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神文字使いの魔女とゴーレム  作者: killy
出会いは爆風とともに
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お気に入り登録ありがとうございます(*^^*)

 自分の身体に絡まって残っていたズフラの衣装で、彼女の亡骸をそっと包んだファハドは、二人を、とある壁の前に導いた。

「ここがどうかしたの?」

 不思議そうに壁とファハドの顔を交互に見あげて訊ねるアデリーナの目の前で、ファハドはその一角に素早く指を走らせる。と、音もなく壁が割れて、人が五人も入れば一杯になってしまうくらいに狭い小部屋が現れた。

「お入りください」

「うん、解った」

 ファハドが恭しく促すのに従って、アデリーナはすたすた、微塵のためらいも見せずに小部屋に入りこむ。

「お、おい、リーナ……」

 対するウゴは、及び腰で動かない。――と云うより、動けなかった。

(なんでこんな、見るからに怪しい場所に、無造作に入って行けるんだよ、お前ときたら!無神経にもほどがあるぞ!!つぅかあれか!?お前には、常識という概念や、空気を読むという概念のほかにも、恐怖を感じる人間らしい心もないのか!?)

 家具も何も置かれていない、小柄なウゴが横になって眠るだけの広さも無い、ついでに今自分たちに向かって開いている入口以外に、別なところに通じている扉も何もない、用途が全く想像できない狭い空間に入ってどうするというのか。ウゴには全く理解できなかった。

(もしかしてもしなくても、ここって牢獄か何かじゃねーの?オレたち、閉じ込められるんじゃねーの!?)

 考えてみれば彼――ファハドは、異教徒が、異教徒のために作った「物」なのだ。ウゴたちにとってみれば遠い祖先が行った「解放戦争」だって、当時から今まで眠りについていたファハドにとってみれば、つい昨日の出来事だろう。


 人間のように悲しみを感じる心があるということは、人間同様、怒りを覚えることだってできるということでもある。


 恨みつらみ憎しみといった負の感情が、戦争当時と変わらず残っている可能性が高い。


 ファハドにとって、ズフラはなるほど、大切な人だったかもしれないが、ウゴやアデリーナはそうではないのだ。むしろ敵の側だろう。そうすれば当然、彼女の氏に対する認識やそれに伴う感情だってことなっているはずだ。

(地上へ案内してくれるって請け負ってくれたけど、それが本当だって保証はないんだよな。……もしかして、逃げた方が良いんじゃないか?)

 そう思いなおしたウゴは、ファハドに悟られないようこっそりと、アデリーナに目くばせを送った。

 が、新しく洗われた空間に好奇心満々の彼女は、そんなひそやかな合図には勿論気がつかない。

「ねえねえ、ここに入るとどうなるの?」

 アデリーナに気づいてほしいあまり、変顔を連続して作るウゴには全く目をくれぬまま、四方八方に視線を投げかけ、届く範囲の壁をぺたぺた触りながら訊ねる彼女に、ファハドは穏やかに教えてくれる。

「地上へたどり着けます」

「地上に?階段を上らないでいけるの?どうして?」

「この小部屋は昇降機と呼ばれるものでして、階段の上り下りをせずとも、空間を上下に移動できる装置なのです」

「しょうこうき……へぇ!原理はどうなってるの?動力はやっぱり神文字なんでしょう?」

「動力は、おっしゃる通り、神文字です。原理は、簡単に申しますと、地上からここまで縦に細長い穴を通してありまして、この小部屋が上下に行き来するようになっています」

「へぇえ!」

 アデリーナの眼が、知的好奇心をともしてさらに強烈にきらめいた。

 ここには壁しかないけれど上下移動する装置はどこにあるのかとか、神文字はどのような構成になっているのか、などとアデリーナはファハドを質問攻めにし始める。

 ファハドは、興奮のあまり自分に掴みかからんばかりに詰めよってくるアデリーナから、ズフラを包んだ包みを護りつつ、アデリーナの肩にやんわり手を置いて押しとどめた。

「全部説明しますと長くなりますし、ここはひとまず地上に出ませんか?」

「そうね。どうせなら明るいところでメモとりながら聞きたいし。……じゃあ、そうしましょうか!」

 頷いたアデリーナは、そうしてようやく、ファハドの背後で驚愕の表情を作っているウゴに気がついて、きょとんと首をかしげた。

「ウゴったら、なんでそんな変な表情してるの?」

「なんでって……」


(勝手にファハドのことを疑って誤解して、それで焦ってたなんて、云えるわけねぇよなぁ……)


 ウゴは疲れたため息をついて首を振った。

「何でも無い」

「ふーん、……?」

 アデリーナはいぶかしげな表情を浮かべたものの、それ以上の追及はしなかった。

「じゃあ、早くこっち来て、この昇降機に入ってよ。じゃないといつまでも上がれないでしょう」

「はいはい」

 ウゴはのろのろとファハドの脇をすり抜けて、狭い室内に入り込んだ。

「大丈夫ですよ。今しがた軽く回線の走査をしてみましたが、昇降械の機構回路に異常は見られませんでした。動力も、数回往復する分でしたら、まだ残っている様子です」

 どうやらウゴが、安全性について疑問を抱いていると受け取ったらしい、ウゴに続いて昇降機に乗り込んだファハドが宥めるようなほほ笑みを浮かべてそう云った。

「回線の走査って、いつの間にそんなことをしたの?」

 アデリーナが驚いたように、興味深そうな表情でファハドに訊ねる。

「今しがた、です。昇降機は、外のこの壁の部分がコントロールパネルになっているのですが、ここは同時に回線の外部接続回路にもなっていまして、自分のようなアリフ-ヤーウ系のゴーレムは、手のひらを通じて回線にコンタクトが取れるようになっているのです」

「コントロールパネル?コンタクト?」

 耳慣れない単語が頻出される説明に、アデリーナは顔をしかめた。

 その表情のまま、内容を咀嚼するようにしばし考え込む。

「……つまりファハドは、触ることでこの昇降機の状態を診断できるってこと?」

「そうですね。そう思ってくださって結構です」

 ファハドが頷くと、アデリーナはぱっと顔を輝かせた。

「すごいね。この城にある他の仕掛けも、そんな風に診断できるの?」

「回線が開放されていれば、同様にできます」

「すごいなぁ。じゃあ、あとで城中の仕掛けを診断して、使えるかどうか確認してね」

「この寺院におきましては、私は部外者ですので、どこにどのような仕掛けがありますの、私もあまり存じておりませんが……」

 ファハドは言外にやんわりと断りを入れるが、勿論そんな遠回しの云い方ではアデリーナには通じない。


 空気は読まない。たとえ読んでも自分の欲望を優先させるのが彼女、アデリーナだ。


「じゃあ、一緒に城中すみずみまで回って探そうか!」

 元気良くそんな提案をするアデリーナに、ファハドは穏やかな微苦笑を浮かべて返答をはぐらかした。

「昇降機を動かします」

 彼がそう云うなり、不意に扉が閉まって身体が宙に放り出されるような、ふわりとした浮遊感が襲った。

「うえっ!?何!?」

「何が起きたの!?」

 ウゴの錯覚などではなかったらしい、アデリーナも驚いたように、興味と好奇心にきらきら光る眼で周囲を見回している。

「昇降機を動かしたのです」

「へーぇ!」

「すぐに地上につきますよ」

 ファハドが云い終わるのとほぼ同時に、身体が一瞬重みを増したような感覚が二人を包んだ。後、地下で見たように、壁がするすると音もなく滑って開く。

「到着しました」

 どうぞ、というファハドの勧めに従って外に出たウゴは、顔を照らす強烈な日の光に思わず目を細めた。

「眩し……」

 やがて、徐々に光に慣れてきた目で周囲を見回す。そこは、先刻地下に入り込んだ入り口のある中庭からだいぶ離れた西棟にある一室だった。午後になると射し込む西日が厳しいためもあって、普段は使われていない一角にある部屋なので、今も辺りに人の気配はない。物置代わりに詰め込まれた椅子やテーブル等の家具類にうっすらと埃がつもっている様子が、普段ここに人が全く立ちいらないことを示している。

 ウゴに続いて室内にぴょんと踊りでたアデリーナは、興味深そうにあたりを見回した後、ウゴに宣言した。

「ウゴ、あたし、ここにする!」

「何をだ?」

「あたしの部屋よ。伯爵に、手配するように云われてたでしょ。見たところ、ここは誰も使ってないようだし、ちょうどいいじゃない?」

 にこにこ、満面の笑みで云いきるアデリーナを、ウゴは座った眼でじとっと睨みつけた。

「とか云っておまえ、あの地下の本を独り占めするつもりだな」

 アデリーナは本気で驚いた表情をした。

「あら、鋭いじゃない。ウゴのくせに」

「何だその、オレのくせにとか云うのは!」

「だってあの本を読んで有意義に利用できるのなんか、この王国でもあたしぐらいなものよ?」

 薄い胸を張って、アデリーナは自信満々に云い切る。

「お前なぁ、……」

「本当のことじゃない」

 罪悪感などまるで感じていないらしい、恬然と云い張るアデリーナにこめかみを抑えてため息をひとつ吐いたウゴは、そして、二人のやり取りを無視して部屋を出てゆこうとしているファハドに気がついて、呼び止めた。

「ファハド、どこへ行くんだ?」

 問われたファハドは、足を止めてウゴの方へ、身体ごと向き直った。

「ズフラ様に休んでいただく場所を探しに。街を見下ろせる高台かどこかに、ズフラ様のお好きだった花を植えてお慰めしようと思っております」

「そっか。……あ、でもその格好じゃあ、ちょっと目立つと思うぞ」

「さようですか?」

 ファハドはきょとんと、改めて自分の身体を見降ろした。

「確かに衣服は傷んでおりますが、だからと云ってさほど人目を引くとは思いませんが」

 自分はゴーレムですから、と淡々と言葉を口にする様子からすると、ファハドが活動していた過去の王国では、そうだったのだろうとウゴは推測する。

 が、残念ながらここは、ゴーレムがありふれた日常の光景だった過去の王国ではない。

「目立つよ、マジで」

「さようですか」

 異国の、それも数百年の歳月を経――最終的には先刻アデリーナがとどめを刺し――てぼろぼろの布切れになった衣装を見下ろして、戸惑ったように眉を寄せるファハドに、ウゴは提案した。

「ちょっと小さいだろうけど、オレのでよければ、貸してやるけど?」

 なんとなく、この大切な人を亡くして傷心のゴーレムを助けてあげたいと思ったのだ。

「ありがとうございます。ご迷惑でなければ、お願いします」

「了解。じゃあ、とって来るから、ちょっと待ってろ」

 幸か不幸か偶然か、ウゴの部屋はここから近かった。換えの衣装を抱えて戻ってきたウゴは、扉の前にたどり着いたとき、アデリーナがファハドに、話しかける声を聞いて、足を止めた。

「あんたくらいの自律性を持ったゴーレムなら、自分で神文字を描いて自分の動力を確保するのは簡単なことでしょ?それをしてなかったって事は、あんた、もう動く気はなかったんじゃないの?」

 ファハドが小さく苦笑する気配が感じられた。

「アデリーナ様に隠し事はできませんね。その通りです。できれば永遠に、再起動などしたくありませんでした」

「なんで?」

「再起動を見込めない永い眠りは、人間の云う『死』に近しいものでしょう。私は、できれば『死に』たかった。ズフラ様がいらっしゃらない世界で、私だけが生きている理由はありませんから」

 ズフラ様の最期の記憶を抱えて彷徨うなんて、辛すぎます――と付け加えるファハドの声を聞かず、アデリーナは自信満々に胸を張った。

「理由ならあるじゃない。このあたしに、神文字とゴーレムに関する過去の技術知識を教えるって云う立派なもの――痛っ」

 アデリーナが最後まで云うより先に、ドアを勢いよく開けて彼女に駆け寄ったウゴは、その頭を叩いて黙らせた。

「ウゴ!何すんのよ、いきなり現れて」

 叩かれたアデリーナは、自分の頭を押さえて唇を尖らせ、ウゴを睨みつけた。

 ウゴも負けじと睨みかえす。

「てめえは、何が何でも自分の好奇心を満たすこと中心に考えるんじゃねえっ!」

「好奇心なんかじゃないわよ。これは、純粋な、学術的な探究心だもの」

「言葉づら変えただけじゃねーか!」

「あら、云い回しは大切よお」

 にっこり、咲うアデリーナに、ウゴは怒りを抜かれて脱力した。

「てめぇのは云い回しじゃなくて、単なる屁理屈だ」

 ファハドに着替えを渡したウゴは、アデリーナに部屋を出て行けと手ぶりで示した。

 当然、アデリーナはいぶかしげな、不満そうな表情を見せる。

「出て行けって、なんで?……はっ、もしかしてウゴ、ファハドを独り占めするつもりね!?」

 そんなことさせないわよと、胸の前で両手のこぶしを握り締めて臨戦態勢をとるアデリーナに、ウゴは疲れた息を吐いた。

「お前じゃあるまいし、誰がンなことするかよ。ファハドはこれから、着替えるの。男の着替えなんて、女のお前が見ていいもんじゃないだろ?」

「あら、あたしは構わないわよ……っていうか、見たいし」

「オレは構う!……って、見たいって何をだよ!?」

「さっきから云ってるじゃないの。ファハドの下腹部から鼠径部、その器か――」

 アデリーナが云い切るより先に、ウゴはその小さな顔面に持ってきた服を叩きつけて黙らせた。

「女が露骨に男の身体に興味示すんじゃない!」

「だから、ファハドは男じゃなくて、ゴーレムでしょ!」

 どうしてこんなに解りきったことを何度も云わせるのかと、かぶったウゴの服の下から不満そうな表情を出してアデリーナが云い張る。

 ウゴは真っ赤な顔で怒鳴り返した。

「ゴーレムだが、造りは人間と変わんねーだろ!」

「だったら余計に見なくちゃ」

「なんだよ、その、好奇心募らした顔は!!」

「学術的な興味を追求する心をなくしたら、人間は単なる動物と同じところに堕ちるわよ」

「お前のは、好奇心だろうが!」

「だって気になるじゃないの。本来食事を必要としないゴーレムに、どうして排出器官をつけたのかとか、つけることによってどんな利点があるのかとか」

「否定しなかったな!お前、自分が好奇心持ってファハドの裸を見たがってるんだって、否定しなかったな!?」

「知りたいと思う心に名前をつけること自体が、無駄なことだと思うの」

「無駄じゃねーよ!」

「いやねぇ、小さいことにこだわる男って」

 両手を肩の高さまで上げて、これ見よがしにため息をついてみせるアデリーナに、そのときファハドがおずおずと申し出た。

「あの……私のほうからも、できればアデリーナ様には席をはずしていただきたく、お願いいたします」

「へ?もしかして、ファハド、恥ずかしいの?」

 ファハドは軽く目を伏せた。頬骨の辺りが淡く紅潮しているように感じられたのは、気のせいだろうか。ウゴには判然としなかった。

「はい。そのような見苦しいところは、ズフラ様にもお見せしなかったものですから」

「あたし、ズフラって人じゃないんだけど」

「存じております」

 にっこり、穏やかにファハドは云い切る。

 内面をのぞかせない、ファハドの完璧な笑顔をしばらく見上げたアデリーナは、やがてしかたないなぁ、と肩をすくめた。

「……まあ、嫌がるのを無理に見るのは良くないわね。けど、その滑らかに動く身体構造とか、いずれ絶対見せてよね」

 口ではぶつぶつ云いながらも、アデリーナは存外素直に部屋を出て行った。

「戸の外で待ってるから。着替え終わったら、ちゃんと呼んでよ?」

「承知しました」

 穏やかに請け負って着替えを始めたファハドを手伝いながら、ウゴは助言した。

「解ってると思うけど、リーナのペースにあんまり乗せられるなよ。あいつ、機会さえあれば絶対、お前を解剖しようとするぞ」

「ズフラ様の御身柄を埋葬させてさえいただければ、後は別に、何をされても構いません」

「お前……」

 シャツのボタンを留めてあげていた手を止めて、ウゴはファハドを見上げた。ウゴを見つめ返す瞳は、哀しいほど穏やかに澄んでいた。

「お前、まだ死ぬ気なんだ」

 ファハドの微笑が深まった。

「残念ながら、私は、人間やその他創造主がお創りになられた生き物とは違って、死ねるようにはできておりません」

「でも、二度と動かないような状態になることは、できるんだろ。それは死ぬと同じだって、さっき云ってたよな」

 先ほどアデリーナと交わしていた会話を思い出してウゴが訊ねると、ファハドは、寂しそうな淡い微笑を答えに寄越した。

「なあ、なんでそんな――」

 云いかけて、自分がもう何度もその答えを耳にしていたことに気がついたウゴは、唇をかみ締めた。

「ズフラって人は、お前にとってそんなに大事な人だったんだ」

「大事とか、大切という言葉では云い表せませんお方でした。ズフラ様は私の全てであり、全てをなくした私は、存在意義を失いました。それだけのことです」

 淡々と告げる口調が、かえって彼の喪失感の深さと大きさを表していた。

「これから、どうするんだ?」

「ズフラ様のお側で、動力の切れるときを待とうかと思います」

「そんな……」

 そんな寂しい時間の過ごし方があるだろうか、とウゴは胸を突かれた。大切な人をなくしてしまった悲しみを抱きしめながら、自分の死ぬときを待って、ただ時をつぶすだなんて、それはあんまり哀しすぎるとそう思う。

(でも……)

 ファハドの気持ちを変えられるような言葉など、どこをどう探しても、ウゴは持っていなかった。そんなのは間違っているとか、きっとズフラって人もそんなことは望んでいないはずだとか、そんなことなら云える。けれど、それではファハドの心に届かない。そんなありきたりの説教なんかで変えられるのなら、ファハドはきっともう、自分でその道を選択していたはずだ。それができなかった以上、他人がどうこう云ったところで、変わるはずがないのだ。

 自分を含めた全てを差し出しても惜しくない、何に換えても守りたい、そんな大切な存在を、ウゴはこれまでに持ったことがなかったし、ましてや失ったことがあるはずがない。その喪失感は、ウゴの想像をはるかに超えたかなたにあった。

 呆然と言葉を失ったウゴに、ファハドはすまなそうな目をくれた。

「私ごとでウゴ様のお心を煩わせてしまいました様子、申し訳ありません」

「“様”なんていらないよ。そんなたいした生まれじゃないし」

「ですが……」

「それよりさ、良ければオレにもズフラさんの埋葬、手伝わせてくれないかな」

「え?」

 ファハドの双眸が、驚いたようにかすかに揺れた。

 その表情を、否定のためのものと受け取ったウゴは、慌てて云い添えた。

「あ、もちろんファハドの大事なズフラさんには触れないよ。ただ、ズフラさんに眠ってもらう場所の選定の案内とか、穴掘る手助けとか、そんなのをさせて欲しいんだ。あんたを見てたら、何となく、手伝いたくなった」

「ですが……私たちに何のかかわりもありませんウゴ様に、そこまでしていただくなんて、心苦しいです」

「じゃあ、さ。その代わりと云っちゃナンだけど、あんたとズフラさんの話を聞かせてよ。どうやって出あって、どんな風に一緒に過ごしたのかとか、ズフラさんはどんな人で、どんな風にあんたに笑いかけてくれていたのかとか、そんな話を、ちょっと聞きたい」

「長くなりますよ」

「構わないさ。どうせオレ、暇人だし」

 部屋の外でいい加減待ちくたびれたアデリーナが「ねえ、まだぁ?」と不満そうに戸を叩く音を聞きながら、二人はひっそりと笑いを交わした。


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