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神文字使いの魔女とゴーレム  作者: killy
出会いは爆風とともに
11/21

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お気に入り登録、ありがとうございます(*^^*)♪

 何をするにしろまずはズフラを埋葬してから。全てはその後だと云うファハドと、その意志を支持するウゴに、アデリーナは多少不満そうな顔を見せたものの、特に反対はしなかった。

 さすがの彼女も、大切な人を丁寧に埋葬することを無駄だと切り捨てることはできなかったようだった。

 おかげで、この幼馴染にも一応、辛うじて、人間らしい心が残っていたかと、ウゴはこっそり胸をなでおろすことができた。


 その後。

 ファハドが借り着に着替え終えたのち。

「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃいましょ。ちゃっちゃとね!」

 妙に張り切って歩き始めたアデリーナを先頭に、身の丈にあっていない、短いズボンとシャツを身に着けたファハドとウゴが並んでついてゆくという形で、一行は部屋を出た。

「おい、リーナ。どこに行こうとか、当てはあるのか?」

 迷いのない足取りでずんずん先を行くアデリーナをいぶかしく思ったウゴが訊ねると、彼女は足を止めないまま、顔だけ振り返って答えた。

「とりあえず、裏門から外に行こうと思うけど。あっちの方だと、ファハドが云ったような丘や木立があるでしょ?」

「あー、確かにそうだな。……ってか、お前、ここに来たのは初めてなんだろう?それだのにやけに敷地内の事情に詳しいな。どこに行けば裏門があるのかとか、どうして知ってるんだ?」

「だって、見たから」

 アデリーナはあっけらからんと答える。ウゴは目を眇めてそんな彼女を睨みつけた。

「見たって、何をだ?」

「見えるってことは結局、光の進む具合に寄るのよ。……ほら、水と空気の境目では、物が変な風に曲がって見えるでしょう?あれは、光の進む具合が、水中と空中では異なっているから起こる現象なの。おんなじように、ちょっと光の進む具合を操作してあげると、城壁を飛び越えて向こう側の景色を見ることができるのよ」

「覗きかっ!?覗いたんだなっ!?」

 きつい口調でウゴから責められたアデリーナは、心外だというように顔をしかめて肩をすくめた。

「覗いてなんかないわよ。だから、見たって云ってるでしょう?」

「家主の許可を得ないで、塀の内部を見ようとするなら、それは盗み見――つまり覗きだろうが!」

「あんたって、いちいち細かくてうるさいわねぇ」

 やれやれ、と呆れたようにアデリーナが嘆く。

「そんなだと、早く老けるわよ」

 ウゴは眉を吊り上げて声を荒げた。

「お前には、良心と云うものが無いのか!?」

「あるわよもちろん。女中さんと下男さんの逢引きみたいな、ごくごくプライベートにかかわるような場面に行きあったら、ちゃんと目をそらして見ないようにしてあげたし、」

「なに自慢げに云ってるんだよ。当り前だろう、ンなことは!」

 怒鳴るウゴには全く構わず、アデリーナは言葉を続ける。

「それに、このやり方だと細部はよく見えないし、建物の中にも視界が通らなくてね、結局わかったのは、敷地内の建築物の配置くらい。あまり役に立たなかったから、粗方見終えたら、すぐに止めたわ」

「役に立ったらまだ続けてたような口調だな」

 ウゴに睨まれたアデリーナは、困ったように肩をすくめた。

「仮定法過去完了でなじられても困るわね」

「お前はぁぁあ!」

 ウゴは思わず怒鳴りかけ、そして思いなおした。

(ダメダメダメ。こいつに何を云っても無駄だ、無駄)

 早くもそんな悟りの境地に達したのは、子どもだったころにたびたび繰り返された経験もあったせいだろう。

(平常心、平常心)

 それが、彼女の側にいるときに最も大事なものなのだ。


 途中、城の使用人やエンリーケの臣下たちとすれ違ったが、彼らは、いささか不思議な風体をしたファハドに訝しげな目をくれたものの、まさか彼がゴーレムだとは思わないようで、ウゴが、「新しい客人です」と説明すると、一応納得した表情で引き下がっていった。

 このまま、無事に外に出られるかな――とウゴが安心しかけたころ。

 臣下を引き連れたエンリーケとばったり行き当たった。

「あ。伯爵。こんにちはー」

 能天気かつ無遠慮な笑顔を寄越すアデリーナに、エンリーケは一瞬眉間にきつい皺を寄せたものの、すぐにその、猛禽類を思わせる鋭い目をファハドに向けた。


 研究バカは相手しないに限ると、ごくごくわずかな間に見切ったあたり、やはり伯爵は只者ではないなと、ウゴは心の中で感嘆した。


「その男は?」

 エンリーケが低く訊ねる。

「あー、この人は……」

 ウゴはとっさに云い逃れを考えた。

 エンリーケは、野心家だ。ただその下について行くだけなら、その強い野心はとても心強いものなのだが、解放大戦以前の高度な神文字技術力をもって造られたゴーレムであるファハドにとって、それはかなり危険なものであるように思われた。


 今は古い記録や老人の昔話に残るのみだが、解放大戦では、多くのゴーレムたちが、人間の代わりに北から攻めてくる軍勢――つまりはウゴたちの祖先にあたる人間たちと戦ったという。話によれば彼ら異郷のゴーレムは、一体で、数十人の人間の軍勢に匹敵する戦力を所持していたそうだ。おかげで今でも、聞き分けの悪い幼児に対して、その親は「いい子にしていないと、ゴーレムが来るよ」と脅し文句を口にするのだが、もしエンリーケが、その云い伝えの戦力を当てにすることになったら、……


 ファハドは非常にまずい立場に追いやられることになる。


 だから、彼がゴーレムであると云うことは隠してこうと、ウゴはとっさに考えた。……のだが。

「ゴーレムです」

 アデリーナが、あっさり暴露してくれた。

 ウゴは、この考えなしで能天気(アホ)な幼馴染の口を、あらかじめ縫っておかなかった自分のうかつさを、本気で後悔した。

 思わず頭を抱えたウゴを措いて、周囲はめまぐるしく展開してゆく。

「ゴーレム?」

 エンリーケの目が、常よりさらに鋭さを増して、アデリーナとファハドの間をせわしなく往復する。

 アデリーナは、あっけらからんと頷いた。

「はい。伯爵もびっくりでしょう?ファハド――って、このゴーレムの名前です――は、地下で二〇〇年間眠っていたんです!それで、今後はあたしの研究を手伝ってくれるんですよ!」

 いや、そんなことは誰も云ってないぞと、ウゴはなおも頭を抱えながら小声で突っ込んだ。

 もちろんそんな遠慮深い突っ込みは、その場の誰も取り合わなかったが。

「地下?」

 明らかにその存在を知らなかったらしい、微かながらも驚きを見せたエンリーケに、アデリーナはまくし立てる。

「はい。すごいんですよ、伯爵!この城の地下には広大な図書施設があって、そこは本当に宝の山っ!もうあたし、感激のあまりめまい覚えました!何てったって、プラトンにソクラテス、ヘラクレイトスにパルメニデス!ゼノンにエラトステネス、アリストテレスにエウクレイデス……って、現在の西欧では失われてしまったと云われていた英知の結晶たる書籍が、数万単位で保管されていたんです!やっぱり、あたしの目に狂いはなかったんです。この城は宝の山でした!」

 きゃあきゃあ興奮にはしゃぐアデリーナの頭越しに、エンリーケは、ファハドに検分の目をくれた。

「まさかゴーレムとは……本当に人間と変わりが無いな」

「ありがとうございます」

 ファハドが恭しくお辞儀をして返すと、エンリーケは更に興味を募らせた様子で、低く呻いた。

「ふむ、会話もできるのか」

「アブド・アル=アリーム博士によって創造された自律型汎用ゴーレムは、全てこの特徴を備えております」

「身体機能は、人間と変わらぬのか?」

「基礎体力や身体の強度は、人間の平均値を上回るように設計されております。加えて軽微な損傷ならば、自己修復も可能です」

「その能力によって、二〇〇年前の大戦では、活躍したのか?」

 不意に、周囲の温度が下がった――ような気が、した。

「あいにくと私は、とある事情から戦場には出ませんでしたので、そのご質問にはお答えすることができません」

 ファハドはあくまで穏やかな態度を崩さない。が、その全身からは、これまで感じられなかったような硬質な、冷え冷えとした空気が感じられた。

 ファハドの態度の変化を感じ取っているだろうに、それに関してはまったく反応を見せず、エンリーケは鷹揚な様子で顎を持ち上げ、ゆったりとした口調で言葉を続ける。

「しかし、人間と戦闘をすれば、お前たちの方が有利なわけだな」

「状況によります。私たちゴーレムは、万能ではありません。現に、二〇〇年前の大戦では、あなた方の祖先である北方の蛮族――失礼、私の主人を始めとする方々は、あなた方の祖先をそう呼んでいたのです――あなた方北方の軍勢に敗れ去ったわけですから」

「しかし、かなり苦戦したと記録にある」

「それは……」

「この地方都市にあったゴーレムは、数十体の単位でしかなかったと云う。その数十体のゴーレムが、数千の軍勢を、三ヶ月間にわたって撃退し続けていたと、古い記録にはある。一騎当千という言葉があるが、お前たちゴーレムは、まさしくそれだな」

「先ほども申しましたとおり、私は戦場には出ませんでしたし、今後も出るつもりはありません。あいにくと、私はあなたの臣下ではありませんから、あなたの命令を聞く義務もないのです」

 そしてあなたには、私に意に沿わぬ行為を強要する力はありませんねと静かに、しかしきっぱりと宣言するファハドに、エンリーケはにやりと、底の知れない笑みを見せた。

「お前自身に命令せずとも、手段ならいくらでもある」

「それは……」

 エンリーケは、瞳に警戒の光をともしたファハドから、その脇で、二人のやり取りを、眼をキラキラきらめかせながら観察しているアデリーナへと、視線を移した。

「アデリーナ、お前は、このゴーレムとたがわぬ性能のゴーレムを再現しろといわれたら、できるか?」

 問われたアデリーナは、数瞬考え込んだ後、ふかぶかとうなずいた。

「時間はかかりますけれどもね。多分できますよ。資料と現物が目の前にありますし。あとは伯爵が、研究設備と道具をどれだけ揃えてくれるかによります」

「では、造れ。費用はいくらかかっても構わん。量産できる体制を構築しろ。無論、この儂の命令に従順なゴーレムをだぞ」

「了ー解!」

 あっけらからんと頷くアデリーナに軽く頷いて満足の意を表したエンリーケは、そしてもうゴーレムのことなど忘れた様子で去っていった。


 エンリーケ一行が立ち去って行って後、ウゴは怒り顔でアデリーナに詰め寄った。

「おいっ、今のはどう云うつもりだよ!?」

「どう云うつもりって……どう云うこと?」

 本気で判っていないらしい、きょとんと首をかしげるアデリーナに、ウゴはますますいきりたった。

「今の話だよ。伯爵に従順なゴーレムを量産するって、お前、それがどんなことなのか判ってるのか!?」

 アデリーナは、あっさり首を振った。

「さあ?あたしはただ、神文字とゴーレムの研究ができればいいわけで、ゴーレムの量産は、その研究の延長線上にあることで、別にしても構わないから、そう云ったんだけど」

 本当に知らないらしい、きょとんと両目をしばたたくアデリーナに、ウゴは顔をしかめて舌打ちした。

「あのな。本を読んで神文字を描いて怪しい道具を作ってれば幸せな、うかつで粗忽で考えなしで天然なお前はどうやら知らないようだが、今この王国では、国王と、王国陸軍元帥の地位にある陛下の異母弟との間が険悪になっててな、内戦のきな臭い臭いが漂い始めているんだよ!」

「あら、兄弟げんか?兄弟なら、仲良くしてれば良いのに」

「いきなりスケール小さくなるな。王家なんてモンに生まれついちまうと、庶民には想像もつかない複雑な事情ができてくるんだよ。……たぶんな。オレも知らねーけどさ。国王だって、王弟殿下だって、周りにいろいろ取り巻きができててさ、その取り巻きがまた、自分たちの都合やら利害やら感情やらでぎゃーぎゃー動くから、どうしたって、険悪になっちまうんだよな。きっと」

「窮屈ねえ。結局、うちみたいに貧乏なのが一番良いのかしら。お兄ちゃんお姉ちゃん、みんなあたしに優しいわよ」

「ホアンおじさんがその言葉聞いたら、泣くぞ」

 日々食べるものや着るものに困ったわけではない、兄はそれぞれ王都の学校に進学し、姉は相応の持参金を持って縁付いている彼女の家は、暮らしぶりは質素だが、貧乏ではないのだ。

「とにかく、だから国王も、王弟殿下も、今は国内を駆けずり回って自分の戦力を確保するのに必死になってるんだ。うちの閣下は国王派で、国内の主要貴族は大抵国王についてるんだけど、ほら、相手が元帥だろ。陸軍の主力を押さえてるから、実は結構押されぎみなんだよ。軍閥貴族は元帥の方に着いちゃってて、国王の手元にはあんまり実戦力がないんだ」

「じゃあ、負けてるってこと?」

「まだ実際の戦さはしてないから、負けてはいないけど、空気じゃ押されてる」

「負けたらどうなるの?」

「とりあえず、オレたち庶民は、あんまり出しゃばらなければ関係ない話ではあるよな。新しくやって来る人に、ようこそいらっしゃいましたって挨拶して、あなたを領主と認めますと云って頭を下げて、租税を不足なくきちんと納めることを約束すれば、向こうも放っておいてくれるだろうしさ」

「だったら、別に良いじゃない。何がそんなに問題なの?」

「オレたちはな。閣下は違うだろ」

「そうなの?」

「そうなの。閣下くらい大物になると、向こうでも放っておくことはないだろうな。たぶん、閣下を処刑かなんかして、爵位と財産は、伯爵家の一族のなかから、自分たちの云いなりになる男を選んで与えるんじゃないかな。実際、それを当て込んだ血縁筋の男か誰かが向こうの陣営に駆け込んだって、前に聞いたことあるし」

「首のすげ替えだ」

「そうだな。だから閣下としては、自分のためにも、負けるわけにはいかないんだ」

「だったら勝つほうにつけば良いのに」

「お前じゃあるまいし、ンな節操なしなことができるか。そもそも今更寝返ったところで、向こうだって警戒して受け入れてくれないって」

「難しいのねぇ」

「難しいんだよ。まあ、閣下は野心家だから、自分の勢力を伸ばすチャンスをいつでも伺ってるってこともあるんだが。軍事力的には劣勢だけれど、王は王だ。庶出の王族よりもよほど正当性はある。大義は王の方にあるんだ。その王に助力して、勝たせることができれば、この国における閣下の発言力と影響力は、倍増するだろ」

「味方するなら弱いほう――ってことね」

「だな。で、そんなときにお前が来た。お前はゴーレムを造れると請け合う。それがどう云うことを意味するか、閣下が何を考えているのか、これだけ教えれば解るだろ?」

「うんと、……人間の召使の数を減らせるぞ~、とか?」

「この期に及んで何で人員整理せにゃならないんだ」

「農作業人員増やして食糧増産体制に入るぞ~とか?お洗濯とか肥やし作りとか石鹸作りとか、とにかく大変な作業はこいつらに任せて、楽できるぞ~とか」

 ウゴは、じとっと座った眼でアデリーナを睨みつけた。

「お前、わざと云ってる?」

「え?だって後ゴーレムにさせることって云ったら……」

「戦争」

「そう、戦争があったわね……って、へ?」

「さっきから云ってるだろ。今この国は、国王派と王弟派に分裂して、内戦の機会をうかがっているって。お前の作るゴーレムが、そのきっかけになるかも知れない――ってか、なる。絶対なる」

 真剣な表情でそう断言したウゴを、呆然と眺めること少し。

「はぁ……そう来るか」

 アデリーナは、疲れたようにがっくりと肩を落としてため息をついた。

 面倒くさいなぁ、と、本当に面倒くさいと思っているらしい表情で呟いて髪をかきむしるアデリーナを、ウゴは不思議な思いで見た。

「あんまり切羽詰った落ち込みしないな。お前のせいで戦争が起こるかも知れねーんだぞ?」

「けど、あたしがファハドレベルのゴーレムを作り出せるようになるのは、はやくても一〇年後だよ」


 早くても十年後。


 その単語がウゴの頭にしみこむまで、かなりの時間がいった。

「……はい?」

 ウゴはがっくりと口を開けて絶句した。

「下手すりゃ三〇年後。そんな後まで、今と同じ政情が続くわけ?」

「さんじゅうねん……」

 腰に手を当てた格好で、アデリーナはウゴの顔を覗き込んだ。

「あんたさ、神文字とかゴーレム製造の技術とか、舐めてない?いくらあたしが天才だからって、これほど完璧な、芸術品とも云える作品を、ぱぱぱっと模倣製造できるわけがないでしょ!」

「いや、だって、あんまりあっさり伯爵の命令に返事するから、オレてっきり……」

「多分伯爵も、そんなすぐにできるとは思ってないでしょ。つか、普通は思わないよ。あたしの館で見たゴーレムとファハドとでは、レベルが違いすぎるもん。ただ、研究過程で色々判明する成果を利用できたらラッキーぐらいに思ってるんじゃないのかな」

「そんな……じゃあオレの心配は……」

「徒労でしょ」

「……そんな」

 気負っていた分、気落ちも激しかった。

 落ち込んで床にのの字を描き始めたウゴはもはや相手にせず、アデリーナはファハドに向き直った。

「そう云うわけだから、ファハド。協力よろしくね」

「ですが……私にはズフラ様の眠りを守ると云う使命があります」

「もちろん、それをしながらで良いわよ」

「できれば私は、ズフラ様のお側を離れたくないのですが」

「んじゃ、あたしが聞きたいことができるごとに、あんたんとこに行くわ。あんたもさ、動力源確保のために、神文字用のインクだとか、いろいろ入用でしょ?だから相互扶助ってことで。了解?」

 まさか断られるなんて思っていないのだろう、アデリーナはひとりで決めこんだ。「んじゃ、そうと決まったら最初の予定通り、ズフラさんのお墓を作りに行きますか。どうせなら、近い方が良いわね。そのほうがあたしも行きやすいし。……って、いっそのこと、このお城の敷地内に作っちゃわない?ここって結構広いし、人気のない隅の方なら、構わないんじゃない?」

「それは、ですが……」

「もともとここって、ズフラさんたちが信仰していた宗教と関係のあるお寺だったんでしょ。だったら外の野っぱらに埋めるより、ここにいたほうが、ズフラさんも安心できるんじゃないかな。伯爵だってどうせ、気にしないわよ。ここはこんなに広いんだもん」

「とか巧いこと云って、自分がファハドをあんまり遠くにやりたくないだけだろ」

 ぼそっと呟かれた低い突っ込みに、アデリーナは感心したようにその顔を、背後でまだ膝を抱えてしゃがみこんでいるウゴの方へ向けた。

「あら、ウゴのくせに云うじゃない。けれど双方の利益が合致する合意点が見つかるなら、これほどいいことはないでしょ」

「お前のは、自分の都合と欲望に他人を沿わそうとしているだけだ」

「いやねぇ、疑り深くて、自分の考えに固執する男って」

 これ見よがしに蔑みの表情を作り、肩の高さに手を持ち上げてため息をつく姿が癇に障った。

「お前なあ!」

 が、ウゴが怒りを破裂させる前に、アデリーナはするりと話題を変えた。

「じゃ、そう云うわけで。ファハドは、朝陽の当たるところと、夕陽の眺められるところと、どっちがいい?朝と夕方と、ズフラさんはどっちのが好きだった?」

「ズフラ様は、どちらかと云えば朝方の清澄な空気を好んでいらっしゃいました」

「じゃあ、東南の土地が良いわね。良いところを探しにいこっか」

 云うなりさっさと歩き始めたアデリーナに数拍遅れて、ファハドもその後を追って歩き始める。ため息しいしいい立ちあがったウゴは、その隣に並んで歩きながら、気遣わしげにファハドを見上げた。

「あのさ、ファハド。嫌だったらそう云いなよ。リーナははっきり云わなきゃ判らないやつだから――ってか、はっきり云っても判らない場合もあるけれど――黙ってると、あいつのペースに巻き込まれて、結局良いように利用されちまうからな」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私は特に気にしておりません」

「そうか?かなり傍若無人な態度とってるだろ、あいつ」

 ファハドは苦笑した。

「さようですね。ですが、あそこまで突き抜けていらっしゃると、かえってすがすがしいです」

 眩しいものを見るようなファハドの目が、気になった。

「あの、さ。解ってるとは思うけれど。いくら顔が似ていても、あいつはズフラさんじゃないんだぞ?」

 遠慮がちに云われたファハドは、一瞬きょとんと両目をしばたたいた。

「はい。存じております。アデリーナ様は、ズフラ様とは違う方です。ズフラ様はおとなしく温和で、常に自分のことよりも他者のことを思いやる、とてもお優しいお方でいらっしゃいました」

「リーナと真逆だ」

 思わずウゴが呟くと、ファハドはまた苦笑した。

「さようですね。アデリーナ様は、常に活き活きと溌剌としていらして、人間の生命の強靭さを体現されたような方ですね」

「いや、そんな良いもんじゃない……と思うけど」

 話をしていた分、足が遅れた。

 アデリーナが二人の行く先で立ち止まって、「遅ーい!」と腕を振り上げている。全身に陽射しを受けた彼女の髪は真っ赤に燃え立っていて、なるほど、強靭な生命力の表れと見えないこともないなと、ウゴも思った。

「ファハドもウゴも、早く来なさいよ!」

「あー、早く行かないと、癇癪起こしそうだな」

「さようですね」

 ちらりとかすかな笑みをかわした二人は、

「今行くよ」

「はい、ただ今」

 多少歩調を速めた。


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