国が異世界召喚をやらかしたら、巫女に婚約者を略奪されました
異世界召喚というものをご存じだろうか。
読んで字のごとく、異なる世界から召し出すことだ。
では、何をか。
このたびファラドエイル王国が呼び寄せたのは、一人の少女だった。
わざわざ世界を跨いで拉致誘拐をかましたわけだから、原因にはそれなりに深刻なトラブルがあった。言い訳がましいが、それは確かだ。
そして、召喚された少女は見事にそれを解決してみせた。
ここまではいい。予想以上の素晴らしい成果だ。
だがしかし。
――目下、まさに現在進行形で起きている厄介事は、ことごとくその少女に起因しているのだった。
ひゅっと息を飲み、フェアは目の前の扉を勢いよく開け放った。
歓談の声がぴたりと止む。視界に飛び込んできた光景に、フェアは内心で頭を抱えた。王子に神官、騎士、文官に至るまで。若い要職者はことごとくここに集まっているのではないだろうか。将来有望な見目麗しい青年が集う光景は、ただ単純に夢見る乙女であれば胸をときめかせて感嘆の息を吐いたかもしれないが、フェアが覚えるのは頭痛だけだった。
ちなみに現在時刻は午後三時。揃いも揃って勤務時間のまっただ中である。
乱入者に対する胡乱な視線に怯みそうになりながら、フェアは第一王子の首席補佐官として声を放った。
「殿下、仕事が溜まっております。速やかに業務にお戻りください」
「……休憩中だ」
「すでに十分すぎるほどの休憩をお取りでしょう」
不満げな目を向ける王子の言葉を、フェアはどきっぱりと切り捨てた。
主君の身にかかる重責を思えば、一度や二度であれば見逃してもいい。一度や二度どころの話ではなく、連日この調子だから放置できないのだ。
溜まる書類、遅れるスケジュール。調整に苦労する限度はとうに超えている。
しかもそれが一人の少女によるものだというのだから、ちょっとお話にならない。
歓心を買おうと足繁く少女の元に通い、だらだらと時間を過ごし、ようやく仕事に戻っても完全に心ここにあらず。お話にならないどころか、そろそろ張り倒したい。
「今まで働きづめだったんだ、少しくらいまとめて休んだところで何が悪い」
「……殿下。王家と国政は民の血税で維持されているのです。殿下がこの国の王子であらせられる限り、果たすべき義務がございます」
忠誠を誓った主君とはいえ、許容できるものとできないものがあるのだ。
今日こそは言わせてもらうとばかり睨み合っていると、小鳥の囀りのような声が呟いた。
「わぁ、こわーい。迫力ぅ」
ぐっと声を飲み込み、フェアは胸を押さえそうになった手を握りしめた。
王子がここぞとばかりに言う。
「マナミの言うとおりだな。お前も少し、こいつの愛らしさを学んでみたらどうだ」
部屋のそこかしこで、忍び笑いが起きた。
ひっつめた黒髪に眼鏡の組み合わせは、お堅い女の代名詞だと同僚に言われた事がある。フェア自身は一生懸命仕事をしているだけだと思っているのだが、いつの間にか《氷の女》などというありがたくない綽名をつけられてしまった。
まったくもって、この少女とは正反対だ。
愛らしい顔立ちに朗らかな笑顔。それに潜んだ、そぐわない蠱惑。
マナミ・ユイノという異世界の少女は、この世界での呼び名を《雨呼びの巫女》といった。
渇水に苦しんだファラドエイルに久々の雨を呼び寄せた、異世界の娘。
フェアはこの国の高官として、彼女に同情も罪悪感もあるし感謝もしているが、それを素直に向けられない複雑な感情が胸を渦巻いていた。
なにしろこの巫女、いさかか魅力が過ぎるのである。
早い話が、接する男を次から次へと陥落させ、信奉者として侍らせているのだ。
例外はない。当初から世話を焼いていた若手神官も、神殿の勝手な召喚に激怒していた王子も、前例のない客人に警戒していた騎士団長も、ことごとくが彼女の前に膝を屈した。要はぞっこんに惚れ込んだ。花を求められれば部屋を埋め尽くし、音楽を求められれば日々劇場を渡り歩く。それもぞろぞろと信奉者を連れ歩いて移動するので、ものすごく悪目立ちする。
あいつら正気か、という目を向けるのは女性ばかりだという事実が、全てを物語っているだろう。
フェアは表面上は凍り付いたような無表情のまま、淡々と返した。
「……今はそのようなお話をしているのではありません。重ねて申し上げます、殿下。仕事にお戻りください」
「しつこい。雑務程度はお前が片づければいいだろう、俺の手を煩わせるな」
「殿下!」
とっくの昔にそうしている。主君がいなければ進まない仕事が溜まっているからここにいるのだ。
フェアが目元の険を深めたとき、思いも寄らない方向から援護射撃があった。
「だめだよ殿下、おねえさんの言う通りじゃない。お仕事はちゃんとやらなきゃ。ね?」
フェアは驚いて少女を見た。
少女は邪気のない顔で笑い、小首を傾げた。
その笑顔が自分に向けられていることにフェアは戸惑った。まさか後押しされるとは思わなかったのだ。
だが、これは好機だ。
冷静さを塗り固め、フェアは眼鏡を押し上げた。
「……ご理解ありがとうございます。さあ、殿下」
「そうそう。お仕事終わったら、また夕食のとき会えるでしょ? がんばって!」
「お前がそう言うなら……」
傍目にも渋々と腰を上げた王子は、フェアをひと睨みして部屋を出た。
それを追ってきびすを返したフェアの視界に、一人の青年が映る。
目立たない部屋の隅で、まるで事態を見守るかのようにたたずんでいた彼の存在に、フェアは最初から気付いていた。
中肉中背。薄茶の髪に新緑の瞳、人当たりの良い笑み。体躯を資本とする近衛にありながら、どこまでも穏和な雰囲気を持つ青年。
彼と目を合わせないよう、フェアはとっさに視線を伏せる。
背後から、巫女が無邪気にその名を呼んだ。
「ハース! ねえ、こっちに座って? いっつも壁ばっかりじゃない」
「……いえ、王子がお掛けになっていた席に座るわけには」
「もう、こっちの世界のひとってみんなそーゆーの細かいんだから!」
苦笑する柔らかな声から逃げるように扉を閉ざし、フェアはため息を飲み込んで王子の後を追った。
仕事は山積みだ。個人的なことに落ち込んでいる場合ではない。
気持ちを切り替え、王子の背中に向かって修正したスケジュールを読み上げた。
「四時より鷲宮で建築省の会議です。それまでに書類決裁をお済ませください。会議後は現地視察があります。戻りは巫女との夕餉に間に合わせますので、八時半より領主の陳情を――」
「フェア」
「これでも精一杯です。何でしょう?」
「お前、ハースとの婚約はどうなってる。破棄するのか」
今度こそ特大のダメージが胸を貫いた。
右手でバインダーを抱え、フェアはうなだれて色々な何かに耐えた。
「……今のところ、その予定はございません」
「ならいい」
一ヶ月後にはどうなっているかわかりませんけれど!と叫びたくなったが、フェアはひたすらうなだれて、衝動をやり過ごしながらよろよろと歩いた。
仕事中に、本気で泣きたくなったのは初めてだった。
要は単純な話だ。
婚約者を異世界の少女に横からかっ攫われてしまったのである。
「うーん、逆ハーものの裏ではこんな感じに被害が出てるわけか。大変だ」
「ぎゃくはー?」
フェアは怪訝な顔で訊ねた。この友人の言うことはしばしばよくわからない。
「そう、逆ハーレム。どこぞの異教の単語でね。もともとは宗教的理由から隔離された女性専用住居のことで、教義が一夫多妻奨励してたもんだから、転じて『複数の美女を侍らせた状態』を示す言葉になったわけ。で、その逆パターンの省略形」
「……異教には変わった文化があるのね……」
「いや、それ真面目に受け取るとこじゃないっしょ」
「サチの要求って、私には難しいことが多いわ」
「フェアは馬鹿真面目だなあ」
サチは眠たそうな顔で笑った。すらりとした長身の女性だが、彼女はいつも、どこかのんびりした倦怠を漂わせていた。
青い顔で仕事を終えたフェアを見るなり、部屋に引っ張り込んで酒を出した友人である。大して説明もしていないのに事情を読みとってしまうのは、彼女が《智恵の託宣官》たる所以だろう。
理解の難しい言動といい、長く立派な名前を頑なに縮めて名乗るところといい、サチは紛れもなく変わり者だった。だからこそ、こんな面白みのない自分と親しくしてくれるのだろうとフェアは思っている。
気の置けない友人と、暖めたワインは、泣き出しそうだった心を慰めてくれた。
婚約自体は家同士で用意されたものだったし、そもそも個人的に話すようになってまだ一年ほどしか経っていない。それでも傷ついてしまった自分に、正直なところ驚いた。
引き合わせられた日の、ぎこちない会話を今でも覚えている。
「お互い苦労性ですね」と苦笑したハースの穏やかさに、硬くなっていた氷がゆるく溶かされるような安心感を覚えたのだ。
まだ、一年も経っていない。それでもかけがえのない日々だった。
彼は優しかった。何よりも、フェアの仕事に対する誇りに共感して、尊重してくれた。ほとんど、生まれて初めて、異性に対して気を張ることを忘れられた。これ以上はないことだろうとおもったのだ。
「……この人となら、暖かい家族を作ることができるんじゃないかって思ってしまったの。……馬鹿よね、家同士の結婚なのに」
「いやいや、まだそうと決まったわけじゃないでしょ。何も言われてないんだし。あれでも近衛なんだからさ、普通に仕事してるだけかもしれないじゃん」
「わかるのよ。彼、ずっとあの子のことを見ていたから」
「あー……」
サチは苦い表情で頭を掻いた。フェアは泣き出しそうな顔で苦笑した。
気付いたのは必然だった。婚約者の視線が、誰を向いているのかなど。
いつも控えめで穏やかなハースが、焦がれるような強い目をしていた。そのときに感じた絶望は言葉にならない。
やがて、サチが大きなため息を吐き出して、切り替えるように口調を変えた。
「うん、わかった。次行こう次。フェアは美人なんだから、いっくらでもいい男がいるって」
「サチ?」
「フラれるの待ってビクビクしてるより、さっさとケリつけた方がすっきりするんじゃないかって話。そりゃ、あの巫女ちゃんが他の男を選ぶまで堪え忍んで待つってのも選択肢ではあるけどさ。あたしはやだな。戻ってくるとは限らないし、結婚前からそんなグダグダ抱え込んでやってくのはもっとやだ。フェアにはもっと年上で、理解だの人生経験だのがあって、思いっきり甘やかしてくれる男がいいよ」
考えたこともない話だった。
ぽかんとして見つめるフェアに、サチは視線を逸らした。
「……ごめん、無神経。いや本音ではあるんだけど、なんか見てらんなくて」
「ううん……。そう、そうね、そういう方法もある……」
家同士の繋がりだとはいえ、自分から白紙に戻すなど考えたこともなかった。
だが、いい方法かもしれない。
婚約者を自由にすることができて、自分はこの泣き出しそうな思いにけりをつけられる。中途半端な状況でずっと怯えながら、些細なことに傷つきながら仕事に支障を出すよりは、ずっと前向きで建設的な方法に思えた。
タンブラーの水面を物憂げに見つめていたフェアは、横から突然抱きすくめられて小さな悲鳴を上げた。
「きゃっ……サ、サチ? どうしたの、危ないじゃない」
「うんうんごめん。あのさ、あたしはフェアが大好きだよ」
さっぱり重みのないその言葉が、思いのほか胸に染みこんだ。
フェアはほろ苦く笑った。
選ばれなかったことに寂しさと孤独を覚えていたのだと、初めて気付いたのだ。フェア自身よりもよほど、この友人はフェアの感情に聡い。
サチが子供っぽい仕草で頭をぐりぐりと押しつける。そのまっすぐな髪を撫でて、「ありがとう」と呟いた。
こうと決めたら行動が早いのは昔からだ。
翌日の朝には約束を取り付け、フェアは忙しいスケジュールの合間を縫って王宮庭園の東屋に向かった。逢い引きに使われることが多いこの場所は、今は傾き掛けた陽光に照らされて、淡いオレンジ色に染まっていた。
ハースは先に訪れて、フェアを待っていた。
約束をすると、いつでも彼の方が早かった。そんな事を懐かしく思い出しながら、フェアは彼に声を掛けた。
「ハース。ごめんなさい、待たせてしまって」
「大丈夫だよ。俺も、ちょうど話をしたいと思っていたんだ」
「……そうでしょうね」
髪はほどいた方が好きだとハースが言ったから、彼と個人的に会うときはいつもそうしていた。
まとめたままでいるのは、仕事中だからというだけではない。
フェアはかすかな苦笑を浮かべた。
「忙しいのにごめんなさい。手短に済ませるわ。……あなたの気持ちは、分かっているから」
「フェア……」
ハースが驚いた顔を見せたので、ますます苦笑した。
「いいの、私は大丈夫だから」
「……それでも……妙な噂は立つだろう。君に負担をかけてしまう」
「仕方のないことよ。ほうっておけば、そのうち消えるわ」
「フェア」
名を呼ぶ、婚約者であった男を、フェアは泣きたくなりながら見上げた。
苦しげな、切なげな目だった。
「大丈夫、私は強いから。心配しないで」
「……ごめん。君も、ただでさえ大変なのに」
「お互い様だわ。もっと早くこうすべきだったのよ」
「…………え?」
たっぷり沈黙したハースが、何か重要な聞き間違いをしたような顔でフェアを見た。
「フェア、何を」
「すぐには難しいけれど、父には折りを見て話しておくわ。あとは家同士で話をしましょう」
「家? 何の話を……待ってくれ、フェア。話が見えな――」
ハースが焦りを見せて踏み出す。
そこへ、場違いな愛らしい声が割り込んだ。
「みーつけたっ! ハース、こんなところで何してるの?」
二人が二人とも、ぎくりとしてそちらを見た。
異世界の衣服を身に纏った巫女が、無邪気そのものの笑顔でハースに駆け寄った。
「……マナミ、どうしてここに」
「だってハースってば、約束ぜんぜん守ってくれないんだもん。紅茶の入れ方、教えてくれるんでしょ? ね?」
甘えるようにハースの腕を抱いて、巫女は小首を傾げる。
ねだることになれたその仕草は小動物のようで、見る者の苦笑を誘った。
「どうぞ、行ってあげて。話は終わったから」
「えっ……!? フェア――」
「さよなら。私も仕事に戻るわ」
さすがにこれを見せるのは気まずいのだろう。
あわてたような反応にフェアはかぶりを振り、きびすを返した。
そっと目尻をぬぐう。
肩の荷が下りたような気持ちだった。それでも、胸にぽっかりと空いてしまった穴は、しばらく塞がらないだろう。
幸せを願うことができるほど強くはない。だが、自分の足で立って歩くことはできるはずだ。
仕事は山積みだ。
ひとつ息を吐き出し、フェアは迷いのない足取りで、王子の執務室に向かった。
置いて行かれて蒼白になったハースを、巫女は無邪気な笑顔で見上げた。
「あーあ。誤解されちゃった?」
「誰のせいだと……!」
「えーわたしのせいかなぁ。違うと思うなぁ。っていうか、ショックで気付いてないみたいだけど、追いかけなくていいの?」
はっとして駆け出したハースに、彼女はひらひらと手を振った。
「ふられてらっしゃーい。あとでなぐさめてあげるー」
「それはいいから! マナミ、君は俺がいないあいだ騒動を起こさないように!」
「えー聞こえなーい」
去っていく青年の後ろ姿を見送り、庭園の中に一人取り残された少女は、小さなため息を吐いた。
春爛漫の花々の間を風が吹き抜けていく。
その中に、ぽつりと呟いた。
「……あーあ。いいなあ」
執務室に闖入者があったのは、王子の尻を叩いて書類に目を通させている最中だった。
しかもそれが、さっき別れを告げたばかりの元婚約者だったものだから、フェアは唖然として立ちつくした。
いつもの穏やかさをかなぐり捨て、ハースは射抜くような目でフェアを見据えた。
王子が不機嫌そのものに声を掛ける。
「何の用だ、ハース」
「申し訳ありません、殿下。少し彼女を貸してください」
「なっ――」
フェアは声を失い、怯えるように後ずさった。
そんな二人の様子を交互に見やり、王子はため息混じりに席を立った。
「殿下!? まだ仕事が――」
「文句はそいつに言え。三十分で戻ってやる。それまでに片づけろ」
片づけろと言われても、すでに片をつけたつもりだったのだ。
扉を閉める主君を恨みがましい思いで見送り、フェアはじりじりとハースから距離を取った。
こんな彼は、今までに見たことがなかった。
声を荒げるわけでもない。乱暴な行動に出るわけでもない。ただ明らかな怒りが伝わってきて、その理不尽さに腹を立てるどころか、怯えてしまった。
今さら弱みをみせることもできず、フェアはどうにか目尻をつり上げた。
「……何のつもりなの? 話は終わったはずよ」
「終わってない」
きっぱりと告げた響きに、フェアはびくりと肩を震わせた。
その腕をハースに掴まれて、とっさに振り払おうとする。
「何なの、放して!」
「駄目だ。何をわかったって言うんだよ、全然わかってなんかいないじゃないか。俺は……!」
ハースは怒鳴りつけそうになった言葉を飲み込み、大きく深呼吸を繰り返した。
言いたいことは山ほどあるのだ。
次から次へと男を陥落させる巫女の存在は、この国にとって危険なものだった。目を離せば有力者同士の殺し合いにまで発展する可能性を秘めていたからこそ、その場にあって仲裁する必要があったのだ。
それがどう見えるのかは分かっていた。巫女と話すにつれ、ふれ合うにつれ、胸の奥底にどろりとした甘い毒が沸いたことは否定しない。執着や愛情に似た、強く根深い衝動が。まるで自分の意志ではない場所で芽生えたような違和感に、畏れを感じた。それでも、それに捕らわれてしまうことはなかった。
胸の中にずっとあったのは、穏やかで愛しい、優しい感情だった。
悪かったのは自分の方だ。「わかっているから」という言葉をそのまま受け取って、彼女の誤解を助長した。それでも、信用されていなかった事に腹が立った。自分の現状がどう見えているか、十分に理解していたはずなのに。
言いたいことは言い切れないほどにあった。
だが、今口にするべきは、それではない。
「これだけは、信じて欲しいんだけど」
「何……」
「俺は、君以外をお嫁さんにもらうつもりはないよ」
ようやく告げた言葉に、フェアが目を瞠った。
迷子が月を見つけたときのような色に、信じて欲しいという思いを込めて、気恥ずかしさに耐えながら、初めて思いを告げた。
「俺はもうずっと前から、君を愛してる。君が嫌だって言っても婚約を破棄なんてしたくない。だから――フェア!?」
フェアの膝が崩れた。
腕を掴まれたまま、ぺたりと座り込んだフェアは、信じられない表情でハースを見上げた。
焦ったハースが床に膝をついて、その目を覗き込む。
「ごめん、大丈夫か? でも嘘じゃなくて、そうだ、これには色々と面倒な事情が……」
ハースの言葉はフェアの頭を素通りした。
すっかり混乱してしまって、嬉しいのかどうかさえ分からない。
結局、そのまま泣き出してしまったフェアを、王子が戻ってくるまでに泣きやませることができず、ハースは部屋から蹴り出される羽目になったという。
お付き合いありがとうございました。
友人である異世界転生者のお話:
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