国的な装飾と雰囲気に溢れたところではあるな」

「でしょう?ですから、伯爵。あの城へ入る許可をください。あそこへ行けばきっと、あたしは更に知識を深めることができるはずなんです!」

 両手を組んで懇願するアデリーナに、伯爵は感情の伺えない声で促した。

「それで?私がお前を教会の教えに反してゴーレムや神文字を学んだ忌むべき者――所謂魔女だとして突き出さないと踏んだ理由はどこにある」

 問われたアデリーナは、至極当たり前と云った顔で肩をすくめた。

「伯爵は、ここにいらしたとき、弓矢をお持ちでした」

「持っていたな」

「狩りをしていらしたのでしょう?」

「ああ。それがどうかしたのか」

「いいえ。ただ、この世界を創造した神に倣って身体を休めるべきで、個人的な享楽を追及するだなんてもっての他であるとされる安息日に、よりによって狩りをしていた伯爵が、教会の教えに目くじらを立てたり、教会を怖がってあたしを突き出すとは思えなかったんです」

「それは確かだ」

 天井を向いて愉快そうに哄笑したエンリーケは、アデリーナに向き直って頷いた。

「よし。私が帰るとき、一緒に城へ連れて行ってやろう。後援者の件も、考えておく」

「やったね!」

「せいぜい研鑽に励めよ」

「そりゃもちろん。期待しててくださいな」

 胸を張って請け負うアデリーナを、エンリーケは呆れたように――もしくは愉快なものを見る目で見やった。

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