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筺の鳥  作者: みなきら
籠の鳥、雲を恋う
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15/34

昔語り

 途方にくれていた斎だが、少し早く出勤してきた琢磨と喧太の二人に手伝ってもらって、店の中を復旧した。


「店を壊すのは彩女の専売特許だと思ってた。」

「本当、本当。もう一人、破壊神がいるとか思わないっすよ。」


 斎は後ろからやってきて喧太の顔を摘むと「誰が破壊神だ」と引っ張る。


「痛ーーッ!! なんで俺だけなんだよ!」

「摘みやすい位置にあるのが悪い。」

「うっわ!! 理不尽ッ!!」


 そう喧太が騒いでくれるから、斎もちょっとは気が紛れて「ははっ」と笑う。


 壊れたのは椅子が五脚、机が二つ。あと、玄関のガラスが吹き飛んだ。意外にもその上に乗っていた百円均一で買ってきた小物類は大丈夫だったので再利用できそうだ。


「でも、何をしたら、こんなになるんです?」


 琢磨が訊ねてくるから、斎は今日の出来事を話した。


「いや、それ、ここで店を片付けてる場合じゃないんじゃ?!」


 熱血漢な喧太らしく「華世ちゃんを助けに行こう」と立ち上がる。しかし、それはダメだと斎が止めた。


「何故?」

「そこまで加担するわけにはいけない。」


 あの時は店に客もなく、加代子も店の中にいたから吹っ飛ばした。でも、結界のある店の外に出てしまい、検非違使に連れていかれるのを見られてしまっている。


「華世ちゃんと、凛には悪いけど、知らぬ存ぜぬで過ごすしかない。」


 斎は心底辛そうな表情したが、「あんた達や、千花、彩女に何かあっても困る」と零した。


「こちらで爆発騒ぎがあったと聞きましたが大丈夫ですか。」


 顔をのぞかせたのは灰峰だった。


「灰峰さんじゃないですか! ちょっと散らかってますが、爆発とは大袈裟ですね。客同士の喧嘩騒ぎに巻き込まれただけですよ。よくある話です。」

「そうでしたか・・・・・・。先日は時任が迷惑をおかけしたと伺ってきたのですが、出直してきた方が良さそうですね。」


 しかし、斎は「奥の方は無事ですから。そう言わずに寄ってて下さい。」と店の中へ通した。


 琢磨と喧太も心得たもので、その場を離れるとメニュー表とお冷、おしぼりと、次々、灰峰に渡す。それから、「あらかた片付いたし、ガラス屋と家具屋覗いてきます」と出て行く。


 なごみ屋には斎と灰峰が残された。「ちょいと待っててください」と斎がカウンターに入り、手際よくコーヒーを入れてくれる。


 今は荒れているが、京町家風のカフェの中はとても居心地が良かった。


「時任はこの店によく来るんですか?」

「そうですね。元々、昔馴染みなのもあってかよく顔を出してくれますよ。」

「へえ。」


 灰峰は「仕事以外に寄る店があるとは思わなかった」と言う。斎はクッと口の端を上げて笑った。


「確かに今も生前(むかし)も仕事にストイックですからね。」

「仕事が出来るのは良いんだが、敵も多いので、しょっちゅうハラハラさせられますよ。こっちはその尻拭いの役を押し付けられますし。そちらにもご迷惑をお掛けしてしまったようで。」


 灰峰がボヤくと斎は「弁済はきっちり頂いたんで大丈夫ですよ」と笑った。


「もう一千年の付き合いですし。はっきり言って腐れ縁な仲です。まあ、真ん中、五百年くらいは交流なく過ごしてますけどね。」


 斎は戸棚をガサゴソさせてコーヒーに合うクッキーを皿に並べる。


「そちらは時任さんとはどれくらいのお付き合いになるんですか?」

「そうですね・・・・・・。こちらは五百年くらい前からです。出会ったのは死ぬ直前。時任にとっては魂を狩り放題な時代ですよ。」


 飢饉で食べる物がなく、先に茜が死んだ。その後、あまり時間を置かずに灰峰も死んだわけだが、その最期(とき)を迎えるほんの数秒前に現れたのが雅だった。


 辺りは小さな魂の火が蛍のように飛び交っていて、茜の身体が抜け出た淡い色の光を大事そうに雅の手が導いていた。


 口は利けなくて、体も動かせなくて、このまま死ぬのは時間の問題だと思ってはいたが、その幻想的な風景は灰峰の目を奪った。


「ああ、私の姿が見えているのですね――。」


 あの時はまだ数えで六つだった。あの時の哀しそうな時任の目は五百年経っても忘れられない。


「もうお眠りなさい。」


 そう言って手を翳し目を閉じてくれる。そして、あやす様に背中を撫でてくれる。あのおかげで自分は地縛霊にならずに済んだ。


(きっと、今もあの時と同じ目をして狩っているんだろう・・・・・。)


 朝早く、雅から預かったのは小さな小瓶だった。


「鏡の中に来ていただき助かりました。」


 轟を初めとして、多くの同業者に狙われる事になったらしい。


「出る杭、叩かれまくりだな。」

「適当に手は抜いてきたつもりなんですけどねえ。」

「それで手を抜いてたのか?」


 呆れ半分で受け取った小瓶には幼子の魂が入っていた。淡く小さな光が不安そうに揺れている。雅は光に「大丈夫ですよ」と言い、自分に「よろしく頼みますね」と言った。


 ああ見えて自分に信を置いてくれているのだろう。雅は困り事があると自分を頼ってくる。


「時任さんが魂返し放題とは、また随分物騒な時代だったんですね。」

「今と違って農業が上手くいくかどうかが、全てを左右すると言っても過言ではない時代でしたからね。」


 右を向いても左を向いても戦に継ぐ戦。鉄砲が伝わってからは、人死が増え、田畑は荒れた。そうなると、食べるものが手に入らず、天候が悪ければ山や海の恵みも手に入らなかった。


「争いごとや災害の度に時任は毎日、何千、何万の魂を慰め、輪廻の輪に送ったものです。」


 焼け野原になった街で、悲痛な顔をして魂を狩る姿は、光の渦の中で地鎮の舞を舞うようでとても美しくあった。


「私と妹は本来なら、賽の河原行きだったんですが、時任が獄卒長と掛け合ってくれまして。見習い期間を経て、紆余曲折あって今に至っています。」


 斎はカウンター越しにコーヒーを出すと、灰峰はミルクも砂糖も入れずにコーヒーを口にする。


「以前、時任に聞いたのですが、斎さんは確か琵琶の付喪神でしたよね?」

「ええ。時任さんとは付喪神に成り立ての頃からの知り合いですよ。」

 

 青山は元々、絃上、獅子丸と一緒に唐から渡った三面の琵琶のうちのひとつだった。雅に会ったのは、付喪神に成り立てで琵琶の姿のままながら、魂が宿り意思が出てきた位の時分だった。


 喋りは出来ない。自ら動くことも。まるで赤子のように人の手を介さないと単なる琵琶と変わりなかった。


 それでもあの頃は良かった。表向きは戦もなく、前の右大弁、琴子、雅信とかなりの弾き手が続き、最後は経正に会えたのだから。経正は平家の都を落ちと共に、西へ西へと逃れながらも、一音、一音を大事に弾いてくれた。それこそ《命》を乗せながら。


「天災はある程度仕方ないにしろ、いつの時代も戦いは嫌いです。争いに音楽は不要ですから。」


 もし経正がもう少し長く生きていたなら、自分はもっと琵琶の姿で居たいと願っていただろう。しかし、経正を失った時、青山は「琵琶」でいることを憂いた。


 斎は、雅が琴子の魂を求めるように、ひたすら経正の魂に会える日を待っている。それを知ったからだろう。雅は自分に青竹のように傍にいろとは言わなかった。ただこうして時折茶飲み友達として、顔を出してくれるくらいだ。


 斎はクッキーを運び、灰峰に渡すと、ひとつ席を開けてカウンター席に腰を下ろした。もうひとつ用意したコーヒーにミルクを落とし、「少し昔話につきあってください」と話す。


 斎は昔語りを始めた。


 ◇


 斎が前の右大弁の元にいた頃、雅はまだみずらを結った「王」であった。氏は持たず、皇太子にとっては従弟(いとこ)であった。


 あれはどの辺の邸であったろうか。もう思い出せないが、和歌と琵琶の指南役として右大弁は博雅と雅信の住む前の左大臣邸へと通った。


 二人とも母親の実家が一緒で、二つ違いの従兄弟、同性という気安さもあったのであろう。まるで本物の兄弟のように仲が良かった。また、博雅が生まれた朝には瑞雲が棚引き、雅信の生まれた夜には星降る夜で夜這い星が多く見られたというほど、何かにつけて対に見られていた。


「音楽に関わるものは二つ違いの従兄の方が何枚も上手で・・・・・・。」


 それに負けぬようにと雅信は朗詠に力を入れており、その道では博雅より秀でていた。声変わりをする前は愛らしく、声変わりをしてからは艶っぽいと評判で、その声と一緒に奏でられると、自分が一緒に歌っているような心地になって、とても気分が良かった。


 それは二人が元服の折に臣籍降下した後も変わらず、二人いっぺんに指南する事は無くなったものの、右大弁はそれぞれに和歌と琵琶の稽古を付けた。


 それが何回か続いた折、雅信は東の対の屋から聞こえてくる和琴の音に耳を止めた。


 若葉萌ゆる頃、そう丁度、今時分の季節だった。雅信は自分の琵琶の稽古に来たはずなのに、すっかり琴姫の琴の音に耳を澄ませていた。演奏終わりに「実に見事ですね」と言えば、右大弁はにっこりとし「もっと傍で聴いてみますか?」と訊ねる。


 思い返せば、あの日の出来事は、全て右大弁の謀(はかりごと)であったのだろう。右大弁は自他ともに認める音楽馬鹿の博雅よりも、実直な雅信を選んだのだ。そして、それは親心としては納得のいく采配だった。


 こうして数えで十五の雅信は、同い年の琴子と御簾(みす)越しに出会った。


 琴子こと、右大弁の娘の琴姫は、右大弁に習い、筝の琴と和琴、それと琵琶と「琴」全般を嗜んだ。


「琴や、もう一曲弾いてくれまいか?」


 庇に座し右大弁が自分の弦を爪弾くと、琴姫は和琴に手を伸ばして音合わせする。右大弁が東歌の一節を歌いながら自分を奏でると、琴姫が伴奏を続け、雅信も朗々と歌う。


(ああ、幸せだ――。)


 夕闇が迫り、釣灯篭に火が入った後も、三人の名手が音楽を奏でる。腕前のいい奏者に奏でる事ほど、琵琶冥利に尽きることはない。


 途中で自分は右大弁から雅信の手に引き継がれ、少年から青年に変わる途中のまだ未成熟な腕に支えられ、また別の曲を奏でる。それは妻問いの曲で名前を問う歌であった。


「今で言えばラブソングですかね、それをやってくる度に繰り返し奏でて、繰り返し歌って。」


 最初は父親の思惑と少年の淡い初恋から始まったそれは、時を経るごとに熱を帯び、二人の心は近付いていった。


「とても似合いの二人でした。一対の魂とは、ああいうのを言うのだなあと思ったものです。」


 だが、雅信が中納言の元にも通わざるを得なくなった時から、その恋にも徐々に影が落ちた。特に右大弁が病を得て、その役職を辞し、その後、三年は起きたり伏せったりを繰り返し、最終的に亡くなると、琴姫にとっては冬の季節が続いた。


 母親も早くに亡くしている彼女は、父の遺産で何とか糊口を凌ぐ状態になり、たまに訪れる雅信を真っ当に出迎えることも出来ず、独り寝の夜は「斎院」と呼ばれた和琴を枕にしたり、自分を抱えて泣きながら眠る事が良くあった。


 それでも雅信がやってきて、音楽を奏でたり、一緒に過ごすのは幸せだったのであろう。雅信に寄り添い、まるで冬の間の小春日のように二人で幸せそうにしていた印象は一千年経った今でも覚えている。


「その日々も琴姫の死で終止符を打たれました。」


 雅信が泊まりに来た夜に、雅信の暗殺のために賊が押し入ったのだ。自分が発した警告音に琴姫が気がつくのが、あとほんの少しでも遅かったなら、その後、雅信の人生は大きく変わっていただろう。


 いや、もしあの時、自分がもう少し早くに気がついていたなら、琴姫も無事だったのかもしれないが――。


 しかし、その「もしも」はなく、結果は雅信を庇った琴姫が袈裟斬りに斬られ、激昂した雅信が襲来者を切り伏せたという事実だけだ。


 あの日から雅信は琴姫を探している。


「そんな訳で、長きに渡る《腐れ縁》なんですよ。」


 数多な弾き手と巡り会ったものの、心許せたのは四人だけだ。しかし、その内の一人、「雅信」は琴姫を失ってからは自分を弾いてくれなくなった。それは彼が死神になってからも変わらない。


 やがて自分はあちこちに流れて、平経正に会うわけだが、それも今は昔の話だ。


「最終的に伊達藩に居たのですが、江戸の終わりにこちらに居を移しまして。ここで茶屋を開いたんです。」


 明治の世になって、街が栄え、戦が起こり、何もかもが無くなって、そして再び栄えて。今日より、明日、明日より明後日と進むのに、争いを避けて通れない時もあるのは分かっている。


 分かっているが――。


「そんな不義理な私にも時任さんは優しい人ですからね。彼が悲しむような日々はもう来て欲しくないと願うばかりですよ。」


 そういうと斎は「時任さん、ううん、みっちゃんの事、助けてやってください」と灰峰に頭を下げる。灰峰はそれにひとつ頷く。


 振り子時計がボーン、ボーン、ボーンと鳴り、三時を告げた。

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