通りがかりに
後ろでは、枕元の目覚まし時計がけたたましく鳴り響くのが分かる。その大音響は、長谷川に朝の訪れを告げる。外からは雀が可愛らしく鳴く声が聞こえる……と良いのだが、目覚ましの音で掻き消されているのかそれともいないのか、そういった動物の鳴き声は外からは一切耳にすることができない。それは目覚ましを止めた後でも同様だった。別にだからと言って特別慌てる事もないのだが。眠い目をこすり手さぐりで後ろの目覚まし時計の音を止めると、ベッドから立ち上がりすぐに制服へと着替えた。
着替えを済ませ、そのまま洗面台に入り顔洗い、歯磨きを済ませ二階へと上がるが、人の気配等は一切ない。父と母は、既に勤務先の病院へと出かけた後であった。リビングの時計に目をやると短針は6を指している。毎日の事とはいえ、こんなにも朝早くから御苦労様だな……と思わず呟いてしまう。そして台所に行くと、冷蔵庫の中から適当に袋を取り出した。その袋から茶色のレーズンパンを二、三個取り出すと、それを持ちながらリビングに置かれている液晶テレビの2m程前方に設置された椅子に座る。そしてレーズンパンを口へとほうばりながら、机に置いてあったテレビのリモコンのスイッチを入れる。
「今日の関東地方は北東の高気圧の影響で、カラっと晴れた青空が広がるでしょう……」
余り天気予報には興味が無かったので適当にチャンネルを回す。
「いや~本当に怖いですねぇ。亡くなった方の為にも、警察の方々にはきっちりとした捜査を望みたいですが……」
そのチャンネルでは、みのもんたが背後のボードに書かれたニュースについて何やらゲストと意見を交わしたり、解説したりしていた。とりあえずはこのチャンネルで良いだろうと、リモコンを元あったテーブルに置く。
今みのもんたが解説していたのは、今話題(と言っては亡くなった方々に失礼かもしれないが)の連続殺人事件についてであった。数日前から何やら殺人事件が連続して起こっており、警察はそれが同一犯によるものと見て捜査しているらしい。今マスコミの話題はこの事件(か、もしくは名前は思い出せないが誰か二人の芸能人が結婚する事)で持ちきりであった。巷では切り裂きジャックの再来とも謳われている。これは別段遺体が切り裂かれているという事ではないのだが、その犯人が証拠一つ残らず殺人を犯すので警察も捜査にはほとほと困っている、という事が由来になっているらしい。
手もとの二個のレーズンパンを食べ終わると、再びリモコンを手に取りテレビのスイッチを切る。みのもんたの映っていたテレビ画面は一瞬のうちに黒い長方形へと変貌する。そしておもむろに立ち上がると一階へと続く階段を降り、そして自分の部屋にある鞄を取って玄関へと向かうと、扉を開け外へと出る。通う中学校が自分の居住する家とはかなり距離が離れたところにあるため、この位朝早くに自宅を出るのが長谷川の日課だった。そして財布から鍵を取り出し、家の扉の鍵をきちんと閉めた事を確認すると、長谷川は前へと歩き出した。
しばらくは単調な一本道が続く。予報通り、空は雲が所々に散見されるながらも綺麗な青が確認できる。起床してまだ30分と経たない事もあってかぼんやりと何を考えるとも無く長谷川は歩いていた。唯一考えていた事とすれば「時間的に少し急ぎ目に歩いた方が良いな」そして「今日も変わらない平凡な一日なのだろう」と言う事くらいか。いや、今日一日だけを見ると確かに余り大きな変化はない一日ではあったものの、長期的な視点で考えて見るとこの日が、彼の人生を大きく揺るがした一日だとも言えるだろう。
ぼんやりと歩いている途中。坦々と続いた一本道のさなかで、長谷川は一人の男性に目が止まった。
肩まで伸ばした白く長い髪。太い眉に突き出た太い鼻のその顔はじっと、こちらの方向を向いている。眼光炯々というのかその刺すような鋭い目つきや、眉間に入った深い皺のせいか、こちらを睨んでいるような気さえする。縁側に座りながらその老人は、ただこちら側を無表情で見続けていた。
それから何事もなかったかのように目線を逸らすのは少々気が引けたが、時間的にも急いでいた状況なので、長谷川は気にも留めることなくその場から歩き去った。このとき、この老人が近い将来長谷川の人生に深く関わって来ようとは、長谷川は無論知る由も無かった。




