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神文字使いの魔女とゴーレム  作者: killy
出会いは爆風とともに
16/21

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お気に入り登録、ありがとうございます(*^^*)♪

 その男は、デルシエロ城の門前に、ふらりと現れた。


「異端審問官だと?」

 エンリーケは眉根を寄せて、その不快な報告をもたらしたウゴ本人が悪いと云うように、怒りと苛立ちをこめた眼で彼を睨みつけた。

「一体何故今、そんな輩がこの城に来た?」

「さぁ……?」

 ウゴとしては、そう云うほかなかった。


 異端審問官。

 教会会議や公会議で承認された以外の、いわゆる「異端」の学派や教義、およびそれらを信奉する人びとを取り締まる権限を、教皇庁から貸与された官吏である。彼は「異端」教義を信奉し、「異端」学派の理論を学ぶ輩を起訴する検察官であり、これを裁く裁判官であり、そして刑罰を執行する執行官である。教皇庁の権威を身にまとい、「正義」の体現者となった彼らは、教会が「異端」と定めたものに容赦がなく、その信奉者たちに毛一筋の情けも与えないことで、その名を轟かせていた。


「リーナ――アデリーナのことが、露見したのかも知れませんね」

 ウゴがそんな可能性を疑ったのは、異端審問官が取り締まるなかに、神文字、もしくはゴーレムに関する学問全般と、それに手をつけた輩が含まれているためだ。

「どこぞに王弟殿下の間者でも紛れ込んでいたと、お前はそう云うのか?」

 いえあのそんなつもりはなかったんですがと、慌てふためくウゴをよそに、エンリーケはその可能性もあるなと、渋面になった。

「何にせよ、偶然と称すにはあんまりタイミングが良すぎる。こちらがあの小娘を使って神文字の研究とゴーレムの量産に着手したとたんの、この訪問だからな」

「どうしましょう?」

 ウゴがおずおずと訊ねると、エンリーケは今更何を聞くんだと云うように、鼻に皺を寄せて彼を睨みつけた。

「どうするも何も。……たかだか僧侶一人を相手にしたくらいでどうとなるようなこともないが、しかしあんまり粗雑に扱える相手でもないな。異端諮問官ともなれば」

「では、向こうの要求どおり、この城の調査を認められますか?」

 ウゴの問いには答えず、エンリーケは訊ね返した。

「あの小娘は、今時分はどこにおる?」

「いつものように、地下の書庫兼研究室にこもっています。特に呼び出したりしない限り、地上に戻ってくることはありません」

「では、鉢合わせの可能性は低いな」

「はい」

「では、通してやれ。まずは謁見の間へ案内しろ」

「承知しました」

 頷いて、ウゴは門扉に走った。

「お待たせしました」

「いいえ、構いません」

 ウゴの謝罪にゆったりと応じながら現れた審問官は、意外にも、まだ二〇代半ばを過ぎていないと思われる、女性とも見まごう華やかな美貌を持った、若い青年だった。

 北方の出なのだろう、真っ皙い膚に短く刈った黄金色の髪の毛を濃い色の貫頭衣型の僧服で包み込んだ彼は、審問官と云う仰々しい役柄とは裏腹に、修道士のように簡素な出で立ちをしていた。質素な装いのなかで、理知的な広い額をレースのように飾る白銀色の額飾りひとつだけが異質だったが、それがまた、彼の美貌を華やかに飾っていた。

「お手数をおかけして申し訳ありません」

 にっこり微笑むその表情が、ファハドのそれに重なって、ウゴは思わず目をこすった。

 顔立ちも肌や頭髪、虹彩の色も何も似ていないはずなのに、どうしてファハドを連想したのだろう。ウゴは不思議に思った。

 混乱するウゴを気遣うように、審問官はその美麗な容貌を心もち彼に寄せて、その目を覗き込むようにして訊ねた。

「いかがなされましたか?」

 天界の天使もかくやというような美貌に間近から見つめられたウゴは、慌てて、のけぞるようにして身を引いた。


 あんまり完璧すぎる容貌は、近づくだけで緊張する。まるで神の意志がそこに体現したように感じられるからだ。


 ファハドの端正な容貌にやっと慣れたところに、まるでタイプの違う美貌に近づかれると、何というか、こちらの精神防御壁がもたない気がする。

「いえ、ちょっと……」

 目にごみが入ったんです、それはいけませんね大丈夫ですか、はいもうとれましたから、などと和やかな会話をしながら、さり気なく視線を外したウゴは、この美麗な異端審問官を、エンリーケの待つ謁見用広間へと案内した。


 エンリーケの前に出た審問官は、優雅な仕種で腰をかがめる礼をした。

「ホラティオと申します。このたびは、唐突の推参にもかかわらず、このように拝謁をお許しくださいましたこと、誠にありがとう存じます」

 ウゴ同様、明らかにホラティオの美貌に気を呑まれていたエンリーケは、軽く咳払いをしてから応じた。

「ホラティオ殿は、異端審問官だと聞いたが。今日は何用でこちらへ来られたのかな」

「はい、閣下」

 淡い水色の、切れ長の眸がじっと、エンリーケを凝視する。ウゴと違い、たちまちのうちに気を持ち直したエンリーケは、足を組み変えて答えを待った。

 やがて。ホラティオは恭しく、にこやかに口を開いた。

「私は、一人の若い女を捜しに参りました。彼女は、教会が学ぶことを禁じている悪魔の学問に通じた、魔女の可能性がございます」

 白い肌と対照的に、まるで女性のように赤く艶やかな唇から、歌うようにほがらかに告げられたその言葉に、エンリーケは片方の眉を跳ねあげた。

「魔女とな。……何かの間違いではないのか?」

 白々しく云うエンリーケに、ホラティオは優雅に、しかしきっぱりとかぶりを振った。

「いいえ、残念ながら、魔女がこの城に潜んでいるとの証拠を、私は握っております」


 室内の空気が、ピンと張りつめた緊張感を帯びた。


「その証拠とやらを、見せてもらおうか」

 低く押さえた声色でエンリーケが云う。傍で聞いていたウゴなどめまいがするくらい高圧的な雰囲気をまとったその問いかけに、しかしエンリーケは顔色一つ変えず、にこやかにかぶりを振った。

「申し訳ございませんが、それはいたしかねます」

「何故」

「教会の禁忌に抵触することです」

「それでは、真偽の判断がつきかねる。その方が覚え違いをしているとも限らぬではないか」

「いいえ。私は、判断をたがえてはおりません。この城に、魔女は確かに潜んでいます。このように広大な敷地を持つ城です。恐らくは、閣下がご存知でいらっしゃらない間に、ひそかに紛れ込んだのでしょう。つきましては、この私めに、こちらの城を調査することをお許しいただきたく存じます」

 言外に、城主にまで責任を及ばせることはしないと匂わせるホラティオに、エンリーケは再度顔をしかめる。


 ホラティオが探している相手が、取るに足らない下働きか誰かなら、好きにさせると云う選択肢もあるのだろう。が、あいにくと引渡しを求められているのは、エンリーケの今後にとって切り札になる――かも知れない存在なのである。易々と承諾するわけにはいかない。


「さて、この城に、そのような怪しげなものが潜める場所が、はたしてあったやら……」

 考え込み始める様子を装ったエンリーケはやがて、ふと思いついた態で言葉を継いだ。

「その方が追っておるその魔女とやらは、どのような容貌をした、どのようなものなのか、判っておるのか?」

「残念ながら、容姿に関しては、詳しくは存じません。ただ、……そうですね。佳い声をしていました」

「声?」

「はい。雲雀が囀るような、とでも申しましょうか。あまく耳に心地よい声色を持った、まださほど年を経ていない、子どもと云っても良いかも知れない年齢の、女子でしたよ」

 何かを思い出すようにその目を宙に漂わせ、美麗な顔立ちを陰湿に歪めて、ホラティオは云う。


 陰惨な形に歪んだ朱色の唇から、クククッと、低い嗤いがこぼれて落ちた。



 さてその頃。

 ウゴがエンリーケに報告した通り、アデリーナは地下の書庫に併設された、彼女曰く「研究室」にいた。

 そこはファハドと出会ったかつての読書室で、ファハドとウゴが3日がかりで埃を取り払って掃除したあとで、アデリーナが望む機材を運び込んで、彼女が望む研究ができるよう取り計らった場所だった。(もちろん、掃除の間中、アデリーナは、時折訊かれることに答える以外は、別所で読書に惑溺していた)


 オレが一日来ないだけで、どうしてここまで散らかせるんだ!?


 と、ウゴが見たら絶叫しそうなくらい、雑多に物が散らかった室内の一角で、アデリーナはごそごそと探し物をしていた。いつの間にやら増えていた本や筆記用具、工具類に木片や金属板などのがらくたを、持ち上げたりひっくり返したり、ここにもないなぁなどと首を傾げて呟く彼女を見かねたファハドは、そっと彼女に問いかけた。

「何かお探しですか?」

「うん、」

 金属製の筒の中を覗いたり、木の箱を叩いたりしながら、アデリーナは応じた。

「ほら、昨日の通信端末機。あれでもう一回向こうに呼びかけて、いつこっちに来るのかとか、何人で来るのかとか、どこから来るのかとか、詳しい話を聞こうと思ったんだけど……あたしあれ、どこにやったっけ?」

「あれなら、ウゴ様がお持ちでいらっしゃいますよ」

「ウゴが?」

 なんで、と聞かれたファハドは、そのことに関してはウゴから口止めされていたことを思い出して、言葉に詰まった。


 ――リーナ本人が妙な目に遭うのは全く構わないけど、それに巻き込まれるのは真っ平ごめんだからな。


 通話機を隠すところを見たファハドに、ウゴは真面目な口調で、沈黙を約束させたのだ。成り行きとはいえ、一応約束した関係上、ぺらぺらしゃべるのは気が引けた。

「それは、……」

 言葉を濁して時間を稼ぎ、云い逃れる隙をうかがっていたファハドを見上げること少し。

「ま、いっか」

 アデリーナはあっさり追求を止めた。

「とにかく、あれは今、ウゴが持ってるのね。じゃあ、取り返しに行ってこよっと!」

 云うなり地上へ戻るべく昇降機の扉を開いた彼女のあとを、ファハドは慌てて追いかけた。

「私も参ります」

「そう?じゃあ、一緒に行こうか」

 もはや慣れた手つきで昇降機を操作しながら、アデリーナはあっけらからんとそう云った。


「ふ、ふ~ん♪」

 鼻歌混じりに回廊の向こうから軽い足取りでやってくるアデリーナに気づいたウゴは、げっと顔面を引きつらせた。

(何で、どうして今時分に地上に出てくるんだよ!)

 普段の日中は、力ずくで無理やり机から引き剥がさない限り、出てこないのに。どうして、よりによってエンリーケが異端審問官を案内している今日この日、このときに限って地上に這い出してくるのだろう。


 ウゴは、昔なじみの気まぐれを激しく呪った。


「地上に、出てきているではないか」

 まるでそのことがウゴの責任であるように、エンリーケが睨みつけてくる。

「も、申し訳ありません……」

 もちろんウゴの責任ではないのだが、そんな云い訳が通用するはずもない。

 できうる限り身を縮こまらせてぼそぼそ呟くウゴを睨みつけること少し。エンリーケは、諦めたようなため息を吐いた。

「まあ、このまま通り過ぎてゆけば、アレがそうだとは、あの男も思わぬだろうがな」

 そうであって欲しいと願う声色で呟く。が、そんな彼の願いをあざ笑うように、アデリーナはすれ違いざま、伯爵ににっこり挨拶した。

「おはよーございます、伯爵。今日も良い天気で気持ちが良いですね!」

 普段のエンリーケは、アデリーナがこうして挨拶すれば、足を止めて、研究の進度やらなにやら、短い雑談に応じていた。が、神文字をとりしまる異端審問官を側に置いた今日ばかりは、そうするわけにも行かない。

「これを、どこかに隠しておけ」

 ウゴにだけ聞こえるようささやいたエンリーケは、そのまま足早に歩を進める。

 うむ、と短く返したきり、さっさと去って行くエンリーケを、アデリーナは小首をかしげてきょとんと見送った。

「お急ぎですかぁ?」

 ……と。

 すれ違って数歩ほど進んだ伯爵の傍らで、ホラティオがぴたりと足を止め、彼女を振り返った。

 暗い色の僧服を身にまとった白皙の青年の、淡い水色の目が、きょとんと立つアデリーナの全身を検分するようにじっと注がれる。

 負けじとホラティオを見つめ返したアデリーナが驚いたような声を漏らした。その右手が、彼の額のあたりを指差す形で持ち上げられる。

「あれ?あんた、もしかして――」

「昨晩、お話ししましたね、お嬢さん」

 まるで獲物を見つけた肉食獣のように陰惨な笑みを浮かべたホラティオは、嬉しそうにそうささやいた。アデリーナの脇に立つファハドが、この声の主を見てはっと顔を強張らせる。

「機械越しでしたが、あなたのお声はよくよく憶えておりますよ」

 クククッと、陰湿な嗤いがその朱い唇からこぼれ落ちる。記憶を浚うように頬に手を当てて少し考えていたアデリーナは、それを聞いて両手を打ち鳴らした。

「あ、通信端末の!こんなに早く来てくれたんだ!」

「ええ。あなたに一刻も早く会いたくて堪らず、飛んで来ました」

「すごーい!」

 能天気に拍手して喜ぶアデリーナから、背後のエンリーケに向き直ったホラティオは、満足げな、勝ち誇った表情で彼らに云った。

「この魔女を、お引き渡しいただけますね?」

「断る、と云ったならどうする」

 ホラティオは、エンリーケが冗談を云ったとでも云うように、ふんわりと長く作られた片袖を口元に添えてくすくす呵った。

「これは異なことを。魔女を匿うだなど、教会の意思に叛することではありませんか。閣下はまさか、教会を敵に回すおつもりではありませんでしょう」

「もちろん、私は常に、教会の盾となり剣となることを願ってやまない、教会の忠実な僕たらんと欲しておる、敬虔な信者だ」

「では、この魔女を――」

 ホラティオの言を遮るように無視して、エンリーケは続ける。

「それ故にこそ、私は常に、更なる奉仕を教会に献上すべく、その道を模索しておる。そこな娘は、その道を開くための鍵となるやも知れぬものだ。渡すことはできぬな」

 ホラティオの目が、すぅぅっと細まった。

「ほぅ。では、あなた方もこの娘ともども、教会の敵、悪魔に魂を売り渡した者と云う烙印を捺されても良いと、そうおっしゃるか」

「これはまた、直情的なことを云う。我々は、教会にお仕え差し上げると云うておるのに、何故そのような曲解をするのかな」

 あくまでも余裕を失わず、エンリーケは倣岸に応える。

「白々しいにもほどがあります」

「ねえ、ねえ」

 張り詰めた空気を全く気にかけない、能天気な声が、唐突にこの会話に割り込んで邪魔をした。

「……なんだ」

 渋面のままエンリーケが訊ねると、アデリーナはそうした彼の態度は気に留めず、ホラティオを指差してあっけらと訊ねた。

「これ、教会から来たの?」

 会話を中断されたばかりか、いきなり「これ」呼ばわりされたホラティオが美貌を凍りつかせる。

 エンリーケは、そんな彼から目を離さないまま、深くうなずいた。

「ああ。きちんとその身分を証明する物も持っておったから、間違いではないな」

 敷地に入る際、建物に足を踏み入れる時、そうしてエンリーケと謁見する広間に入る前の都合三回、ホラティオは綿密な身体検査と身元確認をされており、その報告をエンリーケも受けている。

 提出された身分証は、疑う余地のない、教皇直筆かつ、押印のある物だったし、この地方を巡回する許可証も、司教から発行されていた。

 故にエンリーケは渋々ながら――もし少しでも身分証に瑕があれば、それを理由に追い返そうと考えていたのだ――そう頷いたのだが。

 それを聞いたアデリーナは、無邪気に歓声を上げた。


「すごいじゃない!こんな、人間と見間違うほどに高性能な、ファハドにも匹敵するゴーレムを持ってただなんて、教会もやるわねっ!」


 その場を取り巻く空気が、ピシリッと、音を立てて凍りついた。


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